11-8a さいきんの国王ダイアリー
「どういうことなの?」ロッシフォールがユリシスのために兵を集めているらしいという情報を聞いた橙薔薇公が爪を噛んだ。
エラス候と橙薔薇公が情報のすり合わせをしていた。エラス候がトマヤからの情報を橙薔薇公に報告していた。
「兵団は来てくれないの?」
「前金がないと兵は動かさないということらしいです。」エラス候は答えた。
「略奪への協力だけでも仕事は受けてくれるって聞いたのに・・・。当てにならないわね。」橙薔薇公は口をへの字にして顔をしかめた。「で、ユリシスは帰っちゃったの?」
「それが、仕事自体は受けると言っているそうです。」
「えっ?兵も無しでどうするつもりなのよ。」
「兵はファブリカ内で集めると申しているらしいのです。」
「どうやって?」
「トマヤからの情報によりますと、ロッシフォール卿が集めた兵士たちをユリシスに与えているようなのです。」
「何故?何故、ロッシフォールが?」橙薔薇公がパニック気味に訊ねた。「ロッシフォール卿は何をしているの?」
「私にも分かりかねますが、ロッシフォール卿からは心配ないとの連絡を受けております。」エラス候は言った。「ユリシスに組した兵は反アリス王派閥の貴族たちから集められているそうで、王都を攻めるための兵を集めるという目的自体は順調に達せられているとのことです。」
「でも、ユリシスに上げちゃったらダメじゃないの。最後にはユリシスかアリスの残ったほうを倒さないといけないのよ?私たちの自由になる兵士が少なくなっちゃうのは困るわ。」橙薔薇公が眉をひそめた。「ロッシフォールにはそんな事も分からないのかしら?」
「もしかしたら、ロッシフォールはユリシス殿下に取り入ったのではないでしょうか?」
「どういう事?」
「トマヤの情報では、ユリシス殿下は王になりたくないと言っていると聞いております。」エラス候は言った。「王城を落として王になった暁には王座はアミール殿下に譲ると言っているらしいです。」
「それは、立場をわきまえた素晴らしい意見ね!」
「ロッシフォール卿はそれを聞いて、ユリシス様の兵を集める協力をなさっているのかもしれません。」
「なるほど。確かに、ユリシスにそのまま城を落として貰って、アミールに譲ってもらうほうが楽。そのほうが全然良いわ。」橙薔薇公は嬉しそうにパチリと指を鳴らした。
「しかし、陛下。ユリシスがそう言ってロッシフォールを欺いている可能性もございます。」
橙薔薇公は一気に不機嫌になってエラス候を睨んだ。
「王都を落とすだけ落として、アミール殿下に王位を譲らないかもしれません。」エラス候は言った。「最悪に備えることは必要ですよ。陛下。」
「私たちが最大戦力を保持していればいいのよ。」少し考えてから橙薔薇公は言った。「私たちが兵を集めればその分ユリシスの兵が減るわ。貴方は急いで各領を説得して募兵への協力の約束を取り付けなさい。ロッシフォールよりも多くの兵を集めるのよ。ユリシスの徴兵の邪魔までする必要は無いわ。彼らにも兵は必要だもの。彼らが城を落としてアミールに譲位するなら良し。そうでなければ各公領と連携してユリシスを討ちましょう。ユリシスが王位を簒奪したとなったら他の公領も協力してくれるはずよ。」
橙薔薇公がせわしなく陰謀を巡らせている一方で、アリスサイドは相変わらず呑気だ。
呑気とは言っても暇な訳ではない。むしろ激務だ。
アリスは久しぶりにダクスの街へとやって来ていた。4泊5日の弾丸ライナーで王城から駆けつけた。
ケネスの穴あきクッションの改良版が出ていなかったらヤバかった。
アリスはここに収穫祭のMCにやって来たのだ。
アリスは、しばらく行われていなかったアキアの収穫祭を復活させた。
