5-1 a さいきんの学園もの2
ジュリアス一味が全員復帰したのはそれからおよそ1か月後、花も色づき始めたころだった。
アリスは素直に頭を下げて謝った。そしてその後、ジュリアスに促され、ジュリアスの手下たちがシェリアに謝った。
これで、今回のことは手打ちになり、すべて丸く収まった。
・・・かに見えるが、収まったのは表面上だ。
アリスが謝罪のために頭を下げた時、アリスの動きに少年たちはビクリと恐怖の反応を示した。
あれだけやられたのだからしょうがない。体にも心にも恐怖が植え付けられている。
そんな彼らに悪魔のような笑顔でアリスはこう言った。
「今後も、あなた達は私の下僕ですからね。ゆめゆめお忘れなきよう。」
決闘のその条件生きてたんだ・・・。
彼らは真っ青な顔で身震いした。
アリスの一挙手一投足にビクビクと反応している彼らを見ていると可哀そうだとも思う一方で、アリスやシェリアにしたことを考えると当然の報いだ、とも思う。
なのでアリスの事がトラウマになってしまった彼らについては可愛そうに思わないことにした。
ともかく、少年たちの心の傷は置いておけば、この騒ぎのかたは付いた。
ところが一難去ってまた一難。
時を同じくして、今度はアピスが動き出した。
「リデルさん。お話がございます。」シェリアと二人で机を囲んでお弁当をつついていたアリスのところにアピスが一人でやって来て、アリスの後ろから声をかけた。
昼休み開始直後、手洗いに行ったアリスは帰りに大きなカマドウマを見つけ、初めて見る謎の生き物に興奮してしばらく観察していた。そのため、昼休みの終了近くになった今も弁当を食べ終えることができていなかった。
一方のシェリアはここ一か月の経験で、アリスを待っているとお弁当を食べ損ねてしまうことを知っていたので、すでに食事は済ませている。彼女はアリスへの順応が早い。
ちなみに、アリスがカマドウマを捕まえて教室に持ち帰ってこなかったのもシェリアの教育のたまものだ。シェリアは、以前、アリスがでっかいタカアシグモを捕まえて来た時に執拗に言い聞かせ、それ以来アリスは虫を見つけても教室まで持って来ることはなくなった。
アリスはグラディスの作った唐揚げっぽい料理を頬張ってもぐもぐとしたまま、振り返ってアピスを見上げた。
アピスはアリスを睨みつけたまま、アリスが咀嚼を終えるのを待った。
さすがのアリスも物を口に入れたままはしゃべらない。
アリスの向かいに座っているシェリアと、アピスの様子を見ていた近くの席のクラスメイト達も息を殺してこの先の展開を待った。
しばらくの間アピスのことを見上げながら、もぐもぐと口いっぱいの唐揚げを味わっていたアリスは、ついに、ごっくんと唐揚げを飲み込んだ。そして、振り返って次の一個をフォークで口の中に放り込んだ。
「ちょ!ちょっと!なに次の行ってるんですか?!」今までアリスが食べ終わるのを待っていたアピスが怒った。
「?」アリスが、再び口いっぱいの唐揚げをもぐもぐとしながらアピスを見上げ小首を傾げた。
ハムスターかな?
アピスは律儀にアリスの口の中が空になるのを腕組みしながら待った。
アリスは不思議そうにアピスを見上げながらほっぺたを動かし、二つ目もようやく飲み込んだ。
アリスは少しの時間アピスをじっと見つめた。そして、再び小さく首を傾げてから三つ目に手を伸ばしたところでアピスに制止された。
「お話があるって言ってますのに!」アピスの声が少し高くなった。「なんで、食べようとしますの!?」
「?」アリスが怪訝そうな顔をして尋ねた。「話があるんなら話せばいいじゃないですか?」
いや、食いながら聞くなよ。あと、反応してやれよ。アピスちゃん、このためにわざわざこの時間まで待ってたんだぞ。
「リデルさんの素行はクラスに迷惑をかけています。」アピスが語気を荒げて話し出した。「このままではわたくしたちは安心して授業を受けられません。」
「?どこがですの?」アリスが信じられないというような声を上げた。
そりゃ、授業はまじめに聞かないの、脱走しーの、挙句の果てに流血事件だし、文句が無いと思っているアリスのほうがおかしい。
アピスはアリスの問題点を次々と上げ始めた。
「まず、リデルさんは、授業態度が酷すぎます。」腕を組んだままアピスが告げた。「もっと真面目にお聞きなさい。しかも、時々寝ているじゃありませんか。あなたは何のために学校にいらしているのですか!」
ほれ。
「しかも、時々、朝来たかと思えばそのまま窓から出て行ってしまう。これこそ、本当にあなたは何のために学校に来ているか分かりません!きちんと授業を受けてくださいまし。もし、用があるのなら、何故、始めっから休みにしないのですか?」
たしかに。
そう言えば、ここ一か月間アリスは毎回わざわざ教室を経由してスラムに行っている。なんでだ?
