2-8 b さいきんの冒険もの(とスポーツもの)
「スタンなんて知らねーよ。」アリスを取り囲んでいた少年たちの中で一番背の高い少年が、アリスの質問に答え、アリスを睨みつけた。体格的にもリーダー格の様だ。
「このあたりに住んでるはずなのよ。」アリスはすごまれてもまったく気にかけずに少年の顔を見上げ、再び訊ねた。
思いっきり睨みつけたのに、普通に見つめ返され、少年は少しひるんだ。そして、自分たちの住む路地にはふさわしくない装いで現れたいけすかない少女が、実はめちゃくちゃ可愛いことに今更気がついて頬を赤らめた。目線がアリスの顔に集中できなくなってゆらゆらと泳ぐ。
「知るかよ。」
「なぁ、ケン兄。」背の低い少年がアリスと対峙している少年に声をかけた。「スタンってタツのことじゃね?あいつ時々その名前使うじゃん。」
「それそれ、スタン=タツよ。」アリスがそれだと言うように背の低い少年を指さした。「スタン=タツの家まではどうやって行けばいいのかしら。」
「スタンタツだってさ。」少年たちがなんじゃそりゃとばかりにアリスのことを笑った。
「スータンタ~ツータンタ~ツ~♪」小学校で言うなら低学年くらいの、集団の中で最年少の子がバカにするように歌いながらアリスの周りを踊りまわる。
「苗字とかミドルネームじゃないの?」アリスがバツが悪そうに眉をひそめた。
少年たちはアリスの質問に訳が分からないといったように一瞬黙って互いを見回した。そして、自分以外の全員が同じような顔をしていることを確認して一斉に笑いだした。
「苗字なんてねぇよ。お貴族様じゃねえんだから。」ケンと呼ばれた少年がバカにしたように笑いながら言った。
「でも、スタンのこと知ってるのね?」と、アリス。
「まあな。」ケンはそう言ってから、腕を組んで相変わらずニヤニヤと笑いながら続けた。「教えてやっても良いけど、勝負しようぜ。」
「勝負?」
「そう、お前が勝ったら、タツのとこまで案内してやる。その代わり負けたら金目のもん全部置いてけ。」ケンが言った。そして組んでいた両手をほどいて、アリスを安心させるように両手の手のひらをアリスに見せながら続けた。「心配しなくても、女相手に力比べで勝負を挑もうとかは思ってねえよ。ちょっとしたゲームさ。」
「いいわよ。」
やっぱり、アリス、安請け合い。
後先を、後先をぉぉぉ。
「・・・いや、せめて勝負の内容聞いてから判断しろよ。」呆れた顔でケンが突っ込んだ。じつは案外良いやつなのかもしれない。
ケンの提案した勝負はざっくり言うとバスケットボールだった。
アリスが、ボールを投げて、高いところに口を開けて設置された袋の中に入れれば一点。どこからシュートしても良いがスタートの場所は決まっている。そして、ボールを運ぶときは手で持って運んではいけない。ルールはそれだけだ。
つまり、ダブルドリブルのないバスケットボールだ。あとトラベリングも1歩までってことになるのかな。
ボールを運ぶときは手に持って運んではいけない、というところがあまり理解できなかったアリスがどうすればいいのか説明を求めたため、一人の少年が実例を見せたが、やはりバスケのドリブルだった。
アリスが攻めで、少年たちが3人で守備をする。3ON1なので、前世の感覚で言うとアリスが不利な気がする。アリスは三点先取すれば勝ち。少年たちは三回守れば勝ちだ。
女の子で背も低くて未経験の人間が3人の守備相手にバスケットボールで勝てる話なんてあるわけないんだが、いままでのアリスの支離滅裂な運動神経を知っていると、ちょっと期待してしまう。
いや、やっぱ、怪我したりひどい目にあったりさえしなければそれだけでいい。異世界から通じるのか分からないが、神に祈る。
「後ろにあるのがゴールだ。」ケンが親指で自分の後ろを示した。そこには一本の角材が立っていて、その上にちょうどバスケットボールのリングを模したようにずた袋がかかっていた。ずた袋からは二本のひもが下がっていて、一方を引くと袋の底が開いて入ったボールが落ちてくるように、もう一方を引っ張ると底が閉まって再び袋に戻るように工夫がされていた。
さっきの最年少の少年がこの紐を操作してボール拾いをするようだ。
「一回、ディフェンスなしで練習してみるか?」ケンがアリスに尋ねた。間違いない、こいつ根はいい奴のようだ。
「要らないわ。」
やれよ!なんでだよ!!
