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2-11 b さいきんの冒険もの

「王女!いるんだろ!!」


 アリスたちが何事かと顔を見合わせる。

 一緒に外に出ようとした母親を寝ているよう説得して寝かせてから、アリスとタツは家から外に出た。

 外には、スクイージを先頭にスラムの住人と思われる男たちが20人くらい、アリスたちが出てくるのを待っていた。彼らの後ろには遠巻きにするように他の住人達も何事かと集まっていた。

 ここに来るまで堂々とスラムを抜けて来たのでアリスの所在は知れていたようだ。見た感じスクイージが音頭を取って彼らを集めたのだろう。

 何をする気だ?

 いざという時にアリスを助けるパターンを頭に巡らせる。

 前回のようにクロを【操作】するのが一番良さそうと考えたが、一瞬クロにチャネリングするも思考が真っ黒だった。お昼寝中の様だ。困った。

 こちらの心配も他所にアリスは臆することなく彼らの前に出ていく。

 アリスに全く動じた様子がないので、スクイージたちのほうが気おされて下がった。

 彼らの前で歩みを止めて堂々と立つアリスをスラムの男衆が睨みつける。

 アリスも腕を組んで睨み返した。

「なんか用?」少し間をおいてのに誰も何も言ってこなかったので、業を煮やしたアリスが訪ねた。

「おめぇたちが、俺たちの富を奪っていくせいで、全然暮らしが楽にならない!」スクイージが叫んだ。

「それ、前も聞いたわよ。」アリスがぶっきらぼうに答えた。「愚痴ばかり言ってないで。働いたらどう?」

「おめぇや王様だって働いてない癖に。それなのに豪勢な飯を食っているじゃないか。」後ろの連中がそうだそうだと喚き散らす。

「王族にだって王族としての仕事があるわよ。」アリスが言った。

「いつだってそうだ。貴族は何もしないで良いものを食べてるのに、俺らは道端の雑草を拾い集めて食って生きていくしかないんだ。」スクイージはアリスの話なんて聞いちゃいない。

「だから、あんたたち、何しに来たのよ?」アリスが呆れたように尋ねた。

「俺たちにだって、言いたいこのひとつくらいあんだ!自分たちばっかり楽しく暮らしやがって。」「俺たちだって人間だ!」スクイージの後ろにいたうちの一人が大声を上げた。

「そうだ!!」「てめえらばっかり。」「俺らがなんでこんな苦労しなきゃいけないんだ。」他の男たちも口々に思っていることを口にした。

 アリスを誘拐してどうこうとか、復讐のために危害を加えるとかではなさそうだ。

 彼らは、誰でもいいから自分の怒りを知ってもらいたかっただけなのだろう。もしかしたら、アリスに文句を言うことが彼らの一縷の希望なのかもしれない。

 ただ、この喧騒は、いつ怒りを物理的にぶつけてくる形に変わるか解らない。

「集まって声を上げてたら、誰かが助けてくれるとでも思ってんの?」

 うーん、それ言っちゃうのはちょっと心無くないだろうか。

 あと、刺激すんのやめて。

「ああ!」男たちがすごみ、何人かの男たちが飛びかかるふりをして、地面を大きく踏み鳴らした。

「喧嘩なら、相手するわよ?」アリスがファイティングポーズをとった。

 やめろ。

 さすがにこの人数は無理だ。グランドに持ち込まれたら小さいアリスじゃ何もできない。

 ・・・・できないよな?

