秘密基地が必要です。
ちょっと窓からの明かりが眩しすぎるんです。
そんな言い訳を用いて、窓をひとつ迫害することにした。
「隙間から明かりが漏れると嫌なので、天井までの高さの板を後ろに張ってほしいのです」
言っている意味がわからない、と皆の顔に書いてある。
だから、ワードローブの背中に、天井まで届く板を張ってほしいんだったら。
我儘なお嬢様の、意味のわからないお願いである。
あっさりと「わかった」とか言ってくれるのはアンディラートだけだ。知ってた。
「カーテンを替えるのではいけないのかい、オルタンシア。例えばもっと厚手のものに」
「カーテンは気に入っております。その。厚さも含めて」
宥めるようなお父様に、ごめんねぇ、と笑いかける。
だけど私は、どうしても模様替えがしたいのだ。
「…気に入るようにしてあげてくれるか。たまに妙なことを言い出すけれど、普段は我儘を言わない子だからね」
お父様、娘に甘々です。
言質取った私は大喜びでお父様に抱きつく。
…でも私、たまに妙なことを言い出すと思われてるんだ。
すんげぇイイ子にしてたつもりなのに。解せない。
「ありがとうございます、お父様! 大好き!」
微笑ましい光景だと、使用人達は笑っていた。
しかし。
…それが過ちだと気付くのに、そう長い時間は必要がなかっただろう。
「お嬢様、またですかぁ?」
「やっぱりこっちがいいかなぁって。あ、それはここで」
「今そちらに置いたばかりじゃないですか」
「重い…誰かこっちを手伝ってくれ…」
すみません。使用人の皆様、本当にすみません。
だけどこれくらいグチャグチャに何度も入れ替えれば、もはや結果的に皆の記憶は曖昧になると思うの。
そして悪夢は終わらない。
私の部屋の模様替えは、2日間に渡った。
この我儘お嬢様は、散々に動かした家具を、翌日もやっぱり変えたいと言い出したのだ。
使用人達はもうグッタリである。
多分、私へのヘイトがすごいことになっている。
うぅ、でも必要なことだからっ…誰にもばれないためには、必要なことだからっ…!
声をかけられたくないからだろう。
その後、しばらく私の周りには誰一人として寄ってこなかった。
如何に過酷な作業だったかということがよくわかる。
「…本当に申し訳ない」
のべ7名の助力に感謝・合掌して、部屋に引き篭もる。
天井までの高さの板が背面に張られたワードローブ。
それが、今まで窓のあった壁を隠すようにぴっちりと並ぶ。
「仕上げは私ひとりで頑張りますゆえ…」
というか、ひとりでないと駄目だ。
トコトコとワードローブへ近付いた私は、男2人がかりでヨロヨロと運んだワードローブ(中身入り)を抱える。
身体強化様、お願いします。
ヒョイ。
トコトコトコ。
ソッ。
なんか軽々過ぎて、ちょっとした倉庫管理ゲーム気分だ。
隠密行動なので、引き摺ったりズシンと置くことはできないけど。
部屋が狭くなったことに皆が気付かないでくれるといいんだけどなぁ。
無理かもしれないけど、もう何も動かしたくはないがために言い出さないでくれると嬉しい。
少なくとも絨毯を傷つけてはいけないから、なんか狭いと気付いてもワードローブを押してみようという気にはならないはずなんです。
そして掃除のメイドも、お嬢様不在の部屋で勝手に、数人の男達を呼んでワードローブをもっと壁に押っつけてみてくれとは言わないであろう。
当分、家具に触るのを嫌がるようには仕向けた。
そのために、あれだけヘトヘトにしてやった。
そして家具を動かさない期間が増えるほど、目の方が慣れて動かす気も失せるはずだ。
そういう作戦だったんです。本当に無駄な体力を使わせてごめんなさい。
壁から3歩くらいのスペースを空け、自力でワードローブを並べ直す。
