12-8c 異世界転生したのでパンデミックしてみようと思います
【パンデミック】を取ってから一週間。
自分の【感染】は尻上がりに増えていた。
アキアの人間たちも数日中には総なめにできそうな勢いだ。
メザートのほうにまでも【感染】は広がっていた。
そろそろ“彼“の本体を見つけられたっていいはずだ。
アリスのためにも、早く見つけたい。
自分は“彼“の本体の居場所をネズミだとあたりをつけている。
宿主を変える際のリスクを抑えるなら、“彼“の本体は今もメザートからやって来たネズミの中に居るはずだ。
ネズミはそこそこ寿命があって、いろんなところに住むことができ、移動もする。なおかつ社会性があるので別個体への移動も容易い。そんな動物はこの辺りだとネズミを除けば人間くらいだ。
人間の可能性もあるが、人間では【操作】が効かない。
それに“彼“はネズミを殺さない。
最初、“彼“は大事な人間の宿主を殺してまで自分との共存を拒んだ。
なのにネズミでは自分との共存を許した。
それは“彼“がネズミを殺したくなかったからだ。
何故か?
ヘラクレス流に答えるなら、
ネズミが大切だったから。
何故、ネズミなんかが大切なのか?
“彼“の本体が居るから。
ひねくれた考えではないし、多分正しいと直感している。
だから自分は基本的にはネズミの中を探し回っている。
とは言っても、この国にネズミは400万くらい居る。
しかも、一体一体を把握できているわけではないので確認の住んだネズミとそうでないネズミを上手く【操作】で仕分けないといけないので大変だ。
今はワルキアからヌマーデンの辺りにかけて重点的に調べ始めているが、何しろワルキアだけでも1万近いネズミが居るもんだから一朝一夕では終わらない。
その間にも“彼“は着実に王都を破滅へと追い込んでいるのだ。
アリスのほうには一つ良い話があった。
アピスとカルパニアがアリスの仕事のサポートに就いたのだ。
完全な越権行為であり、それをアリスが黙認することはやもすれば身びいきしたとも受け取られかねない行為だった。
だが、公爵たちが彼女たちがアリスのサポートをすることを積極的に後押しした。
何かしら文句を言いそうなミンドート公も手放しで娘とその友人を受け入れた。
しかし、アリスは体を休めることなく仕事に没頭した。
アリスは率先して街を見回り、隔離施設の改善に努め、病気とは関係のない仕事を回し、ファブリカ全土の体制を整えた。
もしかしたら、アリスは不安をかき消すためにそうしているだけなのかもしれない。
でも、そのアリスの捨て身の献身がようやく王都の兵士たちの心をつなぎとめているのも確かだった。
アリスのその姿を目の当たりにしていなければ王都の兵士たちはとっくにアリスのことを見限っていただろう。
アリスの元には日々、隔離施設でのこもごもがもたらされた。
アリスの努力とは裏腹に、それはすべて悲しい知らせだった。
センの工房でも隔離されていた患者が死に始めた。
センもダメかもしれない。
可能な限り“彼“を抑え込もうとしているが、センの体内の“彼“の数はどんどん増え続けている。
近いうちにセンは逝くだろう。
一週間は持つまい。
それどころか、今この瞬間、“彼“が気まぐれに望んだだけでセンの命は潰える。
スラファはのほうはもう少しだけ大丈夫だ。
ただ、それも長くはあるまい。
日に日に彼女の体調は悪化している。“彼“の数の増加を抑えきれていない。【症状】も重い。
やつれきったスラファは奴隷のようだった。
こんなのアリスには見せられない。
二人の様子はカルパニアが報告を受けて、詳細をごまかしながらアリスに伝えているが、顔色に出やすいカルパニアではすべての状況を隠し通すことは不可能だった。
アリスの心は日に日に削られていた。
そして、そんな最中、収監所でクラスターが発生した。
「収監所で大量の病人が発生しました。」ラグリンドに行ってしまい不在のジュリアスの代わりに、アリスに報告にやって来た騎士が事務的に報告した。
「えっ?あそこには元気な人たちしか収監していないはずよ?」
「申し訳ございません。管轄している兵士の一部が病気だったようで、そこからうつったものと思われます。」
「規模は?無事な人を急いで隔離して!」
「残念ながら、おそらく全員がすでに感染しているかと存じます。」
そこに患者ではない人間を閉じ込めたのはアリスだった。
そこにタツやキャクを閉じ込めたのはアリスだった。
「ああっ!」
アリスが初めて悲痛な叫び声を上げた。
そんな声を聞きたくはなかった。
部屋に控えていたグラディスが慌てて走り寄って来てアリスを支えようとしたが、アリスはグラディスを手で制して固辞した。
アリスの心はもうボロボロだった。
すまない。
もう少しだけ耐えてくれ
ほんの少しで良いんだ。
絶対に、
絶対にたどり着いてみせるから。
探し物は探している時には見つからないと歌っていたのはなんの歌だっただろうか。
たしか前世の古い歌謡曲だったはずだ。
本当にその歌の通りなのかもしれない。
結局、いろいろ考えて動いたにもかかわらず、自分が“彼“の本体を探し当てたのは“彼“の事を探していない時だった。
そして事態は一気に終わりへと向けて動きだす。




