3-7 さいきんのミステリ (解決編 上)
ベルマリア公を現場で待つのは、アリス、ホームズ、ヤード卿と彼の部下の兵士一人だ。
別の兵士が向かいの部屋でグラディスを見張っている。
ホームズはこの国の王に次ぐ重鎮を殺人捜査の重要参考人として呼んだのだ。
空気が重い。
ホームズは取り調べをしたいだけのつもりかもしれないが、ここはベルマリア公を追いつめるチャンスだ。せめて、ベルマリア公を怪しんでもらえるところまで持っていければ御の字だ。
とはいえ、あまりにも時間がなかったので大したことはできなかった。どれだけ皆が仕掛けに気づいてくれるだろうか。
大物の取り調べを前にしていつもはほほんとしているホームズも少し緊張しているのが分かる。まじめな顔になるとなおイケメンで悔しい。
ヤード卿は部屋の中をウロウロしながらしきりに首の後ろを掻いている。
アリスだけがどっかりとベッドの上に座ってくつろいでいた。
って、待て?
よく考えたら、今来る人よりも偉い人すでに部屋に居るじゃん。
ベルマリア公が来るの一同が待っていると、ノックの音とともにガチャりと扉が開いた。
「みなさま、大事な時にご無沙汰してしまい申し訳ございませぬ。」扉を開けた主が野太い声で言った。
ホームズとヤード卿がハッと身構えたが、入って来たのはアルトだった。
みんなからため息が漏れた。相変わらずこいつのノックは意味を成してない。
アルトが灯りを入り口の脇の棚の上に置く。マハルのロウソク台が置かれていたところだ。外套を脱ぎながら例のごとく軽い感じでアリスに挨拶する。「いやいや、アリス君元気そうで良かったよ。さっきそこでグラディス殿に会っていろいろ聞いたけど、ちょっと居ない間にいろいろあったみたいだねぇ。」
「あんた、呼んでないのに何しに来たのよ。」
「いやいや、これは一大事と駆けつけてきたんじゃないか。」アルトはアリスにそう答えると、今度はヤード卿とホームズたちに向けて挨拶をする。「ヤード卿、ご無沙汰しております。何やらいろいろと大変なこととなっておられるようで、ご苦労御察し致します。」相変わらず敬語使う順番違くね?
ヤード卿とホームズは興味なさそうに軽く会釈をしただけだったが、アルトは構わずいつもの調子で続けた。
「いえね、ネイバルの村に往診に行ったんですが、思いのほか時間が取られてしまいまして。馬車で半日足らずのネイバルですから、1、2日で帰ってこれるはずだったのですが・・・。」
アルトが誰も聞いてもいないのに自分がなんで今まで城にいなかったのかをぺちゃくちゃと話しだした。自分が居なかったことについての言い訳をしたいのか?自分が居たらこの事件は回避できたとでも言いたいのだろうか?もしかしてアリバイの主張だったりして。いずれにしても自意識過剰だ。
ホームズとヤード卿は苦笑いを浮かべながら明らかに流した感じで相槌をうち、アリスは露骨に横を向いてあくびをしていた。
いったい誰に聞かせたかったのか、アルトはなんで隣村に行って自分が遅れたかを事細かに話尽くし、誰もが聞き流した。
そして、アルトが話終わるのを待っていたかのようなタイミングで、扉がノックされ、ベルマリア公の到着が部屋の外の兵士から告げられた。ノックの普通のあり方はこうだよな。
兵士がベルマリア公を中に通す。ベルマリア公が床の血のシミを避けるようにして入って来た。
「これはこれは、ベルマリア公。こんな夜分にご足労いただきありがとうございます。」
「おや、これはアルト候。王女殿下のご回復お見事な功績でございましたな。」ベルマリア公が心にもないことを言う。「どうしてこちらに?」
「いえ、この度は王女のメイド殿が大変なことになったと聞きまして慌てて駆けつけてまいった次第にございます。」アルトが答えた。「ベルマリア公は何故にこちらへ?」お前さっきご足労いただきとか言ってなかったっけ?
