12-9b 異世界転生したのでパンデミックしてみようと思います
《君は攻撃できないんだ。》
“彼“は返事を返さなかった。
畳み込むように続ける。
《僕は君に攻撃できるが、君は僕に反撃しかできない。》
この世界で普通の細菌は反撃しかできない仕様になってる。自分が能動的に攻撃できるのは【選択攻撃】とかいう固有スキルのおかげだ。
最初出会ったとき、“彼“は自由に攻撃ができる固有スキルを持っていると言った。
でも、それは嘘なのだ。
それこそが“彼“が隠し通したかった“彼“の弱点だったのだ。
〈できるさ。〉
右のほうに展開していた細胞たちの元で大きな爆発が幾つか起こり、こっちの細胞の数が一気に減ったのが分かった。
《いいや、できない。》
それでも自分は答えた。
《君がしているあれは攻撃じゃない。君がしているのは自爆だ。》
〈・・・・。〉
《こっちは散開している。君が一つ自爆してもこっちの犠牲は多くて三つくらいじゃないかな?》
〈・・・・。〉
《こっちにとってなかなか割のいい取引だ。だって、自分は何万個居たって君を倒せないからね。》
〈だからどうした?ここではこっちの数はそっちより全然多い。まとめて駆逐してやるよ。〉
《たしかに君はそれでこちらを壊滅できるかもしれない。》
“彼“の脅しは想定内だ。
だが、今それをやられるわけにはいかない。こちらからも脅しをかけ返す。
《でも、そんなことしたらこの宿主が死んじゃうかもね。怪我もしているみたいだし、弱ってるかもよ?》
〈ちっ。〉“彼“が舌打ちした。
やっぱり。
あの自爆は宿主にダメージが行くのだ。
だってあれは、本来宿主にダメージを与えるための行為なのだから。
《宿主が死んじゃったら、もう【操作】できない。感覚も共有できない。》自分は追い打ちをかけるように話を続ける。
多分“彼“も作戦を練る時間が欲しいはずだ。ならばこっちが会話している限りは付き合ってくれるはずだ。それに賭ける。
《本体が居る宿主が死んでも、他の宿主のビジョンは共有できるのかな?【操作】で迎えに来てもらえる?宿主が死んだことが無いから解からないや。とにかく、君が次の宿主に【感染】できるかどうかは運だ。》
〈・・・・。〉“彼“は再びだんまりだ。
ならば自分が語らせてもらう。
時間が必要なのはむしろこっちだ。
《君は攻撃ができないことがバレないよう注意した。わざわざ、二つの細胞を使って二発連続で攻撃できるかのように見せかけたこともあったよね。考えてみたら、そのころから僕のことを脅威として見ていてくれたんだね。嬉しいよ。》
〈・・・粋がるなよ。〉
《君はまず最初に自分が脅威に当たる存在かを確かめた。それから、脅威だと分かると様子を見始めた。君は常に僕という脅威を観察した。》
〈・・・・。〉
“彼“の沈黙は自分の推論が正しいことを物語っていた。
《次に【冬眠】が脅威になった。だって、自爆攻撃が効かなかったら君は自滅していくだけだし。》
ふと、トマヤを追いかけていた時に“彼“と鳥の中で遭遇した時のことを思い出した。
《ああ、そうか。だから君はこちらが引くに引けないタイミングを狙ってきたんだ。そして戦ってみて、自分が【冬眠】を使いこなせないと判った。そして、ネズミに乗ってファブリカ入りして準備を整えてから宣戦布告をした。こちらが【冬眠】を使いこなせないと判った時点で、倒せないほどの脅威ではなくなったから。》ワザとらしく少し間をおいてから続ける。《そして、放っておけば未来に脅威になりえる存在だっと判断したから。》
〈・・・・なかなか頭が良いじゃないか。〉
《どういたしまして。》
丁寧に礼を返す。
少しの時間だって稼ぎたい。
《君は自分が増殖することを恐れた。だって、移り住んだ先に自分がたくさんいたら、どうしようも無いからね。君は自爆でしかその状況を解決できない。だから君は気をつけて【感染】を進めざるを得なかった。君だけしかいない患者を確保しておく必要があったんだ。》
〈ハッキリ言ってウザかったよ。【感染】しても【感染】しても君がいる。〉“彼“は言った。〈君はこっちを倒すこともできないのに、こっちも君を倒すことができない。〉
“彼“のほうも落ち着いてきたのだろう。口調から苛立たしさが薄れたのが分った。
おそらく、この後の展開を思いついたにちがいない。
しかし、そうはさせないよ。
もう少しだ。
もう少し時間を稼ぎたい。
些細な可能性もあたえたくない。
《君が恐れたのは、自分が君を無視して増え続ける事。ちょうど今自分がやっているように。》自分は語り続ける。《こうすると君は宿主を殺さないようにこちらを倒すことができない。だから、君は無視させないために、こんな勝負を仕掛けた。》
〈ご名答。〉
《だから、君は攻撃できないことを決して知られるわけにはいかなかった。そして自爆をする瞬間を見せないために極力自分との共存を避けたんだ。いったいどうやった?【管理】じゃ無理だろう?》
〈いろいろ飛び回って大変だったよ。〉“彼“は答えた。〈ある程度まとまった数を【感染】させた後に、体中に散らばらせて、人間が死なない程度の数をいっぺんに爆発させるんだ。そうするとその人間の中の邪魔な奴らはだいたい死滅する。邪魔者で生き残るのはあの白い奴くらいだ。〉
なるほど、だから倒れた患者の中に“彼“が居ないことがあったのか。
おおかた【管理】で“彼“の命じた個数を爆発させたけども、その数に足りておらず全部爆発してしまったのだろう。
そういえば、蚊で“彼“の患者に【感染】した時に白血球のお迎えがなかった。
“彼“への対応で忙しいのかと思っていたけれど、もしかして、もともとその患者は自分の【感染】者で、それが“彼“の自爆攻撃によって全滅してたという事か。
〈特に君については、いちいち狙って爆破攻撃で殲滅するようにしていたからね。〉
え? それ、手動でやってたの?
