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4-5 a さいきんの学園もの

 さて、体育が始まった訳だが、不安しかない。


 アリスが遅れて到着すると、すでに男女に分かれて授業が始まっていた。

 女子は体操、男子は剣技。男女別だ。

 男女別なら問題は無いか。あいつらと絡むことはない。

 女子の体操は体幹を鍛え所作を美しくするための基礎トレーニングらしい。着替えの前に先生がクラスの皆に説明していた。おそらく、新しく入ったアリスとシェリアに向けての説明だったのだろう。

 着替えの途中で手を洗いに行っていたアリスは一人みんなから遅れての参加となった。アリスは特に脱走するそぶりも見せず、おとなしく体育の授業に向かった。よかった。

 ・・・授業に無事に出ただけで、ほっとせにゃならんのってどうなのよ。

 自分がアリスに居る間、ウィンゼル卿がどこかに逃げてしまっているんじゃないかも心配だったが、ウィンゼル卿はおとなしくシェリアの隣に座って待ってた。

 こっちはアリスと違って心配しなくてもよさそうだ。

 ウィンゼル卿はアリスがやってくるのを見かけると、とことこと走り寄ってきて、肩の上によじのぼった。

 アリスはウィンゼル卿の走って来た先にシェリアを見つけるとその隣に腰を下ろした。

 「リデルちゃん、手の匂い取れました?」

 「まだ少し匂うかも。」アリスが自分の手を匂う。

 「ダメですわ、あんなの触っちゃ。」シェリアはアリスの手を警戒して少し距離を取った。

 と、二人の前にそばかすの少年がやってきて仁王立ちした。

 「おい、ドッヂソン。お前のせいで、男子の人数が足りないんだ。こっち来て剣の相手しろよ」

 そういえば、体育に出ている男子が目の前の彼を含めて3人しかいない。3人ともアリスにちょっかいを出してきている連中だ。今日出席していた男子だと、アリスが昨日足を踏みつけた奴とさっき臭い袋をぶつけられて逃げてった奴が居ない。たしかにアリスのせいって言えばアリスのせいと言えないこともないが・・・。

