11-10c さいきんの国王ダイアリー
アリスがいつものサロンルームの扉を開けると、例によって5公が集まっていた。
彼らはテーブルの上のエラスティアの地図を囲みながら、すでにユリシスの軍について話し合いを始めていた。
残念ながら骸兵団の噂は彼らには届いていない。
「ユリシス兄様が生きてたって?」アリスが部屋に入ってくるなり訊ねた。
「ユリシス殿下を名乗る者が居ることは確かなようだ。」ジュリアスが答えた。「エラス候から至急の援軍要請が来た。」
「どういう状態なの?」アリスが用意されていた席に着席する。
「エラス候からの報告によるとエラスティアのハリーエドという街の辺りでユリシス軍が勃発したらしい。実際に兵が集結しているのは間違いない。」ジュリアスが答えた。
「どのくらい?」
「エラス候の報告によると、1万近くという話だ。」
「1万!?」
「私が調べた情報では5000足らずとの話だ。エラス候の報告とはかなり開きがある。」ジュリアスは言った。「一気に増えた可能性もある。」
実際は3500。エラス候が王都から兵を引き出すために数を大幅にたばかっている。
「陛下、申し訳ありません。」アミールが頭を下げた。「私は何一つとして把握できておりませんでした。」
「王都に居るんだから無理よ。」アリスは言った。「そんなの完全に把握できたのなら、ワルキアたちの反乱なんておきなかったわ。」
「それにしても、1万は多いぞ?」ミンドート公が言った。
「どっからそんなに湧いて出たの?」
「エラスティアの辺境だ。一部モブート辺りからも徴兵したのではないかと見ている。」
「うちからもですか!?」モブートが驚いた。
「そう思われます。」ジュリアスは答えた。「でないと1万など集まりようがありません。」
「ロッシフォールがユリシス兄さまの兵を集めているの?」
「そのようだ。」ジュリアスが答えた。「ロッシフォール卿がいるので、みんなユリシスが本物と信じて協力しているのではないだろうか。」
「もしかして紫薔薇公はアリス陛下が嫌でユリシス殿下を担ぎ上げたのではないでしょか?」モブート公が言った。
「まさか!?ロッシに限ってそんなことはないわよ。」
目が泳いでるぞ。
「陛下が優しくしてやらんからだぞ。」ミンドート公がここぞとばかりに言った。
「ぐう。」アリスからかろうじてぐうの音が出てきた。
「心配するな。ロッシフォール公には何かしらの考えがあるんだろう。」ミンドート公は言った。「あいつはお前たちを悲しませることはしない。」
お前たちってのはアリスとアミールの事かな。
「でも、ロッシフォール公が何を考えているのか見当もつかない事が問題です。」モブートが言った。「ロッシフォール公は協力しているのではなく、無理やり協力させられている可能性はないですか?」
「そこまでは分りません。」ジュリアスは答えた。
ロッシフォールやエラス候が何を目論んでるかなんてジュリアスたちは知りようもない。
「ユリシス軍は何しているの?」
「王都に向けて進軍しているようだ。」ジュリアスは言った。「エラス候が兵7000を以て追跡を開始している。ウェズリア平原にて交戦するのではないかと思う。」
順番が逆だ。
エラス候が7000で先にウェズリア平原側に回り込み、それに呼応するようにユリシスたちが兵を進めたというのが正しい。
「ジュリアス、エラス候が7000の兵を動かしたというのは確認が取れているの?」
「兵を動かしたのは間違いない。」
「7000だった?」
「そこまでは確認が取れていない。」ジュリアスは答えた。「何故そんなことを確認する? エラス候を信用していないのか?」
「だって、そんなに多くの兵数をホイホイ動かせるもんなの?」
「周りの領地からかき集めたのだろう?」
「エラスに守りを残すことも考えたら最低でも5000くらいは新たに招集しているわよ?」アリスは言った。「『1万の大軍が攻めてきました』『7000の兵でユリシス兄さまの軍を追いかけます』この二つの知らせが同時に届くの?」
「確かに。」ジュリアスは眉をひそめた。「以前ならともかく、今は馬車駅の発達で伝令は早い。兵を集め始める前に報告があってしかるべきだ。」
「だいたい、1万集合するまで気づかないようだったらエラス候ダメでしょ。」アリスは畳みかける。「私たちがエラスで兵が募集されている兆候をつかんだ時にアミールの事実確認に対してすぐには返答がなかったじゃない?絶対に隠そうとしてたでしょ。」
「たしかに、そうかもしれん。」ミンドート公が言った。
「良くわからぬ・・・。なんでエラス候はその事を報告しなかったのじゃ?」アキア公が首をかしげた。
「うーん。分からない。エラスティア内のことだから自分たちで片づけて隠そうとしたとか?」アリスが眉間にしわを寄せながら言った。
「それこそ何のために?」ジュリアスが訊ねた。
「それに何故、今になって大軍になったなどと騒ぎ始めたのでしょうかな?」アキア公が訊ねた。
「それだ!」アリスはアキア公を行儀悪く指差した。「それはたぶん分かる。」
「なぜ?」
「王都から兵士を引き出すため。」
正解!
