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4-1 b さいきんの学園もの

 グラディスやオリヴァとのいつもの生活のほかに二つほどイベントがあった。


 一つはアミールの11歳の誕生日会。

 さすがに、公式に元気になったアリスが出ないわけにはいかない。

 豪華な誕生会だった。城の二回にある大広間がパーティー会場として飾り付けられている。立食形式で、アリスが到着したときには着飾った貴族たちがすでにグラスを片手に談笑していた。パーティー自体はまだ始まっていないが、乾杯するまで飲んではいけないというルールがあるわけではないようだ。

 王はまだ来ていない。まあ、アリスが王より遅く登場するのは儀礼上宜しくないし当然か。

 今日のアリスは赤いドレスに身を包んでいる。

 アリスには赤が似合う。外見は清楚だが、凛とした眉とにじみ出る烈火のごとき性格が、赤、それも派手な紅を引き立てるのだ。

 アリスもそれが分かっているのだろう。だいたいこういったときの服は赤色だ。

 「ひとりで行けるから大丈夫。」というアリスに「王女殿下がお付きを連れなければ周りの者たちに示しが立ちません。」と言って付き添って来たグラディスと大広間の前で別れたアリスは、すぐにアミールを発見した。例によってロッシフォールがアミールを連れている。

 アリスが近寄っていくと、アミールに挨拶をしていた貴族がアリスにアミールを譲った。

 「おめでとう。アミール。」アリスはアミールを抱きしめた。アリスもアミールもとても嬉しそうだ。

 「ありがとうございます。姉さま。」アミールは答えた。衣装と化粧のせいかもしれないが、アミールは前回あった時よりも少し成長したように見えた。それでも天使であることには変わりない。

 アミールが礼を言いアリスが何かを話しかけようとしたタイミングで、ロッシフォールがアリスの後方に向かって一礼した。

 ロッシフォールの礼に気づいたアリスが振り返ると近衛騎士を従えた王が二人の子供を幸せそうに見つめていた。

 アミールが主役ということもあってか、今回はファンファーレもなくカジュアルな感じで登場した王は、いつも羽織っているマントはつけていなかった。質素だが高価と分かる白いなめらかな服装が王の体つきを完全に隠すことができていなかったため、自分は彼が病的に痩せていておそらくそれほど長くないであろうことを理解した。

 「父上!」アリスは嬉しそうに声をあげると、しなやかに、そして優雅にスカートの両端をつまみ上げて挨拶をした。

 それ、いつもやろうよ。父ちゃんに見せるためだけの挨拶じゃないだろうに。

 娘ラブの王はとても嬉しそうだ。アミールとのハグを見ていた王はワクワクしながら抱きつきの迎撃態勢?を取っていたがアリスはそんなことには気づかず、アミールを人形のように引っ張ってくると、自分の目の前にくるりと持ってきて後ろから抱きしめた。アリスは小さいがアミールはもっと小さい。まだ一つ分アリスの頭が出ている。