 残りの2人の男子は少し離れたところでこちらを見ながらニヤニヤしている。

 これはまた、めんどくさいことになりそうだ。バスケの惨劇が脳裏をよぎる。

 そばかす少年の言葉を聞きつけた先生が慌てて駆け寄ってきた。ガタイのいい青年だ。

 「エドワルド君!女子は剣の稽古は必要ないんだよ!」先生がエドワルドの襟首の後ろをつかんでアリスから遠ざけようとする。

 「喜んで!」アリスが嬉しそうに肯定の声をあげた。「是非やりましょうよ!」

 ですよねー。

 「リ、リデルちゃん?」突然男子に難癖つけられたため、おびえて小さくなっていたシェリアがアリスの予想外の反応に狼狽の声をあげた。

 「アリ・・・リデルさん、女性には剣の授業は必要ないかと思いますよ。」

 「そんなことありませんわ。何だって憶えておいて損はありませんもの。」

 「しかし、お怪我をなされては・・・」

 「いいのよ!」

 先生がかなり苦い顔をする。かなり困っている様子だ。そりゃ王女にケガさせたとあっちゃ大変だ。

 「ささ、行きましょ。」

 アリスがエドワルドの手を取って、残りの二人のほうへ向かった

 「お?おう??」いつの間にかアリスが主導する形になっていて、困惑するエドワルド。

 「ちょっ」先生が慌ててアリスの後を追った。


 アリスの合流した男子達は仕切り直しで、先生の前に集められた。

 「今日は、リデルさんが居ますので、剣を使わないバランス対決の授業を行います。」

 「ブー」剣を使わないことに皆から不満そうな声が上がった。アリスが率先してブーイングしているものだから、先生は明らかに困っている。

 先生の提案したバランス対決のルールはこうだ。

 足元の小さな円の中から出てはいけない。手をグーにしてはだめ。相手をつかむのも無し。

 相手の顔に手の平を当てるか、相手を足もとの縁から出せば勝ち。

 これなら力勝負ではないからアリスに有利だ。それ以上にアリスが相手を怪我させる心配がない。

 早速、茶髪と金髪が見本を見せることになった。

 6、70cmくらい離して二つの円が地面に描かれ、それぞれの円の中に茶髪と金髪が立った。

 円、ちっさいな。一歩どころか半歩踏み出す広さもない。

 「はじめっ。」

 先生の合図で試合が始まった。

 茶髪と金髪はお互いをけん制する感じで手を振った。

 手のひらを当てるだけで良いので本気で振り回す必要はないのだが、どちらもそもそも当てるつもりすらないフェイントだとわかる手の動かし方だ。

 金髪が一瞬重心を前にかけて腕を前に出した。完全な様子見だ。

 茶髪はその瞬間、今までの情けない手の振り方はやめて、金髪の右腕を思いきり手のひらでたたいた。金髪はそれを予期していたかのように身をよじって受け流すが、少しふらついた。

 すかさず茶髪の追い打ちがかかる。

 が、金髪、即座に振り下ろされた相手の左手に自分の右手を合わせて打撃を相殺。衝撃で金髪が後ろにのけ反った。

 茶髪にとっては絶好のチャンスだったが、残念、茶髪も自分の攻撃が迎撃された勢いで後ろにのけ反っていた。

 二人してのけ反っていたため、互いに攻撃はできず、態勢を立て直すだけで、再び元の膠着状態に戻った。

 しばらく、フェイントの掛け合いが続いたが、ついに茶髪がしびれを切らして突然捨て身の攻撃に入った。前傾姿勢で相手に体重を預けるかのような右掌底だ。これをかわされたら、確実に前に倒れる。

 「うぉっ」虚を突かれた金髪がバランスを崩しながらも身をひねる。

 間一髪、茶髪の右手が金髪の肩口をかすめ左にそれた。

 「よしっ。」と勝ちを確信して金髪が声をあげたが、それは完全な油断だった。

 その短い勝どきが口から出た時には、金髪は円後ろに一歩足を踏み出していた。

 茶髪が大振りの右手と同時に左手も伸ばしていたのだ。

 つまり両手パンチだ。カッコ悪いが、右手をかわしてバランスの崩れた体に、茶髪の左手が遅れて到着し金髪を押し出したのだった。

 「そこまで!」先生が終了の声を上げた。「アンドリューの勝ち。」

 茶髪の少年、アンドリューがガッツポーズをした。

 打撃はあるけどこれなら力勝負にはならないし、アリスがこぶしで怪我をさせるような可能性も少ないだろう。

 これなら安心かな?


 さて、今度はいよいよアリスの手番だ。アリスは「やるぞー」と言いながらご機嫌そうに腕をぐるぐる回す。

 相手はそばかすの少年、エドワルドだ。

 アリスが地面に描かれた円の中に立ち、エドワルドを見た。

 「覚悟しろよ、田舎もん。」エドワルドはニヤニヤとアリスを見ながら、悪態をついた。まあ、負けるとはつゆほども思っちゃいないんだろうな。

 実際のところ体育の授業はそれほど重要ではない女子たちが、授業そっちのけで集まってきていた。アリスは肩のウィンゼル卿を地面に下ろした。ウィンゼル卿はアリスの元を離れて、アリスのことを心配そうに見つめるシェリアの元に向かった。

