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11-13b さいきんの国王ダイアリー

 それはアリスが戦場に到着するほんの少し前の話。

 戦場にアリスが乗り込んできて忙しくなる前に、各所の様子を確認して回っている時の事だった。

 蛮族兄とトマヤは相変わらず森の中に身を潜めていた。

 彼の率いる骸兵団およそ7000は、エラスから半日程の森の中で王都からの援軍について一報がもたらされるのを待っていた。

 兵団の真ん中で、蛮族兄とトマヤはにこやかに話をしていた。

「エラス候は今頃何をしている?」蛮族兄がトマヤに訊ねた。

「自ら、兵を率いてウェズリア平原へと向かいました。」トマヤが答えた。「ユリシスたちも合わせて移動を開始したようです。そろそろ会戦が始まっている頃でしょう。」

「ご苦労なことだ。」

「王都から兵を引き出さねばなりませんからな。本気であるように見せねばなりません。」

 本当はロッシフォールとユリシスの口封じのためだろうに。

「しかして、エラス候がでたところで王都から援軍は引き事は出来そうか?それが問題だ。援軍が出なければ、ノルマンドも攻めぬぞ。」

「エラス候は7000の大軍を率いて出立しております。ですのでユリシス軍が1万という話にも信用性が持てましょう。必ずや援軍をよこすことでしょう。」

「なるほどそれは心強い限りだ。」蛮族兄はそう言って笑った。そして彼に向けて、「7000もの兵で進軍したとあればエラスの守りは手薄と言う事であるな。」

「はぁ。その通りでございます。」一度は答えたトマヤだったが、言葉の意味を測りかねてキョトンとした顔で蛮族兄を見た。「は?」

「トマヤよ。骸兵団の7000ごときで国の首都が落とせるわけ無かろう。」蛮族兄は言った。「ノルマンドが落ちた時点で、我々の進路は妨害され、その間に王都は守りを固めよう。」

「一体何を言っておられるのですかカストル殿!?」

「そもそも、援軍なぞ来ぬだろう。来たとしても、王都の守護の手配が整ってから出てくるはずだ。」カストルは言った。「お前らの作戦は独りよがりなのだ。」

「裏切ったな!」トマヤが叫んだ。「依頼主を裏切らない傭兵団ではなかったのかっ!?」

「裏切った?依頼料は一銭も貰っておらん。」と、蛮族兄。「それとも糧食をまかなった程度で骸が買えるとでも思っていたのか?我々は飢えた流民ではないぞ。」

「貴様!そうやって脅して、金を要求するつもりか!」

「ばかばかしい。」カストルは鼻で笑った「私の狙いははなからエラスティアだ。」

「なんだと!?」

「私の雇用主はメザート国王だ。」カストルはニヤニヤと笑いながら言った。「今更、お前らがいくら金を積もうと無駄だ。骸兵団は依頼主を裏切らないのがモットーだ。」

 トマヤが真っ青になった。

「き、貴様らはメザートの間者だったと言うのか!」

「『貴様ら』ではない。私だけだ。」蛮族兄は小馬鹿にしたよう言った。「あの非常識な与太者と愚かしい弟は何も知らん。メザート王と取引をしているのは私だけだ。奴らに王族や貴族とのやり取りなぞ務まるわけがなかろう。」

 トマヤは歯噛みして蛮族兄を睨んだ。

「ユリシスなんぞはただの駒よ。あいつを使ってファブリカに内乱を起こさせることがメザート王の望みだ。ついでに骸兵団でエラスティアの都市の略奪を仕掛けるのが目的よ。もちろん王都が落とせそうであれば狙っても良かったが、ユリシスが思ったより使えなかったからな。あいつが倍くらいの兵を集めることができたのなら実際に王都を攻める芽もあったかもしれんが、あいつは基本面倒くさがりだから困る。まあ、エラスが落とせるのなら上出来よ。」

「そう簡単にエラスを落とせるものかっ。」

「今は兵は居ないのだろう?」

「くっ・・・。」

「副都エラスが落ちたらエラスティアは大変であろうな。メザートからファブリカ王都への通り道であるエラスティアが内乱で兵はぼろぼろになり、しかも主要都市が落ちる。メザート軍にとって都合の良い話だとおもわなかったのかね?」

 トマヤにはもはや返す言葉が無い。トマヤは泣きそうな顔で口をわなわなと震わせていた。

「貴族というのはいつもそうだな。人を使うばかりでその相手が思考を持っていることを考慮しない。」蛮族兄はニヤリと笑った。「だから足元を救われる。」

「エラスを落とそうものならメザート王にも影響が及ぶのだぞ。」

「そうか?ファブリカの貴族に招かれて暴れた傭兵の責任をアリス王とやらはメザート王に問うてくれるというのか。それはありがたい限りだ。」

「なんだと・・・?」

「考えてもみろ、我々を呼んだのはお前たちだ。そして、我々はメザートの軍ではない。」蛮族兄は馬鹿にしたようにトマヤに言った。「それなのにメザートの国王に責を問うのであればアリス王はメザート王を侮蔑していると取られても仕方ない。」

「ばかな・・・メザートと戦争を起こすのが目的か?」

「まあ、アリス王が難癖をつけなかろうとも戦争は起こるだろうがな。」蛮族兄は言った。「先の反乱と現王の行き過ぎた改革で、ファブリカには戦争に耐えうる金など無かろう。そこに来て今回の内乱と我々のエラス侵攻でエラスティアはボロボロになる。メザート王は何かしらの難癖をつけるだろうな。」

 もう、小麦の件でアリスのほうからつけとるしな。

「戦争が起これば我々にもまた大きな仕事が回って来よう・・くっくっく。」

「馬鹿な・・・。」トマヤは真っ青だ。

「さて、話し過ぎた。そろそろお前とはサヨナラだ。我々はエラス候が戻ってくる前にエラスを攻略せねばならん。」蛮族兄はそう言うと腰の刀を抜いた。

「!」

 トマヤは慌てて後ろを振り返り逃げ出そうとした。

 その瞬間、蛮族兄の刀が一閃し、トマヤの頭が鈍い音をたてて地面に落ち、その後大きな音と共に体が倒れた。

 あまりにあっけなく、拍子抜けするようなトマヤの最期だった。

 トマヤに付き添っていた数人の護衛も骸兵団の一団によってすでに処理されていた。

「これから、エラスに進軍を開始する。」蛮族兄が森の中に潜んでいる骸兵団に向けて命令した。「金も女も食い物もお前らの好き放題だ!ただし明後日までだ。それ以上は許されん。お前たちが濃密な時間を過ごせることを期待する!」

「「「「おおっ!」」」」

 骸兵団は歓声を以て返事をすると、カストルに率いられエラスに向けて進軍を開始した。


 カストルは大きな失敗をした。


 なぜ、彼はこんな事をトマヤに話してしまったのだろうか。

 わざわざこんな事をトマヤに白状する必要なんて無かったはずだ。

 殺してしまうから誰にも知られるはずがないと安心しきっていたのだろうが、どこで誰が聞いているかなんて判らない。

 彼はこんな無為な告白をして悦に浸るべきでは無かった。

 ただ、トマヤを殺しておけば良かったのだ。


 なにせ、自分がその話を聞いてしまったのだから。

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