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11-6a さいきんの国王ダイアリー

 エラスでの陰謀編は展開があるまで後回し。王都の日常編のほうで大きな出来事があった。

 アリスの元に吉報が届いた。

 それは自分にとっても吉報だった。


 ノワルでついに酒の醸造に成功したのだ!


 カンパとキーノがノワルのジャガイモを使って一山当てようと頑張ってきたあれだ。

 これでついに、遠く世界の向こうの日本の味、芋焼酎が飲めるのだ!

 というわけで、アリスはノワルのジャガイモで作った初出しのお酒の試飲に招待された。酒が嫌いなアリスだったが、お金は好きだったので、公務の間をぬってノワルの片隅に作られた醸造所にやってきた。

 国王になったとは言え、元々アリスが出資して始めた事業だ。成功すればアリスの懐にも金が入る。それにアリスは作物の高付加価値な売り方の一つとしてアキア各所に醸造所の建築を命じたお酒売買の総元締めでもある。酒が嫌いだからって行かないわけにはいかない。

 まあ、芋焼酎が飲めるのでたとえアリスが行かなかったとしても自分は行ったが。

 相変わらず常識と危機感の薄いアリスは、カルパニアと二人でお散歩気分で醸造所にやってきた。誰もお付きはいない。

 その代わりと言ってはなんだが、アルトがアリスが来るよりも先に醸造所にやって来ていた。

「やあ、アリス君。」アルトはすでにグラスを片手にしている。酔っているのか酔ってないのかは判別できない。相変わらず顔色の分かりにくい男だ。

「何で居んのよ。」アリスが不愉快そうに言った。さすがにいきなりそれはちょっと可哀そうだ。

「一応、グルメ担当じゃなかったかな?」アルトは胸を張って言った。「お芋のお酒を作るのにも協力しているのですぞ。」

「まじか。ありがとうございます。」アリスはいきなり低姿勢に頭を下げた。そして、続けて言った。「ねえねえ、今回のお酒って、お酒弱い人にも飲めるようなお酒?甘いお菓子に合う?」

 焼酎だからなぁ。甘いものには合わんと思うけどなぁ。羊羹とかならともかく、ケーキとかは合わんだろう。

「さすがに、今の時点ではYesとは言い難いけれど、期待してていいよ。」アルトは言った。「天才の私が考えたちょっと面白いお酒があるんだ。」

「おお。」アリスは期待のまなざしでアルトを見た。「どんなの?どんなの?」

「後で出てくるから、是非期待してくれたまえ!」アルトがどんと胸を叩いた。

 うーん。なんか信用ならん。

 奥からカンパとキーノが出てきた。

「お頭!ご無沙汰です。」と、確かこっちがキーノ。

「ついに飲めるレベルの酒が出来やした!」なのでこっちがカンパ。

「やったじゃん!」アリスが嬉しそうに言った。「飲みたい!!」

「はい、是非!」

「ちょっと奥から、取ってきやす。」カンパはそう言って再び奥に引っ込んで行った。

 てか、ちょっと待て。

 よく考えたらアリスが焼酎を飲むのか?

 だ、大丈夫だろうか?

 アリスって案外、気持ちの内側が安定してないからな。怒り狂って気に入らない人間をボコボコにしたり、落ち込みすぎてヘラクレス殺しかけたりするような女子だ。

 酒によって抑圧されたストレスが解放されて大立ち回りとかしようものなら、王の立場でももみ消せないレベルの災害を引き起こす可能性がある。

 だって、中身張飛だし。

 何かやらかしてジュリアス辺りに成敗されてもおかしくない。


 ・・・。


 ま、いっか。

 アリスがやらかすのはいつものことだ。

 そんなことより芋焼酎だ!芋焼酎!!

 まさか、こんな中世テイストな世界観の中、焼酎が飲めることになるなんて。

 カンパがお盆の上に液体の入ったグラスを二つ乗せてアリスたちの元へと戻って来た。

「どうぞ!試してみてください。」彼はアリスとカルパニアにグラスを配ると自信満々に言った。

 アリスはグラスの中のやや黄色がかった液体を光にすかすと、意を決したようにグラスから一口呑み込んだ。

 ゴクリ。


 NOoooooooooooooッ!!


 まずいっ!

 芋焼酎嫌いの皆が苦手とする風味だけを残して、甘味とかコクとかまろやかさを全部取っ払ったような味だ。

 そして、エタノール感がすげぇ。これ、アルコール何度あるんだ!?

