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11-4a さいきんの国王ダイアリー

 ユリシスが帰還するらしい。


 アリスのことを良く思っていない貴族たちがその名を口走ることが多い。

「最近、王都の繁栄がすさまじいと聞く。アリス陛下は中央ばかり見て地方を蔑ろにするという噂は本当だったか。」

「アミール様はエラスティア公だというのにこの状況を看過し続けておられる。」

「仕方があるまい、まだアミール様は若い。なおかつ相手は姉であるアリス陛下だ。多くを望むのは酷というもの。」

「ああ、ユシリス様が戻られて、あの身勝手な王女を打倒してくれれば良いものを。」

「滅多なことを言うものではない。」

「しかしな、ユリシス様がお戻りになられるという噂があるのだ。」

「そうなのか?」

 ってな感じ。

 みんな、ユリシスが誰か知ってて当然って感じで話すうえに、色々バレないように隠しながら喋るもんだから、ユリシスってのがどういう人物なのか皆目見当がつかない。どうも、アリスをやっつける理由のある人間のようだ。

 ほんと誰?


 ここエラス周辺と一部のモブート領では反アリスの色が強い。

 エラスでの色々なアリスへの批判を聞いていて最近思ったのだが、トマヤ云々以前に、エラスではアリスの姿を知っている者が少ないことがアリスの評判に多分に影響しているのではないだろうか。

 何故なら、アリスに対してかなり正しい評価がなされているからだ。

 暴力王女だの、わがままだの、パワー系だの、貧民となんやかんやあっただの、守銭奴だの、城を抜け出してケーキばかり食いまわっているだの、詳細部分の間違っている所を気にしなければ全部事実だ。

 アリスの特徴を十個上げろって言ったら、今言った項目のほとんどがランクインする。自分だったら『態度が王族に成り切れて無い』とか『気品を忘れている』とか付け加える。

 ブラドという悪の存在とノワルの貧民街の復興という目覚ましい功績の結果、『王都では』アリスの人気は頭打ちレベルで高い。アキアやミンドートもアリスの農業改革でウハウハなのでアリスに頭が上がらない。ベルマリア領は特に何のご利益を受けていないが、そのうちアリスとジュリアスが結婚するだろうという謎の定説でやっぱりアリスの人気は高い。

 あと、みんな見た目に引きずられとんねん。

 地方だと暴力案件とパワー系案件のせいで、話されるアリスの姿にゴリラ成分が混ざってる。

 携帯やネットどころか印刷も無いのでアリスの姿を知らないのはしかたがないが、女性に対して失礼な話だ。ゴリラが混じっているのは中身だけだというのに。

 こうなってくるとアリスのブロマイド発言が実は効果的な政治戦略だったんじゃないかとすら思えてくる。エラスにアリスの絵画が出回っていたら評価変わってたんじゃなかろうか?

 

 ユリシスに話を戻そう。

 そんなわけで、ユリシスという人間はトマヤの用意した対アリス用のアイコンなんじゃないかと疑っている。

 ユリシスを旗印に反アリス派をまとめようというのだ。

 トマヤならやりそう。

 自分は前に出ず、ブラドや旧ベルマリア公、ペケペケのように誰かをアリスに対峙させる。

 今回はそのスケープゴートがユリシスという人間なのだろう。

 ただ、気になるのは、市民たちも時々その名前を口走ることだ。

 エラスではそれほどの有名人なのだろうか?

 何だか、市民の噂曰くイケメンらしい。

 やっぱ、見た目って大事なのな。

 金髪碧眼で、武芸に秀でているとかいう噂だ。

 貴族たちが『旅からファブリカに帰って来た』みたいな言い草をしているので、国内に居なかったのかもしれない。

 

 ん?

 そういえば居たぞ?


