2-8 c さいきんの冒険もの(とスポーツもの)
三本目
ケンがアリスの前で腰を低くしてアリスがどちらに動いてもすぐ動けるように構えた。本気だ。眉間にしわを寄せてアリスを睨みつける。
アリスが左手でボールをバウンドさせながら左右に揺れて、ケンにゆさぶりをかけた。アリスが左右に重心をかけるたびにケンも併せてアリスの向かう方向を封鎖しにかかる。
アリスがケンの右側に空きスペースを見つけた。一瞬左にフェイントを入れ、右に切り込む。電光石火だ。この速さでは、ケンは間に合わない。
と思いきや、ケンはアリスの目線から動きを読んでいた。
左に傾いたと思われたケンの重心は、アリスの動きを止めるようにすべるように右にうつり、その手がアリスのボールに伸びた。
さすがに、今回はダメか。
ケンがしてやったりと、にやりとほくそ笑んだのがアリスの視界に入った。
そして消えた。
なぜ消えたかというと、アリスが右に踏み出したトルクそのままに、くるりと回転し、ケンに背を向けたからだ。ケンの伸ばした手はむなしく空を切った。
もちろん、ケンに背を向けていたのは1秒にも満たない一瞬だ。
アリスはケンに背を向けた勢いそのままにくるりと1回転し、右にバランスを崩したケンの左側を抜けていった。
サッカーなら何とかルーレットとかなんとかターンとか名前のつくやつだな。
ケンの後に居た二人が慌ててアリスを止めにかかる。
アリスの進路は左側のディフェンスの射程内だ。左のディフェンスがアリスの進行方向に手を伸ばしてボールを取りにかかった。
が、アリス、急ブレーキ。
急ブレーキでは言葉として生ぬるい。止まったのでなく、半歩ほど後ろに戻っていのだから。
ディフェンスの伸ばした手が大きく空振った。
アリスにとってはそのミスは十分過ぎた。再加速してその一人も抜き去った。
ディフェンスを置き去りにしたアリスはゴール下で、シュート体勢に入る。最後のディフェンスがアリスの前につめようするがすでに遅い。
アリスのシュートはバスケ経験者のようなフォームだった。ゴールとの距離が近いせいか、さっきの両手シュートではなくて、左手は添えただけの片手のシュートだ。肘がちゃんとゴールのほうを向いている。
これは入った。
と、アリスがボールを投げる前から、アリスの中の自分は確信した。
しかし、そうはならなかった。
アリスの背中にケンの全力の飛び蹴りがさく裂したからだ。
おおい!!ふざけんな!
アリスは大きく吹っ飛んで地面を転がり、ボールはゴールしなかった。
ケンの容赦ない背後からの蹴りのせいで、小さな少女は派手にはね飛ばされて地面を転がった。
一見そう見える。
確かにケンは本気で蹴ったろうし、背中がめっちゃ痛いのは事実だ。
が、アリスが吹っ飛んで地面に転がったのは、アリスが受け身よりも体勢を崩しながらもゴールを優先させたからだった。実際、蹴りがさく裂してからのシュートにもかかわらずボールは袋をひっかけてある木の枠に当たっていた。
ギャラリーが沈黙する。ブーイングこそないが、完全に白けた空気が広がった。
「うるせぇ!!」誰も何の言葉も発していないにもかかわらず、ケンがギャラリーに向かって怒鳴った。
「・・・こういうのありなの?」アリスが立ち上がり、スカートの砂を払いながら訊ねた。膝と二の腕が痛い。アリスが確認しないからわからないが、たぶん擦り剝けて血が出ている。
「ルールじゃ禁止してなかっただろうが!」ケンが大声で威圧するように言った。
確かにそんなことしちゃダメってルールはなかったけど、さっき女と力では勝負しないとか言ってなかったか?。
「ふーん。」アリスは素直に納得した。
あー、これアリスの勝確定ですわ。
暴力でアリスに勝とうなんて10年早い。