「まずい!!」アリスが素直に感想を述べた。「クソまずい。」

 言葉にするのは止めようよ。

 一応、このお酒、カンパとキーノの肝入りだよ?友達無くすよ?

「申し訳ないっす、頭領。」カンパはアリスの正直な暴言にも真摯に頭を下げた。「でも、とにかく濃い酒が飲みたいって野郎どもにはすこぶる評判が良いんですよ。だから、売り上げのほうは心配しないでくだせえ。」

「蒸留という作業を繰り返して、強い酒にしたんすよ。」キーノが自信満々で答えた。「そうすることで芋臭さを抜いて、他にはない強烈なお酒に仕上げたんす。」

「信じらんない・・・。」アリスはグラスの中の透明な液体を睨みつけた。

 何故、ここまで濃くしたし。

 せめて焼酎のとこのアルコール度数で止めといてくれよ。

 よほど強い酒が好きじゃないと飲めんぞ。これ。

 ん?

 ちょっとまて、ここまでまずくないが、こんな感じのひたすらエタノール感ばっか強い感じの酒を前世で飲んだことあったような?

 これ、ウォッカだ!!

 あれ?

 ひょっとして芋焼酎ってサツマイモじゃなくてジャガイモで作るとウォッカになったりするのか?

「まあ、私、そもそもお酒嫌いだしね。大枚が手にできるのなら何でもよろしくてよ。」アリスはそう言って、目の前のグラスに再び口をつけた。

 もっと言い方ないんか。

 てか、まずいって言ったのにグビグビいくのね。一応、アリスなりに気は使っているのだろうか。

「まずいわねぇ。」

 まずいとは言うのな。

 焼酎ではないと理解して飲めば飲めないこともない。ウォッカ的な酒と思って飲めば、美味しくはないにしてもありかなとは思える。

 でも焼酎が良かったよ・・・。焼酎はアキアの麦でだってできるんだぜ?

「アリス君は甘いのが好きだからね。」口を挟んで来たのはアルトだった。

 アルトもグラスを片手にちびちびとやっている。こんな強い酒飲んでるマッチョは見たことない。てか、もはやお前医者としての面影が欠片もないな。

「例の甘いお芋についての栽培が割とうまくいきそうなんだ。」アルトは言った。「それができたら、今度はそれでお酒を作ってみようとカンパ君たちと相談していてね、ちょっと飲みやすくなると思うよ。」

 甘い芋ってサツマイモだよな!?

「酒精もこれよりは少し抑えて女性でも飲みやすくしてみるつもりだ。」アルトは続けた。「それなら、きっとアリス君にも美味いと言ってもらえるようなまろやかなお酒ができるんじゃないかと睨んでいるんだ。」

 それよ!それそれ!!

 アルト様!あなたが神です!

 医者とかもういいのでグルメ担当として邁進してください!

「期待していますわ。このままでは私のお口にはいささか激情が鮮烈過ぎますもの。」アリスはニッコリほほ笑みながら、おしとやかに口元をグラスを持っていないほうの手で隠した。

 なんだ、そのグルメレポート。

「わたくしの事などお気になさらず、皆様が美味しいと思うお酒をお造りになられるべきですわ。」

 なんで急にかまととぶった受け答えし始めたん?

「頭領・・・もしかして酔ってます?」キーノが遠慮がちに訊ねた。

 え?

 これ、酔ってるの?

「酔ってなどおりませんわ。」アリスは明朗に答えてから、もう一口お酒を口にした。「お酒はたしなむ程度にすると決めておりますもの。」

 酔ってんな、これ。

「お酒を飲み過ぎると、臓物の大還元祭で酸と腐臭の地獄沼になってしまいますのよ。」

 な、なんだそれ?

 お酒を飲むと前頭葉の働きが鈍くなって抑圧されている感情が表に出やすくなるという。

 その抑圧されていたアリスのお姫様な部分が出てきたに違いない。

 ・・・どうしてそっちを抑圧するのか?

 もうお前、毎日酒飲んでろ。

「悪魔的な狂気ですわね。」そう言いながらアリスはくいっとグラスを空けた。

 どんどん、アリスの言語野がおかしくなってきている。

「まあまあ、頭領。酒精の強い酒にも、良い事もあるんすよ。」カンパがアリスをなだめた。

 カンパは今度はアリスの前に赤い液体の入ったコップを置いた。

「血肉のように赤い。」アリスはコップを持ち上げて中身を調べるかのように色々な角度から眺めた。「これ、飲んでよろしいものですの?」

「ええ、大丈夫っす。」キーノが苦笑いしながら言った。「アルト卿が考えてくれたんでさ。」

「これは面白いっすよ!」カンパが少し含みのある単語を選んでお酒を勧めた。「頭領もビックリすると思います。」

 アリスは少し顔をしかめた後、思い切った様子で赤い液体を口に含んだ。


 おっ!


