第35話「崩れた影・王都の震え」
王都イグナリス・軍務庁・地下戦略室。
重厚な扉が閉じられ、幹部たちが沈黙の中に座っていた。
空気は重く、誰も口を開けない。
その沈黙を破ったのは、報告官の震える声だった。
「……報告します。暗殺部隊《黒衣兵》――全滅です」
ガルド・ヴァンデル軍務卿の眉がぴくりと動いた。
「……全滅?」
「はい。4部隊、計200名。すべて壊滅。生存者ゼロ」
作戦参謀セリュスが資料をめくる。
「グラ、バル、リリィ、ミュー――すべての契約魔獣が、単独で部隊を殲滅。
しかも、ほぼ無傷。反撃は即座、戦術は多様、魔力消耗も軽微」
幹部たちがざわめく。
「……あれは、魔獣ではない。兵器だ」
「いや、兵器以上だ。自律型、進化型、感情を持ち、戦術判断も可能。
人間の軍では、もはや対処不能」
ガルドは拳を握り、机を叩いた。
「ならば、どうする? このまま戦争に突入すれば、我が軍は――」
参謀長エルドランが静かに言った。
「……戦争は、すでに始まっています。
モルテアは“国”ではなく、“召喚士の砦”だ。
レイを討たなければ、秩序は崩れる」
ガルドは立ち上がり、剣を抜いた。
「ならば、総力戦だ。王都軍、全軍動員。
モルテアを焼き払え。召喚士ごと、地図から消し去る」
──一方、モルテアでは――
レイは静かに報告を受けていた。
「4体とも、無事帰還。暗殺部隊、全滅です」
彼は目を閉じ、呟く。
「……ありがとう。君たちは、もう“魔獣”じゃない。
モルテアの魂だ」
そして、彼は隣に立つリゼに目を向ける。
「これ以上、血は流したくない。リゼ……何か方法はないかな」
リゼは静かに頷いた。
「あります。戦う気力を奪いましょう」
「……気力?」
「恐怖でも、痛みでもない。
“絶望”を与えるのです。勝てないと悟らせれば、剣は抜かれません」
レイはしばらく沈黙し、そして言った。
「……それができるなら、やってみよう。
命を奪うより、心を折る方が――ずっと難しいけど、価値がある」
契約モンスターたちは、それぞれの位置へと動き出す。
ミューは風を纏い、グラは岩を砕き、バルは炎を灯し、リリィは空を見上げる。
モルテア防衛戦――始動。




