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13-3c さいきんこの世界から去ることになりました。

 薄暗い通路を抜けると、貴族街の端にある館に到着した。ネズ子とノロイたちを避難させてある館だ。

 抜け道の終点にある行き止まりの壁をスライドした先は、アリスそっくりの女王が民衆を率いている絵の前だった。

 ヘラクレスとアリスが先行して警戒しながら部屋に降り立つ。

 部屋にはすでに人が待っていた。

 この館を管理している老婆ではない。

 それはジュリアスとカルパニアだった。

 アリスとの別れを思ってかすでにカルパニアの顔が青い。

「おまたせ。」アリスは二人に声をかけた。

「いや、ちょうど良かった。」ジュリアスが言った。

「ちょうどいい?」

「そろそろかと思って部下を動かして市民たちとの対話にあたらせた。ちょうど今、兵も市民も東の塔の出口や城の勝手口に集まっている。そっちには近づかずに、昔アリスが使っていたという抜け道を使ってくれ。」ジュリアスは言った。

「了解。」

「それと、ノワルへは城壁沿いではなく、川沿いを進むといい。橋を渡ってノワルに入って欲しい。」

「橋は見張られてないの?」

「ノワル側は見張られているが、その見張りは市民に扮したこちらの仲間だ。アリスの知り合いだと言ってる人もいるよ。」

「そうなの?」

「騒いでいるはただの市民の集まりだ。統制が取れてない。そもそも互いの識別ができてないので、先にこちらがニセの見張りを立ててしまえばわざわざ見張っているところを探しには来ない。橋を押さえてしまうのは簡単だった。」

「さすがね。」

「でないと殴られる市民が可哀そうだ。」

 良く分かっていらっしゃる。

「ノワルからはケン君が案内する。」

「おお!」アリスが知った名前に嬉しそうな声を上げた。

 ジュリアスから伝えるべきことが終わってしまったため、小さな沈黙が流れた。

「行っちゃうのね。」カルパニアが近づいてきてアリスの両手を握った。

「うん。」アリスがカルパニアの手を握り返した。

「しばらく会えなくなっちゃうね。」

「絶対に遊びに行くからね。」

「寂しくなる。」ジュリアスが言った。「本当はついて行ってあげたいところなんだが・・・。」

「ジュリアスがずっと外してたら、部下に私逃がしてるってバレちゃうもんね。」

「すまない。絶対に会いに行くから。無事で逃げのびてくれ。」

「私、アリスが居なくなったら寂しい。」カルパニアは今にも泣きだしそうだ。「心細い。」

「うん。私も。」アリスも答えた。

 ・・・そうか。

 そうだよな。

 カルパニアがアリスにギュッと抱き着いた。

「いろいろありがとう。」

「私、絶対に行くから。ジュリアスと一緒に会いに行くから!」

「楽しみにしているわ。」

「もう無理も無茶もしなくていいんだからな。」ジュリアスは言った。

「そうよ。アリス、見た目すごく綺麗なんだからもっとおしとやかにしなきゃダメよ。」カルパニアも言った。

 二人とも言ってることが似ているようで全然違う気がするのは気のせいだろうか。

「カルパニア。ノワルの事は任せたわね。」

「ええ、任せて。」アリスに抱き着いたままカルパニアは答えた。

「ジュリアスもカルパニアの事は任せたわ。」

「えっ?」ジュリアスは思わぬものを任せられたので戸惑いの声を上げたが、その後気を取り直して言った。「分った。任せろ。」

 アリスは嬉しそうに笑った。

「じゃあ、行くね。」

「うん。」

 カルパニアとアリスはそっと離れると名残惜しそうに互いを見つめた。

 カルパニアはもう涙を抑えきれていなかった。

「シェリア、アリスの事お願いね。」カルパニアはそう言ってシェリアもハグした。

「うん。大丈夫。」シェリアは泣いているカルパニアを落ち着かせるよに背中をとんとんと叩いた。

「ヘラクレス。彼女たちを宜しく頼む。」ジュリアスがヘラクレスに言った。

「はっ。閣下。お任せを。」ヘラクレスはそっけなく頭を下げた。

 そして、アリスたちは隠し通路を隠していた絵の前に二人を残して館を後にした。


 さようなら。

 ありがとう。

 ジュリアス。カルパニア。

 二人とも幸せに。仲良くな。




 以前アリスがアミールの入学の時に挟まって抜けなくなった抜け道はガッツリ広げられていた。

 人通りのない場所とはいえ、完全に貴族街の城壁に人が通れる穴が開いてる感じなんだけど良いのだろうか?