春小麦が出切り、豆の植え付けが終わったところで村人たちは少しだけ手が空く。
そのタイミングを狙って大きな収穫祭を開催して街を盛り上げようというのだ。
祭りで儲かれば市民はウハウハ、その売り上げから税金という形でお金を徴収するアリスもウハウハ。つまりは農民たちが農業で小銭を得たのでそれを遠回しに回収しようというのが収穫祭の目的だ。
企画会議で今言った通りにアリスは口走っていた。
収穫祭だけではない。ベルマリアでは牧畜祭を、エラスティアでは商業祭を、ミンドートでは工業祭を、モブートでは海開きを開催しようと企てている。最後だけ若干毛色が違う気もするが、アリスは海開きを観光業と併せた大きなイベントと考えているらしく、これが一番の肝入りだったりする。
アリスはダクスの商店街の真ん中にある広場に建てられた小さな円形の演台の上に立ち、アキアの市民に向けて挨拶をし、収穫祭の開催を宣言した。
市民たちはアリスが再びアキアに戻って来た事に、そして、王がわざわざアキアまで出向いて収穫祭の宣言をしてくれた事に歓喜の声を上げた。
アリスは湧き上がる聴衆に手を振りながら舞台を降りると、バックヤードでアリスのことを待っていたスラファとシェリアとキャロルと合流した。
そして、久しぶりに4人で祭りの街を歩いた。
4人で街を歩き回るのはアリスにとって二度目だったし、祭りに参加するのも二度目のことだった。
アリスもみんなも、とても幸せそうだった。
ダクスは以前来た時と見違えるほどに賑わいでいた。
通りの店舗はすべてうまり、その前には祭りに合わせての露店が並んでいる。王都と違って人口の少ないダクスだが、周辺からも人が集まって来ているのかメインストリートは人でごった返していた。
アリスたちは他の市民たちと同じように露店で遊んだり、怪しげな食べものを買ったりした。そして、買った食べ物を分け合いながらにぎやかな通りをまるで市民であるかのように歩いた。
アリスは以前ダクスを徘徊していた時に知り合った人間たちに手を振られる度に手を振り返しながら、久しぶりに会った友人たちとのひとときを楽しんだ。
「いっしょに祝いたかったなあ。」アリスは言った。
「まあ、家同士の話だからね。」シェリアが答えた。
アリスが言っているのはシェリアの結婚の事だ。
シェリアは先日結婚した。
「家以外の人も参加できればいいのに。」
「アリスン王様だから出席したら色々大変な事になっちゃうんよ、みんながいろいろと勘ぐっちゃうわ。」スラファが言った。
スラファはアキアの経済が順調に回ってきたのでクラウスの領地に戻っていたが、この収穫祭の開催に合わせ農業改革の成果をまとめに戻って来ていた。そのまとめをエラスティアやモブートの農業の構造改革に役立てたいのだそうだ。確か、クラウスの領地がエラスティアだった気がする。
「でも、アミールとかの誕生パーティーにはみんな参加するわよ?」
「それは社交界のパーティーだもの。」
「そうだ!誕生日みたいに結婚式のパーティーも社交界でやれば良いんだわ。」アリスがニッコリ笑って胸の前で手を叩いた。「そうすれば、みんな喜んでお金使うと思うのよね。」
お金かよ。
「アリスン。家同士の大事なイベントにそういうの良くないでしょ。」スラファがアリスを嗜めた。
「それに必ずしも、幸せでない場合もあるの。」キャロルが少し心配そうにシェリアを見た。
キャロルは父親の反対を押し切って(物理)結婚した。相手のキングはキャロルの幼いころの思い人だったようだ。ペストリー家の出入りの商人の息子だったらしい。アリスがたまたま驚きの地を提案した事で、二人は再びめぐり合いそして結婚した。
平民と貴族との結婚だった訳だから、家同士のお祝いみたいなものは無かったようだ。
