11-12a さいきんの国王ダイアリー
最初にエラス候とロッシフォールが舌戦を行った後、両軍はしばらく睨み合っていたが、最初に動き出したのはユリシス軍だった。
てか、ユリシス関係なくなっちゃったからロッシフォール軍か。
ロッシフォール軍は陣形を敷き直した。
彼らは軍を500人づつの7つのブロックに分けた。
そして、そのブロックをエラス軍に対して真横に並べるように配置した。真ん中の三つのブロックが少しだけ後方に下がり気味で、エラス軍が攻めてきたら、包み込んでやろうという意図が見える。
「どこにロッシフォールが居るか、当てろというのか?」エラス候はこの陣形を見ると舌打ちして呟いた。
ロッシフォールは左端のブロック、ユリシスと蛮族弟は右側のブロックに居る。ちなみに、両サイドのブロックはほとんどが騎兵だ。
「大軍に対する防御陣形ですね。」エラス候の隣に居た軍師らしき男がエラス候に向けて説明した。「戦争を長引かせたいようですな。」
「ちっ。」エラス候は舌打ちした。「そんなことをしてなんの意味があるというのかっ!」
彼からして見れば、ロッシフォールとユリシスを倒せないままに援軍が来るのが一番嫌な訳で、戦争の長期化など望んでいない。
エラス候のその辺りの焦りは、当のユリシスに完全に読まれているのだ。
と、その時。
ロッシフォール軍から「ガン!ガン!ガン!」と何かを打ち合わせるよな大きな音が戦場に鳴り響いた。
エラス候も兵たちも何事かと驚いて、いっせいにロッシフォール軍のほうを向いた。
ロッシフォール軍の兵士たちは自らの盾を剣の柄で殴りつけていた。
騒々しい音が戦場に響き渡り、エラス軍全体がたじろいだのが分かった。
突如、ロッシフォール軍からの騒音が止まった。
「アミール殿下に投降せよ!!」
それぞれのブロックからだれかの大声が聞こえてきた。
そして、その言葉をロッシフォール軍の全兵士が繰り返した。
「「「アミール殿下に投降せよ!!」」」
「橙薔薇公に投降せよ!!」
「「「橙薔薇公に投降せよ!!」」」
「逆賊になりたくないのであれば」
「「「逆賊になりたくないのであれば」」」
「我が軍に投降せよ!!」
「「「我が軍に投降せよ!!」」」
戦場に兵士たちの大声が鳴り響いた。
一瞬の静寂の後に、今度は再び「ガン!ガン!」という騒音が鳴り響いた。
ロッシフォール軍はしばらく盾を打ち鳴らすと、再び「アミール殿下に投降せよ!!」と繰り返し始めた。
エラス候の元に居る兵士たちはユリシス討伐のために出兵していると聞かされていたし、エラス軍に兵を提供した貴族たちの大半は、橙薔薇公とアミールに剣を向けることを恐れている。
この呼びかけは効果的であった。
エラス軍は明らかに狼狽した。
「まずいな。」エラス候が呟いた。
「長引けば離反する者が現れましょう。」軍師はエラス候に言った。「舌戦は不利でございます。向こうにはロッシフォール卿が居る。」
「ならばどうする。」エラス候が尋ねた。
「まず、力を示すことです。相手の数は3500、こちらは7000。戦争で生き残るために必要な一番の要素は強い軍に所属することです。」軍師は言った。「こちらが強いことが解かれば、先方の甘言などに惑わされることは無くなりましょう。まずは、一度、大きな戦果を上げることです。ロッシフォール卿の捕獲は後回しに致しましょう。」
「なるほど。」エラス候は顎を撫でた。
「戦局全面で勝利する必要はありません。相手はおろかにも会戦という場で少ない軍を小分けにした。ならば、各個撃破といこうではないですか。」
「つまり?」
「敵軍右翼のブロックの500に兵を集中させ潰しましょう。そこを壊滅に追い込む。」軍師は言った。「他は引き分けくらいで良い。それで、こちらの勝利は揺るぎないものになります。」
右はユリシスの居るブロックだ。
ちなみに、エラス候が右のブロックを狙ってくることもユリシスに読まれていた。
右のブロックには練度の高い騎兵ばかりが配置されていた。ユリシスと蛮族弟が騎士たちを指揮し、攻めてくるであろう大軍を攪乱し続けるのだそうだ。
ちなみに、ユリシスたちは1日目を勝つつもりがない。
彼らの1日目の目的は二つ。
日中に野戦を行い、夜襲を行う余裕を削ぐこと。
もう一つは、初日の戦いを引き分けに持ち込むこと。
エラス候の軍師の言う通り、エラス候が勝てばエラス軍の士気は安定する。
だが裏を返すと、勝てなければエラス軍の士気は著しくダウンするという意味でもあるのだ。そうなれば、エラス側から離反者が出てくる。
って、ユリシスが言ってた。
のを蛮族弟が説明してた。
あいつらなんだかんだで、ファブリカの貴族たちより全然頭が良い気がする。
それにしても、両端を重点的に攻めてくるのは解かったとしても、何で右だと解かったのかがまったく分からない。
ロッシフォールも作戦を練っている時に何故右にエラス候が攻めてくると判るのか訊ねていた。
ちなみにユリシスの答えは。
「勘。」
と、端的且つ不安しかない返答だった。
エラス候が右を選んだらユリシスの思惑通り、左を選んだらロッシフォールがやられて仕方ないね、みたいな博打をしてそうで怖い。
一方のエラス軍。
エラスの軍師の案は採用された。
しかし、彼らはすぐに攻めることはしなかった。
彼らはロッシフォール軍と同じように盾を打ち鳴らすと叫び始めた。
「アミール殿下の名を騙る反逆者よ」
「「「アミール殿下の名を騙る反逆者よ」」」
「橙薔薇公の名を騙る反逆者よ」
「「「橙薔薇公の名を騙る反逆者よ」」」
「お前たちを正義の剣で滅殺する!」
「「「お前たちを正義の剣で滅殺する!」」」
滅・殺・宣・言!!
降伏勧告でいいのにと思うんだが、軍師曰く、この叫びは相手への呼びかけではなく自らへの暗示なのだそうだ
ロッシフォール軍の言葉は戦いを避ける言葉で、エラス軍の言葉は戦いに望む言葉なのだそうだ。
エラス軍は前方の兵が叫んでいる間に、後方の兵を敵の右翼側、ユリシスたちの待つブロックのほうに寄せた。
ロッシフォール側は動かない。エラス軍が叫び出したところで降伏勧告を行うのもやめている。
彼らはエラス軍の戦闘準備が整うのを待っているのだ。
やがて、エラス候側の軍の配置も終了し、エラス軍も叫ぶのをやめた。
戦争の準備は整った。
今までの喧噪が途切れ、静けさが辺りを包んだ。
両軍の緊張の鼓動が聞こえるのではないかと思う程の静寂だった。
エラス候が剣を抜くとゆっくりと天を差し、そして、開戦の言葉を叫ぶため大きく息を吸い込んだ。
そして、今までの誰よりも大きな怒鳴り声が戦場を満たした。
「あんたたち!なにやってんの!!」




