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4-8 c さいきんの学園もの

 金曜日。

 アリスは今日もサボりだ。

 今日は寝坊だ。

 今回の寝坊についてはしかたがないというのが、オリヴァ、グラディス共に納得の結論だった。

 昨日の夜、スラムから帰ってきてから、アリスはタツとケンに向けての教科書を編纂していた。教科書自体はアリスが使っていたのがあったのだが、内容が貧民にはちょっと合わなかったのだった。

 例えば、Sのスペルのいろいろな例にはフォークとナイフの絵が描かれており、シルバーと書いてある。しかし、食器のことをシルバーというのは貴族だけだ。スラムの貧民たちの食器は木だ。そもそもフォークですらない。とがった枝だ。他にも、アリスの持っている教科書では、宝石の名前や、外国の名前、有名な貴族の名前なんかが並んでいる。もちろん川やら山やら空みたいのはある。しかし、ハエだのネズミだの猫だの藁だの瓦礫だの彼らの生活の周りにあるものは載っていない。

 アリスは教科書を見ながら、彼らが身近に見かけるものをいろいろ考えながら紙に書きとった。

 アリスはしばらくいろいろ書きだしてから、ふと思いついたように『タツ』と『ケン』とついでに『スタン』のスペルを作成した。少しでもオリジナリティーを出したかったのか、『ケン』はN二つ、『タツ』は正式な発音をすると『タス』と読めるスペルになっていた。

 そんなわけで朝方まで夜更かししたアリスは本日はお寝坊だ。

 グラディスが朝いつもより早めにこっそり入ってきて、窓から光が漏れないように持ってきた暗幕で遮光したこともあって、学校に出発する時間になってもアリスは眠りこけていた。




 アリスが寝ててヒマだったのと、ここ最近の癖で、朝一で、エドワルドに乗り移る。

 今日も彼らは学校にすでに到着していた。

 しかし、いつものようにアリスの机にイタズラは行っていなかった。彼らは今日は集まって何やら談義をしていた。

 「ドッヂソンの田舎者が身分もわきまえず生意気を言ってまして。」

 「そんなわけで、ちょっと強めに言ったら、とうとう学校を逃げ出したようなんです。」

 ゲオルグとアエドワルドがこの一週間のことをかなり歪曲して説明していた。

 あれはちょっと強めに言ったとかじゃなくて、いじめたっていうんだ。

 「せいせいするな。」

 「ああ、ようやく思い知ったみたいだ。」

 ジュリアスの取り巻きの少年たちがにやにやしながら勝利宣言をしている。彼らの中では昨日の朝、アリスとグラディスに相手にされなかった事象は、アリスの逃走という形に昇華されたようだ。

 「あまり、変なことはしないように。別に今ここでドッヂソン家と協調関係を結ばなくてはならないという訳ではないよ。それに、彼女も田舎から出てきてそこら辺の機微には疎いのだろう。その辺りはいずれ直っていくさ。なんだかんだ言って、リデル君はアリスの親戚だからね。うっかり下に見ていると、逆にえらい目にあうかもよ。ねえ?」

 そう言って、彼らをたしなめたのはジュリアスだ。

 アリスが学校をお寝坊したこの日、ついにジュリアスが復帰したのだ。

 ジュリアスに視線を向けられてエドワルドが気まずそうにした。ジュリアスは暗に、ドッヂソン家は侯爵で君の家柄は伯爵なのだから調子に乗らないように、とエドワルドたちに釘を刺しているのだ。

 ジュリアス自身は少年たちと違ってアリスが自分の派閥につかなかったことに目くじらを立てる気は無いらしい。

 ベルマリア公が亡くなってジュリアスの去就がどのようになっているかは分からない。いちおう、王位継承権の3位ではあるけれど、この間ロッシフォールに王様がジュリアスはねーよ(笑)って感じのことぶっちゃけてたから、彼が王様になる事はよほどのことがない限りないだろう。予備も予備。なんか不憫。

 彼は王妹の息子ではあるからそれなりの地位は約束されていようが、公爵の跡取りが後を継げず、伯爵や子爵に格下げなんて話は過去なんどもあったと歴史の授業でやっていた。父ちゃん祖父ちゃんの功罪(主に罪)もあるし、彼の去就はかなり不安定な状況と推測される。

 「まあ、気にしなくていいさ。取り立てて大きな問題じゃない。」とにもかくにも、ジュリアスが常識人でよかった。率先してアリスをいじめに来たりとかはなさそうだ。むしろ、制止してくれるかもしれない。

 「しかし、あいつ、ちょっと目に余ります。」アンドリューが強く言った。「ジュリアス様をないがしろにしているような態度でしたので、常識を解らせる必要があるかと存じます。」

 「その辺りの上下関係をしっかりさせておくのも必要なことかと。」ゲオルグもアンドリューに賛同してジュリアスに仰々しく頭を下げた。

 「もしかしたら、アリス王女が王座について、自分もその流れで取り立ててもらえるとか考えているのかもしれないです。」クリスティンが言った。

 「別にその辺りは放っておいても分かることだ。」ジュリアスは取り合わない。

 「アリス殿下が王になることなどあり得るのでしょうか。」エドワルドがジュリアスに質問した。

 「このままアリスが長生きすれば、アリスが王で僕とアミールが公爵だろうね。」ジュリアスは答えた。いちおう、彼は状況を解ってはいるらしい。この言い草だと、公爵のポストがすでに用意されているのかもしれない。エラスティアに接収されているベルマリア領の公爵だろうか。

 「アリス王女はご病気で虫の息だと聞きましたが。」エドワルドは驚いたように訊ねた。

 「正直、そこら辺は僕にも良くわからない。アリスのやついまだ社交界には顔を出さないし。」

 学校に来てるからな。

 「ジュリアス様が王になるのがよろしいと思います。」アルベルトが声をあげた。

 「まあ、僕も今の状況に甘んじるつもりは無いさ。」ジュリアスは答えた。うーん、まだジュリアスは要注意人物からは外せなそうだ。「父の遺志でもあるしね。」

 「遺志!?」話を聞いていた少年たちが驚いて声をあげた。

 ジュリアスがしまったという顔をした。

 あれ、ベルマリア公が死んだのって大っぴらになってないのか。

 そういや、赤黒メイドたちも噂してなかった。もしかしてベルマリア公が失脚したってことすら、下層の貴族たちには知らされていないのか?

 「かん口令が敷かれているから、このことは内緒だよ?じつは半月以上前には隠遁しててね、そのままさ。昨日まで祖父の葬儀をすませて、そこら辺の話を公爵たちと調整していたんだ。」ジュリアスは声を落としてこっそりと言った。「近く王は引退なされると思う。おそらくはアリス王女が王になるだろう。まずはしょうがない。お手並み拝見して、国をきちんと動かせないようなら考えるさ。」

 ジュリアスはそう言ってにやりと笑った。

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