「いや、そこの捜査班の面々に呼ばれたのだよ。なんでも、ベルマリアの誰かがこの事件の犯人らしい。」ベルマリア公はヤード卿を睨んだ。呼んだのはホームズだけどな。
そのホームズは特に何も言わず、睨まれたヤード卿の代わりに深く一礼をしただけだった。
「それは、また難儀なことですな・・・ささ、どうぞ中へ。燭台はこちらへ置きましょうか。」そう言いながらアルトが手を差し出して、ベルマリア公から燭台を受け取った。
アルトがベルマリア公から受け取った立派な燭台をまじまじと見つめた。誰かをブン殴るにはちょうど良さそうな代物だ。
「ベルマリア公、本日はこのような場所にわざわざお呼びだてして申し訳ありません。」ヤード卿がアルトの脇から公爵の前に出てきて一礼した。
「まったくだ。」ベルマリア公は不機嫌な様子を隠すことなく言った。
「私も来てるからいいのよ。」アリスが言った。
そういえばアリスには誰一人そういう気遣いの言葉はなかったな。気づいてみればひどい話だ。
「これは王女殿下。この度は残念でございました。」ベルマリア公は頭を下げた。
「そうね。とてもかわいそうなことをしたわ。」と、アリス。
アリスが今、若干言葉少なめなのには理由がある。ホームズがアリスにあんまりしゃべらないようにと念を押したからだ。
これまた意外にもアリスはおとなしく言われた通りにしている。譲らないところを譲らないだけで、実はすごく素直な子なのかもしれない。
「これは、また、ご立派な燭台でございますな。」王女と公爵が挨拶を交わしている横で、アルトがベルマリア公の渡した細かな装飾の施された銀の燭台を顔の前に掲げて舐め回すように見ていた。相変わらずなんか失礼だ。「お高いんでしょう?」ほんと、失礼だな。
「ベルマリア公。」横から割り込んできたホームズがアルトの脇に駆け寄ってきて燭台を確認しながら言った。「燭台のこちらがへこんでおります。」
ベルマリア公の燭台のろうそくを付ける皿の部分が少しひしゃげていた。
「それがどうしたというのだね?今日、ここに来る時に落としてしまったのだ。」ベルマリア公が答えた。
さて、自分はアリスビジョンからベルマリア公ビジョンに移ることにする。
ベルマリア公の感情が知りたい。それに場合によっては彼のINTを下げるのが役に立つかもしれない。といってもまだ細胞数が少なくてあまり下げられないので効果は薄いのだが。
果たして、ベルマリア公は燭台の傷を指摘されて内心かなり苛立っているようだった。
そりゃ、そうだ。
だって、その燭台は本当にここに来る途中に落としたのだ。わざわざ、指摘されて快く思うはずがない。
INTと違って、DEXは瞬間的に下げると、必ず何かしらファンブルをさせることができるのだ。普段通りの感覚と異なっていまうのが大きいのだろう。タイミングを見計らってDEXを下げるだけの簡単なお仕事でした。
しかも、パラメーターを弄るのは一瞬だけでいいので細胞の数の消費もほとんどなかったりする。
これ、とても便利。今後も結構使ってくことになりそうだ。
「本当ですな。結構がっつりとへこんでしまって・・・。勿体のない。」アルトが燭台を棚の上に置いた。「外套もお預かりしましょう。」
アルトはベルマリア公の外套を受け取り、自分の外套にしたのと同様に器用に折りたたもうとしたところで声を上げた。
「おや、裾に少し血が付いております。どうなさいました?どこかお怪我でも?」アルトが訊ねた。
よく気付いた!そしてよく訊ねてくれた、アルト!
「いや、来る途中でカマキリに挟まれて擦り傷を作ってしまったのだ。」ベルマリア公が手首のあたりの絆創膏を見せた。
もちろん、これも自分が仕掛けた。といっても、ベルマリア公の馬車の座る辺りにカマキリを誘導しただけだ。そして、運よくカマキリは無防備なベルマリア公の手首を挟んだ。
ちなみにカマキリはベルマリア公に叩き潰されて死んだ。すまん。
ありがとうアルト。気づいてくれて。これで、鎌太郎も少しは浮かばれるかもしれない。
「それは、災難でしたな。てっきり、この部屋の血でもついてしまったのかと思いましたよ。」
「さすがにこれだけ乾いていてはつかん。医者なら考えればわかるであろう。」ベルマリア公の口調にますま苛立ちが覗いた。そんなん医者じゃなくても分かるよな。
うーん、鎌太郎には悪いが、服に血がついていた程度ではベルマリア公の心証は悪く成らんか。そもそもマハルと犯人が争った形跡があった訳じゃないしなぁ。むしろ、ベルマリア公のホームズとアルトへの心証が下がったような気がする。
