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11-6b さいきんの国王ダイアリー

 アリスが即位してから半年が経った。

 今日は、ひと段落ついた王国の塩梅について公爵5人とケネス、アリスでの反省会が行われていた。


 各公領で農業の業態変化はかなり成功した。

「ベルマリアは仕掛けていた綿花栽培と牧畜へのシフトが上手くいっており、堅調に豊かになってきています。」最初はジュリアスの報告だ。「陛下の服飾業へのテコ入れの案を受け入れ、紡績にも着手しました。さすがに紡績についてはまだ先ですが、時間があればきちんとした産業として興せる手ごたえはあります。期待していてください。」

 頼もしい。

「次は私だな。」ミンドート公は嬉しそうに言った。「ミンドートは砂糖の生産が上手く立ち上がり、アキアへの鉱工業のおかげでかつてない好景気だ。果物の栽培も順調で近年中には出荷されるだろう。工業分野もアキアの好景気と投資を受けて伸びており、技術者も育っている。」

「アキアは小麦の生産を縮小し、利益率の高い野菜の生産を増やしました。」今度はアキア公が続いた。「そのための投資が行われたため、過渡期である今期もやや赤字です。野菜の収穫がまだ先の領地では手元に金が無い状態の貴族が出ているのが難点でございますな。まあ、陛下の命じた醸造所の立ち上がりも順調ですし、野菜が出回れば儲けは大きい。すぐに回収できるでしょう。」

「資金ショートするから、ギリギリまでは使うなって言わなかったっけ?」アリスがアキア公を睨んだ。

「行ける時は行きませんと。」アキア公はアリスの視線など気にする様子もない。「今は農業そのものだけでなく、それに付随した食品産業とでもいうのでしょうか、醸造や加工、調理などの職種が育っています。ここを逃す手はありません。」

「農民たちの再就職はどう?」

「問題ありません。ほぼ解決です。」アキア公は言った。「観光業や加工、醸造などのアキア内での仕事にありつけなかった者は多数いるのですが、彼らは皆、職を求めてミンドート領に向かいました。」

「それ?いいの?」アリスが少し眉をひそめた。「その・・・アキアにとってもミンドートにとっても。」

「私としては問題ない。」ミンドート公が答えた。「鉱工業が盛り上がっていて今でも人手が足りん。領民が増え税を納めてくれるのであれば願ったりだ。」

「私達のほうも問題ありませんな。」アキア公も言った。「殿下の改革で農業は土地の広さが勝負と知りました。アキアを農業の土地とするならば領民が減るのは必ずしもマイナスではないのです。本当はアキア内で工業を起こせればいいのでしょうが、それはこれからでしょうな。」

「領民の流動は国として考えた場合は悪い事ではありません。」ケネスが口を挟んできた。「領民の効率的な再配置が行われたと考えれば良いのです。」

「・・・・・・。」

 アリスはケネスをじっと見たまま黙りこんだ。

「ど、どうしました?」ケネスがたじろぎながら言った。「何か言いたい事でも?」

「一応、空気読んで止めとく。」

「気持ち悪いですね。」ケネスは不可思議なものを見るような目でアリスを眺めた。こいつホント失礼だな。「ここでだけだったら良いですよ?」

「超文句言うでしょ?」

「この場だけの話なら言いませんよ。」

「うーん。」ケネスに促されてちょっと悩んだアリスはとんでもないことを口にした。「貴族たちも流動的にするべきなんじゃない。辞めてもらったり、移勤してもらったり。」

「なっ。」ミンドート公が目玉を丸くしていった。「なんてことを言うか!」

「ほら、怒った。」

「貴族とは伝統と格式を継いだものです。」モブート公も言った。「本来カラパス卿のような移動や、領土の割譲などとはあってはならないことなのですよ。」

「だいたい、そんな事を言われて領主が『ハイそうですか』と辞めたりするわけ無いだろう。」

「そりゃ、解ってるんだけどさ、」アリスは口を尖らせた。「国民の移動が最適化だというのなら、国全体に利する国民の移動は国が率先して行うべきだと思うのよね。でも、領主が居たらそうはならない。」

「というと?」

「だって、領主からしたら領民が居なくなったらやでしょ?」アリスは言った。「税収へっちゃうし領土も衰退するし。だとしたら、領主は領民が出て行かないような事をする訳じゃん?それは国に対して利する行為じゃないわけよ。」

 そういや、ワルキアたちも農民たちの引っ越しを禁じたな。

「かといって、私が無理やり領民を移動したりすると、誰もいない広い領土で税収も無くなっちゃう領主が可哀そうじゃない。」アリスは続けた。「それに領民が居ないのにその領主が伯爵や侯爵の権力を維持してるのも変なわけよ。」

「そりゃ、極論を言えばそうだけど、そうならないように領主が頑張るんじゃないのかな?」と、ジュリアス。

「その努力すら最適な国民の再配置を阻害する行為に当たってしまうのではないでしょうか?適性のない場所で無理やり産業が起こる可能性がある。」そういったのは今まで黙って聞いていたエラスティア公アミールだ。「これは大事で、難しい問題なのかもしれないです。」

「今までこの国の発展が遅かったのって、各領土ごとに技術やノウハウを独占して、それが他の所に回らなかった事にも原因はあると思うのよ。」アリスは言った。「例えば最初っからアキアの農民たちを半分ミンドートに連れて行って鉱工業の職につけていれば、私が改革なんてしなくってもアキアの問題は解決していたんじゃないかしら?」