「うーん?流れ??」アリスが少し考えて答えた。アリス本人も良く分かってなかったっぽい。
「しかも、ペットを連れてきて教室で放し飼いにする。他の生徒が真似をし始めたらどうするのですか。」アピスはそう言ってこっちを見た。
あれ?ウィンゼル卿はマイナスポイント?
よくよく考えたらそりゃそうか。冷静になってみると先生が文句を言わないことのほうがおかしい。王女だから言えないんだろうけれど。
「シェリアのためにジュリアスの子飼いをのしてくれたので、今まで大目に見ていましたが、もう無理です。」
あ、あの事件はプラスなんだ。
「とりわけ我慢がならないのが、授業中に先生の講義に文句をつけて授業を止めてしまうことです。みんな大変迷惑しております。」アピスはアリスを睨みつけた。「そもそも、ご自分が授業を聞いていないからトンチンカンな質問をなさるのです。」
あー。これはだいたいケネスのせいだ。
アリスが授業が退屈と言ったのを聞いたケネスが「どんなにつまらない授業でも興味を持って聞きなさい。知っていることでも納得いかないところや自分の知識との齟齬があればそれを質問しなさい。殿下にとっては人と話し合うことが自分の理解を深め、他人の考え方を知るための大事なスキームとなるでしょう。学校は殿下の成長の良い機会なのです。」とアリスにアドバイスしたせいだ。
なので、アリスは最近授業中に先生たちに議論を吹っ掛けるようになった。エルミーネの時にそうだったように、当然、授業は止まるし空気も悪くなる。これがアピスの最後の堪忍袋の緒をほどいちゃったのだろう。
例えば今日の場合だと、社会の授業で、アリスが犯罪は人と人との間で起こるものなのに、犯罪率が人口密度の二乗に比例しないのはなぜかとか言い始めた。
自分にはアリスが何を言ってるのかさっぱりわからない。先生もアリスが何を言っているか解らなかったらしい。アリスが一生懸命説明するもケネスの期待していた『話し合い』というのとは程遠い『話し合い』が進み、そのまま授業が終わってしまった。先生はこれ幸いとアリスとの論議を切り上げて逃げ帰ってしまった。
「トンチンカンなことはないでしょ?そちらこそ考えて授業を聞いていらっしゃいますの?」アリスはそう憎まれ口をたたいて、フォークに刺さって待っていた3つ目の唐揚げを口に放り込んだ。
「食べないでおくんなまし。」アピスが呆れたように言った。そしてまたもぐもぐと頬を動かしているアリスに続けて説教した。「授業はあなた一人のための物じゃございません。きちんと聞いて、きちんと理解していれば、あのような変な質問で授業を止めることなどないはずですわ。」
「ん~。」アリスは何か言いたげだったが、口の中がグラディスの作った唐揚げでいっぱいだったので反論のほうを飲み込んだ。何でこのタイミングで食ったんだよ。
「ともかく、授業はきちんと聞くこと。先生に変な質問をして困らせないこと。せめてこの二つだけでもきちんとしてくださいまし。」アピスはそう告げると相変わらず優雅な回れ右をしてアリスの元を去っていった。
アリスはむしゃむしゃしながらアピスの後姿を見送るとシェリアのほうを向き直った。
「リデルちゃん、アピス様の言うとおりだよ。先生いつも困ってるよ。」シェリアもアリスに忠告した。
「むー。」口に唐揚げの入っていたアリスはうなり声で返事をした。そして、唐揚げを飲み込むと「わかったー。」と答えた。
そして、次の算数の授業中にはもう寝てるのだった。




