13 同居開始……
「み、みなとくん……」
「はい……」
小林先輩が帰って二人きりとなってから数秒の沈黙があった。
朝霧さんと目が合った瞬間、視線をずらして体を震わせるので自分も心臓の音が止まらなくて緊張している。
二人きりになるのは今までに何度かあった事だが、さすがに今から一緒に衣食住を共にしていく最初の時なので感じるものがある。
それに加えて相手が学校で女神様と呼ばれるほどの人なんだから一層緊張する。
そのまま玄関で挨拶するのもどうかと思ったため、一旦リビングに戻ろうと提案してリビングに戻ることにした。
朝霧さんの頬は薄紅色に染まっており、その容姿も相まって見ているのがやっとといった感じだ。
自分でもこんなにヘタレていてはダメだと思うが、異性に対するスキルが未熟だったためそこは誤算だったと思う。
最初の挨拶は男の方からするのが普通だろう。
心臓の鼓動に抗いながらも、朝霧さんの目をしっかりと見て挨拶することにする。
「あ、改めまして朝霧さん。今日からよろしくお願いします」
そう言って、軽く会釈して朝霧さんに挨拶をした。
一方で朝霧さんは、突然土下座をし始めて
「湊斗くん。ふつつか者ですがよろしくお願いします」
と言い、自分の目をきっちりと見てからおでこを掌に着けた。
(え、)
まさか、土下座してまで挨拶をしてくれるなんて思っていなかったので、自分も慌てて土下座して「よろしくお願いします」と再度挨拶をする。
丁寧だなっと思いつつ、今考えれば自分も会釈だけなんて失礼だった。
数秒地面に二人とも顔をにらめっこさせた後、顔をあげてお互いの頬がまだ赤くなっているのを見ながらも、にっこりと微笑んだ。
「朝霧さんのこと、ふつつか者だなんて思っていませんから。僕の方こそ迷惑をかける時が多くなるかもしれません」
「いえ、私はまだまだ未熟ですから。私の方こそ湊斗くんに迷惑をかけるかもしれません……」
限りなく潤んだ瞳で、まだまだ頬を赤く染めながらも朝霧さんは言ったが当然そんなことはないと思う。まだ朝霧さんが何が出来て何が出来ないかは、はっきりとしていないが、朝霧さんを見ているにはそんな風に思えない。
でもこっちだって最善を尽くして朝霧さんをサポートするつもりだ。
☆☆☆☆☆☆
もう晩御飯の頃と言ってもいいほどの時間帯になっていた。
引っ越しの作業で朝霧さんは少しばかり疲れたような顔をしているし、今日は外で何かを頼んで一緒に食べるのがいいと思っている。
自分の手料理を振舞ってもいいと思ったが、最初から手料理というのも何だかなぁと思う。
「朝霧さん、今日は引っ越し作業で疲れたと思いますし、外で何か頼もうと思っているのですが、何か食べたいものはありますか?」
「え、あ、そうですね……湊斗くんは何か食べたいものあるのですか?」
「僕は今のところ思いつきませんね」
いつもは適当に体に良さそうな野菜や発酵食品を食べて、今日はあれが食べたいと思った時だけ何か食べるタイプだったので今日は特に何も思いつかなかった。
こういう時はパッと決めるのが男だと思うが、どうしても彼女の意見を尊重したかった。
「そ、そうですね。ぜ、ぜいたくだと思うんですが、お寿司食べたいです……」
「お寿司ですか!いいですね!そうしましょう!引っ越し祝いという事で贅沢してもいいと思います」
「そうですね。湊斗くんはお寿司嫌いじゃなかったですか?」
「大好きです」
そう言うと朝霧さんは安心したようで自然と頬を緩めた。
所々で朝霧さんは他の人の事も気にかけてくれるのでそこがとてもいいなと思う。彼女が女神様と呼ばれるのも納得が出来た。
でも、さっきから引き気味過ぎなんじゃないかとも思う。クラスの女子とは全く違う雰囲気だし、家で気を遣わせるのも嫌だ。
