11-13a さいきんの国王ダイアリー
一仕事終えた自分が戦場に戻ってこれたのは、ほぼほぼ日が傾いてからだった。
すでにエラス軍もアミール親衛隊も半分以上が家路についていた。
アリス視点に戻った自分は、さっきまで気絶していたエラス候をアリスたちが尋問し始めたところにちょうど会遇した。
アリスは両手を後ろ手で縛られ座らされているエラス候に尋ねた。
「エラス候。メザート軍はどこに居るの。」
「本来ならノルマンドを襲っているはずだった。」エラス候は観念したのか、隠し立てする様子も無く話しだした。「王都から兵が出ないとなれば、王都もノルマンドも攻めないと聞いている。」
「ユリシス兄さんはメザート軍がどこに居るか知らない?」アリスは振り向いて、後ろに居たユリシスに尋ねた。
「知らない。」ユリシスは淡泊に答えた。
残念。
ちょっと外している間に、兄妹の再会が終わってしまったようだ。
この奇妙な兄妹の再会を観察することは叶わなかった。
「メザート軍はどこに居るのかしら?国境を超えたのは間違いないの?」
「トマヤからそう聞いている。」
もう、トマヤの名前も隠さないのね。
「ヘラクレス、想像つかない?」
「んー。海外の軍が侵攻をして失敗するのは良くありません。負けた上に攻められる口実も与えてしまいます。マウントも取られることになりますし、第三国からの心証も悪化しますからね。特に理由も無く侵攻をしかけるのなら、色々とややこしくなる前に大勢を決してしまいたいと考えると思います。なので普通に考えたら問題は起こさないと思います。」
「ほっといたほうが良いのかしら?」
「せっかく、こちらの領土で孤立しているのです。殲滅したほうが良いかと思います。」ロッシフォールが言った。「それに、簡単に帰したとあってはメザートに舐められてしまいますよ。」
「うーん。」アリスは何かを悩んだように唸り声を上げた。
「貴方はファブリカの王です。」ロッシフォールがアリスの悩みを見透かしたかのように言った。「ファブリカの民のことを一番に考えてください。」
「そうね・・・。殲滅しましょう。彼らもそのリスクを背負ってファブリカの民を殺しに来ているんだから。」
アリスはそう言ってからユリシスに向き直って訊ねた。
「兄さん。悪いけど、いいわね?」
「?何故俺に訊く?」
「兄さんの兵じゃないの?」
「違うぞ?」
違わねえよ!
「どういうこと?ユシリス兄さまの軍隊とは別の軍隊を呼んだの?」アリスはエラス候に訊ねた。
「すくなくともユリシス殿下の配下が率いていると私は聞いている。」
「私もユリシス殿下の兵だと理解しておりましたが・・・。」ロッシフォールも困った様子で言った。
「?」ユリシスは不思議顔でロッシフォールを見ている。
「ねえねえ、ユーリ。カストル兄ちゃんが骸を率いているんじゃないの?」
「そうなのか?」
そうだよ!