 アリスの戦闘力を知らないスラムの男衆がせせら笑った。むしろ、小さい女の子のファイティングポーズに毒気を抜かれたようだった。

「こんなことしてるより、できることなんていっぱいあるでしょ?まだ、十分動けるんだから。だったら、なんか、始めりゃいいじゃない。」

「始める?何が始められるっていうんだ。」スクイージが言った。

「なんだっていいわよ。」アリスが言った。「お金持ちになりたきゃリスクを取るか努力をするかしなさい。なんもしないで文句んばっか言ってたって何も変わらないわ。」

「農民には土地がある。商人には店がある。工夫には技と道具がある。俺たちに何があるってんだ?博打に出ようったって金がねえ!何が始められるってんだ?」

「・・・・。」アリスはしばらく黙っスクイージを見ていた。何かを考えこんでいるのか、それともスクイージの話を真面目に聞いているのか。

「俺達には何もねぇんだ!おめぇ見たいな、最初っから全部持ってるやついには解んねえんだよ。」

「そうかもしれないわね。」アリスが無感情に言った。「あなたには本当に何も無い。」

 アリスが突如、貧民たちとのにらみ合いから目線を外して辺りを見渡した。そして、自分のすぐ右に小高かく瓦礫が積みあがっているのを見つけると、その上に軽いステップで跳び上がった。そして瓦礫の上で振り返って、彼らを見下ろした。アリスは彼ら全員に聞こえるよう声を張って語り掛けた。

「言いたいことは判った。お前たちが困っていることも理解した。」いつもより少しアリスの声のトーンが低くなった。以前王城の広間でエルミーネから見た時のアリスのように凛とした王女がそこには居た。「たしかに私は自分が食べるに値する結果を出していない。にもかかわらず飯にありついている。」

 しかも、ピーマン残してたしな。

 突然、さっきまでただの少女だった女の子が、突如、王女として声をあげたので、スクイージたちがあっけにとられてアリスを見上げた。

「しかし、お前たちも努力を怠っているのは同じ。先にも述べたように、アリス=ヴェガは努力を怠るものに対価を払う気は無い。」

「ふざけるな。毎日、俺たちは努力して、這いずりまわって生きているんだ。貴様に俺たちの努力や苦しみがわかるものか!」

「おかれた環境に不平ばかりを述べるだけで、変化を求めることもなく、その日々にただ忙殺されるのは、いくらそれが苦しかろうと、努力とは言わない!それは怠惰と等しい!」15歳の少女が口にするような言葉ではない。

 だが、病魔による自らの死を目の前にしながら生き急いで来た人間の台詞なのかもしれない。いつ襲って来るか解らない死というタイムリミットがあった中、それが報われないかもしれないと解っていても、それでも、少しでも王女として生まれたことに相応しい何かをしようと努力をしてきた人間の言葉なのだ。

「なっ!」スクイージ達が王女の言葉に怒りで声を詰まらせた。この場の雰囲気がいっそう悪くなったのを肌で感じる。そんな彼らを見下ろしながら、アリスは大声で宣言した。

「ファブリカ王国王女アリス=ヴェガの名において誓う、そなたらが努力をしさえすればたらふく飯の食べられる世界を約束しよう。その時が来たら我のもと、おまえたち自身のために働くと誓え!」

「なっ!?」こんどはアリスの突然の宣言に聞いていた全員がうろたえた。数秒前まで自分たちの想像の通りのいけ好かない小娘だった次期国王候補が、急に意見をひるがえして自分たちを救うと約束したのだ。

 アドレナリンが脳内を駆け巡る。いや、違う。たぶんこれはアドレナリンではなくドーパミンだ。緊張ではなく興奮だ。アリスは少なからずこの状況を楽しんでいる。

 今、スラム民たちはアリスが思うように反応している。

「答えよ、お前の名はなんだ。」アリスが今度は目の前のスクイージに尋ねた。

「!?」突然名前を訊かれてスクイージがひるんだ。「ん、す、スクイージ。」

 王女はなお声高に言った。

「スクイージ、王女の名において約束する、近い未来お前たちの生活を豊かにしよう。そして、お前たちの努力が報われる世界としよう。だから、約束せよ、スクイージ。そなたもその時のために我とともに努力し、より良き未来のために生きると。」王女は瓦礫の上で膝をついて目線をスクイージの高さに近づけると、その視線でスクイージの顔をまっすぐに射貫いた。

