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11-9a さいきんの国王ダイアリー

 アリスたちが待ちの姿勢を貫くと決めた頃。

 橙薔薇公の部屋にはトマヤとエラス候が集まっていた。

 ロッシフォールは相変わらず姿を見せていない。最初に見かけたとき以来顔を出していないようだ。

 「兵士が足りない!」橙薔薇公が叫んだ。「なんでこんなに集まらないのよ4000しか集まってないじゃない。」

 「それでもエラスの正規軍を合わせれば6000近くになります。」エラス候が言った。

 「エラスティア貴族の癖にアミールに協力できないっていうの?」橙薔薇公はエラス候のフォローを無視して憤慨し続けている。

 エラス候は何も答えない

 2万は集まるんじゃないかとか言ってたからな。半分にも満たない。

 ユリシスに持ってかれたのもあるけれど、そもそもの目算が甘かったのだろう。エラスティアの地方にアリスの悪口を言っている貴族が多いと言ったって、兵を起こしてまで盾突こうなんて言う貴族はほとんどいない。貴族たちの大半はアリスの世代になってから領地の税収と経済に関しては大きく躍進している。それを捨てるリスクなんてとるわけがない。

 自分の見かけた限りだと、兵を出すと約束した貴族たちもエラス候に言われたからしぶしぶ約束したに過ぎない。

 「まだ集まりそう?」

 「時間があれば可能かもしれませんが、王都のほうがそろそろこちらの動きを察知しています。」

 「心配いらないと伝えなさい。」橙薔薇公が言った。「兵なんて集められたら困るわ。」

 「御意。」エラス候は言った。「しかし、ユリシスの事はいつバレてもおかしくはありません。王都が兵を集め始めるのも時間の問題でしょう。」

 「そうね・・・。」橙薔薇公が眉間に皺を寄せた。「だから、早く兵を集めないと。」

 「ユリシスの討伐軍として兵を招集します。」トマヤが提案した。「それならば諸侯たちも王都への言い訳ができますので、リスクを恐れずに兵を出してくれましょうし、断りずらいはずです。」

 「それは良いアイデアね。」橙薔薇公が満足そうに鼻をならした。「実際、最終的にはそうなるんだし。」

 「情報統制をお願いします。ユリシス側に聞かれると心証が悪い。それに、こちらが大軍を持っていると知られると、向こうの動きが読めなくなります。トマヤは彼らを見張って必要なら情報操作を。陛下はロッシフォール卿にも念のためこの事をご連絡願います。」

 「分かったわ。」橙薔薇公は言った。「ところで、ユリシスのほうの軍はどうなっているの?」

 「向こうも3000くらいしか目途がたっていないようです。」

 「それはそれでダメなのよ。そんなんじゃジュリアスに簡単にやられてしまう。ロッシフォールもダメねぇ。」橙薔薇公は爪を噛みながら言った。「やっぱりメザートから軍隊を連れてきてもらわないと。」

 「骸兵団の運用資金と報酬の前払いを渡さない限り、動かすのは無理そうです。」トマヤが言った

 「忌々しい。兄妹そろって金に卑しいこと。」

 確かにそこは似てるわ。

 「このままじゃ、ユリシスが簡単にやられてお終いよ。」橙薔薇公は言った。「それどころか、他の4公を警戒させて時間を与えただけじゃない。」

 「ユリシス殿下も3000そこそこでは王都を攻め落とすことができない事くらい理解していると思います。十分な兵が集まるまでは動かないでしょう。」

 「蛮族で戦闘狂なんでしょ?ただ暴れたいだけって可能性だってあるわ。」橙薔薇公は言った。「兄妹そろって野蛮で吐き気がする。」

 そこも似てた。

 「だいたい、『骸骨』?そんな気味の悪い名前を自分たちの部下につけるなんて頭おかしいとしか思えないもの。」

 おおっ!

 あいつやっぱアリスの兄貴だ!

 「なんで、そんなのを招き入れたのか・・・。」エラス候が橙薔薇公に気づかれないように小さな声で呟いた。

 「・・・ノルマンドをあげちゃいましょう。」

 「は?」

 「ノルマンド伯はアリス王にこびへつらっているようだし、アミール政治の構想外の貴族だわ。ノルマンドの街の資産を前払いに当ててもらいましょ。」橙薔薇公はこれだとばかりに弾んだ声で言った。「ちょっと回り道になるけど、そこからなら王都への進軍途中に障害になる街が少ないから、王都が慌てて準備しても態勢が整う前に攻城が始められるわ。そこまでの運用資金くらいだったら出してもいいわ。今は何より王都が兵を集め始めるのが一番嫌だもの。」

 「ノルマンドもエラスティアの民ですよ?」エラス候が言った

 「別にいいじゃない。どうせ、メザート軍が迫ってきたら逃げるわよ。」橙薔薇公はしれっと答えた。本気で関心がない様子だ。「ユリシスたちに色々と情報を教えてあげて。あそこの城、東壁の工事って終わってたかしら?」

 「たしか、まだだったかと。」

 「ユリシスたちは乗ってくるでしょうか?」

 「ユリシスにつき従っているメザートのカストルという人間が使えます。」トマヤがニヤリと笑った。「おそらく彼はユリシスの保守的な作戦に反対です。利益が得られると分かれば間違いなく動きます。」

