3-5 a さいきんのミステリ
さて、情報収集の夜は続く。
日が沈み、貴族たちの会議が終わったので、アリスとホームズが何やっているかを見に戻ると、彼らはいまだグラディスの部屋でヤード卿と話していた。
捜査は遅々として進まないが、二人がヤード卿と話している分にはグラディスが絞られないのでこれはこれで良い。二人はヤード卿がグラディスを締め上げる時間を奪うつもりなのかもしれない。
しかも、どう話が動いたのか、3人が分担して捜査をする感じで話が収まりつつある。アリスの威を借ってホームズがまとめ上げたのだろうか。
明日、ヤード卿は凶器探しとメイドたちへの聞き込みを、アリスとホームズは再度の現場検証を行って、グラディス以外が密室を作る方法があったかを確認する運びとなった。
ヤード卿はグラディスが犯人だと思っているだけで、ホームズやアリスが捜査協力してくれること自体はむしろ歓迎している様子だ。グラディスや現場を見張っている兵士4人とヤード卿の5人しか捜査員を見掛けてないので、実質ヤード卿だけが捜査をしている状態なのだろう。メイドの殺人じゃあ人員を割いてもらえないようだ。
ヤード卿が家に帰るため今日の捜査の終了を提案したので、グラディスの部屋の前に見張りの兵士を残してアリスたちも退散した。
夜通しグラディスが聴取されるということはないようだ。
アリスはホームズに見送られて自分の部屋に落ち着いてしまった。
自分もこの事件の情報収集をしようと思ったが、ちょうど夕食前でメイドたちは忙しく走り回っている時間、残念ながらこの時間帯はどのメイドも無駄口をきいてくれないし、どたばたとみんなが動くので、ネズ子もゴリさんたちも近づきたがらない。
仕方ないので、もっと夜遅くなって赤黒メイドたちがマハルの件についてだべり始めるまでの間、何かこの国の陰謀めいた情報でも得られないかと、ベルマリア公に再びチャンネルを合わせ、彼の動向を探ることにした。
ベルマリア公は、王城の一角に自分の生活スペースを持っていた。ベルマリア公の居住スペースは城壁の中ではあるが、アリス達が住んでいる城とは別の建物だ。学校の校舎と体育館をつなぐような、屋根だけの外廊下を通ってこの建物に入ることができる。その建物は丸々ベルマリア公とその一族や侍従が住まっていた。彼はその建屋の3階にどこぞの高層マンションの屋上にでもありそうな大きな部屋を持っていた。アリスの部屋とは大違いだ。ルイーズの部屋よりも大きい。
先ほどの貴族たちの会議の後、ベルマリア公は部屋に戻っていた。アリスたちから再び戻って来てみると彼はいまだその部屋に居た。
ただし、一人ではなく来客が来ていた。
調度品で囲まれただだっ広い部屋の真ん中に置かれた机を挟んでベルマリア公と来客は向かい合って座り、酒を飲みながら話をしていた。
「素直に聞きたい。」ベルマリア公が来客の男に尋ねる。「ジュリアスをどう思う。」
「悪くはないと思いますな。」来客の老人が答えた。
「王の器であるか。」
「十二分かと。」
「アミール殿下のことはどう思うか。」
「御仁もまた王の器であるかと存じます。」
「どちらがこの国の未来に相応しいと思う。」
「解りませぬ。」
「正直に申してよい。」
「アミール殿下は賢王の器やもしれませぬ。」
ほう。あの子いい子だしな。
アリスはどうなのだろう?
「・・・そうか。」ベルマリア公はあらかじめその答えが返ってくるのを覚悟しいいたかのように呟いた。「賢王の器たるアミール殿下を退け、自分の子を王たらんとするのは、この国の五公の一人として私は失格なのだろうな。」
「そんなことはございません。アミール殿下は王の器なれどまだ若い。この先成熟した王となれるかは分りませぬし、もしかしたら王に必要な何かしらの能力が欠落している可能性もございます。ですから、ジュリアス殿下がアミール殿下より継承権が上なのです。」
「王女に次いでの二番手ではあるがな。」
さあ、アリスの評価かな。
「王女殿下が思いのほか長生きし、アミール殿下が成長していくのを見るにつれて、腹の中をつかまれるような思いを受ける。アミール殿下は他の者をひきつけるカリスマを持っておられる。子供にもかかわらず、視野も広く、寛容だ。王の子であるから、おそらく聡明でもあろう。」
「しかし、厳しさを兼ね備えているかはわかりません。すくなくとも武の時代であればジュリアス殿下のほうが王に相応しいと存じます。」
アリスは?
「ジュリアスにしろアミール殿下にしろ、どちらも十二分に国を率いていける人物だ。彼らの継承争いがエラスティアとベルマリアの勢力争いの一環と見られているのが歯がゆい。私はジュリアスを信頼している。ジュリアスが私の傀儡と思われてエラスティアの反対を買うのであれば、私なぞはいくらでも退こうに。」ベルマリア公が酒を煽った。少し酔っているせいか感情的になっているのが分かる。「私はただ、ジュリアスにこの国を継がせてやりたいのだ。」
「まだ大丈夫にございます。いまだ、ジュリアス殿下は継承権第二位でございます。アミール殿下よりは上位でございます。」
ねえ、アリスの評価は?
「それもサミュエルの阿呆のせいで、どうなることか。」ベルマリア公が再び酒を煽った。「サミュエルは追放され、ジュリアスの王位は虫の息、おまけに王女殿下のご病気まで治ったという話ではないか。まったく踏んだり蹴ったりだ。」
ベルマリア公が机にグラスを叩きつけるように置いた。
「アリス王女には王の座は務まりますまい。かの御仁の器は歪にございます。」来客の老人が答えた。「良い王にはなれますまい。」
うおい!
「しかし、王女が継承権第一位だ。」ベルマリア公が言った。「何故、陛下はあのような王女殿下を後継者として譲らぬのであろうな。」
「御大がジュリアス様を王としたいように、陛下もアリス王女を王としたいのでしょう。」
「そうか。私と同じか。」
「ジュリアス様”には”王としての素養がきちんとございます。同じではございません。」
お前ら、ふざけんな。さっきからアリスにあんまりだ。
アリスがどんだけ努力してると思ってるんだ。アリスはジュリアスやアミールにだって絶対に負けてないぞ!
「アリス王女は王とはなるべきではないでしょう。」来客の老人が声を落として言った。「王のお加減もかなりお悪いご様子。万一、このまま一瞬でもアリス王女が王になれば国が乱れるのは必至かと存じます。」
「そうはいっても、王の決めたことだ。従わぬわけにはいかぬ。」
「今、王女が亡くなったらどうでしょう。」
「めったなことを言うものではない。」ベルマリア公がたしなめるが、そこまで強い口調ではなかった。「それに、サミュエルがやらかした今、ジュリアスが王位につける可能性は低い。」
「しかし、今ならば、まだ継承権第2位でございます。王女が死ねば第一位。王の御加減も何かがあれば心労で折れてしまうほどに悪いとか。」来客の老人が含みのある言い方をした。「それに、時がたてばたつほどジュリアス殿下の機会は失われていきますぞ。」
ベルマリア公は何も答えなかった。
老人もこれ以上なにも言おうとはしなかった。
やはり、ベルマリア陣営についても、エラスティア陣営同様気をつけていかなければならないようだ。
あと、お前ら、アリスのことなめすぎ。
ベルマリアと老人のこの後の会話にはアリスのことは出てくることはなかった。
しばらくベルマリア公領での執政について話し合うと老人は去っていった。




