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11-11a さいきんの国王ダイアリー

 ウェズリア平原に急ぐ馬車の中にアミールとヘラクレスとアリスは座っていた。

 アリスの向かいにアミールとヘラクレスが並んで座っている。

「ところで、ヘラクレス。本当はどこまで解っているの?」アリスがヘラクレスに訊ねた。

「いえ、ほとんどわかってませんよ?会議で言ったのが全部です。メザートが絡んでいるのは間違いないと思います。」ヘラクレスは答えた。「ユリシスさんがどういう意図で動いているかが判らないので、ロッシフォール閣下の意図も掴み切れていません。」

「エラス候のほうの意図は分かってるってことね。」

 ヘラクレスがちらりとアミールを見た。

「かまわない、ヘラクレス。母上の事だろう?」アミールが言った。

「ご存じでしたか。」

「私を担ぎ上げようとしている事は知っている。そのために、かなり悪どい事をしていたらしいという話も知っている。」

 アミールは橙薔薇公の事知っていたのか。

 アミールの表情は重く、すまなそうにアリスに視線を投げかけていた。

 その様子を察知したアリスが、「まあ、まあそんなこと気にしないで良いから」とばかりににこやかに笑いながら顔の前で手を振った。

 そのレベルの話じゃないと思うんだけどなぁ。

「承知しました。」ヘラクレスはアミールに頭を下げてからアリスに向けて答えた。「エラス候は橙薔薇公の配下です。アリス王の事を良く思っていない貴族の一人ですね。それもワルキアレベルでアリス王の事を嫌ってます。」

 そうか。橙薔薇ってヘラクレスのボスか。

 こいつがアリスに色々嫌がらせしてたのすっかり忘れてた。

 ロッシフォールがどうやらアリスの味方っぽいから、ヘラクレスは橙薔薇公の陰謀のほうに加担してたはずだ。

 適当に答えてるように見えて、こいつエラス候のこと最初から知ってたのか。

「まじか。」アリスが王には相応しくない反応で驚いた。

「母上は何を考えていると思う?」アミールが尋ねた。

「単純にアミール閣下をアリス王の代わりに据えて、表立った権力を得たいのだと思います。」

「義母様にしては、一連の動き方が派手というかなりふり構っていない感じがするわ。」と、アリス。

「おおかたメザートに何か吹き込まれたんでしょ。」

「そうなの?」アリスは驚いて言った。「メザートと義母様につながりがあるの?」

「メザートの輸入小麦を斡旋してるのって橙薔薇公ですよ。」ヘラクレスは答えた。

 そうだったのか。

「ロッシなのかと思っていた。」

「ロッシフォール閣下は王都で橙薔薇公がやり過ぎないように目を光らせていただけです。」ヘラクレスは続けた。「橙薔薇公は輸入小麦で儲けたいというよりは、メザートとの商取引の間を取り持つことで貴族たちに恩を売って自尊心を満たすことが目的のようでしたから。金銭的にはたいした損害はなかったようです。ロッシフォール閣下的にも都合が良かったのではないでしょうか?」

「なるほど。」

「橙薔薇公はユリシスさんをアリス王にぶつけた混乱に乗じてアミール殿下を王にしたかったのでしょう。もしかしたらユリシスさんを紹介したのもメザートだったのかもしれませんね。そして、そのユリシスさんに裏切られたと。たぶん、メザートに良いように操られてますね。」

 なんか、自分の見てきた事実よりよっぽど真実っぽい件。

 国家間の陰謀なんて考えもしなかった。

 裏切ったのはユリシスでなくて蛮族兄だけど、あいつがメザート王と繋がってるというのは腑に落ちる。

「ユリシス兄さまがどんな人か分かれば、何か分かる?」

「まあ、推測くらいはしてみましょうか。合ってるかは責任取りませんが。」

 ヘラクレス、なんだかんだでこういう推理っぽいの好きだもんな。

「じゃあ、これ。」

 アリスは懐から、折りたたまれた古い紙を取り出してヘラクレスに渡した。

 城を出る前に散々部屋をひっかきまわして探し出してきたやつだ。

「何ですか?それ?」アミールが訊ねた。

「ユリシス兄さまからの手紙。」

「「!?」」

 ヘラクレスとアミールが驚いた。

 んなもん有ったんかい。

 ヘラクレスはアリスから手紙を受け取って開いた。

 アミールが横から覗き込む。

 ヘラクレスが手紙を読み始めた。


 * * * *


 アリス=ヴェガだろうか?