 「アミールが大きくなったわ。」アリスはアミールの肩を後ろから抱きしめたまま言った。

 「お父様、お姉さまが元気になりました。」嬉しそうにアミールは言った。

 「アミールも大きくなったのだから、こういう場では、陛下とか王女殿下とかいうものよ。」アリスは自分が王子をアミールと呼んでいることは棚上げで言う。

 「良いのだ。」王はアリスが飛び込んで来てくれなかったので寂しそうに手を戻した。それでも、元気で中の良い二人を見てとても幸せそうだ。

 「アリスよ、加減はどうだ?」

 「とても良好ですわ。ムカつくけどアルトのおかげね。」アリスは笑った。「お父様は?」

 「万事良好だ。」厳めしい顔の王がにっこりと笑った。あんま元気には見えないが、それでも本当に今日は調子がいいのだろう。

 「学校は楽しかったか?」王は訊ねた。どこの世界でもこういうのは変わらないのね。

 「お城の中よりはいいわ。でも、授業は期待してたほどではなかったわね。もっと、細かいところも含めて・・・」

 アリスは学校についていろいろと話しだした。なんだかんだで、結構楽しかったんだな。

 アミールも興味津々で聴いている。

 「ふむ。」王はアリスが楽しそうに話すのを聞いて少し嬉しそうだ。親子というより孫の話を聞くおじいちゃんのように見える。

 アリスが少し話を止めた隙間をぬって王が訊ねた。

 「アリス、お前ならこの国をどうしたい?」ロッシフォールや王のそばに居た貴族たちが息を飲んだのが分かった。

 継承権3位のはずのアミールはキラキラした目で姉がどんなことを言うかを期待して見ている。

 「国民達がもっと幸せに生きられる国にしたいわ。」

 「そうかそうか。」王は特に大喜びするわけでもなく普通に相槌を打った。

 「姉上ステキです。」アミールは姉の答えに感歎した。なんだかんだで、アミールはこの王の息子なのだなぁと思う。

 「陛下、そろそろ。貴族たちが開始を待っておりますので・・・」ロッシフォールがこのまま話を続けさせるのはまずいと思ったのか、王を促した。

 「うむ。」王はアリスの頭をなでた。

 アリスはニンマリと笑った。

 王は振り返ると今度はアミールの頭をなで、アミールの手を引いて会場の奥に用意されていた椅子に向かった。

 去り際に王が「まだ、しばらくは死ねぬな。」と言ったのが聞こえた。

 アミールが姉を振り返りながら手を振る。マジ天使。


 席に着いた王が、アミールを従え祝辞、というか、アミールの11歳の誕生日を宣言した。

 「今日この日、めでたくアミールが11歳の誕生日を迎えた。ここまで、立派に育ったアミールを誇りに思うとともに、アミールをここまで育てるにあたり、尽力してくれた皆の協力に感謝する。」王は続けて宣言した。「今日この時をもって、アミールを王位継承順位を一つ上げ2位とする。」

 周囲がざわついた。ついにアミールの継承権が2位に上がった。当然と言えば当然だが、ロッシフォールやモブートら数人の貴族たちがこの場の他の貴族たちとは比べ物にならないくらいの驚愕の表情を見せた。

 自分も驚いた。

 『アミールの順位を一つ上げ』ということは、ジュリアスの継承権は剥奪されなかったということだ。

 つまり、ジュリアスは依然3位の継承順位を保有することになる。

 ベルマリア公はもちろん、ベルマリア陣営(旧ベルマリア陣営というべきだろうか)の人間はほとんどこの場には出席していない。出席しているのは、アミールやアリスの伯母に当たるルイーズくらいだ。

 ジュリアスは失脚する可能性が十二分にあった。

 しかし箱を開けてみると、ジュリアス自身にはベルマリア公の咎はほとんど降りなかったということだ。

 いちおう王妹のルイーズの息子なわけだから、王が配慮した可能性はある。

 それにしても、ベルマリア公が失脚した今、彼の名が継承権のリストに残ることをベルマリア公の所業を知っている貴族たちはまったく予想していないかったようだ。

 アリス陣営としては正直好ましいことではない。ベルマリア派閥がアリスを狙う理由が残ってしまった。

 ちなみに当のベルマリア公は完全に失脚した。今は、地方の屋敷に幽閉のされるような形で暮らしている。

 エルミーネが処刑されたのにベルマリア公が処刑されないというのは少し釈然としなかったが、無為に人が死ななくて良かったとも思う。

 あ、そうだ。

 今、ものすごく驚いていた人間が、ベルマリア公がやったことを知っている人間ってことだ。

 顔を憶えておこう。

 とりあえずアリスの視界内で明らかに動揺したのは、ロッシフォール、モブート、ミンドート(オリヴァがアリスの学校のことを話した場に居た名前の分からなかった公爵のことだ。)、アミール・・・は自分の継承順が上がったことに驚いてるだけだな、あと、王のそばに居る髭の貴族と、その近くで思わず酒をこぼした身だしなみがいまいちな禿のおっさん、ルイーズは驚いてないな、あと、ルイーズの脇でいまだに開いた口の塞がっていない白髪の老人・・・・!!

 こいつ、ベルマリア公とアリス暗殺の話をしてた老人じゃないか!

 たしかトマヤ伯と言った。

 何でいけしゃーしゃーとここに居る?こいつがそそのかさなかったら、あの時ベルマリア公が剣を抜くという暴挙に至らなかったかもしれない。あいつはベルマリア派の貴族じゃなかったのか?

 この場は伯爵と言えど簡単には出席できない位の高い貴族の集まりだ。彼も有力な貴族に違いない。

 もっと調べたいが、アリスが彼に興味を持ってくれないことには情報収集のしようがない。アリスの視界から消えそうになる老人の姿をギリギリまで観察し、その姿を目に焼きつけた。


 王の短い宣言の後、パーティーが始まった。

 貴族たちが王とアミールの前に群がり今か今かとお世辞を言う順番をまっている。

 アリスに対しては誰も寄ってこない。おそらく、アリスを構ってくるような貴族はアリスよりもアミールにおべっかを言いに行ってしまっているのだろう。

 王の周りに行かなかった貴族たちは剣呑なものを見るような目でアリスを見て、露骨に避けている。それは継承権がアミールより上だからではなく、おそらくアリスの病気についていまだに恐れているのだろう。

 せっかく、偉い人パーティーにアリスが参加したので感染活動をがんばってみるつもりだったが、これではアリスが誰ともしゃべってくれない。ちなみに、王やアミールには【感染】できなかった。

 何故だ?