ましてや、このバスケっぽい競技のルールのせいで3対1。アリスにとって有利だ。アリスが1だけど。
職業軍人4人を突破してるのを見たことがある手前、3対1程度ではアリスが彼らごときに負けるとは思えない。
アリスがその気なら次のラウンドで全員再起不能だろう。
四本目。
アリスが心配そうにボールを渡しに来たちびっこの頭をなでて、ボールを受け取った。ちびっこが嬉しそうにニッコリする。
「OK?」アリスが再び指先でボールを回しながら挑発するようにケンに確認した。
「OK。いつでもこいよ。」ケンがニヤリと笑った。今回もまた、なにかやる気の様だ。
アリスが間髪入れずに大きく右にワンステップ、ケンを抜きにかかった。
ケンも待ってましたというかの如くアリスを止めにかかる。そして、アリスのボールでなく身体をつかみにかかった。
アリスは容赦なかった。
ケンが動いた瞬間、アリスはボールを強く地面に叩きつけた。弾んだボールが高く舞い上がる。
ケンがアリスの予想外の行動に本能的に一瞬だけボールを目で追った。その瞬間、アリスは、ちょうどアリスにつかみかかろうとして低い位置にあった無防備なケンの頭を両手で抱え込むと、「とうっ」と言って顔面に跳び膝蹴りを入れた。
ボキッ。
やばいやばいやばいやばい。
折れた折れた折れた折れた。今の音は絶対鼻が折れた。
アリスはケンの状態を確認することもなく、落ちてきたボールを右手ではたくと、残りのディフェンスがあっけにとられている間に3点目のゴールを決めた。
今度もギャラリーの歓声は無い。
なぜなら、身を起こしたケンの顔面の下半分と上半身が血まみれだったからだ。シャツに血がしたたり、赤い前掛けのようになっている。ケンが息をするのに合わせ鼻から赤い泡が出入りしていた。
だから、言ったろ?・・・言っては無いか。
小気味いい一方、こういう惨劇を止めてあげられないのがとても歯がゆい。
ともかく、これで3勝。アリスの勝ちだ。
(アリスにとって)とんでもないことにならなくって本当に良かった。
「クソっ。認めねぇ。」ケンがアリスの打撃にいまだフラフラしながら立ち上がって言った。往生際が悪い。「まだ、これからだ!次行くぞ!次だっ!!」
「いいわよ。」アリスが快諾する。
なんでだよっ!!
もう、決着ついたじゃん!
もしかして打撃OKで面白くなってきちゃったの??
アリスはどうしたものか戸惑っているボール受け渡し係のちびっこに、ボールを持ってくるよう促した。
ケンが鼻に詰め物をする時間を待ってから、何の意味があるか解らない5ラウンド目”以降”が始まった。
そして、すべてアリスがケンを虐待する形で終わった。
アリスも血まみれでダメージが残りまくっている相手には本気を出せなかったのか、最初の鼻血以後、いちおう、ケンの”大量”出血は無かった。
ケン以外のディフェンスが怪我を恐れてタイトにディフェンスしてこなかったのも響き、10回以上、アリスの勝利だけが積み重なっていった。
「くそぉおおおおっ。」ケンが大声で吠えるが、ケンの心は折れかけだ。顔面だけでもいろんなところが腫れている。その腫れた右目は見えているのだろうか?一方的すぎてもはやギャラリーは声もない。
ケンがとうとう俯いて膝をついた。
「ねえ、」そんなケンにアリスがちょっと不機嫌そうに声をかけた。
ケンが悔しそうにアリスを睨みつけた。
そんなケンにアリスは容赦ない一言を浴びせた。
「私も守るほうやってみたい。」
・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・あぁん!?」度重なる敗戦で消えかけていたケンの心の炎が再び燃え上がった。「てめええ、やれるもんならやってみろやぁああ!!」




