12-6b 異世界転生したのでパンデミックしてみようと思います
アリスのハイキックが決まった。
「拘束。収監所へ。」
てきぱきと指示を飛ばすアリスだが、内容が良くない。
アリスはいくつかある隔離施設のうち元気な人間が閉じ込められている施設のことを『収監所』って呼び始めた。
アリスには悪意も思惑も無い。
ただ、例によって言葉のチョイスがおかしいだけだ。
今までも大概なネーミングセンスのせいであらぬ誤解を招くことが多々あったが、この『収監所』という呼び方は王都の市民たちにとって極めてまずいイメージを植え付けてしまった。
女王自らが『収監所』とか明言しとるせいで、今や隔離政策は『兵士を引き連れた女王が気に入らない奴を見つけてはハイキックで蹴り倒して収監所送りにしている』という構図で国民たちに見られていた。
念のために断っておくが、アリスは食ってかかってきたり、暴れたりする人間にしかハイキックしていない。
最近はアリスのハイキックの恐ろしさが王都中に伝わっているので、市民のほうもアリスに対して歯向かってくることはほとんどない。なので、アリスが蹴り倒した人間は実のところほとんどいない。
さっきのが5日ぶり8人目の犠牲者だ。
8人か・・・結構多かった。
ともかく、そんなこんなで巷には『暴虐王アリス』なんてあだ名が広まっていた。
「ついに本性を現してきたわね」黒メイドが言った。
「そうね。化けの皮がはがれてきたようね。」
「ようやく、みんなもあいつがおかしいってことに気づいて来たみたい。」
「あまり、おかしいとか言わないほうが良いわよ。誰に聞かれてるか分かったもんじゃないもの。」赤メイドが自分の発言は棚に上げて忠告した。
「そうね、気をつけるわ。隔離なんてされたら死んじゃうもの。」
「隔離っていうか収監らしいわよ。」と、赤メイド。
ほら見たことか。
「あいつに気に入られなかったら、それだけで犯罪者ってことよ。」
「病人の処分場に放り込むんでしょ。殺すつもりなのよ。処刑よ、処刑。」黒メイドが言った。「絶対にいやだわ。」
「ほんと。最悪よね。」
「あいつ、自分に気に入らない人たちを消していくつもりなんだわ。」
「怖い怖い・・・。」赤が首を横に振った。
「ちょっと、あんた、今日はキレが無いわね。」と黒が赤を見た。
「んー、ちょっと疲れてんのかも。」赤メイドはそう言った後、喉のからみを取るかのように軽く咳ばらいをした。
「てか、大丈夫?顔色も悪いし。」黒メイドが立ち上がって、赤メイドから離れた位置に場所を移動した。「ほんとやめてよ?」
「あんた、それは酷いんじゃない?」
「当たり前でしょ?」黒メイドは冷たく言うと、洗濯に集中し始めた。
赤メイドは驚いて大きく目を見開くと、黒メイドを睨みつけたまま言った。
「なによ、冷たい女ね!今更謝ったって遅いからね。二度と口きいてやらない!」
赤メイドはそう言うとあからさまに黒メイドを無視して洗濯に集中し始めた。
すまないがそうしてくれ。
残念だがここではそれが一番正しい対応だ。
もはや、この場では黒メイドを救うので精一杯なんだ。
本当にすまない。
病気の蔓延は止まらない。
“彼“の浸食は進んでいた。病人の数も死者の数も増えていた。
病気にかかった人間が何人も帰らぬ人となり、完全に復帰できたのは一部の軽症者だけだった。
軽症者についても多くはノワルの人間で、自分のおかげだ。
そのノワルの面々にも“彼“の侵入が増えてきた。
対処も困難になってきている。体に入り込んでいる“彼“の数が増え、一人一人に割く時間を増やさないと対応が追いつかない。
事態は加速度的に悪くなってきている。
王都の民の多くに彼の存在を許容せざる得なくなってきていた。すでに何%くらいの人間については見切った。
一方でこっちの作戦の進捗は上手くない。
試しに取得した【環境対応】は一応の効果はあるようだ。
空気中での寿命が伸びた気はする。
だが、伸びしろ小さかった。いまだ飛沫が完全に揮発した後1秒も飛べん。
環境という言葉の示すレベルが体内環境や液体中の範囲内なのだろか。
このスキルを取っていけば【空気感染】まで届くのかもしれないが、幾つ取ればいいのだろう?スキルポイントが足りる気が全くしない。
違うルートを取ったほうが良いのだろうか。この文化レベルの世界でわざわざ【空気感染】まで狙う必要はないんじゃないのか。
例えば、マラリアは蚊による媒体だ。ペストだって元の世界の歴史上での流行りの主な原因はノミと言われている。
しかし、今からでは季節がら蚊は少ない。ノミは居るが“彼“とルートが被っているし、こちらも数が減ってきている。
やはり、【環境適正】を上げていくしかないのか?
物事が上手く進まない時にいろいろ悩み始める自分の悪い癖が出てきてしまっている。
状況は予断を許さないというのに。
いつアリスやアリスの仲間に“彼“の毒牙が届いたとしてもおかしくない。
それこそ、グラディスやヘラクレスやアルトに至っては守る事すらできないのだ。
いつか必ず“彼“は届くだろう。
そして、その『いつか』は待ってはくれなかった。
ついにセンが罹患した。




