12-3b 異世界転生したのでパンデミックしてみようと思います
出会いは唐突だった。
自分はノミとネズミの中を中心に、積極的に“彼“を探し回っていた。
“彼“はノミとネズミでこっそり【感染】拡大を狙っているに違いない。
ネズミとノミではかなりの確率で“彼“が自分の【感染】者のなかに存在している。運が良ければ、どちらかの中で発見できるはずだ。
“彼“から情報を引き出すために話をしてみたかったし、“彼“の核となるオリジナルの細胞がどこかにあるはずで、それを探し出したい。
あっちは、こっちがアリスの中に居ることをすでに掴んでいる。
“彼“に本気で攻めてこられたら如何にこっちの大軍がアリスの体を埋め尽くしているとはいえ、簡単にやられてしまうだろう。
王都周辺だけでも数万は居るネズミたちを片っ端から調べていく。
そして、やはり、ネズミの中に“彼“は居た。
そのネズミに視点を合わせた瞬間にこの個体に“彼“が居ると解かった。
何と言うか、一人暮らしの部屋に帰ってきたのに、中に誰かの気配がするみたいな感じだ。
そもそも、細胞視点では意志を持った存在に遭遇することがないので、誰かいるという違和感にはすぐ気がついた。
これはデカい。
“彼“が今までしてきたように、自分にも“彼“を見つける事ができるという事が分かった。
ならば“彼“の本体を探し出すことができる可能性が高い。
だって“彼“だって自分の本体を探し当てている。
てか、この個体が本体の可能性もある。
まあ、本体だったら、自分のことを野放しにはしとらんか。
“彼“は宿主の視点に入っているのか、自分がやって来たことには気づいていない。
声をかけてみようか。
《やあ!》
〈なんでっ!?〉
突然、予想外のタイミングで自分に声をかけられた“彼“は今まで聞いたことのない、ビックリしたような叫び声をあげた。
〈・・・うーん、見つかっちゃったか。もう隠れて【感染】を進めていくのは無理かな?〉彼は心底残念そうに呟いた。
《【感染】で攻めてくると思ったけど、まさかネズミに乗って移動してくるとはね。》
〈そのほうが安全だし、楽だったんだ。〉“彼“は特に隠すでも反論するでもなく答えた。〈礼を言うよ。君の立ち回りを見て【操作】を取ったんだ。君の言った通り、たいしたことはできないけれど生存率がぐっと上がるね。〉
《生存率?》
〈そうか、君はあの女にずっと居ついたままだもんね。〉“彼“は挑戦的な口調で言った。
『お前の本体のありかは知っているぞ』と投げかけてきているのだ。“彼“がそうしたくなるほどには追い込んだんだと考えておこう。
〈僕は宿主をすぐ殺しちゃうからさ。次の宿主に乗り移る必要があるんだよね。〉“彼“は言った。〈周りに乗り移る相手が居ない時なんて大変さ。空を飛んで乗り移るなんてリスクが高すぎてもってのほかだしね。〉
“彼“は【飛沫感染】を知っている。やはりスキルを持っているのだと考えたほうが良いだろう。
《だからネズミで移動してきたのか。》
〈そうさ。しかし、この国の人間たちはこざかしいね。ネズミを連れてくれば何とかなるとは思ったけど、この辺りでは人間に対してなかなか【感染】が進まない。ずいぶんとネズミに気を使っているようだ。ネズミが怯えてしまって思うように【操作】されてくれないんだ。腹立たしい限りだよ。君も困っているんじゃないのかい?〉
《まあね。大変だよね。》
適当に流す。
多分“彼“は【操作】の限界を探りに来ている。もしくは、こっちの【操作】威力を探っているかだ。ごまかしておこう。
《自分は人間の中に居ても殺したりしないからね。人間たちの行動の中で【感染】を広げているよ。》
〈なるほどね。ネズミと人間の間には隔たりがあるけど、人間同士だと障壁は無いものね。羨ましい限りだ。〉
《そう言えば、さっき『見つかっちゃったか』って言ってたけど、自分は避けられてたのかな?》
〈そうさ。君に邪魔されないように数を増やしておきたかったんだ。〉“彼“は答えた。〈この辺りじゃ、君の数は圧倒的だからね。こっちが【感染】しても体の中に君だらけだったら、戦ってもすぐにやられてしまう。〉
そんな事はないんだがなぁ。
《周到だね。》
〈ところで、こっちも気になっていることがあるんだけれど。〉“彼“は強引に話題を変えに来た。〈君は強くなったのかなぁ?〉
“彼“がニタリと笑ったような気がした。
《戦ってみるかい?》
勝負にならないことは自分も“彼“も解っている。
問題は『どのくらい勝負にならないか』だ。
“彼“はまさか自分がまったく強くならなかったとは思ってもいないだろう。
そして、その事を知った時、“彼“はどう反応するのだろうか?
自分“彼“の目論みに乗らなかったことに焦るだろうか?それとも、自分が弱いままの事に安心するのだろうか?
それを確かめたい。
〈珍しくやる気じゃないか。〉
《そりゃ、もう戦いは始まっちゃってるしね。そもそも始めたのは君だと思ってたけど。》
〈あっはっは。君が前向きで喜ばしい限りだよ。〉
“彼“のご満悦な言葉には反応しない。
“彼“もこっちの強さを知りたがっている。
思惑に乗ってこちらから仕掛けてやる。
一対多数の状況で戦いたい。
まず、半分で一つの細胞にたかるように襲い掛かる。
“彼“は動く様子もない。
自分たちが“彼“の一つを取り囲むように群がった。接触している細胞たちが瘴気に蝕まれるのも顧みず“彼“に全力で攻撃を仕掛ける。
つええな。手ごたえがない。
てか、こないだより全然強い。
意志がある状態だとやっぱ強化されるっぽい。
残った半分で周りの動きを見る。“彼“の細胞が少しづつ近寄ってきているようだ。
〈どうしたんだい?これで本気なのかい?こんなんじゃ僕は倒せないよ。それこそ一つだって倒せない。〉
“彼“はご機嫌な様子で言った。
何か勝ち誇っとるが、そんなこたぁ、こっちはすでに知ってる。こないだ、お前の居ないところでこっそり戦ったってぼろ負けしたばっかだからな!
そもそも全力で張り付いても、こっちの全員でのダメージの合計がそっちの回復力に負けとんねん。
いくらこっちが居ようと倒せるわけがないのだ。
〈ははははっ!もっと頑張れよ!杞憂にもほどがあった!君を買い被っていたよ!!〉
“彼“の声色から完全に不安の色が消えた。
そうか・・・。
自分が強くならなかったことは“彼“を安心させたか。
〈君はなんて矮小な存在なんだ!君なんて気にしなくても良かったようだ。残念だよ!まったくもって残念だ!!はっはっはっは!〉
“彼“はご満悦な様子だ。
自分はせめてもの嫌がらせに、“彼“の事は放置して、この場を去ることにした。




