13-1a さいきんこの世界から去ることになりました。
“彼“をやっつけてから1週間が経った。
今まで猛威を振るっていたペストはこの1週間で嘘のように終息に向かった。
新規の患者が出なくなり、症状が改善し元気になる人たちも次々と現れた。
隔離施設や収監所に入れられた人々も、症状の改善した者から徐々に解放され始めた。
センもスラファも無事だ。だが、二人とも快復には遠く、まだまだ入院は必要そうだ。
病人たちは相変わらず隔離状態だったが、退院者が現れスペースが開いたことで今までよりは格段に良い待遇に変わった。
もちろん今も床に伏せったままの者は多く、彼らのすべてが完全に快復するまでにはまだまだ長い時間がかかるだろう。
患者だけではない。街も少しづつではあるが活気を取り戻し始めていた。
通りに市民たちの往来が戻り始め、商人たちも商材も無いのに店を開き始めた。
どこの街の店舗も品物がほとんどないにもかかわらず、今まで閉じ込められていた分を取り戻すかのように客が店に現れていた。そして、店長と立ち話をしては帰っていくのだった。
ワルキア辺りではこの厄災を乗り切ったと、スラファを聖女に祭り上げて今にも祭りを始めんばかりだった。酒が市場に間に合ってたら絶対やってた。
エラスティアの地方とモブート北部こそまだ厳しい隔離措置がとられていたが、それも近く解除されることだろう。
各地の市民たちは暮らしがもとに戻いくという期待に湧き上がっていた。
ただ、王都では少しばかり活気の様相が違った。
王都の厳戒態勢は3日前に解かれた。
王都の市民たちも活気だってきたのは同じだったが、その話題は概ねアリスについてだった。
アリスに虐げられたとばかりに市民たちはアリスの悪口を言い合い、一部の人たちはそれを焚きつけた。
収監所から出てきたのであろう丸刈りの人たちが路傍で叫んでいる。彼らは大声でアリスのことをこき下ろしていた。言っている内容は無茶苦茶で事実無根な事も多かった。
だが、そう言った人々の中に女性も居た。彼女たちも丸刈りだった。
そんな女性を見た通りの人々は彼女たちの叫びを信じるのだった。
人々が回復していく一方で、自分の数は大幅に減っていた。
今も、リストに記載されていた【感染】者数がどんどん減っている。
どうやら新しい【感染】者の細胞から優先的に消えていくようだ。
そのせいで【感染】したのが遅かったアキアやモブートの田舎のほうには、早くもほとんど【感染】者が居なくなってしまった。この辺りにペスト患者が居なかったのは幸運だった。
次はエラスティアの地方、その次はミンドートと徐々に自分の【感染】者は消えていくのだろう。
このペースだと、たぶん、あと1週間くらいで自分は完全にこの世界から消滅する。
何故だか、少しだけホッとした。
たぶん・・・
たぶん、ずっと寂しかったからなのかな、と思う。
王都の厳戒態勢が解かれてから、三日目。
王都のケーキ屋さんが早くも開店した。
店主は取引のある商人たちから少しづつ材料を集め、その少ない材料でケーキを作り上げた。
飾りっ気の無いパンみたいなケーキしかない。それでも、このケーキは王都に息吹いた市民たちの生活の復活の芽だった。
そして、その情報はいち早くアリスの耳に入っていた。
王都の厳戒令を解いてからの三日間、病気が改善傾向に転じたとの報告を聞いた後も、休むことなく働き続けたアリスだったが、どうやらこの日に焦点を合わせて仕事を早く片付けていたらしい。
いや、もちろんアリスが即断即決超速行動したおかげで、王都の民は元の暮らしに戻るための一歩をすぐに踏み出せたんだけどさ。。
というわけで、スラファやセンの体調が改善してきたという報告を聞いてご機嫌のアリスは数か月振りにケーキを買い出しに城を飛び出したのだった。
街の人たちのアリスへのヘイトが高いので出歩かないでくれたほうが良いのだが、そんな未来はあり得ないと知っていたので、もはや何の感想も浮かばない。
アリスは門番に声をかけて、王城の入り口を堂々と出て行く。
久しぶりの国王のお出かけだったので、兵士たちは一瞬アリスを通すのを躊躇したが、ペスト前のアリスの行動を思い出してホッとしたような顔で敬礼をするとアリスを送り出した。
後ろで兵士たちが「ようやくこの国もいつもの通りに・・・」みたいな安堵の声を上げているが、国王が一人でケーキ買いに行く構図って平常じゃないからな?お前ら、一回、自分の胸に手を当てて、門番は何を守るためにあるかをよく考えてみ?お前らの守っているのはまさか建築物じゃないよな?