 金髪碧眼で、なんか傭兵みたいな格好して、隣に明らかに異国の蛮族っぽい奴を二人連れた旅行者。


 えーと、エラスの南らへんの村で見たような。

 ちょっと探してみよう。

 飯時だからどっかの食堂で捕まるかもしれん。

 居た居た。

 その辺りのいくつかの村の食堂を回ってみるととある酒場の天井上のスズメガから彼を発見した。

 彼は酒場で仲間と酒を飲んでいた。

 彼は筋骨たくましく、簡素な鎧を着こんでいた。

 傭兵というには少しだらしない風体で、この世界にそんなもんは無いが、『冒険者:』と言う言葉が似合う。

 短く刈り込んだ金髪に透き通るような碧眼だ。確かにイケメンな感じだが、短い髪の毛とたくましい身体が似合っていない。

 向かいには蛮族っぽく骨のネックレスだの鳥の羽だので装飾した肌の露出の多めの二人が居た。彼らは金髪のイケメンよりもさらにたくましい身体の持ち主だった。二人は良く似ている。兄弟なのだろう。

 彼らの様子を観察していると、自分の止まっている梁の真下の客たちがこそこそ喋っているのが聞こえた。

「ユリシス様が帰って来たんだって。」酒場で飲んでいた市民の一人がさっそく噂をしていた。

「アリス陛下もどうなる事か。」

「エラスも巻き込まれるのかな?」

 てか、隣の金髪はいっさい無視ですか?蛮族っちい二人が目立つから彼らの存在に気づいてないとは思えないのだが。

 やっぱ、こいつらではないのだろうか。

 念のために金髪のほうに近づいてみよう。

 スズメガは連中の後ろの柱に移動を促す。

 スズメガは眠がって飛び立つのを渋ったが、仕方なく数メートル先の柱に常駐場所を変えた。

「相変わらず、噂されてんね。」蛮族の一人が金髪にニタつきながら声をかけた。

「有名人なのは良いが、こんな堂々とうろついていて良いのか?」もう一人の蛮族も言った。

 って、やっぱこいつがユリシスなんかい。

 ってことは巷のみんなは顔を知らないで噂してんのか?

 それとも間違った顔が知られているのか。

「困ったものだ。」ユシリスと思しき人物はそう言ってゆっくりと目の前のグラスを傾けた。

「でも面白いことには巻き込まれそうだね。」

「そうだろ?」

「金にはなりそうなのか?」もう一人の蛮族が訊ねた。

「さあ?」

「相変わらず行き当たりばったりだな。」ユリシスの返事に蛮族は呆れた表情を返した。「少しは兵団の事も考えてくれ。」

「軍団はお前たちのものだろ。」ユリシスは答えた。「盗賊共の頭なんてごめんだ。」

「お前は弟に勝っただろ。」と、蛮族。やはり兄弟だったらしい。「それで我々兄弟はお前の軍門に降った。我々の配下はお前の配下ということだ。」

「解散して自由に生きるように言ってくれ。」

「それはできん。」

「俺の軍門とはいったい何なのだ?」

 良く分からんが、この蛮族兄弟をこのユリシスって金髪がボコって手下にしたってことだろうか。あと、ここには居ない配下が居るらしい。

 トマヤが操るにはとても都合の良い集団な気がする。頭も悪そうだし。

「闘いになるのなら、兵団も呼び寄せたほうが良いな。」蛮族兄が言った。「こっちで入り用になってから手配しても間に合わん。」

「まだ、必要になるか分からない。」

「オレンジの薔薇の貴族とやらが兵を貸してくれるとも限らんし、そもそも他人の兵士などあてにならんだろ。」

 橙薔薇の名前が出てきた。

 やはり、トマヤかその黒幕が絡んでいるようだ。

「軍団を連れてくれば金も要る。」ユリシスは配下の運用に否定的なようだ。

「そんなもの。ここはメザートではない。国境も近いし、適当に略奪して、もしヤバいようならメザートに戻ればOKだ。」

 メザートってのは隣の国だ。てことはこいつらメザートの奴らか。

「でも、兄ちゃん。」蛮族弟が言った。「俺たちに話し持ち掛けてきたのってオレンジの人なんだろ?クライアンだっけ?そいつの領地で略奪したら、俺たちクライアンに怒られるんじゃない?」

「相変わらずお前はバカだな。そいつに言う事を聞かせるための脅しでもあるんだよ。」兄貴だったらしい蛮族がため息をついて答えた。「そいつが軍団の費用を出してくれるんなら問題ない。出してくれなければ略奪するって話だ。少しは考えろ。」

