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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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ニャルスとバウルス



 宿屋なのに、なぜ客の受入れを渋っていたのか。それはすぐにわかった。

 業者の如く裏口から入店した私達だったが、実は表玄関にも、まだ宿屋の看板はかかっていないのだという。


 営業開始前の店舗である。


 そりゃあ、断られますよ。

 知らずに泊めてくれとか言っちゃったけど、よく泊めてくれる気になったな。

 一旦部屋に荷物を置いて、閑散とした食堂スペースでお茶をいただくことに。


「アロクークは、本当はエヴァンネルで宿を開く予定だったんだ」


 どこだい、それ。

 思いはすれども、神妙に頷きだけを返しておく。あとで地図を確認しなくては。

 …って、旅装屋さん、地図だけでも先に売ってぇ!


「だけど…エヴァンネルの街宿組合は結託して彼女を追い出したんだ」


「…そう決まったわけじゃないわ」


「でなきゃ、芸術家なんて名乗る奴が法外な値でガラクタを作っていくわけもないし、その不気味なガラクタを理由に責められるわけもない」


 旅装屋さんは悔しそうに唇を噛んだ。

 つまりは、こういう話だった。


 宿を開設しようとしたら、街の獣人嫌いの同業者達が結託して、彼女を追い出しにかかりました。


 備品を購入しようとしたら商店が売り渋り、都合良く現れた自称芸術家が、自分が作ってやるというので頼むしかなく。

 出来上がったのは、発注したものとは程遠い不気味なオブジェの数々。


 更にはそれを宿の品位が云々と街宿組合に責め立てられ。

 自称芸術家は法外な料金を地上げ屋の如く取り立てに来るという。


 開業資金の大半を泣く泣く自称芸術家に渡し、逃げるようにこの街に来たのだとか。

 …ぐぬぬ…なんて不条理。


 というか、この街では獣人の受入れは大丈夫なのかしら。

 見た目はちょっと違うから…山の民と呼んでいいのかもわからない。

 掘り下げて聞いて、失礼にならないのかすら、わからない。


「ところで急に泊めていただくことになったのですが、食事はどうしたら? 大変でしたら、外に食べに行くので構いませんが」


 あえて違うことを口にした。

 なんちゃらとかいう街に乗り込んで、街宿組合を壊滅に追い込むとか、そういう謎のイベントを起こす気はない。


 何か困っていることがあれば手を貸すくらいは、フラン設定として出来るけれども。

 芸術家枠のつもりの私としては当然、その自称芸術家がムカッ腹立つ。

 かといって、探し出してボコボコにするとかいう選択肢は、やはりない。


「食事もこちらでお取りいただけます」


 アロクークさんはしっぽを振っている。

 愛想笑いならぬ愛想しっぽでなければ、気に入られたと見ていいのだろう。


「本当は、いつでも開店できるのです。トーリオがほとんど手配してくれていて…ただ、私…私に、勇気がなかっただけなのです」


 初めてのお客さんが、容姿の違う自分に嫌悪の目を向けてきたら?

 客のふりをした、自分を陥れようとする何者かだったら?


