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13-3d さいきんこの世界から去ることになりました。

 アリスたちはロッシフォールと別れ街を進んだ。

 夕暮れのノワルへと向かう道は人通りが少なく閑散としていた。

 ごくたまに街の人とすれ違ったが、アリスの事を探している市民たちでは無かった。彼らはすれ違ったのがアリスだとは気づかなかったようで、特にこちらを気にする素振りも無く通り過ぎて行った。

 アリスたちはアリスが学校を脱走していた時に良く使っていた川沿いの道を進み、ノワルへと続く橋の入り口まで到着した。

 ミスタークィーンと出会った橋だ。

 橋の入り口には一人の老婆が立っていた。

「オリヴァ!」

 アリスはオリヴァに気づいて駆け寄ると手を取った。

「ケン様よりここを通るとの知らせを受け、ご挨拶に上がりました。」

 ナイスだケン。

 でも逃亡の事知ってる人多過ぎん?

「嬉しいわ。」アリスはオリヴァの手を取ったまま言った。「クイーン商会の事はごめん。迷惑をかけちゃうかもしれない。」

 そうか。女王御用達の商会だからアリスが処刑だの逃亡だのなると露骨に評判が落ちかねないのか。

「いいえ、その程度の事。」オリヴァは首を振った。「陛下を失うこの国の損失に比べればたいしたことございません。」

「この国は大丈夫よ。あなたも居るし、みんなも居る。新しい国王を支えてあげて。」

「はい、貴女の愛したこの国が幸せになれるよう、微力ながらお手伝いさせていただきます。」オリヴァはアリスの手をそっと放すと頭を下げた。「最後に一言申し上げたくて参りました。」

「最後って・・・また、落ち着いたら会いましょ。」

「残念ですが、私も歳でございます。」オリヴァはゆっくりと首を横に振った。「再びお会いできることはないでしょう。」

「オリヴァ。そんなこと言わないで。なんなら私が会いに来るわ。」

「人間という命ありし存在である以上、別れは常に訪れます。それは陛下であろうとどうとできる事ではございません。」オリヴァは言った。「別れは辛くございますが、その別れを惜しむ機会を与えられたことを私は感謝しております。」

 オリヴァはアリスを見つめた。

 その瞳は潤んでいた。

「貴女が未だ私を師と思っていただいているのであれば、最後の一言を貴女に告げたいと存じます。」

「ええ。」アリスは真摯にオリヴァを見つめた。

「あなたは人のために有らんとしました。貴女は託されたその使命をたったの数年で充分なほどに果たしました。私は貴女を徒として持てたことを誇りに思います。先王陛下も、お母上も貴女の事を誇らしく思っていることでしょう。」オリヴァは言った。「もちろん、それは素晴らしいことですが、あなたの人生は人のものではありません。」

 オリヴァは一つ間をおいてアリスの心を見透かそうとするかのように瞳を覗き込んだ。

「だから、貴女はもう自由に生きていい。」

 一瞬。

 ほんの一瞬。

 アリスの瞳が潤んだのが分かった。

「これからは貴女を生きなさい。」

「ああ、オリヴァ。ありがとう。最後まであなたは私の最高の師よ。」

 アリスとオリヴァはどちらからともなく抱き合った。

「これからは自由に羽ばたけますように。」

 オリヴァはアリスの肩に顔を埋めながらそう呟いた。


 さようなら、オリヴァ。

 本当にあなたが居て良かった。 

 でなければ、アリスはどんな人間になっていたことやら。

 ありがとう。あなたはこの国でもっとも偉大な女性だったのかもしれない。




 オリヴァとの別れを終え橋を渡ったアリスたちの視界に、ノワルの入り口でたむろっている人影が見えた。

 ジュリアスの言う通りであれば彼らはこちらの仲間のはずだが・・・。

 一人がこちらに気づいて駆け寄ってきた。

 それは思いもよらない人物だった。

「エウリュス!!」

「ああ!アリス陛下!ご無事で!!」

 相変わらず声がでかい!

 周りにバレるとか考えろし。

「エウリュス!!久しぶり!」

 アリスもつられんな!声がでかい!聞かれる!!

「処刑されると聞いて居てもたっても居られず駆けつけてまいりました。」エウリュスはアリスの前に跪いた。

 もうほんと、今このタイミングを見られたら一発でバレるんですけど?

「とりあえず逃がしてもらえることになった。」アリスは答えた。

「一昨日ベルマリア公と出会わなければ、救出のため王城に特攻していた所でした。」

 マジかよ。物騒過ぎんだろ。

「ありがとう!」

 素直にお礼言うよりもだなぁ・・・。

「我々一同、陛下が御存命で心より喜んでおります。」

「一同?」

 平民の装いの男たちが4人追いついてきて、エウリュスの後ろに並んで礼儀正しく跪いた。

「先王ネルヴァリウス陛下の近衛騎士たちにございます。」

 おお、ジュリアスは何と心強い味方を探し出してくれたことか。そして、よくぞこいつらの特攻を阻止してくれたことか。

「本当ならこの後も護衛をして陛下にあだなす民草共を蹴散らしたいところなのですが、仮にも処刑予定の王族に子男爵がつき従う事はあってはならないと、ベルマリア公に断固止められまして・・・。」

