3-4 b さいきんのミステリ
捜査を終えたアリスたちは、ヤード卿がグラディスを締めあげないよう、グラディスの部屋に戻ってきた。そして、今日の推理の整理と明日の作戦会議をヤード卿とグラディスの前で堂々と始めた。
そのうち、アリス達がやって来たせいでグラディスの取り調べをやり難くなったヤード卿が二人のミーティングに参加してきて話が取っ散らかり始めたので、自分はアリスたちから離れて、しばしの間いろんな感染者の視点をザッピングすることにした。
すると、ちょうど、オリヴァが、ロッシフォールとモブート公とベルマリア公ともう一人知らない貴族と話しているところに出くわした。今日は王はいない。
4人の貴族は丸い机を囲むように座っていた。そのテーブルの脇、部屋の入口側にはオリヴァは立っていた。
オリヴァがちょうど何かを提案し、4人がオリヴァの話を聞いている様子だった。オリヴァはこの偉い人達のミーティングにゲストとして呼ばれてきたか、逆にオリヴァから動議を持ち込んだか、といった感じだった。
さて、オリヴァの前に居るのはこの国の重鎮達だ。マハルの殺人事件とは関係ないけれど、誰に感染しても今後の役に立ちそうなので、いちおうオリヴァから飛沫感染を狙ってみよう。
「殿下はすぐにクラスのみんなとも仲良くできたようですが、やはり、忍耐が足りないご様子で、ご承知のようにご在学中2度の脱走を試みました。」オリヴァが報告をした。
まあ、オリヴァがここにいる理由は、その話だろうとも。
「しかも、二度とも成功成された。」ベルマリア公が愉快そうに言った。「これは大問題でしたな。王女がご無事でよかったですな。」
「おそらく、授業が殿下には簡単すぎたのが問題かと存じます。最上級のクラスであれば、アリス様もご満足いただけるかと。もともとそのクラスやっていける十分な素養をお持ちです。」
「王が聴いたら喜びそうな提案ですな。」ロッシフォールはため息をついた。
「こう言っては何ですが、本日王にご静養いただいたのは正解だったかと。」となりのモブート公が呟いた。
「今日は本当にお加減が悪いのだ。」ロッシフォールが言った。
「王もお喜びになられるのであれば、是非、アリス殿下の復学をお許し願いたいと存じます。」オリヴァは貴族たちに懇願した。諦めてないとは思っていたが、やっぱり諦めてなかった。「最後の脱走に関しては、クラスメイト全員の協力を取り付けての脱走でございます。たった2日でそれだけの味方を作る人心掌握。今、殿下を育てなくてはもったいのうございます。」
「それだけの能力がすでに御有りなら、学校なぞ行かずともよかろう。」ロッシフォールが静かに反論する。
「実践があって、能力の活かし方を知るのです。」
「王女殿下の脱走の責任を取らされるこちらの身にもなって欲しいものだ。」
「責任とおっしゃいますが、護衛が兵士一人というのが無理なのです。」オリヴァは言った。
「そもそも、学校に兵士を何人も連れていくわけにはいかないと言ったのは貴殿では?」ロッシフォールが反論した。「あれでもこの条件に最適で最も有用な人間を付けたつもりだ。」
「それにしては王女殿下の脱走を止められていないようですが。」と、ベルマリア公。
彼、探偵としてはかなり有用なんだけどね。いま考えてみたら最後の脱走の時はかなり速く駆けつけて来たし、無能ではないのかもしれない。
「そもそも、外部の脅威から王女殿下を守るために護衛を付けたのでであって、王女殿下自身が脱走するのを防ぐための護衛ではない。アリス殿下が脱走しないようにしていただくのはむしろ貴殿の仕事だ。」ロッシフォールがオリヴァに反撃する。
「それもそうだな。」ベルマリア公が相槌を打った。「オリヴァ殿、貴殿が王女殿下に脱走させないようきちんと約束させることができれば、また学校に通わせることができるかもしれませんぞ。」
「そのように提案されるのであれば、貴公がアリス殿下のご安全の責任を取っていただけるということでしょうな。」ロッシフォールがベルマリア公を睨みつけた。
「めっそうもない、私は孫のジュリアスだけで精いっぱいだよ。やはり、王女殿下から信頼の厚い貴公が後見するのがよろしかろう。」
「私もアミール殿下のお世話で手一杯なのだが。」
「アミール殿下の後見人は妃陛下でしょう。」
「それを言ったらアリス殿下の後継人も陛下だ。」
「ふむ。では、手の空いてるお二方のどちらかが、姫君をお守りする役を担うというのはどうかな?」と、ベルマリア公が安全圏に居ると思われた二人の貴族にいきなり投げかけた。ようは自分でなければなんでも良いのだ。
「「冗談じゃない。」」モブート公と名を知らぬ貴族は異口同音に拒絶した。
みんなしてアリスの扱いがひどくない?
