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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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嫁に来ないか。



 冒険者ギルドなのに、冒険できない。

 張り出されていた依頼票を見つめた結果、抱いたのは、そんな感想だった。


「平和だわぁ…」


 お野菜収穫のお手伝い。子守り。倉庫の片付け。薪割り。

 コレ、ただの人材派遣センターですね。


 冒険者ギルドのお仕事には、2回顔を出しただけで見切りを付けました。


 定番の薬草類の採集、魔石の納品、護衛依頼なんかもあるにはある。

 やっすいけど。


 狩りのついでに取ってきて、お小遣い稼ぎをするといった風情だ。

 仕方ないよね。ここら辺、大したことがない魔獣しか出ないらしいんだもの。


 そりゃあ納品する魔石の質も知れている。

 そしてただでさえ集落間移動が少ないこの世界で、田舎町での護衛っても…ほらね、一泊二日の隣村(嫁の実家まで)だ。


 山や森林越えではないのだ、出るのも小動物がせいぜい。

 狐か穴熊に会って噛まれたら困るよね、ってくらい。


 治安的な意味でも一般女性が一人旅というなら難しいだろうが、そもそも無理に冒険者を頼まなくても、兎でも狩れる程度の人がついていれば辿りつけよう。


 そんなに栄えた様子は見られないけれど、それでもここの規模は『街』の扱い。


 街道沿いには一定間隔で街があるものだ。

 だが経済活動に力を入れて自力でバンバン発展しているところと、周りに小さな村しかないから比較すると街かもねってところとでは、賑わいに雲泥の差がある。


 アレだよ。

 都会にはなりきれない中規模市町的な。


 やたら駐車場の広いショッピングモールやホームセンターができたから、シャッター街まみれの過疎地から見ると、ちょっと栄えて見えるよねって感じ。


 経済活動が活発でないということは、まとまった金額で絵を描いてほしい人など、居やしないということだ。


 …この街では商売上がったりなので、早いとこ移動せねばならないな。

 そう思いながらも、私はなかなか旅立てないでいる。




 アロクークさんのご飯、美味しいのだ。




 この間までサバイバルだった私は、つい欲望に屈し、もう一日、あと一日とズルズル滞在していた。

 なんかね、彼女の料理はどこか懐かしいような味がするのだよね。


 そんな漠然とした思いを抱えていた私は、ある日唐突にその感覚の正体を知った。


「本日のランチは、挽き肉入りマッシュポテトと、ピンキーのスープです」


 これ、衣の付いてないコロッケと、ピンク色のコーンポタージュですね。

 わぁ。どこか懐かしいわけでしたわ。


 色んな違和感は押さえられないものの、封印されし前世の食欲が身の内で騒ぐ。


 特に、コロッケの中身だと気付いてしまったが故の…沸き上がる揚げ物への渇望。


 芋だけ揚げなくたっていいんだよ。

 肉詰めピーマンが無理でも、ナスの挟み揚げくらいならいける。


 ナスなら素揚げもいいよね。揚げ浸しも美味し…あ、醤油がない。

 天麩羅なんて贅沢は言わないけど…そういや私、ちくわ天も好きだったな。

 ちくわは無理だが、野菜ばかりでなく肉だって揚げられるよね。


 鶏の唐揚げ食べたい。手羽先も。

 片栗粉は見たことがないな…。

 カタクリの存在は知らないが、確実に芋はある。

 でんぷん採取から始めれば何とか…。


 同時に思考が居酒屋メニューに流れていく。

 一口サイズに拘る必要がどこにあったんだ。


 ああ、なぜ忘れていたんだろう、半身揚げにはロマンが詰まっているということを。

 チーズフライ…カロリーとの戦いとは、常に人の惨敗さ。


 魚介は海沿いに行かねば手に入らない。

 カレイの唐揚げ食べたい。特に、ヒレのとこばっかり食べたい。


 私、そんなに揚げ物が好きなわけではないと思っていたのだけれど…気になり始めるとこりゃ駄目だ。

 油を。今こそ我が手に油を。


「…アロクークさん。お願いがあります」


 思いのほか低い声が出てしまう。


 付けたい、衣を。揚げたい、コロッケを。

 だってちゃんとキャベツが敷かれている辺り、アロクークさんの感性は現代日本に近い。


 マッシュポテトも決して悪くはないけれど、サクサクの衣が存在しないこの寂しさを、どこへぶつけていいのかわからないの。


 あと、基本的にコーンはスイートじゃないヤツしかいないので、この世界でのとうもろこしは家畜の餌扱いなんだぜ。


 例外がこのピンキーだ。

 こやつは色も違うしスイートなので別種と見なされ、庶民飯ではヤングコーンとして出てくることがある。


 貴族の食卓には上りませんです。別種だから何? 餌でしょ?って。

 何様、貴族様…悲しいよね。餌でも食べ物には変わりないじゃない。


 どちらにせよ、育ったピンキーを使った料理も、スープ化されたのも初めて見ます。

 バウルス伝統料理なのかしら。それとも、アロクークさんの研究成果なのかしら。

 例え伝統料理だったとしても、ご飯食べにバウルスの集落を探す気はないですが。


「何か苦手なものがありました?」