 人が好きで、人の集まる宿をやりたかったはずの彼女は、悪意を向けられて疑心暗鬼になってしまった。

 看板を出せないのは、精神的に受けた傷が癒されていなかったからなのだ。

 旅装屋さんが、小さな溜息をついた。


「エヴァンネルは確かに旅人の多く集まる街だ。だけど、あんまりバウルスの民に馴染みがなかったみたいだ」


「…ばうるす…ですか」


 種族名、なんかうるさそうね。

 脳内でけたたましくワンコの鳴き声が響いてしまった私に、彼は続ける。


「お前はニャルスの民を描いていたろう。笑顔で、楽しそうな絵だった。だから、きっとアロクークに嫌な目を向けないと思った」


 ニャルスの民にゃ!と言うエルミーミィが想像されて、引き続き脳内が忙しい。

 しかし知らぬ間にされていたご期待には、全力でご返答したい。


「ええ、もちろんです。アロクークさんはとても可愛らしいと思います」


 きっぱりと言い切ると、アロクークさんは両手で頬を押さえて照れたような仕種をした。

 顔色はまるでわからないが、可愛い。


「アロクークさんの種族はバウルスの民というのですか?」


「…そうだ。ニャルスの民と会ったのではないのか?」


 なぜか、ジト目の旅装屋さんが答えた。

 ちょっと睨まれているが、意味がわからない。

 睨みたいのはこちらですよ。布袋の中身を早く私に売れ。


 ニャルスね。聞いたことあるよ。

 ということは、アロクークさんのところには聖獣人のナントカ・バウルスさんがいるのだろうか。


 え。待って、じゃあ、ニャルスさんちだからニャール山なの?

 でもこちら側に来たって山の名前はニャール山よね?


「ゼランディでは山の民と呼んでいたんです。ニャルスというのは、聖獣人メンメ・ニャルスのことですよね?」


 アロクークさんが驚いたように身を乗り出した。


「メンメ・ニャルスのことも知っておられるのですか?」


「少し聞いただけですけど。あぁ、彫ったのは私ですが、こういう御守りの模様なんかも教えてくれましたよ。バウルスの民にもこういうものがあるのでしょうか」


 ポケットに手を入れて、アイテムボックスから大蛇の鱗を幾つか出す。

 マントに縫い付ける前の御守りだ。


 横で旅装屋さんが目を見開いている。

 なぜかこちらに手を出したそうに右手がにぎにぎと動いていたので、何となくポケットに片付けた。


 何だ? 大蛇の鱗ってそんな珍しいのかな。

 でもセディエ君は何も言っていなかった。

 鱗売らないんだね、くらいしか。


「…あります。そこまで、あのニャルスの民が心を開くなんて。驚きました」


「そう…なのですか?」


「ええ。バウルスの民は…少しずつでも人間の生活に溶け込もうとして来ました。けれど、ニャルスの民は対立を選んだのです。ですから、彼らの人間を見る目は厳しい」


 獣人の歴史が、全然見えない。

 もっと詳しくしてもらってもいいのかしら。

 私の逡巡を見抜いたか、アロクークさんは続けた。


「私達は昔、山に住んでいました。ニャルスの民は今もそうしていますが…我々は聖獣人マンマ・バウルスを筆頭とした群でした」


 マンマー!