アリスの答えに少年たちが爆笑する。
「じゃあ、いつでもどうぞ。」ケンと少年たちの中では背の高い二人がアリスとゴールの中間にスタンバイした。それ以外の少年たちは、コートの周りのがれきの上の見やすいところに各々陣取ってアリスがからかわれる様子を観戦をするようだ。
クロがコートの近くのがれきの上でうたたねを始めてしまったので、自分はアリスに視点を戻して、選手目線でこのゲームを観戦することとした。
一本目
アリスはスタートポジションに立って、砲丸投げのように持っていたボールをひょいっとねじり上げると、バスケ漫画でよくある指先でクルクル回すアレを始めた。
すげえな。
なんか、アリスが勝ちそうに思えてきた。
ちなみに、ボールは表面の素材こそ違うもののほぼ元の世界のバスケットボールそのままだった。
アリスは指先でボールを回したまま、腕組みをしてニヤニヤとアリスの動向を眺めている三人のディフェンスを見ている。
アリスはディフェンスを見ている。
見ている。
一向に攻めださない。
にしても、良くこんな長い時間ボール指の上で回してられるもんだな。
「おい、いい加減攻めて来たらどうだ。」まったく動かないアリスに業を煮やしたケンが吠えた。「今更ビビったのか。」
「え、始まってんの??」アリスが不思議そうに訊ねた。
「あほか、とっととこいや。」右側のディフェンスの少年が叫んだ。
ギャラリーの少年たちから笑い声が漏れ、アリスに向けていろいろとヤジが飛んだ。
アリスは困ったように3、4m先で鉄壁のディフェンスを敷いている三人を眺めた。そして不思議そうに小首を傾げてから指先で回していたボールを両手でつかむと、おもむろにシュートした。
投げやりとも思われるフォームから放たれたボールはキレイな放物線を描き、ずた袋の中に吸い込まれた。
マジかよ・・・・。
ディフェンスの三人がゴールを振り返ったまま固まる。ギャラリーも完全に言葉を失う。さっきまでずっと何かしら五月蠅かった少年たちが完全に沈黙してしまった。
・・・・・
しばし静かな時間が流れる。
「え??やっぱ、何か間違えた?」アリスは周りの反応におろおろとしながら尋ねた。
その質問への答えの代わりにギャラリーから大きな歓声が上がった。
「うそだろ!?」ディフェンスの一人が悲鳴に近い声を上げた。
「?」アリスが不思議がる。「ボール投げて入れるだけなんだから、入って当たり前じゃない??」
いや、普通入んないんだよ?
たぶん、本当のバスケなら3ポイントラインの外の距離だろう。女の子だと届くだけでもすごいんだぜ?
「姉ちゃんすごいね。」さっきアリスの周りを歌いながらまわってたちびっこが、回収したボールを渡しながら言った。
「あら、ありがと。」アリスがボールを受け取りながら礼を言うと、ちびっこはえへへと満面の笑みで笑うと逃げるように走って自分の持ち場に戻った。
二本目、
・・・を始める前にアリスがディフェンスに向けてとんでもないことを言い出した。
「何でそんな後ろに構えるのよ?もっと前で守らないと意味ないじゃない。あんたたち、ちゃんと邪魔しに来なさいよ!」
なんで余計なこと言うのさっ!?
ディフェンスは互いに顔を見合わせ、ケンがアリスの目の前まで出てきた。あとの二人はケンの少し後ろをサポートするようにふさぐ。前に出てきたケンは、アリスの天然の煽りにあてられて、少しキレているようだ。
「てめえ、あんまり舐めんなよ!?」どすの効いた声でケンが言った。
「じゃあ始めてOK?」
「来いっ!!」ディフェンスの三人が気合を見せつけるかのように怒鳴った。
その瞬間アリスはドリブルでケンを置き去りにし、後ろの二人のディフェンスのちょうど真ん中をすり抜け、慌ててアリスに追いすがる二人を尻目にきれいにレイアップシュートを決めた。
バスケ初心者がいきなりレイアップをやってのけた件。
しかも、トラベリングがバスケより厳しいせいで、1,2,3ではなく1のタイミングでシュートしているから、自分の知っているレイアップよりもずっと難しく感じる。
三人の間を迅雷のごとく切り裂きシュートを決めたアリスに再び場が沈黙し、そしてすぐさま大歓声が上がった。ギャラリーはもう完全にアリスに夢中だ。
アリスも今回のゴールは少し手ごたえがあったのか、ちょっと嬉しそうにギャラリーに手を振った。
ギャラリーがますます盛り上がる。
「ざけんな!」ケンが苛立たしげに声を荒げた。「次こい!!」
アリス、すげえ!
これは勝ったな!!