家庭内パワーバランスはキャロルが圧倒的に上だ。今もキャロルが仕事を全部旦那に押し付けてアリスと遊んでいる。
一方のシェリアは家同士の紹介で決まったお見合い結婚だ。
「シェリアは幸せなの?」アリスは訊きにくいことを臆面もなく訊ねた。
「うーん。たぶん。」シェリアは少しだけはにかんで答えた。「大事にしてくれるし。可愛いの。」
アリスはシェリアが恥ずかしそうに赤くなったのを見て嬉しそうに笑った。
「あ、マスター!」と、シェリアが一つの露店を見て叫んだ。
シェリアの指差した先にはアキアにアリスがいた時に通っていた酒場のマスターが鉄板で何かを作っていた。
「オウムの・・・陛下!お久しぶりです。」アリスたちが寄ってきたのを見てマスターが慌てて頭を下げた。
「久しぶり。」アリスは気軽にマスターに声をかけた。「調子はどう?」
「いや、陛下のおかげで町にも活気が戻って来たし、おかげ様で大繁盛でございます。」マスターはアリスの調子には乗らずに丁寧に答えた。しかし、それでも言葉の節々に嬉しそうな気持ちがにじみ出ていた。「今度ネイベルに二号店を出すことも決まりました。ネイベルも盛り上げて見せますよ!」
「心強いわ!」アリスはニッカリと笑った。「それより、何作ってんの?」
「鉄板焼きです。」マスターは答えた。「焼きトマトもありますよ。」
「野菜以外ある?」
収穫祭なんだけど?
「一応、肉も置いてますよ。」マスターは苦笑いしながら言った。「そうだ!新作の豆の肉巻きを食べてみてくださいな。全員分おごりますんで。グラディスちゃんの料理に負けないくらいの自信作なんですよ。」
「ちゃんとはお金払うわよ。」アリスは言った。「いま、それなりにお金持ちだから。」
金持ちっていうか、王って言えよ。
「へい、毎度です!」
マスターは嬉しそうに言うと、餅みたいなのにバラ肉の巻かれた四角い固まりをいくつも取り出して焼き始めた。
鉄板の熱い音と肉の焼ける香りがただよう。
王様がいい匂いが露店に話し始めたので、道行く人が足を止め様子を見るように人垣ができ始めた。
マスターは焼いた肉を串に刺して、アリスたちに一本づつ渡した。
「ありがとう。」
「アリスちゃん、これ美味しい!!」シェリアが声を上げた。
アリスも一口食べる。
おお!!
これ、巻かれてるの高野豆腐だ!!
「おいしい!!」アリスも叫んだ。「中のやつもお肉じゃないのにお肉の味がする。」
高野豆腐にしみ込ませてあったスープが染み出てきて肉の味となじむ。
これ美味い!前世で知ってたら絶対作ったのに。
王様がめちゃくちゃ美味そうに食べるものだから、周りの人垣たちがそわそわし始める。マスターの露店にすぐにでも並びたいのだが、アリスたちが店の前に居るので恐れ多くて近づくことができない様子。
気づいたスラファがアリスをつついた。
「マスター、美味しいわ!またぜったいに食べに来るから!」アリスも周りの様子に気づいて、マスターに声をかけた。
「毎度!いつでも寄ってください。」マスターは言った。「心よりお待ちしています。」
アリスは後ろを離れてついてきている兵士にお金を払うよう合図をすると、マスターに手を振ってその場を離れた。
「本当においしいんよ、これ。」スラファが歩きながら高野豆腐の肉巻きを一つ串から食べた。「アキアでこんな美味しい物が食べれるようになると思わなかったの。」
「うん。それにみんなとっても幸せそうなの。」キャロルは辺りを見渡しながら感慨深気に言った。「なんか、とても嬉しいのよ・・・。」
アリスも人だかりの商店街を見渡した。
二人の言う通り、騒がしい街は皆、笑顔だった。
さて、祭りの話はまだ続く。
アリスは馬車を極限まで走らせて、今度は5日後の王都の収穫祭に参加するのだ。




