12-6c 異世界転生したのでパンデミックしてみようと思います
センが罹患した。
気がついたらセンの中の“彼“の数が大幅に増え、自分の数が狙ったように減らされていた。
センの周囲の人間にも同じような罹患者が何人か発生した。
おそらく、自分の居ない時に“彼“の意志がセンたちを通りかかってしまったのだろう。
“彼“が【操作】かなにかで外部から重点的に菌を送り込み、そして、意志をもってこちらを減らしたのだ。
こちらの数は数日で元に戻せるのだが、“彼“の個数がこちらが対応できる個数を超えていた。
今まで何度もスラムの人々やアピスやオリヴァたちを守って来ているから判断はつく。もう、倒しに行って倒せる数ではない。
こちらも可能な限り数を増やして応戦してはみるが、白血球が戦いの主力において自分はただの援護装置でしかない。
自分の数がいくらいようと、“彼“の数が白血球の対応能力を超えてしまった以上、もう、食い止めるのは無理だろう。
さらには“彼“が自分を駆逐しようとしたせいなのか、単純に宿主を弱らせたかっただけなのか、センの体調がすこぶる悪い。そのせいか白血球にも元気がない。
もう、無理なのだ。
自分は“彼“をセンの身体から追い出すことを諦め、少しでも命を長らえさせる方向に切り替えた。
センの染料工房で何人もの患者が発生したので、工房はそのまま隔離施設として使用されることとなった。
この日突発的にノワルで罹患した人間たちはみなセンの工房に閉じ込められた。
これはノワルにとって大きな衝撃だった。
自分が守っていたこともあって、今までノワルで大々的に大人数が隔離されることは無かった。
ノワルだけは病気の流入が防げているという空気がなんとなく流れていた。
そして、彼らは元々は貧民から芋畑を耕して成り上がった連中だ。そのせいで彼らは仲間意識が強くなっていた。
センやその周りの人間たちの隔離はノワルの人間たち全員にとって当事者の問題として受け止められた。
タツたちにしても、最初はセンの様子を確かめに行っただけだったのかもしれない。
しかし、タツ個人としても、アリスのことを心配して何度も王城を訪ねたのに門前払いを繰り返されていたので不満が溜まっていたのだろう。
センの様子を見に来たタツたちと、センの工房に民衆を近づけないように命令されていた兵士たちの間で揉め事が発生したのは仕方のないことだった。
その状況を自分が知ったのは、兵士たちに応援を要請されたアリスと一緒にセンの工房に駆けつけた時だった。
現場はまだ、暴動には発展していなかったが100人あまりのノワルの民が20人ばかりの兵士たちを威圧していた。
「下がれ!何者たりとも、隔離施設に入ることは許さん!」兵士が恫喝する。
しかし、100人余りに膨れ上がってしまったノワルの人間たちは臆する様子がない。
「隔離なんかしたって何が変わるっていうんだ!」
「隔離施設から治って出てきた奴なんてほとんど居ないじゃないか!」
「治療なんてしてないだろうが!」
「こんな無意味な逮捕は止めろ!」
「黙れ!とっとと立ち去れ!!」
兵士は剣の柄に手をかけているがノワルの民衆は怯まない。
そんな一触即発なところに援軍の兵士を引き連れたアリスが到着した。
「互いに落ち着きなさい!」
「陛下!」
「姉ちゃん!」
兵士たちもタツたちも期待に満ちた目でいっせいにアリスを振り向いた。
さすがにちょっとたじろぐアリス。
「暴徒共が、隔離施設に強行侵入を試みようとしているのです!」
「センのお見舞いに来たんだ。中入ってもいい?」
温度差あり過ぎ。
「病気がうつるかもしれないから、お見舞いはダメよ。」アリスはタツに向かって言った。「ていうか、この人数はなんなの?」
「みんな心配なんだよ。」
「心配だからって、会わせるわけには行かないわ。」アリスは言った。「あなたたちまで病気にさせるわけにはいかないもの。」
「そんなこと言ったって、センはどうするのさ。」タツは言った。「話すくらいなら大丈夫だろ?」
「そうだよ。センが可哀そうじゃん。」タツの横からもう一人青年が出てきた。って、見たことあんな。
こいつキャクだ。
スラムの改革の時にタツたちよ一緒にアリスの手伝いに来てた子だ。まあ、大きくなって。
「私だって我慢してるのよ。」アリスは言った。
「センは家族みたいなもんだ。そばに居てやりたい。」
「手紙なら渡してあげても良いわ。」アリスが譲歩案を提示した。
「でも、センからの手紙はダメなんでしょ?センが欲しい物とか知りたいし。」
「仕方ないのよ。」
「だって、アリス姉ちゃんだって、病気だったんでしょ?なのに僕らと遊んでたじゃん。」
思わぬ反論にアリスが絶句する。
「姉ちゃんだって、病気だったのにノワルに来たり学校行ってたりしたじゃん。」タツは続ける。「うつる病気だったって聞いたよ?」
ここに来て、今更そんな話が出てくんのか。
別にアリスの病気はいいんだけどなあ。
うつんないし、きちんとそう診断されてるし・・・あれ?
