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11-9b さいきんの国王ダイアリー

 トマヤは蛮族兄が一人になったところを狙って声をかけてきた。

 蛮族兄カストルはトマヤの呼び出しに応じて、ユリシスにも弟にも告げずにこっそりとトマヤの待つ酒場にやって来たのだった。

 「王都を攻めるにあたり、ノルマンドも略奪してよい・・・か。」蛮族兄が唸った。「それをユリシスに言っても聞かぬだろうな。」

 「そう思いましたので・・・というより、ユリシス殿下はその、言葉数が少なく会話にならないものですから、ユリシス殿下の手綱を握り、骸兵団を率いてらっしゃるカストル様に直接ご相談に上がったのです。」

 「俺は別に骸を率いてなどいない。」

 「そうなのですか!?」トマヤは大袈裟に驚いた。「てっきり、カストル様がブレインなのですからこの集団のトップで色々な事を決定しているのかと思っていましたが。」

 「決定権はユリシスにある。一応彼がリーダーだ。骸は強いものがボスだ。ユリシスはポルックスを打ち負かした。」

 「という事は、ユリシス殿下が来るまでは弟殿がリーダーだったのですか?」

 「一応はな。」カストルが顔をしかめた。「色々決めていたのは俺だが。」

 「兵団を率いるのは、武のみならずでございます。」トマヤは言った。「武と知の両方を持たぬものが集団を治めるのは、いくら弟殿がカストル様よりも強かったとて・・・」

 「もう一度闘ったなら解らぬ!」カストルがトマヤの言葉を遮った

 「ならば尚更、カストル様がリーダーたるべきでしょう。」とトマヤ。「なぜ、雑用を押し付けられるような立場に甘んじておられるのでしょうか?」

 トマヤの奴、蛮族兄を懐柔して兵団を動かさせるつもりのようだ。

 「今のリーダーはユリシスだ。」そう言ってからカストルは顔をしかめた。「あいつには勝てん。」

 「しかし、ユリシス殿下にはやる気が無いように思われます。」トマヤは言った。よく観察している。取り入る相手も間違ってない。「それでは骸兵団の方々も可哀そうにございます。カストル様が使ってこそ、彼らは生きてくるのではないでしょうか?そもそも、兵団は元々カストル様の物だったのでしょう?」

 「ふむ。」

 「貴方は武もあり、知略にも長け、兵の動かし方も知っている。」トマヤは言った。「たとえ、ユリシス殿下が無駄に武のみ秀でていたとしても、兵団は責をもって利を導く者が率いるべきであり、その者が一番偉くあるべきです。」

 「ふむ。それもそうだな。」カストルが片方の眉を上げて嬉しそうに笑った。「まったくその通りだ。弟もユリシスも自分たちのことしか考えない。兵団を維持するのにも金が要る。お前の言いたいことは良く分かる。」

 「その通りです。今だって、骸兵団を支えているのは貴方なのでしょう?めんどくさいから王になりたくないなどと平気で口にするユリシス殿下や考えをまとめるのが上手くないポルックス様ではございません。彼らでは骸兵団の名を世に轟かせることはできなかった。私にはそう見えます。」

 「まあ、そうだな。」カストルは胸を張って答えた。「少なくともユリシスではない。弟もバカだ。兵団の事はすべて私がやっている。」

 「でしたら、もはや貴方が骸兵団の長だ。」トマヤはカストルを見上げながら熱弁を続けた。「ユシリス殿下など関係ない。カストル様が正しいと思う事をやるべきなのです。なぜ、貴方ほどの人が何故、彼らに甘んじているのか私には理解ができない。貴方のような本当の実力を持っているお方がその力をきちんと発揮しなくては骸兵団に未来はございませんぞ。」

 「確かに、奴らは先が見えていない。」蛮族兄はトマヤのよいしょを真に受けていった。嬉しそうな声色が混じった。

 「ならば、是非とも、兵団のためにも我々に協力をしてくださいませぬか?」トマヤは言った。「アリス王を打倒することはこの国のみならず、メザートのためにもなりましょう。ユリシス殿下が王にならなくても我々はカストル様との友好をお約束いたします。いえ、カストル様とこそ友好を契りたく存じます。」

 カストルは嬉しそうに鼻から息を噴き出して笑顔になり、トマヤにとんでもないことを告げた。

 「実は、すでに兵団を国境近くに待機させている。」

 なんだって!?

