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4-6 b さいきんの学園もの

 毎日が学校という訳ではない。

 アリスはケネスとの授業もこなしている。

 「世界が仮に3人の村だったとしましょう。」ケネスは言った。「食料を作るAさん、洋服を作るBさん、家を作るCさんが居ます。」

 「うん。」

 「Aさんは食料を50ラムジ、Bさんは洋服を50ラムジ、Cさんは家と維持費を50ラムジで売って暮らしています。Aさんは二人に食料を売って100ラムジ稼ぎます。そして、その100ラムジでBさんCさんから洋服と家を工面して、あとは自分の食料を食べて過ごします。Bさんは洋服をAさんとCさんに売って100ラムジを稼ぎ、そのお金でAさんとCさんから食料と家を買います。Cさんもしかりです。この世界は誰も飢えることなく幸せに回ります。」

 ラムジとは国民貨を略したこの国の通貨単位だ。

 「そうね。つまらなそうな世界だけど。」一言多い。

 「これが、最も単純で基本的で理想的なお金の流れです。」ケネスは続けた。「何事も基本が大事です。このモデルは基本で本質です。これをまず理解し、このモデルにほかの要素を足して複雑にしていくことで本質を見失わないようにします。何事も基本が大事ってやつですね。」

 アリスは頷いた。

 「ここで、儲けを得ようと思ってAさんが食料の値段を55ラムジにあげました。Aさんはこれによって10ラムジ分余分に儲けることができました。ところが、食料が55ラムジになってしまったせいでBさんとCさんはお金が足りなくなってしまいました。そこでBさんとCさんも55ラムジに値上げしました。これで、AさんもBさんもCさんも110ラムジ儲けて、55ラムジずつほかの二人に使って、この世界は誰も飢えることなく幸せに回ります。」

 「値段が変わっただけじゃない。」

 「そうですね。でも、Aさんは10ラムジ貯金ができましたよ?」

 「BさんとCさんに5ラムジづつ損害がでてるわよ?」

 「まあ、でも、みんな5ラムジ収入が増えて喜んでるからOKです。」

 「なんで喜ぶのよ?買う物の値段も上がってるじゃない。バカなの?」

 「世の中そんなもんです。」ケネスが言った。「でもね、これ、全員が得する裏ワザがあります。」

 「なに?」

 「5ラムジ損したBさんが次の年に5ラムジではなくて10ラムジ値上げすればいいんです。」

 「はぁ?」

 「これでBさんは5ラムジ損しましたが20ラムジ儲けたので差し引き15ラムジの儲けです。」

 「Cさんの損が15ラムジに増えてるじゃない。」

 「そしたらCさんも10ラムジ値上げしましょう。これで差し引き5ラムジ儲けですね。」

 「今度はAさんが‐10ラムジの負債に戻ったわよ?」アリスがそう言ってから、ケネスの代わりに自ら答えた。「Aさんがもう10ラムジ値上げしましょう。」

 「あはは、そうそう。」

 「これ、儲かってるの?」

 「儲かってますよ?損する前にそれ以上にきちんと値上げしてればいいんです。」ケネスが言った。「ただ、値上げを止めた瞬間、誰かに大量の負債が発生しますが。例えばAさんが値上げを止めた瞬間、Aさんは借金で首が回らなくなり、Aさんが物を買えなくなって食料が無くなり、この村は滅びます。まあ、儲かっているというか未来から借金してるようなもんですかね?」

 なんか似たような話を前世で聞いたような。

 「お金のやり取りだけを見たら一つの成長モデルの形です。これをずっと続けて豊かになっていくか、上手いことこの終わりない値上げを終息させて理想の循環状態に戻すか、はたまたこんなことが起きないように保持するのか、この手綱を握るのが国の経済を担う私たちの役目です。」

 「うーん。」アリスがうなる。「なんか、騙されてる気がするのよね。」

 「例えば?」

 「だって、これじゃ誰もホントの意味では儲けられないじゃない。」アリスが言った。「というか儲け自体に意味がないわ。」

 「まあ、限定された理想上の世界ですからね。」ケネスは言った。

 「でも、理論上の一つのロールモデルなのでしょ?なら、現実でもこのジレンマは少なからず基盤になっているはずよ。」

 「おっしゃる通りです。」

 「そうよ!なにが、変だか解ったわ!」アリスが叫んだ。「この世界は原始時代なの?それとも文明的な世界なの?」

 「どちらでも構いませんよ?特に定義したところで変わりません。」

 「じゃあ、おかしいわ。もしこの村が原始的な村だとしたら、どうやって発展していくの?作物の質が上がって余剰生産が発生して、家が藁から石造りに変わって、裁縫の技術が進化して、そうやって彼らは儲けを出していくんじゃないの?」

