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3-2 b さいきんのミステリ

 アリスはお目付け役のイケメン兵士と一緒にグラディスの部屋――すなわち犯行現場にやって来た。

 見張りの兵士が二人に敬礼する。イケメン兵士が敬礼を返したので、アリスもそれに倣って敬礼をした。

 王女の茶目っ気に、敬礼をしてきた兵士が思わずにんまりする。

 アリスはそんな兵士の様子など気にせずにわざとらしく真面目な表情を作って犯行現場に入っていった。

 マハルの遺体は片づけられていた。

 マハルのであろう血の跡がどす黒く床に広がっていて、兵士が言っていた「頭を割られた」と言う表現がけして比喩でなかったことを物語っていた。扉のところにも血が飛んでいる。床には血の上を這ったような跡があることから、兵士たちは即死ではなく大量出血による死亡という見方をしているようだ。


 もしかして、昨日マハルに視点を移した時に汗でべとべとしていると思ったアレは血だったのではないだろうか?


 ちょうど犯行直後の瀕死のマハルにリンクしてたのでは?

 あれ何時くらいだっけ。

 たしか、グラディスがアリスの部屋から出て行ってから相当経ってたから、グラディスの無実を証明するアリバイにはならないか。まあ、仮に、自分がグラディスの無実を確証できたところで、それを誰にも伝えられないので意味がないのだけれど。

「どんな感じで倒れていたの?」アリスはイケメン兵士に質問した。

「扉の前にうつ伏せで倒れていたそうです。」兵士は現場のことを知っていたらしく即座に答えた。

「死因は?」

「頭部を何かで殴られたことによる出血死ではないかとのことです。凶器は見つかっておりません。」

「即死じゃないの?」

「それが、検死のできる医者が不在でちゃんとした死因が判らないのです。ただ、血の跡にもがいたような後がありまして、被害者が殴られた後、まだ息があったのではないかというのが捜査班の見解のようです。」

 捜査班なんているんだ。

「アルトはなんて?」

「アルト卿はご不在と聞いております。」

「マハルは?・・・えーと、マハルの遺体は?」アリスが一瞬言葉をつまらせて言った。

「すでに葬儀の準備が行われているはずでございます。」

 この部屋に来る間にも調べているが、もう一度確認。感染者リストを開いてみる。やはり、マハルの名前は、無い。マハルが死んだのは間違いないようだ。

 アリスが腕組みしながら部屋の中を眺めてまわる。怪しいものがないか視線を巡らす。


 ふと、アリスが部屋の隅、犯行のあったあたりとは全く別の壁に目を止めた。

 壁に何か付いている。


 アリスは部屋の隅に向かうとしゃがみ込んで観察し始めた。

 石造りの壁に透明の何か固めのワックスのようなものが擦ったように付着していた。

 アリスが不用意に触る。

 触った感触はロウが固まったような感じだ。

「ロウですかね?」イケメン兵士がアリスの横からアリスの触っているものをのぞき込んだ。

 アリスから話しかけられたせいか、こいつ急にぐいぐい来だしたな。学校の時はアリスに置き去りにされるのが役目の完全なモブだったのに。

「そうみたいね。なんでこんなところについてるのかしら?」アリスは相変わらずで、特に兵士のフランクすぎる態度を気にする様子もなく、知り合いとでも話すかのように返事を返した。

「んー、グラディスさんがロウソクでも落としてうっかりぶつけたんじゃないですかね?」

「仮にそうだとしても、グラディスがこういうのそのままにしておく訳がないの。グラディスが死んでる人をまたいでここまでくるとも思えないし。」

「んーなるほど。では、もしかして犯人が?」兵士がなるほどといったまなざしでアリスを見た。

 名前も知らない兵士がちゃっかりワトソン役に収まっている件。

「たぶん、そうね。もしくはマハルか。」

「マハルとは被害者のメイドさんのことですか?」

「そう。」アリスが頷く。「犯人とマハル以外の誰かがこの部屋に居ない限りそうなるじゃない。」

「被害者がロウソクを持っていて殴られた拍子にロウが落ちてその壁に当たったか、逆に加害者がロウソクを持っていて殴った拍子にその壁にロウソクが当たったか、ですかね?」

「殴った拍子にロウソクが当たった?どういうこと?」

「あ。ロウソクと言うか燭台ですね。ロウソクの受け皿の下に長めの柄がついているタイプの燭台の場合、凶器になりえますし。ほら、食堂のテーブルの真ん中に置いてあるようなやつです。」

