11-8b さいきんの国王ダイアリー
一週間の時をおかずして、今度は王都の収穫祭だ。
まさかの収穫祭二連荘だ。
アリスは王都の収穫祭にも関与して盛り上げるつもりだ。
アリスは楽しいことで国民の財布から金を抜き取る気満々なのだ。
王都では今までも慣例的に収穫祭は催されていた。
だが、輸入小麦が市場を席巻するにしたがって、その意義が薄れ、規模は縮小されていた。
それをアリスは再び盛り上げたいと考えている。
例によって、アリスの挨拶は大盛況だった。
そつない(アリスにしては)挨拶だったが、王がわざわざ収穫祭の挨拶に来てくれることが今まで無かったので、民衆は一目アリスを見ようと会場につめかけていた。
彼らはこの後、色々なところに寄り道して何かしら買う事だろう。アリスの狙い通りだ。
「此度は店主たちが腕によりをかけたお料理や、珍しい多くの品物が出回っております。この祭りでしか出会えないものもたくさんあるかと思います。是非とも皆様、楽しんでくださいませ!!」アリスはそう言って挨拶を〆た。
アリスの言いたかった事はこれよ。
一言で言うと『無駄遣いせい』
アリスが集まった人間たちににこやかに手を振って舞台を降りると、真剣な顔をしたジュリアスが駆け寄ってきた。
「アリス、悪いがすぐ来れないか?」
「屋台の賞を決めないといけないからすぐは無理よ。」
そうそう。屋台の出店を集めるのと、祭りに来た人間たちへの宣伝のため、アリスは屋台の食べ物グランプリを開催しているのだ。
「それが終わったらすぐ来てくれ。」
「今、駆け込みでアキアから帰って来たばっかりなんだけど。」アリスは不服そうに言った。ぶっちゃけ結構体がしんどい。
「エラスティアで危急の事態のようなんだ。」ジュリアスは告げた。「あまり、後手を取りたくない。」
「仕方ない。分かったわ。」アリスは素直に答えたが。表情筋が嫌そうな表情をしていることを物語っていた。
「頼むよ。」そういうと、ジュリアスは兵士たちのほうへと駆けて行った。
さて、いつもなら、このまま祭りを楽しみに行くところのアリスだったが、さすがにアキアとの往復が疲れていたのと、王都の通りがあまりの人ごみだったのとで出歩くのを諦め、会場の裏に作られた待合所に入っていった。
さっきアリスが言っていたように、どのみちこの後、アリスは屋台のNo.1を決めないといけない。
アリスは選抜された屋台の料理をみんなの前で味見して、どれが美味しいかを決めないといけないのだ。
よく考えたら、アリスが回らなくても食べ物のほうがこっちに回ってくるのか。楽なシステムだ。
まあ、そうは言っても、アキアの野菜を売るために、アリスはそんな好きじゃないものを優勝させることだろう。こういう打算的なズルをアリスがしないわけがない。
ちなみに、ワーカーズギルドからジャガイモの屋台を出店する計画もあったが、今回は見送られた。現在ジャガイモは酒に回ってしまって品薄なのだ。
待合室に設置されたソファーにどしんと腰をかけたアリスだったが、しばらくするとお疲れを癒したかったのか、そのまま真横に倒れ込んでソファーにゴロンとした状態で落ち着いた。
と、アミールが待合室に入ってくると、アリスの前に小さな椅子を置いて座った。
「アミール、お祭りは良いの?」
アミールは王子だぞ?公爵や王族が祭りの中をほっつき歩くわけ無かろう。
「姉様の見張りだそうです。」アミールはニッコリと笑った。
「屋台とか美味しいから行ってくればいいのに。」
アミールは王子だぞ?公爵や王族が街の屋台のもんを食い歩くわけ無かろう。
「大会の料理を分けてもらいますよ。」
「アレ全部私のよ?」
「え゛っ? あれ全部食べるのですか?」アミールがぎょっとして声を上げる。
「? 当然じゃない。」アリスは転がったままの姿勢で答えた。「祭りの食べ物って美味しいのばかりなのよ。」
「あんなに食べたら身体壊しますよ?」
「じゃあ、ピーマンとセロリが入ってるのあったら、食べちゃっていいわよ。」
「姉様、王様なんだからいいかげん好き嫌いやめましょうよ。」
ほんとにな。
アリスはソファーに寝ころんだまま身体を起こす様子もない。
そう言えば、アミールとアリスが二人っきりなのって初めてな気がする。
「エラスティア公には慣れた?」アリスが訊ねた。
「それがなかなか。」アミールは答えた。「現地はエラス候に任せっきりですし、こちらでは存在感を出せてません。」
「そんなことは無いわよ。皆にとって貴方はとても大きな存在なのよ?だから私は貴方をエラスティア公にしたの。」
「ありがとうございます。でも買い被り過ぎです。私は姉様のように何かを良い方向に変えていける提案できていません。」
「この間も地方交通網の整備について提案したじゃない。」
交通網されると王都の技術が巡るので町村の発展が著しい。なので、あえて地方に交通網を伸ばそうみたいな提案だった気がする。正規の法案としてはアミールの初提案だ。
なんか、効率の良い馬車の幹線路の通し方までアミールはきっちり考え出していた。そこいらへん兄妹だ。
「あれは元々ロッシフォールの助言があってのものです。今思えばエラスティアへの利益誘導を狙った発言だったのかもしれません。」