「なるほど、アキアの困窮は国民の配置が間違っていたせいであると。」アキア公が言った。

「国民の有効活用という面からだけ見ればね。」アリスは言った。「でも、アキア公も以前の状態で領民を半分ミンドートに渡せなんて言われたら応じたか解んないでしょ?」

「確かにそうですかな。普通は税収が減ります故。」アキア公は考えながら言った。「今は、私の領土に対して良い結果がついて来るのが解っているから、ミンドートに領民が逃げるのを容認しているとも言えますからな。」

「ミンドート公だって、仕事も無いのに領民を受け入れたりしなかったでしょ?」

「当然だ。」

「だとしたら、領土に縛られる貴族という存在は国民の再配置の意味合いからは邪魔なのよ。」

「貴族という制度自体に石を投げてきますか。」と、モブート公が呆れたように言った。

「貴族社会が崩壊するぞ。」ミンドート公も思わず呟いた。

「やっぱ、貴族制ってどっかで廃止したほうが良いのかしらね?」

「うおい!」

「勘弁してくれ!」

「そんなことはしないから大丈夫よ。今、貴族が居なくなったら、誰が各領地を収めるのよ。」アリスは慌てだした公爵たちをなだめるように言った。「領主たちの自治がこの国を繋いでいることくらい重々承知よ。」

「『今』って言いました?」モブート公がアリスをまじまじと見つめた。

「耳年増なのかしら?」

「貴族制度をいじくろうなんて後々でもダメだぞ?」

「そんなことをしたらなにが起こるか分かったもんじゃない。」

「それこそ、この間の反乱レベルじゃすみません。」

 公爵たちが総出で反対する。

「革命が起こるぞ、ギロチンだ、ギロチン。」ミンドート公が隣に居たアリスの首元を掻っ切る動作を繰り返した。

「陛下、貴族制度に手を付けないと約束しておきなさい。でないと皆、不安でしょうがないようですよ。」アキア公は苦笑いの様子でアリスに促した。

「うむ。じゃあ、次モブート領の報告ね。」

「「「うぉい。」」」

「約束せんつもりか!」

「分かったわよ、うるさいわね。」

 アリスがようやく同意の意志を示したので皆がホッとした表情になった。

「やるときは皆に相談してからにする。」

「やんのかい!」ミンドート公が思わず突っ込んだ。

「・・・。」ケネスが頭を抱えた。

「そりゃ、必要になったらやるわよ。」

「それでも、とりあえず約束しておけばいいのに・・・。」アキア公が深いため息をついた。


 貴族制度についての脱線は、アリスが何かする前に相談すると約束したので、みんな渋々ながら本線に戻ってきた。

 続いてモブート公とアミールが自公領について報告した。

 モブート領の端には実は海があり、その海産物用の輸送網がアキアの馬車システムを模倣して構築された。これによって今ままでは、価格を気にせず氷を使える貴族しか食べれなかった塩漬けではない魚が王都にも一部普及し始めた。

 未だ魚は高級品で出荷量も少ないが、いずれは氷自体を大量に生産して販売する事を考えているらしい。

 エラスティアは他の公領に比べてやや出遅れているものの、それでもかなりの好景気だった。ただ、好景気に押されて目立っていないが農業は必ずしも利益を上げておらず、対応が遅れている旨をアミールは正直に報告した。

「現在、エラスティアで特産になりそうな物や、新たな産業として捻出できそうな物を探しています。基本的にはメザートとの輸入販路で栄えてきた公領ですので、そこを生かして何かの輸入や逆に何かを輸出する事で新たな商業を作り出せないか模索しています。」アミールはそう言って頭を下げた。「私の頭だけで解決できる問題とは思えません。もしよろしければ皆様のお知恵を拝借したく存じます。」

 相変わらず、なんと素直で良い子か。

 勝手に先走ってどっかに行ってしまうアリスに爪の垢を注ぎ込んでやりたい。

「そうね、アイデアだけなら渡すことができるかもしれない。後で考えてまとめてみる。」アリスは答えた。「でも、それが正しいかどうかは貴方の公領の貴族たちと相談して決めなさい。」

「ありがとうございます。陛下。」アミールは頭を下げた。

「私たちも助力します。」ジュリアスがアミールを気遣って協力を申し出た。

「皆は自分たちの領地で欲しい物や足りない物についても教えてあげて。困りごとでも良いわ。」アリスは言った。「それがアミールの商売のニーズになるはずよ。」

「商売ってな・・・。」ミンドート公がアリスの言葉の選択に顔をしかめた。

「でも、そう言う事でしょ。」アリスはあっけらかんと言った。「エラスティアは他の公領ができなくて困っている何かをする。そうじゃないと互いに食いつぶすことになっちゃうわ。」

「まあ、確かにそうですね。」モブート公が同意した。

「とりあえず、陛下のおかげで国の経済は順調に回っとるからな。」ミンドート公は反対しているわけではないことをアピールするかのように両手を広げた。「うちの諸侯たちに色々と訊いてみよう。」

「助かります。」アミールが頭を下げた。

「きっとうまくいきますよ。」アキア公が言った。「お金の巡りを良くすることに関しては陛下はアキアの地に降り立った時からずっと完ぺきにこなしておりますからね。」

「そうでしょ?」アリスはお金のことで褒められたのでとても嬉しそうだ。

「国の経済面については完璧です。」ケネスも乗った。「国庫も近くに回復する目途も経ちましたし、なにより国民の経済サイクルが良質な生活水準で行われているのが良いですね。」

「んふ!」アリスは得意満面だ。

「増長しない。」ケネスがアリスを叱咤した。「完璧なのは経済面だけですからね。」

「外交がなぁ・・・。」ジュリアスが頭を抱えながらゆっくりとうずくまった。

 ジュリアス以外の公爵たちも、彼の行動に引きずられるように頭を抱えた。

 彼らはこの間のアリスのメザート使者へのアリスの仕打ちを思い出して大きなため息をついた。

 


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