「燭台で殴ってその拍子にロウソクだけすっぽ抜けて、この壁に当たったってこと?」

「憶測ですけどね。」そう言いながら、兵士は何かを探すように部屋を見渡している。王女が話しかけているというのにそっちのけだ。

「殴った拍子に抜けたロウソクがこんな低いところに当たるかしら?もっと高いところに当たらない?」

「王女殿下が殴ったのでしたらそうかもしれませんが、背の高い大人が振り下ろしたらその高さに飛んでもおかしくはないと思いますよ。」

 兵士は相も変わらず部屋の中をきょろきょろと何かを探している。もはやアリスのことは完全に見ていない。

「それに、被害者のロウソクが壁にぶつかったんだとしたら、何故、ロウソクが転がっていないのかが不思議です。」

「犯人が拾って行ったんじゃないの?」

「なぜ?」

「うーん・・・・火がついて危なそうだったからとか?」

「どこにも焦げ跡のようなものはありませんよ?ロウソクがぶつかった拍子か、ぶつかる前には消えてしまっていたと考えるのが普通ではないでしょうか。」

「うーん。あれ? 今、マハルのロウソクだったとしたらって言ってたけど、犯人のだったら、ロウソクが無くなってるのは不思議じゃないの?」

「灯りがついてないと暗くて帰れないじゃないですか。」

「なるほど。」アリスが感心した声を上げた。

 ・・・あれ?

 アリスのほうがワトソン役なの?

「まあ、夜に犯行が行われたという前提ですけれど。そもそも明るいうちの犯行だったらロウソクなんて登場しないはずですしね。」

 暗くなってからで間違いない。自分が最後にマハルにリンクした時は夜だった。

「でも、どうやって、消えた火をもう一度付けたの?」

「いや、あの殺されたメイドさんの燭台からですよ。」兵士がロウソクのぶつかった跡とはちょうど反対側の壁際にあるサイドテーブルの上を指さした。テーブルの上には小さな皿に取っ手のついただけのロウソク台が置かれていた。ロウソクはすでに燃え尽きていた。

「あれ、グラディスのじゃないの?」アリスはそう言ってから気づいた。「あれ?そうするとマハルの明かりがない?」

「テーブルの上にあるのが殺されていたマハルさんのロウソク台だと思いますよ?」兵士は答えた。「グラディスさんは結局、部屋にはきちんと入ってないようですから、たぶんメイド長さんを呼びに行ったときに灯りを持ってたはずです。そのまま隔離されている部屋まで持って行ってるんじゃないかと思います。まあ、グラディスさんかメイド長さんに聞けばわかると・・・あった!」

 兵士は話の途中でそう叫ぶとロウソク台の上の天井を見上げた。

 アリスも兵士の視線を追って天井を見る。天井から壁のあたりにロウの飛び散ったような跡が薄く一筋についていた。

「そうか、振り下ろした時じゃなくて振りかぶった時か。」

「ロウみたい。どういうこと?」

「通常、ロウソクの炎の下には溶けたロウがたまります。それが燭台を振り上げた拍子に飛び散ったのでしょう。」

「なるほど。」

 なるほど。

 すごいなこの兵士。名無しのモブ扱いなどもったいない。今からホームズ(仮)と呼ぶことにしよう。

「犯人が燭台でマハルを殴ったのは間違いなさそうね。すごいわね、あのロウソクの跡から犯行の様子を解明するなんて。」

「まだ、憶測ですよ。」

「そうかしら?他に考えられないじゃない。」

「んー、たぶんこの推理はあってるとは思うんですが・・・なんというか、なんでロウソクを拾ったかが良く分からないんですよ。」ホームズが呟く。さっき自分で答えだしてなかったっけ?

「ロウソクがないと暗くて帰れないからって自分で言ってたじゃない。」

「それはロウソクがなくなった理由です。犯人がロウソクを拾う理由にはなってないんですよ。」ホームズが禅問答のような事を言い始めた。

「??」

「いえ、『帰りに灯りが必要だからロウソクは無くなった』。これはたぶん正しいと思います。では何故、犯人はわざわざ被害者をまたいでまでロウソクを拾いに行き、そのロウソクを燭台につけ治し、それに火を移してから去ったのでしょう?」

「別に、なんか変?」

「殺人をしてこの場から去りたいのですよ?灯りが欲しいだけなら、燭台と火のついてないロウソクなど打ち捨てて、殺されたメイドさんのロウソクを持って行けばいいじゃないですか。幸い扉からも近いところに置いてありますし。」

 この世界じゃ科学捜査研究所なんてものなんてないだろうし、凶器なんて残していったほうが安全なんだろうな。

「自分で持ってきたものだから、それを持って帰ろうとしたってだけなんじゃない?」

「なるほど、そうかもしれませんね。」ホームズは言った。「たしかに・・・。」

「でも、これでグラディスが犯人じゃないって証明できるわね。」アリスがうれしそうに言った。「だって、上からマハルの頭を叩くのってグラディスには無理じゃない?」

「いえ。証明は難しいと思いますよ?今までの推理はグラディスさんが無実であるという前提にたって話が進んでます。それに、今の推理にはどうしても説明を付けなくちゃいけない点が一つあるのです。」