「べつに、回るべきところに回るのだったらエラスティアの地方に利益が誘導されるのだって良いことよ。特に貴方はエラスティア公なんだから、エラスティアの利益を望むのは別におかしくないことだわ。」
「ミンドート公やアキア公は自領をきちんと発展させながら、ファブリカのためにもなっています。」
「そうね。エラスティア公もちゃんとできてると思うわよ。自信を持ちなさい。」
「私は国のために働らきたいのです。特定の貴族のためではありません。」アミールはうつむいて、アリスに訊ねられた訳でもないのに語りだした。「姉様は国民のために国があるとおっしゃいました。私もそうありたい。」
アリスが横になったままでアミールの顔をじっと見た。
下を向いていたアミールと視線は合わなかった。
「ロッシフォールは本当にファブリカの事を考えているのでしょうか?彼は何かにつけて変化に反対をします。」アミールは急に話題を変えた。「ロッシフォールは自分の保身ために働いていたのではないでしょうか?彼は自分の周りの貴族のことしか見ていない。姉様の働きぶりを見ていると、貴族たちは既得権を守るために姉様の邪魔をしているとすら思える時があります。」
聡い。
聡いが、アリスに毒されていないかどうかのほうが心配だ。
だって、ロッシフォールが邪魔しているっていうか、アリスの提案が常軌を逸してんねん。
たーぶーん、この件に関してはロッシフォールがアミールに言ったことのほうが正しいに違いない。
アリスにとっての害意の有無は別として、ロッシフォールが常識を逸脱した事をアミールに教えるとは思えない。
「彼は民を良くするために、領主たちを見ているの。」アリスは静かに言った。「国に尽くしているのは間違いない。やり方が違うのよ。彼は間接的に国民をみているのよ。」
「それは本当に民を見ていることになるのでしょうか?」アミールはアリスをじっと見て質問した。「姉様は直接民を見て、対話して、彼らのことを理解したうえでこの国を良くしようとしている。それこそが民のために王のあるべき姿なのではないですか?」
「でも、全員を見ることはできないわ。」アリスは答えた。「それで良く怒られるもん。」
「そうだとしても、ロッシフォールは今まで、ただ、問題が起こさないためだけに貴族たちをまとめていたように思えてしまいます。」アミールは言った。「ワルキアたちのことも本当はもっと早くに何とかしておくべきでした。」
「問題が起こさないのだってすごいことよ。彼が居たおかげで、アキアが耐え忍んで来れたのは事実なのよ。紫薔薇公と呼ばれた人物がそうしたんだからその時はそうするしかなかったのよ。彼を信じてあげなさい。」
アリスさん、ロッシフォールの事めっちゃ推してますけど、そのロッシさんなんか暗躍してますよ?
あと、どの口が『ロッシフォールを信じろ』とか言うのか。
「しかし、姉様を貶めようとする人たちがエラスティアに多く居ることをロッシフォールは知っていますが、それにも関わらず長らく放置しています。」アミールは言った。「今からでもエラスティアの反王国派だけでもきちんと取締るべきではないでしょうか?何かが起こってしまえばそれはこの国に打撃を与えることになります。」
「それでもダメよ。」アリスはようやっと身を起こした。そして、アミールを見つめて言った。「彼らだって私の国民なのよ。そして国民のために私がある。私に都合の良い国民だけを選定するなんてことはやってはいけない。」
「しかし、彼らの意志はただのやっかみと虚飾です。保身かもしれない。そのいずれも国のためにはならない。」
「それでもよ。」アリスは答えた。「それでも簡単に切り捨ててはいけない。大丈夫。みんな変われるわ。だって、私、たくさん見て来たもの。」
「姉様。武は必要なのです。大丈夫です。私は覚悟はできております。」
意外とアミールは強硬派だ。
「そうね、でもそれは最後の手段よ。」アリスは言った。「私にとっては彼らも国民だから共に幸せになれることを望むわ。」
アリスはそういうが、アミールの言っていることも良く分かる。
たぶん、この世界はアリスが普段見ているより、もっとヤバい世界なんだ。
短期間で盗賊が500人近く集まったり、ワルキアたちに従って平気で村を焼ける兵士が大勢居たりする。アリス自身だって何度も襲われている。
自分はアリスをトラブルメーカー扱いしてるけど本当はそうじゃない。
アリスの周りだけ固く平和に守られていて、その外側の当たり前の世界にアリスがちょっかいを出しに行っているだけなのだ。
そして、その外の世界での一番の理は『力』なのだ。
アリスはそれを知っていて、少女ながらに『力』を求め、蓄えてきたのだろう。まあ、普通ここまではならんと思うが。
アリス自身もアミールの言う『武による解決』がどうしても必要な事は理解しているはずだ。
それでも、アリスは王として国民に武力を使わない方法を選択したいのだ。
たぶんそれは、アミールが感じているように甘い考えなのだろう。
だがな、アミールよ。
こればっかりはアリスの言う通りだ。
君の考えている方法は君自身が望まない結果を生むだろう。
だってさ。
反アリス派を率いている橙薔薇公って、君の母ちゃんなんだぜ?




