13-1b さいきんこの世界から去ることになりました。
さて、街が活気づいて来るのに合わせて街での反アリス分子の行動も活発になってきた。
今までは地下で活動していて表立った活動はしていなかった彼らだったが、本日は演説めいたアリスの悪口が王都の至る所で叫ばれていた。
これは何と言っても昨日アリスがケーキを買いに街をほっつき歩いたことが原因に他ならない。
昨日のアリスのお散歩はアリスが軍隊を連れまわすのをやめたことを明確にしてしまった。そして、この非常時明けにケーキを買いにうろついたのが限りなく良くなかった。
「我々には我慢を強いたのに、女王はケーキが我慢できない。」
「しかも、ケーキ屋の主人が小麦をやりくりして、私たちのためにようやく作り上げたケーキを一人で買い占めていった。」
「悪口を言った子供たちに石を投げつけた。」
「ついに軍も王を見放した。お付きの一人すら付いていなかった。」
「何もしないでも流行り病はなくなった。女王のやったことは無意味だったのだ。」
こんな感じで、反省の色の見えないアリスの行動に反乱分子たちは王都のそこかしこであることないこと喚き散らしていた。
それなりに【めまい】や【嘔吐】で対応はしているものの、なにやら数が多い。
どうやら収監所や隔離施設から出てきた人たちが大勢反アリス分子に加わってしまったようだ。
しかも、同じような内容が口コミでも回っている。こちらはさすがに抑えられない。
たちの悪い事に口コミが伝言されるたびにアリスへの悪口が付け加わったりするもんだから、今やアリスへの悪口は膨大に膨れ上がり、もはやそれが本当なのかどうかなんて誰も解らない状況だった。
王都では、いや、王都だけではなくエラスティアの一部でもアリスを王の座から引きずり下ろすことが人々の話題となっていた。『革命』や『処刑』なんて言葉もちらほらと使われていた。
『あなたはいずれ殺されることになるでしょう。それも、あなたが助けようとした者たちの手で。』
昔聞いた言葉が思い出される。
オリヴァの前にアリスの家庭教師だったウィンゼル卿の娘、エルミーネの言葉だ。
彼女の父も今のアリスと同じように、小麦の病気を広めないように苦慮し、その結果領民に恨まれた。
そういえば最期に彼は領民たちに殺されたんだっけ?
ウィンゼル卿の最期を想像して背筋が凍る。
エルミーネがアリスに教え込もうとしていたように、国民を貴族に従順になるよう躾けていたのなら、こんな状況にはならなかったのだろうか?
そうしていたら、この国はより良く回っていたのだろうか?
さて、例の公爵たちとの会議が始まった。
色々と落ち着いてきたおかげで公爵たちの表情も穏やかだ。
今日はケネスも参加している。
今回は話題も明るくなり、復興の話し合いになるだろう。
自分が公爵たちを見るのは最期かもしれない。自分もアリスから参加することにする。
この国が明るい方向に向かうような健全な話し合いを聞いてから去り逝きたい。
でも、アリスが居るから、また荒れるんだろうなぁ。
そうだといいなぁ、なんて少しだけ思う。
会議は各公領の状況の説明から始まった。
「アキアは完全に回復いたしました。病人はもうおりません。」アキア公は言った。「まずはミンドート領との交易を完全に復旧させるつもりです。王都他への流通網についてもクイーン商会からこちらにお戻しいただく準備をしていただきたい。」
「承知しているわ。オリヴァやオギー達も理解している。心配しなくてもアキアの商流はきちんと回復するわ。もちろん他の公領もね。」アリスは言った。「ただ、ロマンとガルデは上手い事やって儲けようとしてるみたいだから気をつけてね。って、アキア公、ロマンとガルデって知ってたっけ?」
アリスはクイーン商会の商人であるロマンとガルデについて説明した。ロマンはアリスの農業改革の時にアキアに来ていたし、ガルデはため池の測量に使ったメジャーやバケツを作った商人だったのでアキア公は二人とも名前だけは憶えていた。
「ミンドートも問題ない。あとちょっとだ。」ミンドート公が言った。「症状なんてほとんどない数百人の患者だけが残っている。強制退院させて来ればよかった。そうすれば全快って言えたというに。」