「騒ぎを起こさないためにこっそり逃げてる最中だからね。」アリスはそう答えてから、後ろでかしこまっている騎士たちを労った。「みんなもありがとう。」

「せめて、ミンドート領までお供いたしたかったのですが。」

「私とヘラクレスが居ればそこらへんは心配ないの知ってるでしょ?」アリスはそう言ってニッカリと笑った。

「はい。」エウリュスは素直に頷いた。

 アキアでアリスとヘラクレスが数百人ぶっ潰してるの見てるからねぇ。

 ふと、エウリュスは跪いたままアリスをまじまじと見上げた。

「? どしたの?」

「陛下がお元気そうで良かった。」エウリュスの表情が緩んだのが分った。「処刑されてしまったらと、ご心配しておりました・・・。」

 アリスはエウリュスの熱い視線がウザかったのか慌ててそっぽを向いた。

「良かった・・・。」もう一度、絞り出すようにエウリュスは言った。「ネルヴァリウス陛下のご息女は強い人でした。貴女が生きていてくれて本当に良かった・・・。」

 そう言ってエウリュスはしくしくと泣き出した。

「ちょっと、エウリュス!?」

「本当によかった・・・。」

「・・・うん。」アリスはエウリュスに大袈裟に泣かれて困ったようにほほ笑んだ。


 ありがとう。

 エウリュス。

 アリスは生きてるから。

 もう泣くな。

 お前の王様の娘はきっとこれからもずっと元気だからさ。

 だから、そろそろ君も君の幸せを追って欲しい。




 エウリュスたちと別れ、少し道なりに進んだ所にある分かれ道でケンが待っていた。

 ノワルでの出迎えはケンだけのようだ。

「待っていた。」

「会えて嬉しい。」アリスはケンに近寄ると素直にそう言った。

「「・・・。」」

 緊張した沈黙が二人の周りを覆った。

 ケンはアリスが守ろうとしてそのために虐げた側の人間だ。

 ジュリアスから味方であることは聞いていても、ストイックなアリスがケンに対して罪悪感を感じていないとは思えなかった。

「その・・・カリア石の交換についてはアミールが引き継ぐことを約束しているわ。だから安心して。」アリスがケンに伝えなくてはならない伝達事項を探し出して口にした。

「なあ。お前はこれで良いのか?」ケンは間つなぎのアリスの台詞は無視して訊ねた。「お前が王様のままのほうが嬉しい人たちがここにはたくさんいる。」

 アリスは気まずそうに目を伏せた。

「私は王としてしてはいけない方法を選択してしまった。」アリスは答えた。「もう、アミールを差し置いてまで王で居ることはできない。」

「お前はみんなを・・・いや、違うな。」ケンは何かを言おうとして飲み込んだ。「分かった。これからはお前の助けが無くても、俺たちが自らノワルの未来を切り開いていく。だから心配するな。」

「もともと、ノワルはあなた達が自力で切り開いた街なのよ。」

「違う。『俺たちが』だ。」

「・・・うん。」

「これを。」ケンがポケットから、小さな布切れを取り出した。

 護符というかお守りだろうか?

 小さな厚い布片で、どこかに結び留められるように紐の輪っかが付いていた。

 その布はこの世界では初めて見る綺麗な藍色だった。

「セン・・・。」

 それはセンの育てた藍だった。

「ノワルの皆で作り上げたお守りだ。」ケンが言った。「お前が処刑されるってなって大騒ぎになってな。せめて、何かお前のためにしたいって、ノワルの皆がいろいろ考えて作ったんだ。お前に渡したいってセンの作っていた布で作ったお守りだ。」

 アリスは驚いた顔で綺麗な刺繍のされた藍色の布を受け取った。

「センの作り上げた藍色の布は俺たちにとってはただの布じゃない。」ケンは続けた。「センが必死で染料を見つけた。染料になる花を探すためにはオギーとトッカータが奔走してくれた。ショウが灰を混ぜてその染料を溶かす方法をあみだした。その混ざってしまった灰を取り除く機械をカンパとキーノたちが選定した。麻を染色しやすくなる装置をタツが考案して、スカンクたち強人組の連中が集まってその装置を作り上げた。そうやってようやくできた青色の布の第一号がそれだ。みんながそれをお守りにしてお前に渡すべきだと決めた。」

 アリスは手の中の小さな藍をじっと見つめた。

 その小さな藍い布には白い糸で綺麗な刺繍がしてあった。

「その刺繍のデザインはデヘアだ。刺繍は皆で一針一針少しずつやった。お前に張ったおされて閉じ込められた連中の一針だってある。言うなとは言われているが、もちろんタツの一針もだ。」

 大昔アリスに絡んできたスクイージも、どうしてもとアープの所に押しかけてきて一針刺繍を編んでいった事を自分は知っている。

 アリスの手の中のそれは、ただの一つの藍い布っきれだ。何のすごい機能も無い。気休めの小さな小物だった。

 でも、その藍い布切れには、アリスのおかげでここで巻き起こった様々な事が凝縮されていた。

「これは、みんなの思いだ。」ケンはじっとその布を見つめているアリスに向けて言った。「これは、お前の教えてくれた道を歩んできた俺たちの努力の結晶だ。どうしても見せたかった。渡せて良かった。」

「ごめん。私、多分、もうここには戻ってこれないかもしれない・・・。」アリスの声に悲しい音色が混ざった。「ありがとうも、ごめんなさいも、みんなには伝えることができない・・・。」

「心配するな。今度は俺たちが会いに行く。絶対にだ。」ケンはそっとアリスを抱きよせた。「ありがとう、アリス。」

「うん。」アリスは寂しそうに、それでも嬉しそうに頷いた。


 さようなら、ケン。

 アリスにみんなの思いを伝えてくれてありがとう。

 ずっと成りたいって言ってた立派な人間になったな。

 でも、まだまだ、もっと幸せな暮らしだってあるんだぜ。

 頑張れよ。

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