 と、ヘラクレスとアリスがさっと前に出た。

 緊張が走る。

 城壁の穴の向こうから、のそりと人影が現れた。

 ロッシフォールだった。

「ロッシ!」

「閣下!」

 アリスとヘラクレスの嬉しそうな声に、ロッシフォールがギョッとしたのが分かった。

「ロッシ!王様ダメになっちゃった。」

「閣下!アミール陛下が即位されました!私、第一騎士になってしまいました。」

 思いがけない人物の登場に、二人がロッシフォールに詰め寄った。

 途端にロッシフォールの表情が「やっぱ来るんじゃなかった」という後悔に塗りつぶされる。

「ロッシは相変わらず立派なひげね。」

「閣下、お元気そうで。ちょっと太りました?」

 二人とも失礼極まりない。

「二人ともうるさい!」ロッシフォールが二人を叱る。「あなたたちは見つからないように街を出ようとしているはずでしたよね?理解してますか?」

「どうして、ここに居るの?」アリスはロッシフォールの嫌味っぽい叱咤を無視して訊ねた。

「アミール陛下にここを通ると聞きまして。殿下に一言伝えたくてやって来たのです。」ロッシフォールはため息をついて言った。「でも、やっぱり帰ります。」

「えーせっかく来てくれたんだし聞いてあげるわよ?」

 そういうとこ王族だよな。そして、だいたいロッシフォールがそれの被害者だよな。

「・・・・。」ロッシフォールはさすがにイラっとしたのかものすごく眉をひそめている。

「?」アリスが首を傾げた。

 アリスに悪意がないのが、いっそうたち悪い。

 ロッシフォールは大きくため息をついてから優しく言った。

「あなたはよくがんばりました。素晴らしい王でしたよ。ネルも誇らしいでしょう。」

 それだけ?

「うん!!」それでもアリスの目が喜びで大きく見開かれたのが分った。

「じゃ、帰ります。」ロッシフォールがそそくさと逃げようとする。

「そうだ。」アリスが思いついたように声を上げた。「ミンドート公からキャロルンのやってる宿屋に良く行ってるって聞いたわ。今度いっしょに行きましょうよ。そこならゆっくり話せるわ。」

 お前、アキアに身を隠す意味解ってる?

「それ良いですね。」ヘラクレスも同意する。「是非誘ってください。何事をも差し置いて駆けつけます。」

「私は多分これから暇だからいつでも大丈夫!」

 こいつら、なんだかんだでロッシフォール大好きだよな。

「ええ。落ち着いたら考えておきましょう。」ロッシフォールはものすごく嫌そうな表情で答えた。

「やった!」

「ありがたく存じます!」

 いや、君ら絶対誘われないよ?

 ロッシフォールの表情から「のんびり羽を休めるための旅行にこんなうるさい二人を絶対に呼んでたまるか」ってところまでありありと読みとれるんだけど。二人の目には何が見えているのだろうか?

「では。これで。」

 ロッシフォールは心配して損したとばかりに早々に立ち去りたいご様子。

 本当にさっきの一言のためだけにエラスから来たらしい。

「アミール殿下が王になればファブリカも少しは落ち着くでしょう。」去り際のロッシフォールは厭味ったらしくそう言った。

「そうね。」

「そうですねぇ。」

 アリスとヘラクレスはしみじみと同意した。

 二人の心からの同意にロッシフォールが呆れたように噴き出した。


 じゃあな。ロッシフォール。

 悪もんだと勘違いしてて悪かった。

 なんだかんだで、アリスに親身になってくれてありがとう。


「あっ!そうだ!」と、突然アリスが叫んだ。

 嫌な予感を感じたロッシフォールが警戒したままアリスの様子を窺う。

「エラスティアを頼んだわよ。」

「?」

「だって、アミール、王とエラスティア公とどっちもやったら忙しすぎて学校行けないじゃん。あんた、エラスティア公復帰だから。」

「なんですとっ!?」

 やっぱ、アミール学校行くのか。

「じゃあ!またね!!」

 最後の最後にアリスはロッシフォールに爆弾を投下してこの場を後にした。


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