「あら、まあ!これなら、飲めますわ!」アリスは驚きの声を上げた。「癖があるけれどとても飲みやすいですわ。」

 たしかに、これはそこそこ美味い。少なくとも成立している。

 これトマトだろ。ミントのさわやかさも感じる。

「そうでしょう!」カンパが勝ち誇ったように言った。「しかも、ビックリしますよ?」

「なんですの?」と、アリス。

「これ、アキアのトマトを絞ったものとさっきのお酒を混ぜたものなんです。」

「まあ!!」アリスが驚きの声を上げた。「反吐と混沌を混ぜると楽園が生まれますの?」

 酒もトマトもアリスが好きでない物同士だもんな。てか、言い草すげえな。

 ん?

 トマトジュースとウォッカ?

 前世になんか似たのあった気が?

「強いお酒なので、他の飲み物で割ってもアルコールが残るんです。」カンパはどうだとばかりに続けた。

「なるほど!」

「いずれは頭領に美味しいと言って貰えるような、甘いお酒も作ってみせまさぁ。甘いもので割ればいいんすから。」

「あら。それは楽しみですわ。」アリスは嬉しそうに言った。「アキアのお野菜も使っていただいて、とても嬉しいですわ。」

 カンパとキーノがしてやったりとハイタッチを交わした。

「アイデアは私ですぞ。ふぉっふぉっ。」アルトが得意そうに笑った。

「ところでこの真っ赤なお酒は何と言いますの?」

「え?名前ですか?」カンパはアリスの質問を想定していなかったらしく戸惑った。「特に名付けてませんが。」

「名前は大事ですわよ。名前でこの商品の売れ行きが変わると言っても過言ではございません。わたくしがつけて差し上げますわ。」真面目な顔でアリスは言った。「そうですわね・・・『血塗られた殺人トマトの復讐』なんてどうでしょう?」

 どうやったら、そんな名前が出てくんだよ。

「『スカーレット・アイ』なんてどう?」横からカルパニアが提案してきた。「綺麗な赤のお酒なんて珍しいもの。」

 あぁ、なんか前世の記憶が猛烈にツッコミを要求しているのだが、自分のカクテルに対する知識不足のせいでどこがどう間違っているのか的確に指摘できん。絶対に何かがおかしいはずなんだ。

 ともかくナイスだカルパニア!カンパとキーノの門出が変な名前で呪福されずに済んだ。

 カルパニアは飲んでいるお酒のせいで顔をまっ・・・赤けぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!

 そうだよ!カルパニア顔に出るタイプだったよ!

 こんな強いの飲ませたらダメだって。

「おお!さすが姐御。」キーノがすぐさまカルパニアの意見に同意する。

「それでいきやしょう!」カンパもがすかさずこの『スカーレット・アイ』という名を採用した。

 アリスは自分の提案した名前が採用されなくて一瞬だけ不服そうに眉を潜めたが、同意のほほ笑みを皆に返してスカーレット・アイをくいっと空けた。




 翌日。

「ぬぅぅ・・・。」

 最悪の目覚めだ。頭がガンガンしている。

「きっとお酒のせいだ。」アリスが恨めしそうに呟いた。

 そうだよ。

「もう、お酒なんて二度と飲まない。」アリスは誓った。

 でも、まあ、アリス王様だし、なんだったらこの国のお酒関係を先頭切って推進してるわけだし、今後飲まずに済むとは思えん。

「何で、お酒なんて飲むの・・・?」アリスがずきずきと痛む頭を抱えてベッドの上で丸くなった。「くそう。何故お酒なぞ作り始めてしまったのか・・・。」

 あなた一つ目的があるとその周りのすべての事を見失うよね。いつも。

 と、扉がノックされてグラディスが水と金ダライとタオルを持って現れた。

 相変わらずエスパーのようにアリスの事を分かってらっしゃる。

「今日、お仕事無理・・・うっぷ。」

 あー公務に差し障るやつじゃねえか。

 もう、とっとと吐いて楽になっとけ。


 【嘔吐】


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