「そう聞いている。」エラス候が答えた。「トマヤがカストルが軍団を率いていると報告してきている。」
「なるほど。骸か。」ユリシスは納得した。納得した以上の反応は無かった。
「メザート軍がどこに居るか教えては頂けないのでしょうか?」アミールがユリシスに訊ねた。
「知らない。」ユリシスは端的に答えた。
「でも、カストルって人は兄さまの仲間だったんじゃないの?」アリスも訊ねる。「何か聞いていない?」
「そうだ。カストルは軍団の仲間だ。」
「メザート王からはどんな命令が降りてたの。」
「知らん。」
「兄さんもメザート軍だったんじゃないの?」
「違うぞ?」
「でも、今、軍団の仲間だって言わなかった?」
「骸兵団はメザートの軍隊ではない。」ユリシスが訂正する。
「骸兵団!?」ヘラクレスが声を上げた。
「知ってるの?」
「メザートの傭兵です。」
「メザートの兵ではない。」ユリシスがヘラクレスの言葉を再度訂正する。
「失礼。ユリシスさんの言う通り、メザートを拠点とする大傭兵団です。建前上はどこにも属さない完全な傭兵です。」ヘラクレスは言った。「だとすると考え方を変えないといけません。」
「どういうこと?」
「彼らは王都を攻めて勝とうが負けようが問題ありませんし、ファブリカ国内で傭兵団が問題を起こそうとメザートにとっては関係ありません。彼らはメザートの軍ではないのですから。」
「メザートから依頼を受けて、王都に仕掛けてくるかもしれないってこと?それって結局メザートが何かしているのと同じじゃない?」
「なに言ってんですか、彼らを呼び込んだのはエラス候と橙薔薇公ですよ。」
「あー。」
「カストルは王都を攻めるのか?」ユリシスが首を傾げて訊ねた。
「攻めませんか?」ヘラクレスが訊き返す。
「あいつはアホではない。」
「私は骸兵団の規模を知らないのですよ。」
「兵団の数は7000だ。」
「多っ!」アリス以下何名から驚きの声が漏れた。
「彼らはどこを攻めるのですか?」ヘラクレスはユリシスに尋ねた。「略奪でもしないと出兵の元が取れないでしょう。」
「知らないと言っている。」
「ノルマンドを落とすと思いますか?」
「カストルはノルマンドを落とすのか?」
「攻めませんか?」
「あいつはアホではないと言った。」
「エラスなら攻めますか?」ヘラクレスが訊ねた。
「当然だ。」ユリシスが答えた。
「エラスを攻めるの!?」
「当たり前だ。兵がここに来て城は空だ。カストルが狙わないわけない。」
「どうして隠してたの!」アリスはユリシスにすがるように叫んだ。「私怨に関係ない人たちを巻き込まないで!」
「?隠してないぞ?」
「エラスを攻めること知ってたじゃない。」
「今のは推察だ。知ってたわけじゃない。」
「なるほど。」
アリスよ、納得するんじゃありません。
「その推察はどのくらい確信がありますか?」ヘラクレスがユリシスに訊ねた。
「100パーセントだ。奴はエラスから兵を出させるように動いている。」
「じゃあ、知ってんのと同じじゃない!」
「なぜだ?」不思議そうなユリシス。
がっくりとうなだれるアリス。
ちょっと愉快。
ユリシスの隣で蛮族弟が大爆笑している。
「つまり、王都じゃなくて始めっからエラスが狙いだったってこと!?」アリスが尋ねた。
「よくわからん。奴は口車に乗って王都を攻めるほど馬鹿ではない。」
「ユーリ、兄ちゃん骸兵団連れてきたがってたから、メザート王から何か極秘の指令受けてたかもよ?」
「なら、王都を攻めないとも限らん。」
「どっちなのよ。」
「エラスを攻める。」
「まちがいないのね?」
「絶対に間違いない。」
「じゃあ、王都は攻めないんじゃないの!」
「これは推察だ。」
「でも100パーセントエラスなんでしょ?」
「うむ。」
「・・・・・・。」
あのアリスがイラついている。
いかん、面白い。
「馬鹿な話し合いしている場合じゃないです。エラスがまずいです。」ヘラクレスが言った。「骸兵団がエラスを略奪して帰ったところで、メザートにとっては何の関係のないことです。しかも骸兵団が国境を超えてメザートに戻ってしまったら我々は追うことすらできません。文句も受け入れられないでしょう。何せ招き入れたのがエラス候なのですから。」
一同がエラス候を睨んだ。
エラス候は開き直ってもはや涼しい顔だ。
「騎兵を用意して。エラスに急ぐわ。」
「カストルは甘くない。今頃エラスは襲撃を受けているはずだ。」
「それでも行くのよ。」アリスはユリシスを睨んだ。「少しだって助けて見せる!」
アリスはそう言って騎馬隊の編成を急いだ。昼夜問わず馬を走らせるつもりらしい。
声をかけてあげることができなくてすまないが、心配するな。アリス。
そっちはもう、済んでいる。