あとは、グラディスの部屋のベッドの下にベルマリア公の持ってる一着の外套から落ちたボタンが仕込んである。ネズ子が運んでくれそうなものがそれしかなかったのだ。残念ながら今日はその外套は着て来てはもらえなかったようだ。誰かがそのボタンを見つけてくれるかは分からない。
さすがに昨日の今日ではロクなモノを仕込むことができなかった。展開が早過ぎんねん。
今後も隙あらばいろいろ仕込んでいくしかないだろう。
「で、ロッシフォール公に頼まれて来たが、王女殿下のメイドの殺人にベルマリアの人間が絡んでいるというのはどういうことかな?」
「ええ、まずは順を追って説明いたしましょう。」ホームズがここぞとばかりに出張ってきた。相手が公爵でも動じた様子はない。イケメン強し。
ホームズが部屋の中央に進み出てきた。ベルマリア公も特に何かを文句を言うわけでもなかったので、ホームズはつつがなく自分の推理を披露し始めた。
「夜の11時少し前、ほとんどのメイドたちはすでに仕事より戻り、眠り始める時間です。被害者は一人この部屋におりました。おそらく被害者はまだ起きていたのでしょう。部屋の外からノックが聞こえ、男の声が聞こえます。被害者は扉を開けて男を招き入れます。」
「待った。」ベルマリア公が異議を唱えた。「メイドがドアを開けて招き入れたというのはどうして判った?」
「扉の内側に血が飛んでおります。この付き方は、被害者と犯人が部屋の中に入り、その後扉を閉めてから犯行が行われたことを示しております。それに、この部屋の周りのメイドさんたちは争うような物音を聞いていない。そのことも被害者が犯人を招き入れたことを物語っています。」
なるほど。
でも、なんでマハルが犯人を招き入れるんだ?共犯?
「なるほど。」ベルマリア公が少し上機嫌な声をあげた。「実は、サミュエルの事件を調べているのだが、ここのメイドが某公領の間者ではないかという情報があってな。お主のいうことが真であれば、その間者が被害者を口封じしたとしてもおかしくはない。」
前もそんなこと言ってたな。そういえば、この人はまだ殺されたのはグラディスだと思っているんだった。
「そうなのですか?」ホームズはベルマリア公の出してきた新情報に喰らいついた。「それはどなたからの情報なのでしょう?」
「・・・それは明かせぬ。」と、ベルマリア公。「それはサミュエルの事件で手に入れた情報だ。確実な尻尾をつかむまで何も言うことはできぬ。」
「そうですか、残念です。実はベルマリア棟からベルマリアの貴族が犯行の時間にメイドの居住区に向かって行ったという目撃証言がございました。」ホームズは言った。「是非ともその事について、閣下にその情報をもたらした者に尋ねていただきたく存じます。」
「おおよそ我が公領に罪を擦り付けたい者の企てであろう。」ベルマリア公は不愉快そうに鼻を鳴らした。「話を続けよ。」
「えーと、犯人を招き入れた被害者は、犯人とこっそりと話し合います。その会話に犯人に気に入らない情報があったのでしょう。犯人が突如、手に持っていた燭台で被害者を殴りつけました。」
「見てきたように話すではないか。」
「燭台で殴ったこと以外はかなり当て推量です。」ホームズは正直に答えた。「そして被害者の頭を打った燭台からロウソクが外れて飛び出し、あちらの床に転がりました。その時に壁と天井にロウが付きました。」
ホームズがロウソクの跡を指さすのに従って、一同が天井と壁を見た。アルトがほぉと感心したため息を漏らした。
「そして被害者は床に倒れ伏したわけです。」
「なるほど。」
「これにて、犯人の人物像が絞り込まれます。被害者を殴打した結果、ロウソクがあの辺りに跳ぶような背の高さの男性。高価な燭台を持ってこの部屋までやって来た、すなわち貴族である。」
アルトが何となくベルマリア公の持ってきた燭台に目をやった。
「ちょっと待った。凶器がロウソクのついていた燭台というのはまあいいとしよう。高価な燭台というのは何故わかる?」ベルマリア公が訊ねた。
「犯人は凶器を持ち帰っております。凶器となった燭台は血もついたでしょうし、ひしゃげもしていたでしょう。そして、ロウソクは明後日の方向に飛んで、灯りは消えてしまっていた。」
ホームズはそう言って、最初にアリスが見つけたロウソクのぶつかった痕を指示した。
「そのロウソクをわざわざ拾って、燭台に付けて持ち帰ったのですから、その場に残していっただけで犯人が解ってしまうような高価な一点物の燭台だったと考えます。燭台によっては家紋の入っているものもございますし、そういった物だったと考えられます。」
以前、ホームズが推理を披露した時に凶器を持ち帰ったのが疑問かのような事を言っていたが、こういうことだったのか。