 それ以外の方は、この手紙を閉じてこの部屋をご退出ください。


 * * * *


 おいっ!?

「この手紙いきなり変ですよ?」

「変なところで拾ったのよ。」

「変な所?」

「城の一番てっぺんの屋根裏部屋にぶら下がってたの。」

「はぁ!?」

 もっと確実な渡し方はなかったのだろうか?

「何でそんな所に置いてあるんです?」

「さぁ?」

「それ以前に、姉様はそんなところに何しに行ったのですか?」アミールが訊ねた。

「?」アリスが腕を組んで必死に考えはじめた。「??」

 忘れてしまったらしい。

 どうせ、城の一番高いところ目指して普通行けないようなところまで侵入したとかだろ。

「ごめんなさい、忘れてください。」アミールが一生懸命思い出そうとしている姉に言った。

「そうですよ、どうせ、どうしようもない理由でしょうし。」ヘラクレスがフォローした。

 ん?これフォローか?

「それより、この手紙、本物なんですか?」

「そうみたい。昔アルトに筆跡調べてもらった。」

 あいつ本当にいろいろしてんな。

 再びヘラクレスが続きを読み始めた。


 * * * *


 アリス=ヴェガよ。

 俺はあなたの兄のユリシスだ。

 幼き頃に少し会っただけだから、憶えてはいないかもしれない。


 俺は王になる柄ではない。

 というか、めんどくさい。

 そこで城を去ることにした。


 城を去るに当たって、お前にその理由を残しておく。

 きっとお前も同じような目に合うに違いない。

 

 まず、なんと言ってもメイドたちが俺のことを色々騒ぐのがいやだ。

 次はお前も騒がれるかもしれないので気をつけろ。


 あと、王位継承権を得ると橙薔薇とトマヤって人に命を狙われるようだ。

 次はお前が狙われるかもしれないので気をつけろ。


 それと、勉強をたくさんしなくちゃいけないらしい。

 次はお前も勉強させられるかもしれないから気をつけろ。


 というわけで、俺は旅に出ることにする。 

 この国は任せた。



 ユリシス=ヴェガ


 * * * *


「・・・ユリシス兄さまってどういう人なんですか?」アミールが困惑している。

 手紙の通りの感じだったよ。

「???」ヘラクレスは手紙をすかしたり、匂いを嗅いだりしているようだ。この手紙に隠されたメッセージや暗号が無いかを探しているらしい。

「ユリシス兄さまにとって、母様の事ってメイドたちのことの次に思いつくことだったんですかね・・・。」

「こんな手紙があっていいはずありません。」ヘラクレスが手紙をこねくり回している。「だいたい、屋根裏でどうしてアリス王がこれを拾えると分かったのですか?第三者が見るかもしれない手紙に暗殺の犯人名を書くところからありえない。そもそものこの三つの城を出る理由が意味不明すぎる。それをアリス王に伝える理由も分からない。いや?そもそもアリス王に当てたものではない?もしかしたら、メイドと勉強という言葉に何か隠された意味が?それとも・・・。」

 ユリシスの手紙がヘラクレスを混乱に陥れている。

 あいつコミュニケーションの取り方独特だからなあ。たぶん手紙はそのままの意味だぞ。

 てか、アリスはこの手紙で橙薔薇公やトマヤのことを知ったのか。

「これから何かユリシス兄さまについて分かる?」

「逆に解りません!!」ヘラクレスは断言した。「でも、ユリシスさんが本当に橙薔薇公に命を狙われていたのだとしたら、そして、その事をロッシフォール閣下が知っていたとしたら、閣下の狙いは分かったかもしれません。」