城を出たアリスは貴族街を抜け城下を下っていく。
街の人々はアリスに気づいて一旦固まると、クモの子を散らすように路地や道沿いの建物の中に逃げ込んだ。
もちろん自分の視界の共有主であるアリスにもその様子はありありと見えているはずなのだが、アリスは一切その様子を気にしていないようだった。
今日開店するケーキ屋は城下街のメインの通りから外れたところにある。
アリスはメインストリートから外れ、ケーキ屋に向かう道を進んで行った。
この通りでももちろんのこと、人々はアリスを避けるように隠れた。
と、そこに、
「みんな、いたぞ!!」
「やっつけろ!!」
と、アリスの後方から声が聞こえた。
アリスが振り返るとそこには10歳にも満たない子供たちがアリスのほうを睨んでいた。街の子供たちなのだろう。彼らはシャツをめくりあげて、その中にたくさんの小石を抱え込んでいた。
「死んじゃえ!!」
「成敗!」
彼らはいっせいにアリスに向かって小石を投げつけ始めた。
そっか、みんなそれほどまでにアリスが憎いか。
アリスが頑張らなかったら、たぶん、この子たちも生きてはいなかっただろうに。
小さな石がアリスの額に当たっ・・・あ、かわした。
アリスは子供たちの投げた石を少し体をひねっただけで避けた。
「くそっ!」
「ちゃんとねらえ!」
子供たちは今度こそアリスに当てようと、次々と投球してきた。
彼らにしてみれば悪い王様をやっつけるつもりなのだろう。
きっとそれは街の人々のアリスに対する思いで、子供はその思いを隠さないだけなのだ。
彼らは大人たちのように逮捕される可能性を思い描いて怯えることもないのだろう。彼らは大人たちの言うままにアリスを悪と信じ、自分たちは正しい事をしている勇気ある者だと信じているのだ。
みんな、そんなにもアリスの事が憎いのだろうか。
心の中を寂しい風が吹き抜けていく。
自分の見たいアリス王の姿はこれではなかった。
もうすぐ自分はアリスを助けていくことはできなくなる。
王であるアリスにたくさんの物を残してあげたかった。
アリスがずっと頑張ってきたのを知ってるから、とても悲しい。
アリスの今までのすべての努力が零れ落ちていってしまった。
子供たちの無邪気で無慈悲な投石がアリスを襲う。
そして、その石を華麗にかわすアリス。
く。
アリスがヒョイヒョイと余裕をもってかわすもんだから、シリアスにならん!
「なんで!?あたらないぞ!?」
アリスは子供たちに向かってニヤリと笑うと、人差し指をくいっとさせて子供たちを挑発した。
やめろって。
「ちくしょう、くらえっ!」
子供たちが次々と小石をアリスに向かって投げつける。
もう完全にケガさせるつもり満々だ。
アリスはタンゴでも踊っているかのようにすべての石を華麗に回避する。
「すげー!!」
「どんどん投げろ!すごいぞ!」
「おー!」
アリスにまったく当たらないものだから、子供たちが逆に喜び始めた。
子供たちのテンションアップに調子にのってきたアリスは、スカートを舞わせながら華麗なステップで回避を続ける。
「きゃっきゃ!!」
「すごい!すごい!」
子供たち大喜び。
この騒ぎに、アリスのことを露骨に避けていた市民たちも遠巻きに様子を覗きにやって来た。アリスの踊るような動きに全員息を飲んでいる。そして時々拍手まであがりはじめた。
・・・何だこれ?
状況がカオス!
いったい何が始まって、今はどういう状態なのだろうか。
まあいいけど。
子供たちのテンションが最高潮を迎えたころ、子供たちの慌てふためいた母親たちが駆け出してきた。子供たちが暴虐王にいつ処刑されてもおかしくない危機にあることにようやく気づいたようだ。
「おバカッ!殺されちゃう!」
「早く逃げるのよ。」
母親たちはアリスを恐怖の様相で盗み見ながら、子供たちの襟首をつかんだ。
「申し訳ございません。申し訳ございません。」一人の親が、アリスから自らの顔を手で隠しながらアリスに向けて必死で何度も頭を下げている。
「早く来んのよっ!」
彼女たちはアリスが何か言葉を口にするよりも先に、大慌てで子供たちを引っ張って逃げだしだ。
「死んじゃえ!!」
母親に引きずられた子供の一人がそう叫んで舌を出してアリスを挑発し、母親に容赦なくひっぱたかれていた。
そして、アリスが子供たちに手を振ると、彼らは何故か嬉しそうに手を振り返してくるのだった。
君ら何したかったん?
そして、子供たちが見えなくなる前に、様子を見に集まって来ていた観衆たちは一人も居なくなっていた。
アリスは街の中を進みケーキ屋へと到着した。
中に居た人たちはアリスがケーキを選んでいるうちにこっそりと店の外へと逃げ出していってしまった。
アリスは品数の少ないケーキの中から二つだけを選んで購入した。
以前は仲の良かった店長も久しぶりに来るアリスに対して、とてもよそよそしい感じで応対を返した。
アリスはちょっと寂しそうだったが、特に何か文句を言うことも無く、独り大事にケーキを抱えて城へと帰ったのだった。