まあ、城の外で死なれたり大怪我したりしようもんなら責任問題だしなぁ。最初にロッシフォールが王様に命令された時も露骨に嫌な顔してたのを思い出した。
「わたくしから王女殿下に良く言い聞かせます。ロッシフォール公爵、アリス殿下が脱走しなければ大丈夫なのでございましょう。」オリヴァはロッシフォールに向けて言った。
「何事にも完璧はないのだよ。まったく無責任に。」オリヴァに指名されたことで、アリスの責任者の筆頭候補となってしまったロッシフォールがため息をついて言った。
他の3人の貴族はこれ幸いと目線を完全にそらしている。
最初ロッシフォールに会ったときに、嫌味ったらしいやつだと思ったけど、なんか、アリスに嫌味を言いたくなる理由が少し分かった気がする。少しだけロッシフォールがかわいそうになって来た。
「まあ、ジュリアスも護衛なしで学んでいる学校なのだ。それほど心配せずともよいだろう。」ベルマリア公がオリヴァに助け舟を出した。
「その学校から脱走しているのだが?」ロッシフォールはベルマリア公を睨みつけた。
ベルマリア公は無言で目をそらした。
サミュエルがアリスを暗殺しようとしたってことは、ジュリアス派はアリスがいないほうがジュリアスを次期国王にしやすいって良いってことだ。ベルマリア公はアリスを学校に行かせるのに反対ではないようだが、こいつも、やっぱ、暗殺を狙ってるのだろうか?それこそ、自分で手を下さなくても城外でなんかの事故にでもあってくれればしめたもんだしな。
うーん、学校に行かせないようにしたほうが良いのかな?そもそも、この件を提案してるオリヴァ自身も怪しいしなぁ。もう一回アリスの病気を再発させるだけで、学校に行くのを止めさせることは可能なんだと思うけれど・・・。
「ともかく、現在は陛下のご加減がよろしくない。ここでまた脱走などされて見つからないなどということになれば、陛下のお身体に障る。」ロッシフォールがこの話題は打ち切りと言わんばかりにまとめ上げ始めた。「少なくとも、今は城外にアリス殿下を出すのは宜しくないと考えるがいかがか。」
「たしかに、あの陛下のことだ。あまり体調のよろしくない時に王女殿下の話題は控えたほうが良いな。一時は王女殿下が倒れるたびに陛下も心労で倒れておられたからな・・・。」ベルマリア公は思い出すように虚空を見つめた。
「それ以来、アリス殿下の倒れたことを陛下に隠するのがどれほど大変だったか・・・。」ロッシフォールも虚空を見つめる。
苦労してんなぁ。
「という訳だから、陛下の様態のよろしい時に改めて考えようではないか。我々も忙しい身、公領の仕事もあれば、この話題だけに時間を割いてはおれぬ故。」ベルマリア公は言った。「そなたも王女殿下を説得できねば話は前に進まぬのであろう?ここは一度仕切りなおすべきかと考えるぞ。」
「はっ。その節はお忘れなきよう。」オリヴァはゆっくりと頭を下げた。なんか、アリスが脱走しないよう言いくるめれば学校へ行っても良いという約束が成立したかのような返事だった。
オリヴァは頭をあげると「失礼いたします。」と挨拶しゆっくりと部屋の出口に向かった。
『感染しますか →スキルを選択してください/N』
きたきたきたきた。
オリヴァが歩き出した瞬間に見慣れたポップアップが出現した。
【経口感染】と【飛沫感染】のどちらも選択できる。飛沫が付いたものが口に入ったかな?オリヴァの位置が遠いから半ばあきらめてたけど、この国の言語に破裂音が多いので結構【飛沫感染】が有利とかあるのかもしれない。
残りのひと枠を使い切っちゃうのも気にせず【経口感染】を選択。
感染できたのは20個と少なかったが即座に増殖して白血球と戦闘を開始、可能な限り数を減らさないように倒して、とりあえずは感染成功。
さて、感染者リストを開く。誰だろう?
そこにはベルマリア公の名前があった。
よっしゃ!ロッシフォールでもうれしかったが、こいつのほうがいろいろとキナ臭い。大当たりだ。