「ホント?」

「この手紙の真の意味が読み解けていない状況での推察ですよ?」

 そんなもんないと思うよ。

「それでいいわよ。」

「ロッシフォール閣下はユリシスさんが橙薔薇公に報復することを望んでいます。」ヘラクレスは答えた。「だから、最初はエラス候や橙薔薇公といっしょにユリシスさん用の兵を集めていて、ある程度集まったところで裏切った。」

「戦争するってこと?」

「んー、閣下のことですから騒ぎを大きくしたかっただけじゃないでしょうか?橙薔薇公がごまかせないくらいに。」ヘラクレスは言った。「さっき、派手なやり方が橙薔薇公らしくないと言ってましたが、もしかしたらロッシフォール閣下が騒ぎを大きくしたのかもしれません。」

 ご名答。

 さすが。

「だから、急に7000みたいな兵数が伝えられた。ここまで多ければ仮に戦いが起こらなくても、王都は無視できないし、橙薔薇公もごまかしがきかない。」ヘラクレスは続けた。「そして、橙薔薇公がユリシスさんを呼び寄せたり、反アリス王派閥を集めていたことが明るみに出れば、ロッシフォール閣下の思惑通りです。」

「なるほど。最初は義母様とエラス候に協力するフリをしてこっそり兵士を集めていたけれど、兵がたくさん集まったところで離反して大騒ぎにして、義母様たちを困らせたと。」

「そこでメザートが橙薔薇公に入れ知恵した。」ヘラクレスは言った。「橙薔薇公はロッシフォール閣下とユリシスさんの口封じをするのと同時に、メザートの口車に乗って王都から兵を引き出そうとした。」

「ユリシスやロッシじゃなくて、義母様のほうにメザートが接触したのは間違いない?」

「だって、王都に援軍を求めてきたのはエラス候なんでしょ?」

「なるほど。」

「でも、この考え方が合っているとすると、嫌な感じがします。何かを見落としているかもしれない。」

「何が?」

「メザートの立場になってみましょう。」ヘラクレスは言った。「橙薔薇公とロッシフォール閣下を利用して、エラスティアで内乱を起こさせることには成功した。で、次の作戦は、王都から兵士を引っ張り出すことですよね。」

「おかしい?」

「ちょっと、雑過ぎません?」ヘラクレスは言った。「エラス候に助けてくれって言わせただけじゃないですか。エラスティアで内乱を起こさせるところまでの周到さとちょっと乖離があり過ぎる気がします。」

「出てきたらラッキー程度だったんじゃない?」

「まさにそんな感じがします。」ヘラクレスは頷いた。「しかし、王都を空にさせて攻めるんだとしたら、この国のどこかに王都を狙う軍が準備されているはずなんです。」

「そうね。」

「これから会戦がある中、エラス候が王都を攻めるために兵を割くのは難しい。とするとおそらくそれはメザート軍。エラス候がどこかにかくまっているはずです。」

 合ってる。

 ジュリアスたちに見つからないようにエラス近郊の森ん中で待機中。

 ノルマンドまで広がる広い森の中なので見られることも少ないし、誰かに見られて領主に報告が上がってもエラス候のところで握り潰されてる。

「まじか、メザート軍居るのか。」

「推論ですよ。」ヘラクレスは鼻息を荒くし出したアリスをなだめた。「ただし、彼らが王都の兵を引き出そうとしている限り、どこかに何かしらの兵は居ないとおかしいんです。でも、わざわざ兵を準備しているわりには、王都から絶対に兵を引きずりだそうという明確な意志を感じない。たぶん、なにかあるんです。」

 ヘラクレスは眉を潜めた。

 なんだかんだでヘラクレスの洞察力はすごい。

 きっと、自分ですらも知らない何かが、隠されているのだろう。


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