11-14b さいきんの国王ダイアリー
時は流れた。
アリスが王になっておよそ1年がたった。
公爵たちの読み通り、メザートが攻めてくることは無かった。
メザート王は何事も無かったかのように使者を送ってきている。
骸兵団の死骸はウェズリア平原での騒ぎから1か月経った後に発見され大騒ぎになったが、すでに骨となっていた彼らがなぜ死んだのかが解き明かされることは無かった。
エラスティアの反アリス派もすっかり丸くなった。アミールが上手にエラスティアの貴族たちをまとめ上げている。
もともとが橙薔薇公やトマヤの風説によってアリスの評判が落とされていただけだったので、彼らが居なくなった今、アリスを不満のはけ口として引っ張り出すような貴族は一人も居なくなった。
さらに他の公領にたいして乗り遅れ気味だったエラスティアの景気がここに来て急激に上向いてきたので、そもそもの不満が無いのだ。
これはエラスティアに交通網が敷かれ始めた事の影響が大きい。各町村への物流を主眼に置いた試験的な馬車道の敷設の仕方が行われた。以前アミールが提案していたやつだ。
これにより地方の街が潤った。アリスはこれがアミールの提案であることを国政会議で明らかにしていたため、エラスティアではアリスよりもアミールの株が上がっていた。
そして、そのアミール自身は提案を具体案にまとめ上げ、それを実現した姉に心酔しているのだ。
こんな感じで、エラスティアの地方貴族たちは間接的にアリスの傘下へと収まった。
アリスに盾を突くような気運は何一つなくなったと言って良いだろう。アリスの政策が地方にまで波及したという見方をしてもいいのかもしれない。
いまや、アリスは市民にも貴族にも人気のある王となっていた。
アリスのこれまでの成果を上げれば枚挙にいとまがない。
昔、アリスがノワルを立ち上げた時、「お腹が空いてなんも出来ないのがいけない」みたいなことを言っていた。
アリスはその課題を完全に解決したといっていいだろう。
この国に、かつてのスラムのように草を食んで生きなくてはならない人間はもう居なかった。
どこの街にもだ。
それどころか「みんながケーキを食べれる」世界に近づきつつすらある。さすがに、未だ高級品ではあったが、とある子爵領にもケーキを売るパン屋ができたという話だ。アリスはそれを聞いてとても満足そうにニンマリと笑っていた。
アリスが即位するまでは、アキアのように領民全員が貧しくなっていく事が多かった。領地ごとに産業が決まってしまっているためらしい。
しかし、アリスはこの貧困を改善するため、今まで通りの職業で生活ができるものとそうでない者に領民を分け、職にあぶれた人間たちに新たな職を与えるという方策を執った。
失敗すれば、劇的な貧富の差を生みかねない方法だとアリスは知っていた。
だから、アリスは新規産業を考え、積極的に投資した。アリスはこれに多くの時間を費やした。
どこかにちょっとでも満ち足りていないニーズがあれば、自腹を切ってでもそこに労働者を投入した。
各公領の副都にワーカーズギルドが作られ、食うに困るものはそこを訊ね、ワーカーズギルドはその労働者を新しい産業に分配した。
これにより、職にあぶれた人間が仕事にありつけただけではなく、すべての市民の生活の質が向上した。
貴族たちの間でも、自らの富ではなく、領地の繁栄具合がその貴族のあり方を評価する大きな指標となり始めていた。
アリスはこのほかに、塾や学校などの開設も始めている。
いつだったろうか、「みんなが文字を読めるようにしたい。」と言っていたアリスの夢の一歩だ。そのうち、ショウたちが印刷機を開発して、このあたりも上手く回りだすのだろう。
他にも、食品産業や観光業、保安や運輸といった業態が大きな産業として立ち上がり始めていた。服飾や衛生関連の立ち上げも着々と進んでいる。
女王アリスの元、ファブリカは一つの栄華を極めつつあった。
アリスは在位1年を祝い、貴族たちへの礼も兼ねて社交パーティーを催すことにした。
シェリアたちとやるような和気あいあいとしたパーティーではなく、もっと公的な、社会での付き合いのようなパーティーだ。
アリスが社交界でパーティーを主催するのは自分の知る限り初めてのことだった。
もちろん、お茶会とバーベキュー大会は除く。
ていうか、このパーティーもバーベキュー大会にしようとして公爵たちに猛反対されてた。
そもそもアリスは貴族たちが一般的にしているような社交界には参加したこと自体が少なかった。
病気がうつるかもしれないという理由があったので、アキアに行くまではパーティーを催すなんてできなかったし、アキアにから帰って来てからはそれどころじゃなかった。
ようやくアリスも落ち着いてきたということだろうか。
そして、金に意地汚いアリスは、社交界のパーティーが貴族という金持ちたちに金を吐き出させる貴重な手段であることに気がついてしまったようだ。
これからフェスよろしく社交パーティーをどんどん開催していくんではないかとちょっと心配だ。
今回も100人超の規模の大パーティーだ。
始まる前からパーティーは盛り上がっていた。
各領地から参加を望むものが抽選で選ばれて会場に集まっていた。国政会議に匹敵する人数が各々グラスを手に会場を行きかっていた。
主賓が来る前から酒を飲んで話しているのは、この国のパーティーではいつものことなのだが、今日は通常のパーティーと異なり、いらんイベントが発生していた。
アリスvsメザートの使者の腕相撲バトルだ。
主賓いるじゃねえか!!
