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13-3b さいきんこの世界から去ることになりました。

 しばらくしてシェリアが迎えに現れた。

「アリスちゃん、迎えに来たよ。」

「シェリア!」アリスが嬉しそうな声を上げて立ち上がった。「大丈夫だった?」

「うん。私は平気。病気にもかからなかった。」

 自分、がんばりましたので。

「アリスちゃん、髪!もしかして病気で・・・?」

「違う違う。」アリスは即座に否定した。「イメチェン?」

 変装な。

「リデルちゃんに戻ったみたいだね。」

「でしょ?」

 アリスは嬉しそうに、毛先を持ち上げて見せた。

「ところで、スラスラとキャロルンは?」

「スラファはまだ動けないみたい。落ち着いたら絶対に会いに行くって言ってるってニアが言ってたわ。それにキャロルンも今は動ける状態じゃないみたいなの。アリスちゃんの事も内緒にしてる。」

「えっ!?キャロルも病気重いの?」

 あ。

 そういや、まだ知らんかったか。

「え?キャロルンもうすぐ子供が生まれるのよ?」

「え゛っ!?そうなのっ!?」

 キャロルの件はアピスとカルパニアによって伏せられたままだった。ペストの騒ぎが収まってからはアリスの処刑で騒ぎでそれどこじゃなかったし、アリスに知らせるとしたらカルパニアからなのだが、あの娘、ジュリアスのそばに居ようとするのとに必死で周りが見えとらん。

 というわけで、ここに来てようやく、シェリアによってキャロルの懐妊がアリスに伝えられた。

 アリスはシェリアの説明を感心したように聞いていた。そして、シェリアの説明が一通り終わると声を上げた。

「よし、途中で寄ろう!」

「「ダメです。」」グラディスとシェリアが異口同音に声を上げた。

「大丈夫!邪魔する奴が居たら蹴散らしてでも絶対行く。」アリスは引く気皆無。

「アリス様。」グラディスが言った。「アリス様が行ってしまうと、キャロル様はまた鼻血をお出しに遊ばせます。血が足りなくなっては出産の成否に関わってしまいます。ここはキャロル様のためにもご自制を。」

「む・・・。分った。」

 さすグラ。

「こういう話はこれからいくらでもできるから、そろそろ支度をお願い。みんなも待たせてるし。」シェリアが言った。

「みんな?」

「そ。みんな。」シェリアがとぼけて言った。「準備はどのくらいできてる?」

「ん。」

 アリスはそう言って、手元に有った小さな皮のサックを背負った。

「少ない!」

 だよなぁ。

 グラディスの荷物も少ない。

 アリスの荷物には替えのシャツと下着とくらいしか入っていない。

 もちろん本はない。

 本はもう、要らないのかもしれない。

「アキア公が色々準備してくれるって言うから甘えさせてもらおうと思って。」

 アリスが荷物を背負ったのを見て、ウィンゼルとネオアトランティスがアリスの足元に整列する。

「グラディスさんも大丈夫ですか?」

「はい。ご心配ありがとうございます。」

「じゃあ、行きましょうか。」シェリアはそう言うと、アリスの部屋を先んじて後にした。

 アリスもシェリアの後を追って部屋を出た。

 王になって1年くらいしか暮らしていないアリスの私室だったが、もう戻ることはないと思うと名残惜しい。

「えっ!?」

 部屋を出たアリスが驚きの声を上げた。

 外の廊下には人が集まっていた。

 それはアピスとクラスメイト達だった。勉強会でいっしょだったセリーヌたちだ。ゲオルグとエドワルドも居る。

「みんな!?」

「「「お久しぶりにございます。」」」

 セリーヌ、マライア、ノーラが真っ先に息の合った挨拶でアリスを出迎えた。

 練習してきていたのだろう、三人とも気合入りまくりの一礼だった。礼をした後のどや顔がすごい。

「再会できて嬉しく存じますわ。」

 アリスが反射的に優雅な礼を返す。

 粗末な服装に身を包んだアリスのとっさの返礼が自分たちの渾身の礼を凌駕してしまったので3人は息を飲んだ。

「久しぶり、元気だった?」

「一時具合が悪くなったのですが、もう大丈夫ですわ。」セリーヌが答えた。

「私とノーラは元気満々ですのよ。」マライアも答えた。

「みんなが無事で良かったわ。」

「せっかくアリス様が王様になったというのに、一度もお会いできないのも寂しかったものですから。」

「もう、王様じゃ無いけどね。」

「お城に居る間は王様で良いんじゃございませんこと?」アピスが横から粋な提案をしてきた。

「そうですわ!そういたしましょう。」アピスの提案にセリーヌが名案とばかりに声を上げた。

「それに、せっかくなんで、王城の王様のお部屋を拝見したくって・・・」

「こんな時でないと、なかなかお城のこんな高いところまで見学できませんし。」

 ノーラとマライアがちょろりと本音を漏らした。

「そろそろ出ないといけないので、お部屋の見学は無しでお願いします。」シェリアが言った。

 こいつらをアリスの部屋に入れたらテンション上がって長くなりそうだもんね。ナイス判断。

「私の私室だったら後で入っても良いわよ。欲しいものがあったら持ってってもいいわ。」と、アリス。

「「「本当ですの!?」」」3人のテンションが爆上がりする。

「うん。アピスン、案内してあげて。」

「良いんですの?」アピスが訊ねた。

「うん。」アリスは特に何の迷いもなく頷いた。

 と、アリスは口を開くタイミングを失ってどうしたものかもじもじしているゲオルグとエドワルドに向き直った。

「久しぶり。」

「再び拝謁することが叶いまして、恐悦に存じます。」ゲオルグがかしこまって礼をした。

 彼の後ろでエドワルドも膝をついて頭を下げた。

 一応、アリス国王だしな。普通、これだよな?

