4-5 b さいきんの学園もの
さて、体育の授業中活躍していたのはアリスだけではない。
自分もエドワルド君に感染をすることに成功した。
これで、アリスへのイタズラを未然に知ることができるようになった。防ぐことができると言い切れないのが歯がゆいところだ。それでもアリスにちょっかいを出しそうな連中には可能な限り感染しておこう。
これから行われるイタズラの内容だけでなく彼ら自身についても詳らかになった。
何で、彼らがアリスにちょっかいを出すのか。
これにはやはり貴族同士のしがらみが絡んでいる様子だ。
先も少し述べたが、アリスが身をやつしているドッヂソン家は普通の侯爵家と違う。
公候伯子男 (こうこうはくしだん)と言うように、この世界でも貴族の階級は公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵の順番に偉い。
公爵は国の全域を分割して統治しており国政にも大きく関与できる。それに対し、侯爵はもう少し小さな領地や主要な都市を治め、国政自体には大きく関与できない。地方自治体のトップのような位置付けだ。
日本で言えば愛知の県知事や名古屋市長が侯爵であり、その上に公爵として東海地方を治める偉い人が居る感じだ。
伯爵も領土を持つが、一つの街やその周辺に限られる事が多い。いくつかの町を傘下に収めるようになると侯爵に繰り上げされていくからだ。市長と言ったところだ。
子爵はもっと小さな町や村を所持している。伯爵が地方の都市なら、子爵は本当に地方のありきたりの町村や村落を統治している。男爵も子爵と同じようなものだが、男爵の場合必ずしも領土を持たない。騎士などは男爵が多い。
子爵と男爵の爵位は個人への褒美として与えられる場合がある。これは平民に与えられる場合もまれにある。公侯爵家の跡取りがそれにふさわしくないとされた時に左遷される場合や、爵位を継げなかった場合に村落をあてがわれて子爵になることもあるようだ。
子爵、男爵に関しては基本世襲も許されているが、自領の統治の出来の如何によっては爵位をはく奪され、別の人間が据えられることも少なくない。
伯爵以上は基本必ず世襲なので、子爵や男爵の子息が伯爵になることは無い。伯爵の跡取りも何もせずに侯爵になることはありえない。無論、結婚や養子とかの場合はべつだ。
一方で、男爵、子爵その人が何らかの功勲で伯爵に格上げされることはごくまれだがある。伯爵から侯爵に上がることもある。公爵への昇格は基本的には無い。公爵は必要な場合に国が作る爵位だからだ。国が相応しい人間を勲功を関係なく指名するが、だいたいは世襲だ。
ドッヂソン侯爵家はかなり特殊な例で、子爵がいっきに侯爵になったケースだ。
理由は簡単。
ネルヴァリウス王がドッヂソン家のライラを見初め結婚するといって聞かなかったためだ。
子爵の家柄、それも、もともとは男爵だったため子爵といっても小さな村しか持ち合わせていなかったドッヂソン家。それに箔をつけるため、無理やり准侯爵という位を作って、家長であったライラの兄を形だけでも侯爵にしてしまったわけだ。
ライラが死んでしまった今、実質ドッヂソン家の力はそこらへんの男爵と変わらない、が、侯爵としての地位は残された。
有力な貴族、すなわち侯爵と伯爵のほとんどはどこかの公爵の派閥下に入るのが通常だ。
しかし、ドッヂソン家は侯爵にも関わらずベルマリア派にもエラスティア派にも属していない。もちろん他の公爵にも関係していない。
なぜなら、ドッヂソン家は彼らにとってどうでも良い侯爵だったため放置されているのだ。ドッヂソン本人もそういった派閥関係には関わりたくない人間らしい。
このクラスは故ベルマリア公爵の息子のジュリアスとミンドート公爵の娘のアピスの二人を中心に、侯爵と伯爵の子供たちが派閥を作っている。おそらく、親の関係性をそのまま持ちこんでいると推測される。そして、この関係はある程度大人になっても持ち越されるのだろう。
いちおう、モブート派閥やエラスティア派閥もあるが、この学校においては少数だ。大別すると女子はほぼアピス派。男子のほとんどがジュリアス派だ。
ところが、そんなクラスにふらっとなんちゃって侯爵が転入してきて、どちらの派閥にも入らなかったのだからさあ大変。
ドッヂソン家が大したことのない家柄なのはみんな知っている。それがアピスの勧誘をはねのけ、ジュリアスが居なかったとはいえ侯爵家の息子たちの誘いも断った。しかも、アリスの行動の節々から、アリスがクラスメイトの家柄を敬っていないことが伝わってくるのだ。それどころか、自分たちのことを下だとみている節がある。そういった雰囲気を彼らは貴族特有の嗅覚で感じ取ったわけだ。
エドワルドなどは伯爵家の息子なのでとても複雑な思いだ。
男爵程度の領土しか持たない葉末の貴族が一族から王の妃が出たというだけで侯爵になり、その娘が当然のように侯爵の娘であるかのごとくふるまっている。エドワルドとしてみれば、まったく面白くない。彼らから見れば、リデルは王女と遠い親戚という事を鼻にかけ、それだけで自分のことを見下しているいけ好かない貴族なのだ。
逆に、子爵や男爵の子供ばかりが集まっていた下のクラスではアリスは大人気だった。彼らにとってドッヂソン家とは男爵から一気に侯爵まで登り詰めたスーパースターなのだ。
「で、どうするんだよ。」
二つある校舎の間に小さな中庭がある。中庭と言えるほど庭でもない。ただの校舎の間といったほうが正しい。校舎内からも学園外からも死角になっている。少年たちはここに集まってリデルをどうするかの相談をしていた。
「あいつ、自分が侯爵家の娘とでも思ってるじゃねえか」とエドワルド。
「まだ、足が痛いし。なんなんだよ、あいつ。ゆるせねぇ。」でぶっちょが自分の行為を棚上げして怒った。
「こっちも、まだ匂いがついてるような気がするんだけど。」
「ついてるんだって。」アンドリューがノッポを追い払う。
「ぜったい、ほえ面かかせてやる。泣いて謝ったってもう許さねえ。たかが田舎の平民に毛が生えたような貴族じゃねえか。」
「立場もわきまえずに生意気なんだよな。まじ一発殴らないと気がすまない。」
「問題にならないようにしろよ。名目だけは王家の親戚の侯爵だ。ドッヂソン家はともかく、後ろからとんでもないのが出て来たらただじゃすまないぞ。」アンドリューがいきりたつ少年たちをなだめた。
「作戦を考えないとダメだ。あいつは一筋縄じゃあ行かない。」ノッポが遠くから提案した。「まずはアイデアだな。」
彼らは、自分がこの会議をまるまる聞いているとも知らず、リデル=ドッヂソンを貶める計画を相談し始めた。
彼らのたくらみはこのように筒抜けだ。