 「素敵。トマヤ、お願いよ。」

 「お任せください」トマヤが深く頭を下げた。「長い間、権謀術数を行ってきた人間には、陰気な人間のつけ込む隙が見えるのですよ。あのような蛮族など手のひらの上で綺麗に舞わせてみせましょう。」


 しかし、事態は橙薔薇公の思惑とは外れて進み始める。


 と、その前に。

 この間、蛮族兄に感染することに成功した。

 これで、ユリシスを簡単に追いかけられるようになった。ようやくいろいろな事に立ち回ることができる。

 あったかくなってきたので、少し蚊が出てきてくれたのが助けになった。

 【操作】で狙い撃ちして【血液感染】が可能なのだ。3人まとめて【感染】させたかったが、ユリシスに行く前に蛮族弟に潰された

 まだ、【感染】できたばかりなので、蛮族兄からの【感染】拡大はしばらく先になりそうだ。

 もっと自由に蚊を使えればいいのだが、去年【感染】した蚊はみんな死んでしまった。まずは今年生まれてくる蚊に【感染】をしないと始まらない。


 話を戻そう。

 橙薔薇公が動き出して数日後のお昼。

 例によって昼間っから人の居ない酒場に集まって話し合っているユリシスたちの話を【感染】成功できた蛮族兄から盗み聞く。

 今日はロッシフォールも参加していた。いいタイミングでの盗聴に成功したようだ。

 橙薔薇公の思惑から最初に外れたのは、そのロッシフォールだった。

 「ユリシス殿下。」ロッシフォールはユリシスに頭を下げて言った。「橙薔薇公とエラス候が我々に対し兵を集め始めました。」

 いきなりばらしやがった。

 これで確定した。

 ロッシフォールは橙薔薇公の味方ではない。

 ロッシフォールはエラス候の使いから先日の橙薔薇公たち3人の話し合いの内容を伝えられている。もちろん、エラス候が徴兵していることについては口止めされている。

 「知ってる。」ユリシスのほうも言われるまでもなく知っていたらしい。

 「これで、隠し立てはできなくなりました。」

 「お前たちの国は一枚岩ではないようだ。」ユリシスは言った。「アリスとエラスティアどころか、そのエラスティアの中ですらお前と橙薔薇が揉めている。」

 「お恥ずかしい限りです。」

 「気にするな。どこだって同じだ。」ユリシスは言った。

 「断っておきますが、妹殿下はこの件には関与しておりません。トマヤの述べるように父上を弑逆したりもしておりません。」

 「心配するな。アリスに恨みは無い。」

 ロッシフォールに安堵の表情が広がった。

 「ただし、この国にも興味はない。」

 ロッシフォールはユリシスの言葉の意味を計りかねたのか不思議そうな顔で返事を控えた。

 「橙薔薇には恨みがある。」

 「はい。あとは、エラス軍と事を起こすのみでございます。」ロッシフォールはこれには返事をした。

 「エラスティア内で大事が起きたとなれば、彼女とて内々に済ますことはできません。エラス候も橙薔薇公の一味も一網打尽とすることができましょう。」

 エラス候の軍とやりあう気か。

 それで、橙薔薇公を巻き込むつもりらしい。

 どうやら、ロッシフォールの狙いは橙薔薇公のようだ。これはありがたい。

 「ユリシス殿下には感謝の言葉が見つかりません。」

 「気にするな。お前はきちんと前金を払った。」

 ロッシフォールはその言葉に顔をしかめた。

 「お金を貰ったら仕事だからね。仕事はちゃんとやるって意味だよ。」蛮族弟がユリシスの言葉を説明した。

 たぶんロッシフォールが顔をしかめたのは、ユリシスのお金にがめついところがアリスと似てたからじゃないかな?

 「一応、我々とお前との契約は反アリス派の兵士を使って橙薔薇公の一味を陥れることだ。」蛮族兄は言った。「それ以上も以下も無い。そちらも理解しておくように。」

 「メザートの勇よ。貴君らの理解と協力にも感謝する。」ロッシフォールは蛮族兄弟にも頭を下げた。

 「我は別にメザートの民として、この仕事を受けている訳ではない。」蛮族兄が言った。「それに、私のほうがお前に理解を求めたのだ。」

 「無論、承知している。」ロッシフォールが蛮族兄に答えた。「これは契約だ。」

 「このまま行けば、お前もただではすまないのではないのか?」蛮族兄はロッシフォールに訊ねた。

 「覚悟の上だ。」

 「ふん。お前たちの国も大変だな。度重なる内乱、何度も兵が駆り出される。」蛮族兄がロッシフォールに問いかけた。「アリス王というのは橙薔薇の言うように無能なのではないのか?」

 「無能なのは、私だよ。」ロッシフォールは答えた。「だから、こんな事をしなくてはならんのだ。」

 ユリシスは興味なさそうに頬杖をついた。

 ユリシスたちも特に暴れまわりたいとかでは無いようだ。特にいっしょに居る二人の見た目が蛮族なだけに心配していたが、野蛮人という訳ではなかったようだ。

 むしろユリシス個人としても橙薔薇公の敵のようだ。

 『恨みがある』って言ってたし、ユリシス自身も橙薔薇公に狙われていたのかもしれない。

 とりあえず、こっちは安心だ。


 という、自分の思惑とも外れて事態は回る。


 今度はトマヤがユリシスにではなく、蛮族兄にこっそりと接触してきた。

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