 …辛い。

 聖獣人の名は、どうしてこうも辛いのか。

 今、そんな系統の名前じゃないじゃないのよ、貴方達。


 謎の精神ダメージを堪えて話を聞く。

 一時はマンマ・バウルス(女子)とメンメ・ニャルス(男子)が良い仲だったために集落を同じくした時代があるのだという。


 わんにゃん盛りだくさん…魅惑的な動物ふれあいパーク…。

 というか、犬と猫、異種族間恋愛に思えるけど、いいのだろうか。


 そんな私の感想とは裏腹に、群が大きくなるということ自体が大変だったようだ。

 ニャール山の天辺に元々あったらしい神殿の権利で揉めたり、人間と取引をするか否かで揉めたり、仕事を定時制にするかフレックスタイム制にするかで揉めたり…。


 細かな事は多発したが、それでも2人の聖獣人は協力して困難を乗り越えてきた。


「しかし、メンメ・ニャルスがハーレムを形成したことにより、マンマ・バウルスが激怒。我々の道は2つに分かれたのです」


 トップの異種族間恋愛、大ごとだった。

 色んな意見の相違を乗り越えたのに、痴情のもつれで群が割れたよ。


 同じ獣人でも恋愛観に違いがあったのか。いや…うーん、うーん、王様の後宮と考えればワンコの忍耐が問題か。男の夢を叶えに走ったと見ればニャンコが不誠実で。

 そもそも野生動物の群として見ればハーレムも仕方ない気すらするのであり…しかし彼らは野生動物ではない…うーん。


「聖獣人の痴話喧嘩で、群が…」


「いえ、その。気まぐれで享楽的なニャルスの民との生活に、バウルスの民もまた限界を感じていました。…何と言いますか…群としての方向性が合わなかったのですね」


 まあ、そうだろうね。

 何にせよエルミーミィ達は山に籠って人間と対立しており、アロクークさん達は人間に溶け込もうと努力をしていると。


 どちらが良いとは言えない。

 現にエルミーミィもアロクークさんも酷い目に遭っている。

 悪いの、人間ですよね。やだ、困る。


 ここまで聞いてもいない内情を暴露されたら、もう失礼も何もないよね。

 そんなわけで問うた見た目の差についても、答えは簡単にもたらされた。


「先程申し上げた、山頂の神殿ですね。あれは我々がニャール山に来る以前からあったものです。当時は近付くのも簡単ではないくらいの強い魔力を発していたそうです」


 怖いな。何の神様を祭った神殿だい…。

 いや、逆に魔力が出てて怖い場所だから、昔の人はとりあえず神殿建てて「祟らないで下さい」って祭ってみたのかもしれない。

 それならそれで、日本人的には納得できる気もするな。


「バウルスの民は触れるべきでないと主張しましたが、ニャルスの民はそこをメンメ・ニャルスの神殿にしたがったとか」


 うわぁ、山の民、自由…。

 なんで元々ある神殿に、自分達の長を祭っちゃうのさ。


 しかも離婚前に出てた話題ならその時、メンメ・ニャルス普通に生きてるんじゃん。現人神かよ。


「群が分かれたあとには、結局そうなったようです。神殿を整えるために通ったことで存在が変質したのか、あれに祈ることで変質したのかはわかりませんが、今、彼らだけが特有の姿になっています。影響を及ぼしたのは、あの神殿だと言われていますね」


 呪われたのではなさそうだよね、皆明るかったし。

 古い神殿らしいし、奪取したときには、御神体はもういなかったのかな。


 でもこれは、やっぱり強い魔力の影響を受け続けると、人間だってどう変じるかわからないってことよね…。

 サポート食は採らないようにしましょう。ブルブル。


 神殿といえば、この世界の宗教って割と自由なのよね。

 有りがちな創世の唯一神を祭る宗教が、信仰を押しつけてこないのだ。


 だから唯一神という考えがメジャーではなく、普通に色んな神様が祭られている。

 創世神が押しつけないせいか、他の神を祭る人々も押しつけてこない。

 信徒がしつこい勧誘をすると逆に「あの神様って他と違って心狭い」って人気下がる。不思議。


 とはいえ祈る対象に大して寛容なだけで、不信心を前面に押し出すのは、さすがに世間体が良くはない。なので私も、神は死んだとか人前で言わない。


 なんか普通は、こう「創世神は一番偉い、だから国教にするぞ!」とか、ついでに影で利権をどうにかしていたりとか、ありそうな気がするのにね。


 創世神という存在自体は統一されているから、宗教戦争的な時代がとっくの昔に終わったってことなのかなぁ。

 特に歴史で習わなかったってことは先史以前に。


 まぁ、前世と違って考古学なんてあんまり研究してるような人もいないから、昔のことはわからないね。


 旅装屋さんは、お話が終わって帰る頃になってようやく布袋を私にくれた。

 ちなみに、本当にくれた。ゼロ円。


 もしアロクークさんへの態度が悪かったら、知らん顔してこのまま持ち帰り、もしも後日買いに行ったら盛大に吹っ掛けるつもりだったらしい。


 …聞きそびれているのだが、この人、何なのだろう。アロクークさんの恋人なの? 元彼なの?

 どうでもいいっちゃ、いいんだけどさ。

 何だか微妙な気持ちを抱えながら、私はお客1号として宿泊した。


 余談だが、お風呂が便利な魔道具だった。

 魔石でお湯が湧き出る式だった。ただし排水には排水溝が必要。


 でも、いいな、これ。他で見たことないよ。

 普通は、浸かる用と洗う用に沸かしたお湯をいっぱい溜めておく式だよ。

 是非とも、これを作った方を紹介していただきたい。



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