「さすが兄ちゃん。」弟が兄を褒めた。「オレンジの人も馬鹿だよな。最初っから俺たちの兵団の生活費を準備しておけばいいのにな。」

 二人が黙って弟蛮族の顔を見つめた。

「そのオレンジの薔薇の貴族とやらは本当に大丈夫なんだろうな?」兄蛮族が金髪を睨みつけて訊ねた。「さすがに今回は行き当たりばったりの度が過ぎるぞ、ユリシス。」

「俺たちだけなら何とでもなろう。」

「そうだな!ユーリ!」蛮族弟が嬉しそうに拳を掲げた。

 蛮族兄が呆れたように弟を見て、露骨にため息をついた。

「悪いが、兵団の準備はさせてもらうぞ。」蛮族兄がユリシスに言った。「オレンジの薔薇の貴族の貴族への牽制にもなろう。」

 ユリシスは眉をひそめて兄蛮族を見た。

「兄ちゃん、オレンジの人がどうしたら、兵団をどうするの?」

「ん?」兄は一瞬顔をしかめてから面倒くさそうに説明をし始めた。「奴が骸兵団の維持費と報酬をきちんと出すのなら協力する。」

「でも、僕ら3人で済む依頼だったらどうするの?」蛮族弟が訊ねた。

「依頼の詳細は知らないが、橙薔薇は軍団をあてにしている。」ユリシスが言った。

「なら、なんで兵団を連れてこなかったのだ??」蛮族兄が心底呆れたようにユリシスを見た。

「めんどくさい。」

 蛮族兄がため息をついた。

「兄ちゃんの言う通り兵団を動かしたほうがオレンジの人も安心だものね。」

「・・・それもそうだな。」蛮族兄が何やら考え出した。「お前は馬鹿だがたまに良いことを言う。」

「それほどでも・・・。」弟が照れた

「兵団を動かさずに相手を焦らしたほうが色々引き出せるかもしれん。」蛮族兄がさっき言った意見と真逆のことを言い始めた。「わざわざオレンジ薔薇の貴族のために兵団を動かしてやる必要も無いか。」

「すぐには接触は無いだろう。」ユリシスは言った。

「そうなのか?」蛮族兄は不思議そうに訊ねた。「だとしたらオレンジの薔薇の貴族は何故俺たちを呼んだんだ?」

「?」

「?」

 謎の間が二人を支配する。隣で弟だけがむしゃむしゃと肉を食んでいた。

「おい、ユリシス。」蛮族兄はユリシスの顔を覗き込んだ。「俺たちは何でここにいる?」

「飯じゃないのか?」ユリシスが何でそんなことを訊かれるのか分からないと言った感じで訊き返した。

「この酒場に来た理由じゃねえよ。俺たちは何でここに呼び出されたんだ?」と、蛮族兄。

「?」

「オレンジの薔薇の貴族は何で俺たちをエラスに呼んだのかって訊いてんだ。」

「橙薔薇公は俺たちを呼んでないぞ?」ユリシスが答えた。

「マジか。勘弁してくれ・・・。」

「兄ちゃんも学ばないなぁ。」蛮族弟はニコニコで肉を食べながら言った。「そろそろユーリに慣れようよ。」

「お前は、クライアントに呼び出されても無いのに、また『勝手に』飛び出してきたのか。」

 なんか、この金髪いろいろ問題ありそうだな。

「いや、『行く』って言ったぞ。だからお前たちもついてきたんじゃないのか?」

「俺たちにじゃねぇよ。」蛮族兄が突っ込む。「そうやって仕事の話が舞い込むたびにクライアントを探し当てて『勝手』に乗り込んでくから、毎回騒ぎになるんじゃねえか。」

「みんな、ドン引きするよね。」と、蛮族弟。「でも、そのおかげで報酬跳ね上がるときもあったじゃん。」

「依頼が反故になることもあったじゃねえか。」

「今回は橙薔薇に会いに来たんじゃないぞ?」

「じゃあ、何しに来たんだよ?」

「飯を食いに?」

「だから、酒場に来た理由じゃねえって。」

「本当にファブリカの飯を堪能しに来たんだが・・・。」

「嘘だよな!?」蛮族兄が信じられないと言った様子でユリシスを見た。

「ユーリはどうやってオレンジの人と会うの?」弟が訊ねた。

 ナイスだ。

 そのタイミングが解かれば橙薔薇公を見ることができる。

「そのうち連絡つくだろう。」

「オレンジの人たちはユーリがここに来てるって知ってるの?」

「・・・・・・。」

「マジかよ・・・。」蛮族兄は絶句した。「結局、兵団と連絡とんなきゃダメなんじゃねえか。」

 こいつ、本当にアリスの脅威なんだろうか?

