4-8 b さいきんの学園もの
さて、スラムのタツの家でアリスたちは拾ってきた石をどうやって売るのか話していた。
「このままじゃ売れても、せいぜい500分の一の値段ね」
「50ロマくらい?」タツが訪ねた。
ロマは10分の1ラムジだ。
「2ロマよ。あなた計算できないの?」
「できるわけないだろ?」答えたのはケンだった。「そんなもん、俺らができるわけねぇじゃん。」
「お金を儲けたいなら計算はできなさい。お釣りも渡せないじゃないの。」
「じゃあ、憶えるよ。それを俺のできるようになることにする。」タツが言った。
「いいわね。グラディス教えられる?」
「構いませんが、いつもという訳には・・・。まず、彼がすべきなのは数字や文字を憶えることだと思います。」
「うーん。それもそうね。」
「んー。これ2ロマでも売れないとおもいますよ。」カリア石を一ついじくりまわしていたヘラクレスが割り込んできた。「石ですもの。」
「そうね、でも付加価値をつけるのよ。」
「付加価値?」ヘラクレスが小首を傾げた。
「私が買うのよ。」
「王女がそれを身につけるのですか?」
「きっと、似合うぜ!」ケンが嬉しそうに言う。
「あ!?」縞々の路傍の石が似合うと言われたアリスが切れ気味にケンを睨んだ。
「さすがにアリス様の装飾品としてはいささか、地味が過ぎるかと。」ヘラクレスは言葉を選びながら言った。
アリスににらまれヘラクレスに気を使われながら石をけなされて、ケンがしゅんとする。
「そうね・・・お守りとして買うのよ。その東の何とか山の守り神が守ってくれるのよ。」
「守り神なんて聞いたことないぞ。」とケン。
「ただの山だよ。」とタツ。
「別にいいじゃない。居なきゃ今から居ることにすれば良いのよ。」アリスが言った。「別に、ほんとに守り神が居るかなんてどうでも良いの。私がそう言って買ったことが重要なのよ。私がそう言って買ったと言えば値段をつける人が居るかもしれないもの。」
商人かな?それもわりと悪い方面の。
「そうね、病気が治るご利益があるとかどうかしら。私の病気がこれで治ったと広まれば、5ラムジくらい取れるかもしれないわよ。」
「てなことがあったのよ」
帰りの馬車の中でアリスはオリヴァに今日の顛末を語った。
「貧民たちの問題は彼らのほとんどが能力がないことなのです。しかも、そのことをまるで問題と思っていない。何故なら、なんとか生きていけてしまっているからです。だから、あのような暮らしから抜けることはできない。彼らにとっては奴隷制度のあったころのほうが幾分マシだったのかもしれません。」
「そもそも、字が読めないんじゃ勉強のしようが無いわ。文字を読めないなんて絶対だめよ。書物は有能な師よ。」本の虫らしいアリスらしい言葉だ。
「貴族のご子息でも字の読めない方はいらっしゃいます。そのための学校なのです。そんなありがたい授業を殿下は今日サボりました。」オリヴァは言った。「殿下は今日サボりました。」繰り返した。
「じゃあ、私の居ない時は、私の代わりにタツとケンに授業受けさせてもいいわよ。」
「なにをバカなことをおっしゃっているのですか。」
「そうね、論外ね。これじゃ、タツとケンしか救えないもの。」アリスはオリヴァが呆れているのとはスケールの違う理由で自分のアイデアにダメ出しした。「それじゃみんなが幸せになることはできないわ。選ばれた誰かが幸せになって、その誰かが望んだ形でしか幸せにしかなれない。今と一緒。みんなが文字を読んだり書いたりできなくちゃダメね。」
「書くのもですか?」とオリヴァ。
「当然。みんなが本を読めるようになったら、本が足りなくなるわ。本を書く人も必要でしょ?」
「それが殿下の出された貧民たちへの答えなのですか?」オリヴァが言った。『王は納税をしていない人間を助ける必要があるのか?』。最初にアリスが脱走した後に、アリス自身が呈した疑問についてのアリスなりの一つの答えなのだろう。
「そうね。お金を恵むのはなんか違うもの。お金は使っちゃったら終わりだしね。」アリスが言った。「そう、だから私は望むわ。みんなが文字を読める世界を。そんでもって、そうやって学んで得た物事を国に還元してもらいましょう。」
アリス自身もこれだと自信を持って言っているわけではない。時折、顎に手をあてて考えながらしゃべっていた。オリヴァに話すというより、オリヴァに話すことで自分の考えをまとめている様にも見える。
「そうね、全員が通えるような学校を作る・・・というのは無理かしらね。」アリスが虚空を見つめながら呟いた。「文字を憶えられるような紙片を全員に配るとか・・・それも書き写すのが大変ね。どうしたものかしら。」
「殿下にはお時間があります。できることを集めて物を進めるのではなくて良いのです。時間はかかりましょうが、できないことをできるようにしたほうが物事が前に進みましょう。」アリスがタツに言った言葉のようなことをオリヴァがアリスに言った。
「そうね。もっと考えてみるわ。」
「しかし、文字を教えるだけで彼らが変わりましょうか?」
「たぶん、ほとんどの人は変わらないかもしれないわね。でも、ケンやタツみたいに変わりたい人間に機会は与えられるわ。まずはそれでいいのよ。誰かがステキな見本になればきっとみんなもマネするわ。」アリスは言った。「それに、私、ヤル気の無い人間まで助ける気は無いもの。」
スクイージの事がふと浮かんだ。彼は文字が読めるようになったとして何かを頑張るだろうか。