すげえ数じゃね?
ご苦労なこって。
〈君こそ、どうやってそこまで洞察した?〉
《君の言葉や行動にはすべてに無駄が無さすぎる。それをすべて繋げただけだよ。》
〈なるほど。〉
《わざわざ宣戦布告したのも君との戦闘能力を上げるように自分を誘導したかったからかい?スキルポイントを戦闘系のスキルや無駄な【症状】に使うと思った?》
〈そこまで読まれていたか。〉“彼“は感心したように言った。〈でも、君は弱すぎる。そこまで弱いと話が変わってくる。君はいくら居たところで僕を倒せない。なら何も問題はない。だって、君なんかがいくらいようと問題がないのだもの。赤い奴といっしょさ。〉
赤血球かな?
〈今思えば、あのパーティーの時に君のカワイイ宿主に大量にうつり住んで、君の本体を倒しておけばよかったとも思うよ。でも、その時はまさか君がここまで成長してないと思わなかったからね。〉
《成長していない?強くはなってないけど、大きく成長しているよ?》
〈クソ弱い細胞を大量に増やす力に目覚めたんだよね!素晴らしい増殖能力だよ!うん、すごいすごい。どこに行っても、君、君、君。煩わしい限りだ。〉“彼“はワザとらしくそう言って、再びこちらを煽りだした。〈でも、ここまで弱かったらダメだろ。君の存在がいくらあろうと意味がない。無駄な増殖だ。〉
《これから強くなるさ。》
と言いつつ、そんなことは考えていない。ここで決着をつけるつもりだ。
〈ずいぶんと呑気だね。君のほうが増殖が早いから蝕滅されないとでも?でも、そうはさせないよ。次々と殺してあげる。確かに君の言う通り、あの攻撃は宿主にもダメージが入るから多用はできないけどね。〉
あと少しだ。
〈追い詰めたつもりなのかもしれないけど、数ですら負けているこの宿主の中で絶体絶命なのは君のほうだよ?もう、爆発攻撃のこともバレちゃったし、こっちは隠す必要も無くなったしね。そもそも、この個体の戦力差なら、追いかけまわして瘴気だけでもやっつけられると思うんだ。〉“彼“は調子を取り戻してきたようで饒舌になってきた。
《やられる以上に増殖してやるさ。》
〈それに、僕はこの個体を捨てて別の宿主に移ることもできる。そしたら、また君は僕を探すところから始めないといけない。頑張って追いかけて来たっていいよ?その間に僕は沢山点を稼ぐ。レベルだって上がる。〉
たしかに移住されたら大変だ。
〈そうだ!今度は、こっちから君の本体に会いに行くよ。君じゃ僕を倒せない。君のカワイイ宿主の中で僕が増え続けていくのを君が眺めているのはさぞや楽しいに違いない。〉
“彼“がニヤリと笑った気がした。
〈まあ、いずれにしてもここにいる君を倒してからだけどね。〉
《簡単にやられると思っているのか?》
〈おいおい、そりゃあ思っているよ?〉“彼“はせせら笑うように言った。〈むしろ、君こそ戦いになると思ってるの?〉
“彼“の細胞たちが、自分たちを取り囲むように横一列に並んでこちらへと迫ってくるのが視界に入った。体中の細胞をこちらに向かわせてきていたのだろう。
“彼“は宣言通り別の宿主に移住するつもりなのだろう。つまりこの宿主が動けなくなろうが、死にさえしなければ構わない。自爆攻撃を容赦なく行うつもりだ。
そして、はるか後方に“彼“の本体が姿を現した。
形は変わらない。ただ、禍々しさの密度が濃かった。あれが“彼“という意識の核だ。
〈君は僕には攻撃ができないと言ったが、僕は瘴気だって放っている。君が僕を取り囲むのではなく僕が君を取り囲んだら?君はこの瘴気の中どのくらい耐えられるのかな?〉
なるほど、そういう手もあるのか。
〈僕のほうがずっと速いよ。逃げ切れるかな?〉
“彼“の細胞たちがいっせいに速度を上げこちらに向かってきた。
話し合いのステージは終わったようだ。
ここが、分水嶺だ。
細菌に生まれ変わって、
誰にも気づかれることもなく、
アリスの人生にちょっかいをかけて悦に浸って、
自分の存在とはなんだったのだろう。
自分のおせっかいは彼女のためになったのだろうか。
それを訊ねる事すら叶わない。
そんな、矮小で微小な自分にとって、ほとんど見ているだけのこの世界。
それでも、この世界のことがなんだかんだで好きだった。
この国のみんなも、誰とも話すことすらなかったけれど、大好きだった。
だって、アリスがみんなを愛したから。
ああ。
みんな、さようなら。
たった一度の稀有なこの菌生。
前の人生以上に不自由で、何一つ思ったことなんてできやしなかったけれど、
最期にこの世界に大きな爪痕を残してやる。
アリスが愛したこの国は自分が救ってみせる。
残していた最後のスキルポイントを使用する。
『スキルを取得しますか? スキルポイント1→0 Y/N』
Yes
【崩壊】の文字が赤く変わった。