「何を言っとるんだお主は。」アキア公は呆れた顔でミンドート公を見やった。
「ベルマリアはまだまだだ。」今度はジュリアスが言った。「ラグリンド周りが良くない。新規の患者もごく稀だが出ている。ただ、事態は確実に収束に向かっている。」
「モブート領も同じです。」モブートも言った。「北部はまだ新たな患者が出ています。ただ、治る数のほうが全然多いです。南部は問題ないですけど、北部を封鎖したままだと南部も封鎖しているのと同じなので困っています。」
「北部も解除していいわ。アルトに確認済み。その代わり症状のある人は絶対に管理して。」
「承知しました。」
「エラスティアもまだまだです。」最後にアミールが報告した。「ロッシフォール卿が上手くやってくれているおかげでエラス周辺は問題ありません。ですが、国境周辺はまだしばらく時間がかかりそうです。未だ死人も出ています。ただ、明らかに改善に向かっていますので、ひと月もかからずに元に戻せるでしょう。」
「しかし、どうして急に病気が収まってきたのでしょうかね。」モブートが首を傾げた。
自分のおかげ!自分のおかげ!
「流行り病とはそういう物らしいですね。アルト卿が言っておりました。」ジュリアスが答えた。
自分のおかげぇ・・・。
「王都が一番患者が多かったにもかかわらず、発病する者はぱったりいなくなったな。」
王都は体内の細菌の数が多い人がばかりだったからね。【崩壊】の効果がでかいのよ。
「病人の快復自体はまだまだ先ですけどね。」ジュリアスは言った。「でも、みな回復傾向にあります。」
「良かったわ。」アリスは嬉しそうに言った。「万事順調ね。」
「そうでもなかろう。」ミンドート公が口を挟んできた。「王都ではいろいろお前に対して騒がしいようだぞ。」
「言われた通り、こちらでは対応はせず黙認しているが良いのか?」王都の警備統括でもあるジュリアスがアリスに訊ねた。「大騒ぎしている人間が増えてきている気がする。そのうち暴動になりかねない。」
「放置していていいわ。」
「良くあるかい。」ミンドート公がすかさず突っ込む。ツッコミちゃうか。
「さすがに完全に放っておくのはまずいでしょう。」と、モブート公も反論する。「ウィンゼル候の例もあります。」
「別に私の悪口を言ってるだけなんでしょ?国を転覆させたり、他人の幸せを踏みにじって利益を得ようとか言う訳じゃないんなら放っておいてもいいわ。」
「アキアの農業が大きく後進したのはウィンゼル卿の一件も果てしなく大きい原因のひとつだったのですよ?民衆の騒乱は必ず国に害を及ぼします。陛下なら重々承知かと思っておりましたが・・・。」
「エラス周辺の経済が出遅れているのも、先のエラス候の内乱が一つの因子となっています。」アミールも付け加えた。
「国民はきちんと統制せねばならん。」ミンドート公も言った。
「個人への悪口にたいして抑圧なんてかけたら、それ、もう弾圧じゃん。」
「じゃあ、弾圧せい。」
「あんたねぇ・・・。」
「暴動が起こってしまったら、その暴徒たちには厳しく対処せねばなりません。」アキア公も諭すようにアリスに言った。「暴動が起こればそれは個人への中傷ではなく、国家への反逆です。そうなれば陛下は彼らを斬らねばならなくなるのですよ?」
「そうなる前に止めなくてはならん。」ミンドート公も頷いた。
「強硬策が嫌なら、謝ってしまうのも一つの手ですよ。」と、モブート公。
「謝ったところで、別の文句が出てくるだけです。」ケネスが割り込んで来た。
「謝るくらいなら最初からするな、って感じですかね。」ジュリアスが言った。
「誠意を見せろ、じゃないですか?」経済担当のケネスらしい答えだ。
「保障ならきちんと準備してるわよ?」
「陛下が謝った弱みにつけ込んで、保障額を上げろって騒ぐんです。」ケネスは説明した。「相手が弱みを見せたら、弱みではなく足元を見る。交渉ごとの基本でしょ。」
「む。それは良くない。」アリスの片方の眉が上がった。「謝るのは却下。」
おい。今、王じゃなくて商人として判断したろ?