貴族たちは、会場に準備された小さなテーブルに肘をついている二人を興味津々で囲んでいた。
メザートの賓客は例によって小麦の件でやってきていた。
小麦というか、対貿易摩擦の解消についてだ。彼は今、小麦の大量買い取りを賭けてこの腕相撲勝負に挑んでいる。
一方、ファブリカではエラスティアからメザートに向けて、酒や野菜を高く輸出する計画が持ち上がっている。アリスは、食糧加工品の輸出関税の撤廃を求めてこの勝負に挑んでいる。
というか、アリスが「私に腕相撲で勝ったら小麦を買っても良いわよ」って言った。そしてその代わりにアリスが勝ったら関税を撤廃することを要求した。
遠くでミンドート公が外交問題になると頭を抱えている。
アリスが負ければ外交問題にはならんのだけどな。
負けるわけがない。
アリスのことだし、勝てると分かって勝負を挑んだに違いない。
メザートの使者は屈強そうだ。
残念だが『屈強そう』くらいの男性ではアリスの相手になるまい。
審判のアルトが手を握りあって構えた二人の拳の上に手を置いた。
てか、審判が一番強そう。
メザートの使者はアリスと手を握った瞬間、それまでの嬉し恥ずかしそうなにやけ笑いはどこへ、赤かった顔は青くなり、緊張で顔が強張った。メザートの使者もアリスの手を握る手に力を込めた。
「それでは両者、一本勝負。」アルトが二人に声をかけた。「準備はよろしいか?」
「もちろんよ。」
「無論。」
アルトは二人の顔を交互に確認して、少しだけ時間をおくと大声で叫んだ。
「GO!!」
メザートの使者が部屋の隅で真っ白になってうなだれる中、ようやくアリスによる開会の挨拶が始まった。
「忙しい中、集まってくれたことに感謝を。予がこのファブリカを治めるようになってから1年の月日が流れようとしている。この祝いの会を前に、少しだけ、感謝と願いを聞いて欲しい。」
お、珍しい。なんか話すんか?
「予は今とても満ち足りている。」
アリスは会場の貴族たちを見渡した。
「予は国王となるとき民に安心して暮らせる世界を約束した。昔、路傍の草を食んでいた人々は消え、麦を食べる事ができるようになっているはずだ。予は民が笑顔でとても嬉しい。」
貴族たちの間から拍手が起こった。
アリスは貴族の拍手が鳴りやむのを待ってから続けた。
「皆はどうか?皆は民が皆の領土で幸せなのが嬉しいだろうか?」
突然のアリスの問いかけに、貴族たちはちょっと怯えたように戸惑った。
「皆の領民たちの笑顔は予の力によるものではない。貴殿の民の笑顔は貴殿のものだ。」
アリスはそう言って、領民を代表するかのごとく皆に優しく微笑んだ。
「皆の民は笑顔だろうか?そうであるならば、それは皆の高貴な行いの対価である。予が領民に代わり礼を述べる。」
そう言って、アリスは深く優雅に頭を下げた。
「ありがとう。」
貴族たちが、突然の国王の感謝に戸惑いざわめいた。今までそんな王などいなかったのだろう。
アリスはそんな貴族たちにほほ笑みかけると続けた。
「我々は我々自身の笑顔のためだけではなく、領民と共に笑顔に歩んで行ける政を執らねばならぬ。そのような生き方を予は皆に望む。それについて皆に願いたい事がある。」
貴族たちが何事だろうかとアリスの事を注視する。
「これは予の我侭なのかもしれない。それでも予は皆に請う。あなたのその手で、支えられる人々とともに幸せになることを願って欲しい。あなたはあなたの街と民の幸せを願って欲しい。それは、きっと素敵なことだ。」
そう言ってアリスは再び深く頭を下げた。
貴族たちの間からまばらながらに拍手が起こり始めた。
やがて、その拍手は会場に居たすべての貴族たちを包み込んでいた。
その間、アリスはずっと頭を下げていた。
やがて、拍手が静まり、アリスは頭を上げた。
「ありがとう。予は幸せ者だ。」
アリスは隣の給仕から乾杯用にワインの入ったグラスを受け取り高く掲げた。
「皆と民に感謝を!! 幸せなファブリカ王国を皆で作り上げていこうではないか! 今、この時、この乾杯から、誰もが皆、笑って暮らせる素敵で輝かしい世界を
〈始めよう!!〉
アリスの言葉をかき消すように自分の脳裏に“彼“の声が響いた。
会場にいた何人もの貴族たちが突如激しく苦しみだし、次々と床に倒れ伏した。
彼らが倒れた拍子にグラスや料理が音を立てて床に散らばった。
唖然とするアリスの目に、アルトが必死に駆けまわって指示を出しているのが見えた。
会場は叫び声と怒鳴り声で埋め尽くされた。
「うそ・・・。」
アリスは突然の会場の様子に乾杯のグラスを片手に掲げたまま呆然と立ち尽くしていた。
11章終了になります。
残り短めの2章分+エンディングで完結になります。
また、しばらく書きためるため更新が途絶えます。
多分、二月末か三月頭に次章を投稿できると思います。
憶えておいていただければ幸いです。
次章 『異世界転生したのでパンデミックしようと思います』
ご期待ください。