「灯りがなくては暗くて帰れなかったのであろう。」ベルマリア公が的確な反論をするが、その答えはホームズが最初にアリスとこの部屋を見た時点で用意していた。
「わざわざそのようなことをしなくても、早く現場を去るだけであれば、被害者が点けていた灯りがちょうど扉の脇にあったのですから、それを持って行けばよかったのです。しかしそれはできなかった。燭台を残していけば足がつく。そしてメイドさんの使うような灯りを持って歩けばいざ見られたときに違和感しかない。犯人はそのような人間、すなわち、貴族だった訳です。ならば、来た時のようにロウソクの付いた燭台を持って帰るのが一番です。」
「兵士という可能性は?」
「兵士が高価な燭台を持っているのもおかしくございます。通常は松明でございますな。」
「ふむ。」ベルマリア公はこれ以上の反論が思い浮かばず顎をさすった。
「実は昨晩、そのような人物がこの城に入ってきていないかを調べるために、夜勤の兵士たちに犯行の夜に誰か貴族を見ていないかを訪ねて回りました。」
「そうなの!?」アリスが声をあげた。出し抜かれた、とでも思ってるのだろう。
「申し訳ありません。夜遅くだった故、勝手に調査させていただきました。」
「まあいいわ。」アリスが仕方ないといった感じで再び聴講モードに戻った。
「その結果、燭台をもった貴族が城の中に入っていくのを見たという兵士を見つけることができたのです。先ほども少し申し上げましたが、その兵士によりますとその貴族はベルマリア・・・」
「あの、兵士殿・・・」まさにこれから佳境という緊張した場に、絶妙に嫌なタイミングで割り込んできたのはアルトだった。「グラディス殿は生きておいでなのですから、グラディス殿に来てもらえばよいのではないですかな?」
あたりがシンと静まる。ホームズがとんでもないものを見る目でアルトを見た。ここまでずっとのほほんとしていたイケメンがここまで言葉を失って固まっているのを初めて見た。
そうか、アルトもグラディスが殴られたと思ってたのか。
ひょっとして、グラディスが殺されたと思って飛んで帰ってきたのか。それで、いちいちあんな要らん言い訳をしてた訳ね。
みんなが静まった状況を不思議そうに見ながらアルトが場に相応しくない呑気な口調で続けた。
「??グラディス殿は頭部に酷い打撃を受けているご様子でしたが、」その打撃痕はアリスの頭突きの痕だ。「あの程度なら何ら問題もないですし、証言はできるでしょう?兵士殿のご推理の通りなら犯人の顔も憶えてましょうし。」
アルトの台詞を聞いたとたん、ベルマリア公の感情が一気に高ぶったのを感じた。憤怒だ。体温が一気に上昇する。
「アルト卿!!貴様!サミュエルに飽き足らずこのワシも嵌めおったのか!!」激高したベルマリア公が叫ぶ。そして、アルトとホームズを交互に見て再び叫んだ。「ぐっ、おのれ・・・!エラスティアの手先どもがっ!」
え?
あれ?
あ。
マジで!?
「??何をおっしゃっているのか分かりませんが?」アルトがとぼけたような声を出した。マッチョの顔色はあいかわらずよく分からんが、ほんとに何もわかってないんだろう。
「ベルマリア公。ご観念を。」ホームズが冷ややかな声でベルマリア公に言った。
お?これ、このままベルマリア公捕まっちゃう感じ?
と、その時憤怒していたベルマリア公がいきなり冷静になった。体温がすんと下がっていく。
一瞬、沈黙が流れた。
あ、これまずい!
「王女殿下、御免。」ベルマリア公が突如白刃を抜いた。
自分も慌ててパラメーターを開いてDEXを・・・ダメだ、間に合わない!アリスっ!!
アリスにめがけて振り下ろされた刃はその直前に弾き飛ばされた。パラメーターに気を取られて何が起こったが良く分からなかったが、ベルマリア公の目線の先にはすでに剣を鞘に納めたところのホームズの姿があった。
「アリス様、お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ、いちお、ありがとう。」アリスが一瞬前まで死の直前にあったとは思えないようないつも通りの口調で返事をした。ほっといても指先で真剣白刃取りでもしてたんかな。「さすが焔の英雄ね。」
おま!
ホームズがヘラクレスかよ!?
しかもあれか? アリスと、ひょっとしてグラディスとも知り合いだったのか!?
くそう、後をつけてたも何も一緒に歩いてただけじゃねーか。
「いえ、出過ぎた真似をいたしました。」ホームズがアリスにゆっくりと頭を垂れるとベルマリア公に向き直り宣言した。
「ベルマリア公カセッティ、マハル殺人容疑ならびにアリス王女殺害未遂で逮捕する。」
話を区切る場所がありませんでした。
今話・次話と長くなります。