「カギのことね。」

「・・・ええ、まあ、いちおう、そうですかね。」ホームズは歯切れが悪そうに答えた。

「じゃあ、やっぱりその謎さえ解けばOKってことね。」

「カギがかかっていたことはそれほど問題ではないのです。それにカギの理由が判明しただけではグラディスさんの容疑は晴れないかと思います。」

「どうして?」

「今度はグラディスさんが怪しいという視点で考察してみましょうか。」と、ホームズがアリスの質問など聞いてないかのように切り出した。「んー、例えば、殺されたマハルさんがグラディスさんの元を訪れ、何らかの理由でもみ合いになる。マハルさんがもみ合いで倒れ、起き上がろうとして膝立ちになったところにグラディスさんが燭台で頭をたたき割った。これなら、あの辺りにろうそくが飛んで行っても不思議ではありません。」

「グラディスはそんな燭台なんて持ってないわよ。いつも小さなろうそく台。私のところに来る時ですら燭台なんて持ってきたことないわよ?」アリスが答えた。「だいたい食堂でもないのに燭台をメイドが持ち歩いているのってなんとなく不自然だわ。」

「では、マハルさんが持ち込んだ。」仮称ホームズが即座に反例をあげた。

「マハルはなんでそんなの持ってるのよ?」

「んー」仮称ホームズがこめかみに指をあててしばらく考えてから答えた。「殺されたマハルさんってアリス王女のメイドさんだったんでしたよね?例えば、アリス王女のために王女にふさわしい燭台を用意したとか?」

 そういえば、アリスの部屋にはグラディス部屋にあったのと同じような質素なロウソク皿しかない。

「マハルならあるかも。」ちょっと考えてアリスが言った。「おっきい燭台あっても邪魔なんだけどね。ごはんの時とか。」

「そもそも、王女ほどの方がご自身の部屋でお食事をとられていることが、少々おかしいのですけれどね。」ホームズが苦笑いした。アリス、病気だったし仕方なかったのかな。

「でも、もしもそうだったとしても、グラディスの部屋に持ってく理由がないわ。」

「んー、例えば、こんなのはどうでしょう。マハルさんが王女に相応しい食卓を用意するために、燭台を入手した。それをアリス王女の部屋に届けてもらおうと王女のメイドであるグラディスさんの部屋に立ち寄った。けれど、そこひと悶着あった。先ほど言ったようにマハルさんの頭が低いところにあるタイミングで、グラディスさんが手近にあった燭台でマハルさんの頭を殴打した。グラディスさんは慌てて凶器を隠ぺいして、第一発見者を装った。この場合、ロウソクと燭台は『凶器を誰か自分以外の人間が持ち去った』と思わせるために持ち出されたことになりますね。」

「じゃあ、なんでグラディスは扉にカギがかかっていたなんてわざわざ言ったのよ?誰か他の人のせいにするなら、扉のカギが開いてたとか言ったほうが自然じゃない。」アリスが食って掛かる。

「んー、たしかにそれはそうなんですが・・・」ホームズがあっさり認めた。「でも、グラディスさんなら、カギがかかっていたと言えば他の人に濡れ衣がかからなくて良い、とか考えてもおかしくなさそうじゃありませんか?」

「・・・・でも、グラディスがなんでマハルを殺さなきゃいけないのよ?」アリスが仮称ホームズを睨みつけた。アリスはホームズが自分の弁護を片っ端から粉砕していってしまうのでちょっと不機嫌になっていた。

「それ、本気で言ってらっしゃいますか?」ホームズが美少女アリスの眼力にひるむことなく見つめ返した。イケメンってすごいね。「私の知る限り、グラディスさんほど同僚を殺す動機を持った方はいないと思いますよ?」

 そうか。確かに。

 グラディスはメイドたちからいじめられていた。

 グラディスは第一発見者にして動機としても第一の容疑者なのだ。

「カギの謎が解けたとしても、グラディスさんが一番怪しいのに変わりはないんです。」仮称ホームズが付け足した。

「グラディスじゃないもん。グラディスはそんなことしないもん。」アリスがぐうの音も出ないほどやりこめられて、ついに子供のような反抗を口にした。

「私もそう思いますよ。もし、この推理の通り、マハルさんが王女のために燭台を用意したのであれば、自分のろうそく台があるのに、プレゼントの燭台に火のついたロウソクをつける理由が思い当たりません。」さっきまで、グラディスが犯人かのように語っていた仮称ホームズはにっこりと笑った。「でも、真犯人をきちんと挙げてからグラディスさんを助けてあげないとダメなんです。」

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