 アリスはそんなシェリアの表情には全く気付かない様子で嬉しそうに彼女に手を振った。

 「よろしい。構えて。」先生は二人が準備が整った様子なのを確認すると声をかけた。「はじめっ!」

 エドワルドがアリスに向けて腕を振り回す。

 始まってみて分かった。アリスはリーチが短いので圧倒的に不利だ。

 アリスは思いっきり前傾にならないと相手の顔に手が届かない。

 円から出て行けないせいだ。

 足を封じられてるって結構痛い。アリスの長所である機動力が奪われているのだ。

 エドワルドが大きく振りかぶってアリスを引っ叩きにかかる。踏み込みこそないが、完全にぶっとばす勢いだ。

 アリスがひょいとかがんでかわす。そして、かわしざまに裏拳を出す感じで攻撃。てか手の甲当てても意味ないんだが。

 エドワルドは少し重心を後ろにずらしただけでアリスの攻撃をよけた。

 「もらった!」エドワルドはアリスが少し前がかったとみて再びアリスの顔面を狙う。

 アリス、今度は大きく後ろに反って避けた。

 エドワルドはアリスがそうやって避けるのが解っていたかのように裏拳を振り回しより深く攻撃を仕掛けてきた。

 アリスはさらに大きく後ろにのけぞって攻撃を華麗に避けた。

 柔軟な体使いに、ギャラリーから感歎の声が上がった。

 ただ、後ろに重心はまずい。後ろに重心がかかっていると攻撃ができない。逆に相手からは格好の的だ。

 エドワルドは避けられると思っていなかったのか一瞬バランスを崩したが、アリスのほうが大きくのけ反っていたので、先に態勢を立て直した。エドワルドはここがチャンスとばかりにアリスのほっぺたを引っ叩たこうと前のめりになりながら右手を振りかぶった。

 「これで終わりだ!」

 後ろにのけ反っていたアリスは、円の内側で小さくステップをきざみながら、重心の移動という概念が無いかのように一気に前傾になった。そして、相手のスイングを身をよじって迎撃した。振り下ろされた相手の右手に掌底をたたき込んだのだ。

 アリスの掌底は相手の肘の内側を捕らえた。

 エドワルドは肘への打撃に「うっ」と声をあげた。打撃の瞬間、関節が衝撃を受けて内側に曲がり、アリスの掌底を挟み込んだ。

 「とうっ。」アリスは即座に上半身をねじって、エドワルドの肘の絡みついた掌底を背負い投げの要領でそのまま自分の後ろ側に振りぬく。

 エドワルドは掌底の勢いに腕を引っ張られて思わず前のめりになった。

 アリスは、バランスを崩して今にも円の外に踏み出しそうになっていたエドワルドを振り向いて確認することもなく、右手を素早くエドワルドの目の前に突き出して、手のひらをエドワルドのおでこにパチリとあてた。

 観衆が一瞬の攻防とアリスの見事な立ち回りに息を飲んだ。唖然とした観衆からは拍手も歓声も沸かなかった。

 アリスにおでこをはたかれた上に、円の外に一歩出てしまったエドワルドは信じられないと言うように呆然としている。

 「イェイ!一勝よね?」アリスだけが嬉しそうにはしゃいでいた。


 結局アリスは、面子三回り、9戦して、9勝した。

 最後の茶髪、アンドリューはよほどプライドに傷をつけられたのか反則をしてまでアリスに殴り掛かったが、アリスはそんなことに気づく様子もなく相手が前に出てきたのをこれ幸いとばかりに、後ろにぶん投げた。

 なんか合気道の師範とかがやらせみたいに人を回転させてるのを動画で見たことあるけど、あれってホントにあるんだね。

 「楽しかったわね!」と貴族のふりをしていることも忘れ、いつもの感じで笑顔で声をかけるアリスに対し、男子たち3人は歯を食いしばってアリスのことを睨みつけると、逃げるように去っていった。

 うーん。この天然の煽り職人。

ちょっと馬鹿な間違いがあったので一部、ルール直しました・・・ /2024/7/15

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 少し気になったのですが、バランス対決のルールで「使うのは右手のみ」とあるのに、金髪の少年VSアンドリューの戦いでアンドリューが左手を使ってしまっているようです。
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