そう言えば自分、アリスからタツにがっつりうつってたわ。
アリスのせいでいまや国中【感染】者だらけだったわ。
ダメじゃん、アリス。
「姉ちゃんは良くって僕らはダメってずるい。」
「・・・そうね。あなたの言う通りだわ。」
タツがアリスを言い負かしおった。
「でも、私が間違えたからと言って、今、再び間違えるわけにはいかないの。」
「僕らだって姉ちゃんから病気うつされなかったわけだしさ、」
・・・ホント、ごめんなさい。
「会って話したりするくらい良いじゃん。大丈夫だよ。」
「それに、みんなを閉じ込めてるけど、どんどん病気の人増えてるじゃんか。」キャクもタツに加勢する。「関係ないんだよ。」
二人の後ろから「そうだそうだ」とノワルの人間たちが声を上げた。
いや、やらなかったらどうなってたことか。
「姉ちゃん、どうして、こんなことしてるの?」タツは今度は心配そうに言った。「誰かにだまされてるんじゃない?姉ちゃん最近変だよ?」
タツたちがアリスが歯食いしばりながらやっとる事の重要さをまったく理解しておらん。これじゃ絶対に伝わるわけがない。
説明してやってください、アリスさん。
「・・・・・・。」
アリスさん?
「そうね。でも、手を緩めるわけにはいかないの。」
反論が薄い・・・。
もしかして、アルトの方策が本当に正しいかどうかはアリス自身も自信が無いのか・・・。
アリス自身が医学的判断を下しているわけではない。多少の理解はあるものの、それ以上にアルトという人間を知っているからその判断を信頼しているだけだ。
そして、今、話している相手はアルト以上に仲の良いタツだ。
「そんなのずるい。スジが通ってない。」タツは言った。
アリスは返事を返せない。
「入るよ。いいよね?」
そういって、タツはアリスの前に進みアリスの横を抜けようとした。
アリスは念のために携帯してた短めの剣を抜いてタツの進行を止めるかのように左手を横にのばした。
「どういうつもり?」アリスの剣を目の前に、タツが冷たい声で尋ねた。
「死んでしまうかもしれないのよ。我慢して。」
「死なないかもしれない。」タツは全く動じない。
「死んでしまったら、取り返しがつかないのよ?」
「そのかもしれないのせいで、センはどうなるの?」
「あなたまで失うわけにはいかない。」
「そのかもしれないのために、センを見捨てるの?」
「私だってそんな事はしたくないのよ!」アリスが悲痛な声を上げた。
「友達を見捨てないと成り立たない国なんて僕には必要ない。」タツは落ち着いた様子で答えた。「だったら、元のスラムのままでいい。」
「・・・・。」
「姉ちゃん。」タツは諭すように言った。「落ち着こうよ。最近の姉ちゃんおかしいよ。絶対に間違ってる。」
タツはしばらくの間アリスを見つめていたが、アリスは決して目を合わせなかった。
しばらくの間。
そして、タツはアリスに声をかけることもなく一歩を踏み出し、アリスの伸ばした左手の静止線を踏み超えた。
「拘束せよ。」
アリスは兵士たちに命じた。