 王とかめっちゃ不健康そうなのに。主要キャラには【感染】できない縛りでもあるのかね?

 周りの貴族たちの声がうっすらと聞こえた。アリスに関してなにやら話している。概ね、やんわりとした中傷だ。病気に対する嫌味と、アミールを差し置いて第一位であることについてのつらみだ。彼らはアリスが元気にこの場に居ることに不満なようだ。

 アリスはシャンパンのようの飲み物を受け取ると壁際に陣取って腕組みをした。彼らの中傷はアリスにも聞こえているはずだ。自分にも聞こえているということはアリスにも聞こえているということだから。

 アリスの陣取ったあたりに居た貴族がそそくさと別の場所に移動する。

 アリスはそのまま壁に寄りかかって、グラスに口を付けた。アミールの手前帰る訳にもいかないので、今日は壁の華に徹するつもりらしい。

 と、そんなアリスにさっきのジュリアスの件で驚いていた禿のオッサン貴族が寄って来て声をかけた。オッサンはパーティーは始まったばかりだというのにすでに酔っぱらっている。

 「アリス殿下、お初に。」赤ら顔のオッサンは大げさに頭を下げた。「ケネスと申します。お見知りおきを。」

 「知ってるわ。ロッシにあなたの本を貰ったの。」最近読んでるあの本の著者か。

 「光栄ですな。私の本はどうですか。」

 「正直、難しすぎて良く分からないところが多いわ。オリヴァも教えてくれないし。」アリスは言った。「ねえ、質問。何で水路代は簡単に変えられるの?」

 エルミーネにしてた質問の続きか。そういえば、最近アリスの読みだしたケネスの本にもその水路代のくだりがあった気がする。自分は興味がないのと、アリスの目線と読むスピードがずれて酔うので、きちんと読んでいたわけでは無いが。

 「水路代を簡単に変えて良いなんてことはないですよ?」ケネスは不思議そうな顔で答えた。「どういった意味で?」

 アリスはエルミーネとのやり取りを説明した。

 「なるほど。確かにそのように使われてますね。しかし、それは違います。本来の法律の意味ではありません。」

 「例えば、ある領主が田んぼの収穫量を上げるために何年もかけて水路を整備したとします。水路の整備の代金がかなりかかったので、たくさんの税金を取らなくてはいけませんでした。農民たちの暮らしは豊かになりませんでした。」

 「うん。」

 「税金をたくさん取った領主が死に、その領主の息子が後を継ぎました。彼は税金を元に戻しました。おかげで農民たちの暮らしは豊かになりました。作物もたくさん取れ、領主自身も豊かに暮らせました。」

 「うん。」

 「さて、どちらが良い領主でしょう?」

 「?息子のほうじゃないの?」

 「でも、彼は何もしていない。彼は父よりも前にやっていた徴税で税を徴収しただけですよ?農民の暮らしが豊かになって、彼の懐が潤ったのって、水路を作ってくれた父親や税金を払った前の代の農民のおかげじゃないですか?」

 「そういえばそうね。」

 「特に水路を整備するときの農民が可哀そうですよね。」

 「確かに。どうするの?」

 「そこで、水路の利用代として、水路の建設費を徴収するんです。領主が水路の建設費を建て替えておいて、使用料として何十年もかけて回収していくんですよ。これなら、建設を行った時の農民だけが大変な思いをしなくて良いではないですか。」

 ああ、減価償却の話だったのか。

 「なるほど。なんか納得したわ。そのほうが解りやすいもんね。」アリスが得心がいった様子で声をあげた。「制度自体はちゃんとしているのね。なら、水路代も土地土地で勝手に決めるんじゃなくて、建設費から算出して公的に決まった一定の額を取らせるようにすれば解りやすいし、間違った使い方されないわよ。」

 「それじゃダメなんです。同じ水路を作ったとしても、場所によってどのくらいその水路が持つかが違うのですよ。場所だけではなく、災害、天候によっても違います。20年使用料取るつもりで使用料を決めたのに、3年で壊れちゃったら今度は領主が困ってしまうでしょ?だから、制度上は各々の領主が状況に鑑みて調整できるようにしておく必要があるのです。」