「他の連中にも声はかけたのですが、性急すぎて間に合いませんでした。あと、クリスティンは病気でまだ伏せっております。」ゲオルグがここに居ない面々について言い訳を口にした。

「仰々しいわよ。」アリスは言った。「別に昔みたいで良いわ。どうせ私もうすぐ王様じゃなくなるし、そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。」

 ゲオルグとエドワルドは困ったように顔を見合わせた。

「その、なんていうか・・・まさか来てくれるとは思わなかった。」アリスは少し気まずそうにおでこの横を人差し指で掻いた。

「一応、俺たちは君の下僕なんだろ?」ゲオルグはアリスに言われた通りに敬語を止めた。

 エドワルドがビックリしてゲオルグを見る。そして、自らも何かしら気の利いた返答をしようとしている様子だったが、緊張しすぎてしまって声が出てこないようだ。

「あの時は本当にごめん。」アリスは頭を下げた。

 もしかしたら、本当の意味での謝罪は今、ようやくなのかもしれない。

「その件について、俺はもう謝罪を受けた。そして、許すと決めた。」ゲオルグは言った。「今更謝ることはない。それにあれは我々が悪かった。」

「ありがとう。これからは大怪我させないように痛くする方法を考える。」アリスはすまなそうに誓った。

 ゲオルグとエドワルドが一気に顔面蒼白になる。

 お前、ホントそういうとこだぞ?

「二人ともこの国をよろしくね。」

「ああ、君も王様じゃなくなっても、何かあったら呼んでくれ。」ゲオルグが言った。「できる事はしてやる。」

「その、俺たち、お前の下僕ですから!」エドワルドがようやくワタワタとしながら口を開いた。言葉遣いが色々おかしい。

「ありがとう。頼りにするわ。」アリスは嬉しそうにほほ笑んだ。

「任せろ。」二人は力強く頷いた。

「あ、そうだ。二人も私の部屋に欲しいものがあったら勝手に持ってっていいからね。」

「「「ダメです!」」」

 シェリアとアピスとグラディスが速攻否定。

「えー、別にいいわよ。」

「いやいやいや、特に欲しい物なんてないから!」ゲオルグとエドワルドは顔を真っ赤にして両手を振った。

 アリス、こういうとこまったく成長してないんだった。

 自分いなくなっても大丈夫かなあ。

 やばい。超不安。

 最後にアピスが進み出てきてアリスの手を取った。

「アリスさん。残念ですわ。」

「うん。ごめんね。アミールのことをお願い。いろいろ支えてあげて欲しいの。」

 あれ?

 ちょっと待て?

 もしかして、アミール、学校通い続けるの?

 王様だぞ?

「ええ。アリスさんこそ。これからもご活躍を。」

「でも、もう王様じゃなくなっちゃったし。」

「そんなの関係ありません。」

「うん?」

「アリスさんは今も昔もこれからもアリスさんです。貴女が貴女である意味は私が知っています。私だけじゃなくて、ここにいるみなさんや、もちろんスラファさんやキャロルさんだって知っています。あなたに助けてもらったすべての人が知っています。」アピスはアリスの瞳を覗き込んだ。「だから、大丈夫。貴女は貴女らしく生きてください。それで良いんです。アリスさんはこれからだってとっても素敵ですよ。」

「・・・ありがとう。」アリスはアピスをじっと見つめ返した。「とても嬉しい。」

「私の尊敬する人が私に送ってくれた言葉です。」

「やるな、ミンドート公。」

 ちがうよ。

 たしか、昔、君自身がアピスに送った言葉だぞ?

 アピスはアリスの返答に思わず噴き出すと、アリスを抱きしめた。

「寂しくなりますわ。」

「うん・・・。」

 アリスもアピスのことをぎゅっと抱きしめ返した。

 アピスとのハグが終わるとアリスたち一行は隠し通路の入り口がある今は空き部屋となっている前王の部屋へと向かった。

 王城の上階層はアリスを軟禁しているということで封鎖されている。そのため人ひとりいない。たぶん、公爵たちの計らいなんだろう。

 寂しくなるはずのアリスの出立はみんなのおかげでにぎやかなものになった。

 アリスたちは他愛もない話をしながら、隠し通路までの短い道のりを楽しんだ。

 てか、冷静に考えたら、こんなにも大勢にアリスの事がバレているのは良いのだろうか??

 逃げることはもうバレてるわけだから、行先さえバレなきゃいいのか。

「この後?アキアに行くの。」

 言うなし!!

「場所分ったら連絡するから遊びに来て。」

 するなし!!

 ほんと極秘とは何なのか?

 短い道のりが終わり、隠し通路の入り口まで到着するとシェリアがランタンを灯した。

 隠し通路は不用心にも既に開かれていた。今夜あたりまた塞ぐのだろう。

 ここでクラスメイト達とはお別れだ。


 みんなありがとう。

 みんなのおかげで、アリスはいっぱい変わることができた。

 信じられないかも知れないが、アリスはみんなのおかげでずいぶんと大人になった。

 ありがとう。

 これからもアリスをよろしく。


「じゃあね。」アリスは振り返って手を振った。

「アリスさんもお元気で。」アピスが涙ぐみながら答えた。

 みんながアリスに手を振る。

 アリスは振り返ると、最後にニッコリ笑ってから、暗い通路へと踏み込んでいった。

 たぶん、アリスは二度と城に戻ることはない。




 ん?

 ところで、この通路の存在って、みんなに見られても良いんか??


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