「頼むぜ、ユリシス。1か月は無駄にしてんじゃねえか。この時間で一つ二つ仕事こなせたろうによ。」

「すれば良いのに。」

「お前はもっと兵団のトップだという自覚を持ってくれ。」

「軍団はお前たちの物だ。」ユリシスは再び言った。「盗賊共の頭なんてごめんだ。」

「お前は弟に勝って俺たちはお前の配下だ。だから俺たちの配下もお前の配下だ。」蛮族兄も同じ答えを繰り返した。

「解散して自由に生きるように言ってくれ。」

「ああ、もうっ。」

 しばらく蛮族兄のユリシスへの尋問を聞くうちに、このユリシスって男の良く分からん行動がつまびらかになった。

 ファブリカ王国の匿名の貴族からファブリカでひと騒動起こして欲しいとの依頼を受けたユリシスは、その知らせを持ってきた従者に二つ返事で助力を快諾したらしい。

 そして依頼主本人が後日やってくるという旨を従者から伝えられたユリシスは、その従者を追いかけてファブリカまで来てしまったようだ。

 何故!?

「え?じゃあ、俺たちこの国に来るまで、ずっとクライアンの従者つけてたってこと?」

 ユリシスはこっくりと頷いた。

「マジかよ・・・。」蛮族兄が自分がテーブルを見張りだしてから何度目かの絶句を放った。「お前、何で毎回そういうことするの?性癖か何かか?」

「俺は女が好きだ。」

「知ってるよ、ちくしょう。」蛮族兄が頭を抱えた。

 なんか、身近でよく見知った光景。

「それじゃあ、今頃オレンジの人、メザートで困ってるんじゃないの?」蛮族弟が訊ねた。

「何故だ?」

「ユーリがこっちに居たら会えないじゃん。」

「橙薔薇はメザートに居るのか?」ユリシスが不思議そうに首をかしげた。

「さっき、お前と依頼の詳細を詰めに会いに来るとか言ってなかったか?」蛮族兄が恐る恐ると言った感じでユリシスを見た。「おまえ、まさか・・・。」

「俺に会いに来るのはトマヤという貴族だ。」

 トマヤ!!

 見つかんねえと思ってたらメザートに行ってたのか。

「お前、また勝手にクライアントの親玉を突き止めたのか!」

 え?

「嘘でしょ!?」蛮族弟も驚く。「ずっと一緒に旅してたじゃん。いつの間にクライアンの向こうの人まで調べたの?」

 もしかして、さっき言ってた『依頼主の所に勝手に乗り込む』って、身元隠してる背後の人物を探し当てて直接交渉に乗り込んでたってこと?

 怖ぇええ・・・。

「うむ。直接話をするのが良い。」

「お前、今回は直接オレンジ薔薇の貴族の所に乗り込むなよ?」

「それは向こうが嫌がる。」

「当たり前だ。」蛮族兄が言った。「久々にデカい案件なんだ。慎重にしてくれ。」

「慎重・・・?やはり、直接会って話をしたほうが良いのか?」ユリシスは不思議そうな顔で訊ねた。

「どうしてそうなる!」蛮族兄が声を上げて叫んだ。「表に出てくる奴とだけ話をしてくれ。」

「兄ちゃん、珍しくやる気だね。」

「ん?ああ。」蛮族兄は少し言いよどんだように見えた。「久々の国外の大きな仕事だからな。派手にできるし、略奪もし放題だ。戦うしかないお前も久々に腕がなるってもんだろ?」

「確かに!」蛮族弟が嬉しそうに返事をした。

 ユリシスは眉をひそめたが何も答えなかった。




 さて、そんな頃の王都。

 アリスたちはエラスにアリスのライバルにされようとしている珍集団が発生した事など知らない。

 もちろん、“彼“の脅威など知る由も無い。

 もしかしたら、エラスのほうでアリスの人気が落ちてきていることくらいは知っているかもしれない。

 アリスの周りは今日も呑気だ。

 多少の揉め事(おもにアリス起因)があるものの、ほのぼの日常系王様ライフが流れていた。


 そして、本日の出来事は『アミールの初登校』だ。


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