「いい年して好き嫌いを言うな」


 そして隣には、なぜかご飯時によくご一緒する旅装屋さんの姿が。

 いや、彼は前から来ていて、私が加わったってのが正しいのだろうけれどね。


「好き嫌いじゃなくって。これをもう一手間かけると更に美味しくなるだろうなぁと思うのですが。今度試して下さいませんか」


 私は決意する。

 アロクークさんに揚げ物を伝授しよう。

 衣のあるコロッケ作って下さい。


 いつものようにフードを取らない私から、それでも発される真剣な雰囲気に、アロクークさんはしっかりと頷いた。


「お聞きしましょう」


 馴染みがないのであろう揚げ物の説明に、彼らは大いに慄いていた。

 ですよね。


 油って、基本的に鍋の焦げ付き対策ですもんね。言わば手入れ用品だ。

 そんなもので鍋を満たして、かつ食材をも油まみれにしようというのだから、カルチャーショックにも程があるだろう。


 オシャレ女子が大好きなオリーブオイル全開の料理なんて、狂気の沙汰だと思われるんだろうな。なんで油を皿の上で回しがけるんだ!って怒られそう。


 マッシュポテトはまだ余りがあるそうなので、夕食にコロッケチャレンジしてもらう約束を取りつけた私はホクホクであった。


 いいんじゃない? ここの宿の名物料理、コロッケ。

 アロクークさんもそう思ったのだろう。私と料理の話で盛り上がってしまう。


 昼食を取りに来ただけの旅装屋さんは、お仕事に戻らねばならない時間になった。

 話に入れないまま立ち去ることになり、ちょっぴり背中が寂しそうだった。ドンマイ。


 まぁ、彼女の料理のレパートリーは広がれば、結果的に旅装屋さんも美味しい手料理が食べられるのだから、損しないよね。


 私は、調理法については「このように聞いたことがある」や「こうした方がいいんじゃないか」と遠回しな説明や助言をしたが、あえてコロッケの名称だけは告げなかった。


 これはあくまで宿屋名物。

 アロクークさんの挽き肉入りマッシュポテトを揚げた料理なのだから、名前はアロクークさんが付けるべき。


 予定は特にないけど、私もこの宿のものが周囲に認知されるまで、自分でコロッケを作らないようにしようっと。

 ここから世界に広まれ、揚げ物よ。


 アロクークさんは材料の分量から見直し、飽くなき探究心をもってコロッケに挑み続け、旅装屋さんは数日間それを食べ続けた。


 私のご飯は何も言われず別メニューでちゃんと出てきたので、特に試食に立候補はしませんでした。

 ごめんね、焚き付けといて何だけど、私はそんな連日コロッケはちょっと…ニオイだけで結構お腹いっぱいって言うか…。


 …ちなみに後日確認したところ、名前はマッシュ揚げになっていた。

 何だかとても残念である。


 私? 私ならアロポテトにするかな。

 …結局、残念である。


 初めてのお客さん(私)との良好な関係、名物料理の確立、ちょっぴり体重が増えるまで支え続けた旅装屋さん。


 自信を取り戻したアロクークさんの宿屋は、ついに開店した。

 正直、街の規模や旅人の数を考えても、宿としての客入りはそれほどでもない。


 しかし、マッシュ揚げは大当たりした。


 元々揚げ物の概念がないので、名前に『揚げ』と付いていても、調理法がよくわからない人がほとんどのようだ。


 目敏く作り方を見抜き、真似て儲けようとした人も僅かながらいたらしい。


 しかし彼らはコロッケ大爆発の憂き目に合い、断念せざるを得なかったようだ。

 探るような目で連日入り浸る人は幾らか出たが、類似品は出回らなかった。


 医者に駆け込む火傷患者と、薬草の採集依頼が一時的に増えていました。お大事に。


 アロクークさんがバウルスの民であるためか、毛皮に守られているからこそできる調理なのだと思われたことも大きい。


 ウエイトレスも数人雇い、ようやく一息といったこの宿を、私は今日出て行く。


 うん…放り出すのはあんまりかと思って、人が揃うまでフードを目深にかぶったウエイターが、無給でマッシュ揚げを運びましたの。

 なぜか旅装屋さんも一緒にウエイターをしていた。

 本業はいいのか。


 深々と頭を下げた黒いワンコを前にして、今、私は猛烈に感動している。

 テーブルの上には紹介状。

 あの、素敵なお風呂を作った魔道具屋さんへの紹介状だ。


 事あるごとにお風呂を誉めちぎり、少しでも作成者の情報を聞き出せないかと日々話題に出し続けていた甲斐がありました。


「トーリオは冗談だと思っていたようですが、私の鼻は、強い本気の匂いを嗅ぎ取っておりました。どこかで家を構えて落ち着かれる際には、きっとお役に立つと思います」


「ありがとう!」


 家に落ち着くつもりはないけど、すぐさま発注に向かいます!

 行き先、エヴァンネルへ変更しました!


 今はまだこの街だけで済んでいるけれど、口コミが広まれば、マッシュ揚げを目当てにやってくる客も増えるだろう。


 旅装屋さんは宿に婿入りするのかしら。それとも、通い婚するのかしら。

 分けてあげた大蛇の鱗で、獣人用の求婚のアクセサリーを作成中の旅装屋さんに心の中で敬礼し、私は旅立つことにした。


 しかしこの世界の女子は、プロポーズに蛇の鱗貰って嬉しいのかな…。



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