「それに必要なことをした自覚はあるから、謝んのもなんかおかしいし。」
「そうです!その通りです!!」即座にアミールの姉万歳が入る。
「まあ、正しいことをしていたとしても、相手に苦痛を強いたのだから、謝ること自体は間違ってないんじゃないかな?」ジュリアスが言った。
「だとしたら、謝るんじゃなくて言うべきは『ありがとう』なんじゃない?」
「感謝の言葉を受け入れられるような民草は陛下にそこまで腹を立てておりませんからな。」と、アキア公。「今問題なのは腹を立てている民衆です。彼らは感謝の言葉など聞く耳もたずに騒ぎ立てるだけでしょう。」
「感謝もなにも、今、私が何か言ったところで聞いてはくれないでしょ。」
「ま、こういうタイミングが一番うるさいもんだ。」と、ミンドート公。「数年もすれば民も飽きる。」
「国民にとって都合の良い何かが起こるまではずっと言われるでしょうね。」ケネスも頷いた。
「問題はそれまでの間に暴動をおこさせないことだ。」ジュリアスは真面目な顔で言った。「ある程度厳しい取り締まりをして締め付けておいたほうが良い。」
「しかし、あまりに厳しい取り締まりはさらなる国民の不興をかうかもしれません。」アミールが言った。「なんでしたら、陛下が寛大にも彼らを自由にさせているから暴動まで至っていないとも考えられます。」
「まあ、そこら辺のさじ加減は難しいな。」ミンドート公はアミールの意見に反対する訳でもなく頷いた。「ただ、今のままでは暴動を起こされるリスクが高い。ウィンゼル候の時がまさにこんな感じだった。」
「とは言え、取締まりをすれば反発が強まります。それを抑えるためにさらに取り締まりを強化していくことになります。」アミールは言った。
「場合によっては致し方ないと割り切るのも一つだな。」
「一度、対話を望むのが良いんじゃないでしょうか。」アミールは言った。
「うーん。それは無理なんじゃないかな?」アリスがアミールに反論した。
まっとうで良い提案だと思うんだけど。
「何故です?」
「今まで私が彼らとの対話を無視して散々蹴りとばしてるんだもの。」アリスは答えた。「いまさら、こっちがそれを望むのは虫が良すぎる話。」
確かに。
「うーん。しかし、そうだとしても何かしら対話をする手段を探るのが良い考え方だと思うのですが・・・。」アミールがなにか上手い事ないかと考え込む。
公爵たちもつられて考え始めた。何か一発逆転の妙案が出てこないかと知恵を絞っているのだろう。ケネスはぼんやりと休んでいる。
「そのあたりはあんま気にしなくていいわよ。」と、何も考えていない様子のアリスが言った。
「というと?」モブート公が自信満々のアリスを不思議そうに眺めた。
「ふっふっふ、まさかの名案よ?」
「・・・嫌な予感しかせん。」と、ミンドート公。
心より同意。
「調子が出てきたようですな。」アキア公が呑気に笑った。
「その名案というのを聞こうか。」
アリスはもったいぶるように公爵たちとケネスを見渡すと、アミールを正面から見据えて命じた。
「アミール。私を処刑しなさい!」