さすが、バトルマニア。戦いに関係すれば関係するほど洞察力がすごいぜ!
「・・・もしかしてユリシスの狙いは王都だと?」
「うーん、ユリシス兄さまもおとりかも。」アリスは言った。「エラス近郊からここまで3週間かかる距離だし、エラスから1万程度の軍で王都まで侵攻するには数が少ないわ。」
「3週間あれば、その間に王都の守りは固めることができる。」ジュリアスが後を引き継いで説明する。「守りさえ固めてしまえば、王都が耐えている間に他の公領からの援軍を使って包囲殲滅ができる。」
「それが分からないほどユリシス兄さまはバカではないと思うわ。他に誰か居るのかも。」
「ユリシス殿下はともかくロッシフォールがいる。1万で王都に侵攻というのはおかしい。」ミンドート公も同意した。
「唯一可能性があるとすれば、進軍しながらユリシスが兵を集められると踏んでいる可能性だけど、私そこまで嫌われてるかしら?忌憚なく言って。」
「嫌われとるが、すすんでユリシス殿下に付こうというものはほとんどいないだろうな。」ミンドート公はアリスの注文通り忌憚なく答えた。「リスクが大きすぎる。なんだかんだ言ってもすべては良い方向に回っている。今の段階でユリシス殿下の即位を願う貴族は多くは無かろう。」
「ワルキアのように略奪を絡めてくる可能性はありませんか?」モブート公が訊ねた。
「ロッシフォールが居るんでしょ?」
「奴だって脅されとるのかもしれん。」ミンドート公が言った。
「だったら、ロッシフォールの領地に閉じこもって仲間になる貴族を集めさせたほうが良いじゃない。兵隊を一か所に集め始めたから大事になったんだし。」
「確かにそうだな。」ミンドート公が言った。
「誰かが派手に動いたらそれはフェイントなのよ。」
そりゃ言いすぎだろ。
たぶん。
「ありそうですね。」アキア公が顎をなでた。「我々が、エラスに向かっている間に背後から誰かが王城を狙う。」
「誰がですか?」ジュリアスが訊ねた。
「分からない。」アリスは肩をすくめた。
さすがに蛮族兄までは読めないか。
ユリシス軍との戦闘がおとりかもしれないと気づいただけでもさすがだ。
「しかし、今の話ぶりだとエラス候もユリシスに付き合って我々を騙しに来ているかのような言い草に聞こえるが。」
「うーん。たぶん・・・。」アリスは口ごもった。
さすがのアリスも、エラス候の動きについては全然解っていないようだった。
そもそも、エラス候が反アリス派だというのもバレてないっぽいしな。
「ヘラクレスがいればなあ。」アリスが思わずといった感じで呟いた。
「姉様。呼びましょう。」アミールが言った。「私が呼べば、彼女はすべてをさておきやってきます。」
「・・・そうね。お願いするわ。」アリスはアミールを嫉妬の眼差しで眺めながら言った。
アリスが呼びつけてもきっとヘラクレスは来ないんだろうな。




