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狭い通路から広い空間に出る。すると鍾乳洞のように地から多数生えた柱の影から群れのブラックマンティスが現れた。
「待ち伏せ!?」
シキは死を覚悟した。
「フユ君」
「ん」
フユが突進し次々と捌いて行く。
「危ない!」
その背後からフユに鎌を振り下ろそうとするブラックマンティスにシキは叫び声を上げるが
「えいさ。ほいさ。よいさ。どっこいさ」
軽い掛け声と共にシキの横に立っていたエルフの少女が弓を構え次々と矢を放ち黒い魔物を仕留めて行く。その間にもフユは黙々と無言で群れの中を縦横無尽に動き倒して行った。
「フユちゃん……凄い」
それは舞の如く、見る者を魅了するに不足はない洗練された動き。小さな体を極限まで縮め、次の瞬間には大きく解放、魔物と魔物の巨体の隙間を縫うようにかい潜り魔物の間接部を斬り腹部を貫く。
五分ほどで三十体以上が躯となった。
「フユ君は素早さ特化さね」
「ソードマスターってそうなんですか?」
「いやぁ……ソードマスター自体は手数少なく一撃一撃が強力なのが特徴さ」
シキの前世の記憶では『ソードマスター=侍』でありアキの解説のイメージに近い。素早さ特化だと他のジョブの方が印象が強い。
ただこの世界はゲームではなく現実である。ジョブにばかり縛られる訳がなく、個人差だろうとシキは納得する。
「あれ」
群れの最後の一匹をフユが切り裂くのを確認して、シキはふと疑問を口にする。思えばそれなりの時間、シキの体感で迷宮に潜って三時間ほど経つ。
「あのさ、予定通りに帰るにしても太陽も見えない迷宮の中でどうやって時間把握するの?」
「え……女神に伺い立てる」
ブラックマンティスの腹部をショートソードで掘り魔石を取り出していたフユは一瞬驚きの声を漏らしたがすぐに「あ、この人、とんでもない世間知らずだった」と思い直し教える。
「え、女神? どうやるの?」
ふと、言ってる事はジャイヤニズムだがほわわんと柔らかく優しい雰囲気のとある女神を思い出す。
「心の中で【何時?】と問いかける」
「【何時?】」
ただいま女神が正午をお伝えします
フユの言うとおり思い浮かべるとジャイヤニズムなお方の優しげな声が脳内に響いた。自己主張の激しい女神である。
「おぉっ便利だね」
「シキ君……助けて貰ってる身として詮索はしないけどさ……フユ君や私以外にそういう事聞かない方が良いさ」
魔物の体液まみれだった魔石を布で拭い渡す。呆れ顔の方がマシだと思ってしまうほどにアキはシキに心配げな眼差しを向ける。
「もしかして……常識ですか?」
「時間の概念が有ればね」
常識以前のようである、とシキは理解し苦笑する。女神様チュートリアルはお忘れですか、と少しだけクレームを入れたい気分になる。
「空腹。カマキリばっかで飽きた」
フユは死屍累々となった通路を見てため息を吐いた。
シキと出会う前までと違い、アキが背後を守ってくれるという安心感からストレスは少なくいつもより遙かに楽な戦いであった。
ただ、ブラックマンティスは昆虫らしく動きが単調で既に見切っているフユにとっては緊迫感の薄い作業に成り下がってしまっていた。
「丁度良い時間だしお昼にするさね」
**アイテムボックス**
水入り皮袋(五百ml)×94
干し肉(牛肉 百グラム)×96
乾パン(二百グラム)×96
皮袋(空)×1
魔石各種×99 (計:五万ジェニン相当)
魔石各種×34 (計:十万二千ジェニン相当)
空き
空き
空き
空き
==整理整頓=
==ゴミ箱==
************
「どぞ~」
「サンキューさ」
「ども」
シキは三人分の水と乾パン、干し肉を出し二人に渡す。
「食料と水だけでもそれなりに重いから助かるさ」
「水重い。持ってると動きが鈍る」
人体は一日約2リットルの水分が必要である。勿論水などの飲み物以外の食べ物からも水分は取れるのだが、どうしても保存性と携帯性、栄養価の問題で干し肉や乾パンが主流である。
それも接近戦で激しく動き回るフユは身体は小さくともかなりの水分が必要となるため非常に悩ましい問題であった。
「あはは、ごめん、これすっごく不味いね!」
「ハハッ出した本人が言うのかぁ」
「必要十分」
笑顔で不味いと宣言するシキに二人は和む。フユは表情こそ動かないが目の前で美少年が満面の笑みを浮かべるので大分浮かれ、鼓動が速まった。
「そうだ。アキさん、既にアイテムボックス、魔石で二種塞いでます。十五万ジェニンくらいですね」
「うん、そんなもんだろうさね」
「あと五種×99個しか空きがないんだけど三百万ジェニン分運べそうにないですねぇ」
今二種枠使用で十五万ジェニンだと単純に五種枠全て埋めても百万ジェニンにも届かないことを危惧する。一個2、3キロは有りそうな魔石を運ぶなどシキは出来れば避けたかった。
「もっと下層に入って効率良い魔石手に入れるから大丈夫さ」
「下層ほど強力な魔物が出て、魔石も質が高まる」
「なるほど。でも危なくないですか?」
予測出来たことではある。ただアキとフユにとってはブラックマンティスという明らかに初心者には荷の重い魔物でさえ作業の如く始末出来る。それにしてももっと強い魔物が出ればそれなりに危険度は増すのではと心配となった。
「正直、私一人だとちょっと大変だと思ってたけどフユ君が予想以上に強かったからあと三段階位強いのが出てもまず大丈夫さ」
「虫以外希望。飽きた」
フユは辟易とした口調である。
「ゴブリン、アンブレラバット、ブラックマンティスときてるから次の階層は魔獣か水棲系、もしくは不定系さ」
「そうなんですか?」
「迷宮ごとに順番や内分けは違うけど階層ごとに主たる魔物は決まってて同系統の魔物は近い階層に居ないさ」
アキが言うには近い階層に近い生態の魔物が居ると潰し合い、捕食しあって更に強力な魔物に生まれ変わる。また同じ階層で同じ魔物が増えすぎると共食いし同系統の魔物の上位種になる。ゴブリンが増えすぎるとゴブリンナイトやゴブリンマジシャンに進化する魔物が出て、最後はキングが出現するという。ホワイトゴブリンの場合は希少種に進化した種であり通常のゴブリンとはまた違う系統に派生したものと考えられている。
「え、違う魔物になったら繁殖ってどうするの? 出来るの?」
「え」
「え」
また常識を聞いてしまったらしいとシキは察するが開き直る。
「魔物は他の生き物みたいに繁殖しない。勝手に涌いて出る。ほら」
フユの指さした先には黒い霧が集まり徐々にブラックマンティスが形作られているのが見えた。
「あんな感じ。今なら脆い」
フユは足下に転がる手頃な石を投げつける。黒い霧に包まれ実体化し始めていたブラックマンティスの頭部を破壊すると霧散した。
「生まれたばかりだと魔石どころか死体も残らないさ」