 「最初私は『儲けようと思ってAさんが食料の値段を55ラムジにあげました。』と言いましたね?こう言い換えましょうか?『儲けようと思ってAさんが“美味しい小麦を開発して“食料の値段を55ラムジにあげました。』どうですか?何か変わりますか?」ケネスが言った。「商品の価値なんて高く買わせるための言い訳にすぎません。価値なんて変わらなくても、値上げをできる人が値上げすればその人は儲かるんです。突き詰めれば商品その物だって要らないはずなんです。そして、そのうちどこかでお金の周りが安定して、その時には誰かが得をして誰かが損をしているはずなんですよ。」

 「価値も無視して値上げなんて許されるわけないじゃない。」

 「そうなってしまうと、おいしい小麦を開発したAさんは値上げをできるので儲かり、新しいものを開発できなかったBさんとCさんは値上げをできないので毎年損を積み重ねるだけです。買ってくれる人が居なくなってはしょうがないので、BさんCさんがつぶれてしまう前にAさんが値下げをせざるをえないでしょうね。」ケネスは言った。「価値とは何でしょうね?儲けとは?幸せとは?」

 アリスは額にしわを寄せて一生懸命に考えている様子だ。

 「我々は物の価格をある程度自由にできる立場に居ます。そのことをきっちり理解していないのなら、貴女は王として必要ない。」

 すげぇこと言うな。

 「手厳しいわね。こういうことでしょ?」アリスが答えた。「Aさんがおいしい小麦を開発した世界のほうが良い。でもBさんとCさんは借金ができてしまうから不幸せになってしまう。だからどうにかしないといけない。」

 「どうにかとはどうします?」

 「さあ、Bさんに兼業でお花屋さんでもやってもらうかしらね。」

 「はあ、花屋ですか?」

 「だって、Aさんが儲けてるんだから、そのお金の使い道を考えてあげなきゃ。そのお金がBさんとCさんに入れば良いんじゃない。」

 「なるほどなるほど。」ケネスが笑った。「一つのやり方ですね。」

 「考え方としては間違ってるのね?」

 「いえ、とんでもない。」ケネスは首をふった。「私の理想論とは違っただけです。」

 「あなたならどうする?」アリスが質問をし、そして言い直した。「いいえ、あなたが思う通りにできていたとしたらどうしていた?」

 「幸せに価値などつけません。」ケネスは答えた。「儲けるために小麦の改良などしなければいいのです。ただ、豊かになるために小麦を改良すればいいのです。美味しい小麦のある世界のほうが良いんですから。」

 「でも、そうはならなかった。」

 「そんなん無理ですよ。人間の幸せは相対的ですからね。他人を出し抜くこと、他人よりも立派なこと、他人よりもお金持ちなこと、そんなもんですから。」ケネスは寂しそうに言った。

 「心に刻んでおくわ。」アリスは言った。

 アリスはケネスの愚痴を自分の問題として受け止めたようだった。

 「実はこのロールモデルには一つの理想解があります。」ケネスが言った。

 「なに?」

 「村人ABCがそれぞれ二人分のごはんと家と服を買えばいいのです。」

 「いや、それズルじゃん。一人が消費する分が決まったうえでどう回すかっていうのが前提でしょ?いきなり二倍も食べられないし、服を二人分着たりするのは前提おかしくない?」

 「別に二人分の食料を買っても残せばいいですし、服だっていろんな服から選べると考えればいいじゃないですか。余ったら捨てればいいだけですし。」ケネスが言った。「いつでもお腹いっぱいで、たくさんの洋服を持っていて、家も倍の広さです。まあ、その代わりみんな倍働かないとダメですけどね。」

 「うーん。なんか納得いかないわね。それに、そんな風に無駄にお金を使うのはどうなの。」

 「王女様が何を言ってるんですか?生きていけるレベルを越えた消費は無駄と同義です。」ケネスが言った。「殿下に行きつくまでにたくさんの食料が廃棄され、殿下にはたくさんのお洋服が用意されますが大半の洋服は着られることはなく、殿下のためのお部屋は広いうえに、この部屋のほかにも使っていない部屋が用意されているでしょう。」

 「むう。そうね。みんなが王族みたいな贅沢で無駄の多い暮らしをすればいいってこと?」

 前世ではその生き方は悪徳だったな。道徳的な話もあるが、その生き方で前の世界では資源の枯渇が問題になっていた。

 「そうですね。」ケネスは言った。「でも、たいていの庶民は、お金があったとしても衣食住が揃ったら先の生活に備えて貯蓄するでしょうね。貧困を知っている人々や目の当たりにしている人々はみんな未来が不安なのです。お金を持っていれば、いざという時にいつでも使えますからね。不幸ではないこともまた幸せの形なのでしょうね。」

 「そもそもスクイージ達には贅沢に使うためのお金が無いものね・・・。」アリスが何かを考えながらつぶやいた。

 「次は村人を増やしていってみましょうか。どんどん複雑になっていきます。」と、ケネス「でも、今日はここでおしまい。お茶にしましょう。殿下は甘いのが好きだと聞いたので・・・」

 「ケーキ!?」アリスはケネスの言葉が終わらないうちに身を乗り出して歓喜した。

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