でも、まぁまだ緊張してるよな……
携帯を手に取り、近くの寿司屋を調べて注文を取ることにした。せっかくの引っ越し祝いだし少し値が張ってもいいだろうと少しお高めな店をチョイスすることにした。
「朝霧さん何がいいですか?」
「ええと、そうですね……」
そう言って朝霧さんは隣に来て自分の携帯を見にくる。ゼロ距離で隣り合わせとなったため、体が触れそうな位置にいて、良い匂いが漂ってくる。
(すげぇいい匂い……)
今まで嗅いだことのない優しくて甘い香りが鼻を突いてくる。洗剤の匂いと言われると少し違うのできっと彼女特有のものだ。
こんな匂いを普段から漂わせてたら、男子が引っ付いていくのも分かる。
理性を失うというよりかは、逆にドキドキが増して居ても立ってもいられない。
異性と関わることがあまりない自分にとって、ゼロ距離で隣り合わせというのもあまりないし、なんせ超美人な訳だし。
ふと朝霧さんを見てみると、目をキラキラと輝かせながらメニューを選んでいる横顔がなんとも美しいし、どこか子供っぽくて、微笑ましすぎる。
「これにします。湊斗くんは何にしますか?」
ふとこちらを向いた彼女の大きな瞳と目が合う。優しい囁きと瞳の輝きに自然と自分の頬が赤くなってくる。
(やばすぎだろ……)
今なら自分がヘタレだと完全に認める。逆にこの状況に耐えられる男子がいるわけがない。さっきの調子とは全く違って、今は殺しに来てる。
よっぽど寿司が楽しみなんだろうか。
「え、あ、そうですねぇ……」
高鳴る気持ちを抑えながらも自分も食べるものを決めて注文を取ることにした。
その隣で朝霧さんは「ありがとうございますッ」と言って満面の笑みを向けてきた。
☆☆☆☆☆☆
寿司がつくまでに時間がかかるのでそれまで朝霧さんと話をすることにした。
椅子に座りお互いに向かい合わせとなって、これまた慣れない状況だった。異性と顔を合わせながら座るのは緊張する。二人きりのこの状況ではやけに静かな空気が流れている。
「湊斗くん」
「はい」
「湊斗くんって学校でも敬語なんですか?」
「いえ、そんなことはありませんが」
最初に口を開いたのは彼女の方だった。
当然ながら学校では普通に話しているし、敬語はあまり親しくない同級生や目上の人にしか使わない。
治安維持隊の活動中は知らない人や年齢が上の人と接することが多いので常に敬語だった。
朝霧さんとは普通にタメ口でも良いのかもしれないが、何だかタイミングが掴みづらかったのと朝霧さん自身敬語なので自分も敬語でいいだろうと思っている。
別に不自由ではないし、気を使っているわけでもない。
「それなら私にもタメ口でいいんですよ?せっかく一緒に暮らし始めたわけですし、敬語では話しにくいでしょう?」
「いえ話にくいなんてことはないですが、タメ口で話したほうがいいですかね?」
「タメ口の方がいいです」
「そうですか」
タメ口の方がいいならタメ口で話すけど、急にタメ口と言われても恥ずかしい。
普段は少し冷たくそっけないような話し方をするので、今まで朝霧さんに敬語を使ってきた分普段とのギャップに引かれてしまうと思う。
当然怒っているわけでもイライラしているわけでもないし普通に話しているわけだけど、そうなってしまうだけだ。
「あの、僕普段冷たいというか、そっけない話し方してるので急に朝霧さんにタメ口を使ったら朝霧さん驚くと思いますよ?」
「湊斗くんも思春期の男子高校生なので、そんな風に話すというのはなんとなく分かりますよ?なので遠慮なく話して下さい」
朝霧さんは慣れているかのように、目を細めて笑っているが、それが何だか不安になって仕方がない。
(緊張してしまうな……)
唇が急に震えだしてきて、顔の表面が熱くなってきているのを感じながら朝霧さんの目を見た。




