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「あぁ」

「詰んだ」


 そこに居たのは竜の額から魔石を掘り出そうとする全身黒尽くめの人間であった。背丈はフユくらいだろうか、随分小柄である。


「先越されたさぁ」


 手に持つ片刃の刀に暗殺者もしくは忍者の手練れだと判断した二人は緊張感の無い様子で天を仰ぐ。


「こうなったらそこかしこの魔物手当たり次第にしとめるしかないさね」

「厳しい」

「解ってるさ。間に合いそうになかったら手の平くーるくるで前言撤回。シキさんの装備売って貰って分割払いでご返済、でも良いかい?」

「ッ!」


 シキに申し訳なさそうに視線を向けるアキに目もくれず慌てて【マンティス(黒)】を発動させた。


 キィイイインッ


「っ!?」

「なにさ!?」


 金属同士がぶつかり合う音がボス部屋に響く。


 シキの【マンティス(黒)】が捉えたのは黒尽くめ。先ほどまでフユとアキの会話を聞いていたかと思うと一瞬で姿が見えなくなったのである。シキはほぼ当てずっぽうで【マンティス(黒)】を発動させたが巧いこと障害になったようで瞬殺はかろうじて回避した。


「貴様、何をした」

「こっちの台詞!」


 シキは慌てて再度【マンティス(黒)】を発動させるも即座に何かを感じ取ったのかその黒尽くめは跳び退く。見えない攻撃を見切っているかのような動きにシキは嫌な予感しか涌いてこない。


「さっ!」

「ふっ」


 後方に下がったのを見計らってアキが矢を放ちフユはショートソードを構えその俊足で黒尽くめに迫り渾身の突きを繰り出す。戦うことを生業とするだけに気持ちの切り替えは早い。


「雑魚が」

「ぐっ」


 しかし矢は避けられフユの刃も紙一重で避けられ回し蹴りで弾き飛ばされた。


 強い。至近距離で矢を避けることもそうだがフユという俊足の申し子と言っても良い逸材を足蹴にするなどアキには考えもつかない。恐らく肉弾派のナツであってもフユの本気の速度を相手にすれば防御が精一杯で反撃など思いもつかない事だろう。


「フユ君ッ」


 アキはフユが立て直す時間を稼ぐべく再度矢を放つ。躊躇せず胴体を狙った。

 仮に防具を仕込んでいても五メルと離れていない距離からの速射であれば衝撃は大きいはずだった。少なくともプレートアーマーなどの重装備を着ていて目にも留まらぬ速度で接近など物理的に不可能、当たりさえすればダメージは絶対に与えられる。ましてや急に攻撃を仕掛けてきた相手であり可能な限りその一矢で殺す覚悟で放った。


「なっ」

「返すぞ」

「ぅっぐ!」


 あろうことかその黒尽くめは飛んできた矢を掴み取りアキに投げ返した。肩に突き刺さり根元まで刺さる。脇目も振らずに逃げる事を一瞬考えたがアキにはフユとシキを置いて逃げる選択肢は選べない。


「ふん。遅い」

「ぃっあ”あ”ッ」


 今度は後ろから高速で忍び寄り突きを再度試みるフユの顔面を蹴り上げ持っていた刀でその足に突き刺した。


「フユちゃん、アキさん!」


 目の前の黒尽くめは異様であった。

 単純に強者だからということではなく世界を拒絶しているかのような存在の歪さ、醜さを滲ませているかのような、邪悪としか言いようがない雰囲気を纏っていた。


 シキは黒尽くめに勝てない。察した。目の前に腹を空かせいきり立つ(ひぐま)が居たとして生身の人間は勝てると思うだろうか。今にも突っ込んで来そうな戦車に真正面から立ち向かおうと考えるだろうか。己よりも遥かに強大な捕食者に向き合うなどシキの常識では有り得ない。それを成そうとする者が居ればそれは既知の外の範囲の話であり、シキは本能からの警告に屈服せざるを得ない。

 己のブルーマジックではどうやっても切り抜けられないと確信した。故に。


「お願い、二人を殺さないで下さい!」


 これまで魔物相手を何の苦労もなく倒してきた二人にあっさり深手を負わせる黒尽くめに対して、どう足掻いても勝てない。そして何より二人の怪我はすぐに治療しなければ危険であり即座に対応すべき状況であった。魔物相手ならばいざ知らず言葉が通じる相手ならばシキは命乞い一択である。


「お願いします!」


 シキは土下座していた。ブラック企業戦士として鍛え抜いた伝家の宝刀を躊躇うことなく抜く。殺し合いなどない現代日本であれば最早暴力とさえ言われる土下座を惜しげもなく披露する。


 しばしの静寂が訪れた。その間フユもアキも何とか隙を突けないものかと息を潜めているが黒尽くめの異様なまでの殺気や戦う者としての覇気に圧され今や動くことすら出来ない。


「……殺す価値も無い」


 シキの願いが天に通じたのか黒尽くめはため息を漏らすようにそう呟き、竜の額から魔石を拾うとボス部屋から歩いて出て行くのであった。魔結晶を残したまま。



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