 「あなた、すごいわね!どうすれば、そこまで考えを及ばせることができるの!?」アリスが尊敬のまなざしをケネスに向けた。

 「なるほど、貴女は面白い。」ケネスは、王女の英雄でも見るようなまなざしに少し狼狽した後、王女に対してと思えない失礼な感想を述べた。アルトと同じように無礼な人間の類の様だ。「こちらからも質問させてもらってもよろしいですか?」

 「いいわよ?」

 「農民にお金がないのは何故だとおもいますか?」

 「売るものがないからじゃないかしら。だって、作物の大半は領主に持ってかれちゃうし、そこから自分たちの食べる分を引いて仮に残ったとしても高値で売れるわけじゃないし。」

 「売るものがない人間はどうしたらよいですか。」

 「売るものがないなんてことはないわ。努力が足りないのよ。彼らだっていつも働いている訳じゃないでしょ?」

 アリスの信念は努力をすれば報われるということなのだろうか。努力では治らない病気であった人の考え方とは思えない。

 「なるほど。」ケネスが面白いものを見るような目でアリスを見ながら顎を撫でた。「仮にそれが一つの方法だとして、貴女は日々困窮して食料をやりくりするので精いっぱいの人に対してもそれが言えるのですか?」

 「言ったことあるわよ?」

 「は?」

 「スラムでみんなに言ったのよ。」アリスがスラム街での出来事を事細かに話した。バスケのくだりは省いてもいいだろうに。

 ケネスはアリスの話を目を白黒させながら聞いていた。

 「無駄なこと、効率の悪いことを頑張ることは努力とは言わないわ。問題はどう努力すればいいかが彼らに分かってないことなのよ。」

 「では、どうされます?」

 「一応、文盲を減らそうと思うの。あと、本も増やすわ。お金を持っている人は、皆、字が読めるわ。」アリスは答えた。そして、真摯な面持ちでアドバイスを求めた。「本が読めれば、学が着くわ。そうすれば彼ら自身が何をしたら良いか全く解らないなんてことはなくなると思うの。ねえ、どう思う?」

 「良い着眼点ですが、おそらく殿下の思ったとおりにはならないでしょうね。」と、ケネスはアリスの案を一度は否定したが即座に考え直して付け加えた。「でも、やってみたほうが良いでしょう。」

 「思った通りにならないってどういうこと?」

 「その施策に文字を学びに来るような人間は、ほっといても自力で這いあがってくると思いますよ。それにダメな人は文字を学んだところで結局何もできないと思いますよ。」

 「それでもいいのよ。私は神じゃないもの。全員を助けられるとなんて思ってなんかいないわ。這い上がってきたい人の手伝いをしたいの。」

 「それでは、結局、ほんの一握りの人間を優遇しただけで、他の多くの民草は変わらないどころか、妬みでむしろ不幸になるでしょう。」と、ケネス。「国を治める者としてはそれではいけないと思います。」

 アリスは少し考えて、いろいろと心に刻んだようだ。そして、一つ訊ねた。「じゃあ、あなたはなんでやるべきって言ったの?」

 「民のためではありません。国営、ひいては貴族社会のためです。」ケネスは答えた。「残念ながら、現在、世襲制の悪影響で国の人材が乏しいのです。貧民や民草から能力があるものが登用されるようになれば、それ自身が人材の補填となりますし、そのような人間が増えれば貴族たちも勉強をせざるを得なくなりましょう。」

 「あなたと話していると自分の考えの浅さを思い知らされるわ。」アリスの謙虚なセリフとは裏腹に、脳内には鮮烈なドーパミンが分泌されていた。演説の時と同じだ。自分が挑戦しているもの大きさに奮い立ったのか、まだまだすべきことがあると認識してヤル気を出したのか。

 「もう一つ質問を良いですか?」と、ケネスは言った。彼はアリスが頷いたのを確認すると続けた。「あなたは何も売らずにお金を手にしていますよね。努力もせずに、お金も地位も得ている。」

 「そうね。だからなに?私は悪くはないわよ?」アリスは一切の躊躇なく答えた。ここら辺はいつものように居直っている。

 「斬新な答えですね。」ケネスは笑いをかみ殺しながら言った。「よろしければ、王女殿下とはまたお話できれば楽しく思います。」

 「願ったりよ。オリヴァはあまりこういったことの相談に乗ってくれないのよ。」

 相談に乗らないというよりは、相談自体には乗るのだが、答えをアリス自身に考えさせるのがオリヴァ式だ。

 まあ、これだけ難しい内容だとアリスも自分で考えた答えが合ってるか心配で仕方ないのだろう。

 「それでは、後日、きっとお伺いしましょう。」ケネスはアリスに頭を下げた。

 こうして、アリスはオリヴァに続いてもう一人の師を得た。

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