ワードローブの背に天井まで届く板を張ったので、壁から離しても窓の明かりは漏れてこない。
「んでも一応、暗幕ほしいなぁ。それを板に張れば完璧だと思うんだよねぇ…」
サポートで出したものが消えなければいいんだけどな。
特訓の成果として、大きくないものなら2種類くらいは同時に出していられるようになったけど、持続時間を調べたことはなかった。
今度はそっちも考えなくちゃいけないな。
…じゃなくて。暗幕。
窓に板を張る手もある。
…いや、こっちのスペースを有効活用するためには、窓は潰さないままが嬉しい。
でも、外から見られた場合を考えて、やっぱりこっちも黒布張る感じかな。
ベッドは無理でもハンモックとかあるといいなぁ。
ここは私の秘密基地なのだ。
…実はお絵描きしすぎて、処分できないけど見られてはいけない絵が隠せなくなってきた。
結構なピンチ。
かといって夜中に燃やすわけにもいかないし…ああ、アイテムボックスが使えたならば…。
苦く思いながら、私は並んだワードローブの右から2つ目を睨む。
ターゲットはあいつにしよう。
サポート能力でノコギリを取り出し…一旦消した。
切るにしてもギコギコって音が出たら、さすがに使用人が見に来るかもしれない。
ノコギリは駄目だ。チェーンソーもとんでもない。
必要なのは、よく切れて、音が一瞬くらいで終わるやつ。
思い込め、私よ。
いでよ、よく映画やアニメで見る、鉄の壁とか切れちゃう謎ビームで出来た剣!
フォン、と軽い音がして、青い光が柄の先から伸びる。
ちょっと色んなのが混ざって詳細なイメージができていなかったため、柄が…すごく、ちゃちい。
何かな、これ、トイレットペーパーの芯かな…私の想像力って一体…。
で、でもビーム部分さえ出れば大丈夫、こいつならスッゴイ切れ味間違いなし。
えーと、余計なところ切ったら困るから刃はカッターくらいの長さでお願いします。
「行くぜっ」
小声で気合を入れ、素早くワードローブの背を切り抜く。
シュシュンッと近未来的な音がして、ワードローブの背板に線が走った。
さすが、原理なんて何もわからない、イメージだけの存在。
手応えがないほどの驚異的切れ味。
「…柄さえ…柄さえカッコいいイメージが持てれば、私、最強の武器を手にしたかもしれない」
でも、何か白っぽい印象しかない。材質とか全然想像できない。
…うん。ゆっくり、カッコいい柄を研究しよう。
「うぅ、物音を立てないのが一番難しいなぁ…」
文鎮が思いのほか役に立つので、工具には困らない。
頻度は少ないけれど街には出かけられるようになっていたから、こっそり買った釘や蝶番も大丈夫。
力仕事も身体強化様があれば余裕の…ヨッチャンよ!
…脳内でダミ声になっちゃうの、なんでだろう…。
気を取り直して、切ったり打ったり…というか身体強化で押し込んだり。そういえばなぜか螺子は売ってなかったな。
まさか、貴族が独占とかしてるのかしら。
…まぁ、そんなわけはないよね。
「よし。これで取っ手の完成~」
小さな金具を取り付けて、回すと板の向こうで掛け金が外れるようにした。
これだけ取っ手が小さければ、ワードローブの背板が扉になっているなどと勘付く者もおるまい。
秘密基地の入り口、完成である。
…完成だけど、秘密基地には棚もないから、ぼさりと見られたくないものを置くだけ。
す、すごい殺風景。
「やっぱり棚はほしいな。だけど大きいものなぁ…」
強度も考えると、小さくて薄い板程度では棚なんて作りようがない。
実用サイズの板になると、鞄に隠せる大きさを超えている。
板や工具を買っていることがばれたら大変だ。
お嬢様の趣味はDIYっていうわけにはいかないもんね。
…でも棚作り、楽しそう。機会を見計らって何とかしたい。
今後の課題だわ。