 スクイージが目を見開いてアリスを見返す。その瞳には、今までの彼からは見たことのない光がさしていた。

 命令でなく、約束。

 ともに努力する。

 アリスは言葉を選んだ。そして、返事を求めた。

 たぶん、スクイージは王女が自分が同列で話をしていることに興奮しているのだ。

 自分が王女に上進したから、王女は我々を助けると言った。これは自分のおかげだ。きっとそう思っている。

 スクイージはこの特別な状況を手放したくない。王女と同列の人間として敵対するか迎合するか考えなくてはならない。

 自分の前世でもよく見て来た光景から分かる。結局のところ流されて落ちてきたものは、最終的には権威に迎合する。

「親からもらったスクイージの名において誓う。王女がもしも約束を果たしたなら、その命に従う。」スクイージが自分がスラム民代表だと言わんばかりの仰々しさで言った。

 なにをどう努力するか、スクイージは判っていないだろう。しかし、スクイージは王女との約束を交わした。今この場ではスクイージは王女と対等の約束を交わした人間なのだ。もう、簡単には裏切れない。

「他の者にも問う。我が皆に救いの手を差し伸べたなら、自らの手でその救いをつかもうと努力するか。」アリスが瓦礫の上からスクイージが連れてきた連中やギャラリーを見渡した。

 スラム民たちが互いを見合う。

 その時だった。

「なにをしている!!」と、前回同様、絶妙なタイミングで兵士たちがやって来た。先頭に居るのはイケメン兵士君だ。

 よかった。よくぞ見つけてくれた。

 前々回のこともあったし、アリス脱走の報を受けてから、まずはこの場所だと踏んで真っ先に飛んできたのだろう。もしかしたら前回バスケしてた時にも、ここに探しに来てたのかもしれない。

 イケメン兵士がアリスとの間に割って入ってきて、集まっていたスラム民たちに対して剣を抜きはなった。

 アリスは兵士の肩を押しとどめるように後ろから手で掴むと、いつもの口調で言った。「帰る。」

 そして、アリスは抜刀した兵士を後ろにおいて勝手に進み始めた。兵士たちが慌ててアリスを囲み護衛する。武器はあるとはいえ人数は4人、スラム民はスクイージたちの後ろからこの騒ぎを見ていた観客も入れれば100人近く集まっていた。兵士たちは緊張した様子でアリスを護衛する。

 アリスにいちゃもんを付けに来た20人の真ん中を割ってアリスが進む。

 アリスを囲んでいた壁が割れ、アリスに道を開けた。

 その間をアリスは堂々と大股で進んでいく。

 兵士がいることもあり、スラム民は少し距離を取ってアリスを見つめ、アリスの通行を妨げることはない。

 と、アリスがスラム民達が集まっているののちょうど真ん中らへんで止まって、最初に自分たちを囲んでいた20人を振り返った。

「皆よ!努力すると、約束するか!!」

 しばしの、沈黙。アリスは一人一人ガンを付けるかのようにこの場に集まっていたスラム民全員を見渡した。そして、もう一度怒鳴った。

「約束するか!!」

「お、おう。」「約束する。」「分かった。」「あ、当たり前だ。」「ん。」など、つぶやくような言い訳をするようなバラバラの返事が各所から上がった。

「ならば、我も約束しよう。そなたたちが生きていける国を用意すると!」アリスが再び叫んだ。「期待して待つが良い!!」

 そして、アリスは振り返ると再び歩き出し、後ろを振り返ることはなかった。アリスは前回この場から去った時と同じように、何かを深く考えているようだった。おそらく、スクイージたちと約束したことについて考えているのだろう。


 この場所で彼女は紛れもなく女王だった。

 そして、彼女はアリスだ。だから、自分の言ったことにはスジを通さねばならない。

 

 ああ、分かった。


 知ってもらえることなんてなくたっていい。

 微力ながら協力しよう。

 この間まで存在の意味すら見失っていた小さな自分は、わがままな君の高貴な生き方を尊敬したい。

 きっとそれが、この世界に自分が生まれた意味なのだ。


 こうしてアリスの王女としての人生の歯車が回り始めた。


 かと思いきや、波乱万丈の彼女の人生は、彼女に女王へのメインルートを進むことを許さないのだった。

 何故なら、この後、時を置かずして、マハルが殺されてしまったからだ。

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