 「なんと慧眼な!!」トマヤも驚いて叫んだ。「でしたら何を悩むことがございましょう。是非とも私どもに協力くださいませ。」

 「ノルマンドは簡単に攻略できるような都市なのか?」カストルは用心深く訪ねた。

 「現在、ノルマンドの城壁は修復中にございます。簡単に落とせましょう。」

 「それに、ノルマンドは国境からかなり内地であったと記憶しているが?」

 「そこまで誰にも見つかることなく向かえる裏道があるのです。」トマヤは抜け目なく答えた。「森の中を通ることになりますが、もともと、王都の兵を気づかれないように国境に配置するために作られた道にございます。兵団を気づかれずにノルマンドまで移動させることは可能にございましょう。」

 「ほう!そんな道があるのか。」カストルが身を乗り出した。

 「はい、エラスティア北部の森の中を進む道にございます。」

 「なるほど。」カストルが考え始めた。

 「ノルマンドまでの骸兵団の糧食代くらいでしたら用意いたしましょう。」トマヤはここが押し時と考えたのか、何も言われていないのに条件を付け加えた。

 「よかろう!」ついに、カストルが前向きな返事をした。

 「本当ですか?」

 「かまわん。しかし、略奪の協力はなく金銭で払う事もできていたであろうに。」カストルは言った。「橙薔薇公もエラス候も支払いが渋い。」

 「!?」トマヤはカストルの口から『橙薔薇公』の言葉が出たので驚きの余り目を見開いた。

 「偉い貴族たちは人を頭ごなしに使うばかりだからな、相手が物を考えていることを考えられない。」カストルは言った。「軍板は互いに手を指すもんだ。俺たちだって考えて動いてるんだぜ?」

 「どうやって、橙薔薇公のことを・・・。」

 「そのくらいはな。」

 ユリシスがこっそり従者の後をつけて来たからって知ったら、ビビるだろうな。

 「で、その事を俺たちが知っているとどうなるか考えた事はあるか?」

 「え?いや・・・。」

 「橙薔薇のおばさんは最終的にユリシスを暗殺しようとしてたろ?」カストルはニヤリと笑った。「おまえも。」

 「・・・・・・。」

 「だから、全額後払い。」カストルはニヤニヤと笑った。「ユリシスがどう思ってるかなぁ。」

 「そ、その・・・。」トマヤはおろおろとしてまともな返事が返せない。

 いつの間にか会話の主導権は蛮族兄だ。

 「ユリシスはエラスを攻めるぞ。」

 言った!

 裏切った!!

 「えっ!?」驚きの声を上げるトマヤ。

 「こっちとしては、ユリシスが王都に向かってくれたほうが、王都から兵が引き出せるんで助かるんだがな。」

 「エラスが攻められるんですか?」

 「そりゃそうだろ?ユリシスが恨みがあるのは橙薔薇だ。」

 「ロッシフォール卿がそんな事許すと思えません・・・。」

 「いや、むしろロッシフォールが言い出したことだぞ?」カストルは呆れたように言った。「ユリシスはあの調子だから自分ではわざわざそんな面倒なアイデアは出さん。」

 「そんなバカな・・・。」トマヤが絶句した。

 「王都から援軍を要請しろ。できる限りたくさんだ。」突如、カストルがトマヤに向けて提案した。

 「は?」

 「骸は王都から兵が引っ張り出されたタイミングでノルマンドを襲う。そうすれば、ベルマリアはノルマンドに兵を向けなくてはならない。そして、援軍に出ていた王都の兵もすぐには引き返せない。その間に、手薄な王都を落としてやる。」

 「な、なんですと!?」

 「ユリシスはお前たちが倒せ。」カストルは言った。「アリス王とやらは俺たちが倒してやる。それで良いのだろう?」

 「も、もちろんでございます。我々としては申し分ございません。」

 「その代わり、きっちりとノルマンドも王都も略奪させてもらうからな。」カストルは言った。「後のことは好きにしろ。」

 「もちろんでございます。」トマヤが深々と頭を下げた。「略奪はカストル様の正当なる報酬でございます!」

 「ノルマンドまでの道案内は頼むぞ。ユリシスを倒すのは橙薔薇に任せる。多ければ4000を超える人数がユリシスのもとに集まるだろう。私は奴らを裏切る形になる。私のためにも負けないように頼むぞ。」カストルはまるでトマヤが自分の配下であるかのように命じた。「王都から援軍を引き出すのも失敗せぬように。」

 「ははぁっ!」トマヤが深く頭を下げた。「もちろんにございます。」

 「アリス女王は良い女だとも聞く。」カストルはニヤリと笑った。「いろいろと今から楽しみだな。」

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