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11-3c さいきんの国王ダイアリー

 数日後、今度は国政会議が行われた。

 この国政会議でもひと悶着発生した。

 今回の会議はアリスが国王になってからすでに三回目の国政会議だ。

 いつもの大きな広間には、真ん中のカーペットを挟んでずらりと椅子が並べられていた。

 貴族たちはその椅子に座っている。


 何故、今までは無かった椅子があるか。


 その理由は前の国政会議に遡る。

 一回目の国政会議では特に何の問題も起こらなかった。

 臨時の国政会議だったし、参加者も多くは無かった。会議の内容もアリスの顔見せと国の内情についての説明だけだったので問題は起りようもなかった。

 椅子が置かれる原因となった出来事は二回目の国政会議で起こった。

 二回目の国政会議は各領地の状況報告から始まった。ネルヴァリウス王の時にもやってたやつだ。

 アリスはネルヴァリウス王と違い、会議に最初っから参加して各領主の報告についてきちんと話を聞いていた。そして、解らないところに逐一ツッコミを入れまくった。

 それによって領主たちが隠している問題や、ごまかしていた事がつまびらかになったのは良かった。さすがアリスだ。

 問題は、アリスが逐一話を止めたせいで会議の時間が恐ろしく長くなってしまったことだ。

 あまりにアリスが面倒くさかったので、国政会議でよく見かける爺さんの貴族が頭にきたのか、ついに嫌味を言った。

 「陛下。新王として色々と聞きたいことがあるのは理解できますが、もう少し我々を信用してはいただけないでしょうか。定例の報告にこれほどまでの時間を割かれては困るのです。先王は本当に必要な話し合いからの参加でしたぞ。陛下のおかげで我々はずっと立ち呆けにございます。」

 アキア公とミンドート公を含む何十人もの貴族たちが思わず頷いた。

 というわけで、アリスは今回椅子を用意した。

 ジジイ貴族がそっちじゃねえよって顔でアリスを睨んでいる。


 さて、椅子の話はおいておいて、今回大揉めに発展したのは、もちろんこの間の公爵たちの会議に貴族たちを差しおいて、平民がアドバイザーとして呼ばれたことにあった。

 そして、その引き金を引いたのはトマヤだった。

 アリスがインダストリアルなんとかについての子細を発表し、課税のやり方を説明した。今後、他の産業にも適応し、国内での規格の画一化を国主導で進め、その規格の管理料として貴族たちが税金を取ることができる旨を法案として提出した。

 さすがに、アリスもこの場では『上前』だの『ピンハネ』だのの言葉は使わなかった。できるんなら普段からそうしてくれ。

 そして、その法案の是非を採決する前に、貴族たちから質問や提案をつのった時のことだった。

 どこからその情報を仕入れてきたのか立ち上がって声高々にアリスに意見をした人間がいた。それがトマヤだった。

 「今回の議案については平民たちが主導で作ったとうかがいました。貴族を差しおいて下賤の人間の法案をまとめるのはいかがなものか。」

 自分はこの時ようやくトマヤが王都にいたことに気が付いた。

 道理でエラスで捕まらんわけだ。

 「この法案は予が立案し作ったものよ。」

 「しかし、ガルデ商会やノワルの工房が関与しているのでしょう。」

 「意見を聞いたわ。それに何か問題が?」アリスはトマヤを睨みつけながら言った。

 「平民たちを公的な会議の場に呼んだという話でございますね?」

 「そうよ。専門家の意見は必要。」アリスは堂々として答えた。「貴族の中にバケツや定規を扱う者はいないでしょう?」

 「専門家・・・。」トマヤが顎を撫でた。「陛下の息のかかった平民の間違いでしょう?ご自身に都合の良いノワルのスラム民たちを登用したのでしょう。」

 「その意見を通したのは我が娘アピスだ。」ミンドート公が言った。「なにか文句があるのか?」

 ミンドート公はなんだかんだでいざって時はアリスの味方だから好きだ。

 「私の申しているのは、アピス様がどうとかノワルの連中がどうという事ではないのです。」トマヤは慌てた様子もなく反論する。「陛下はエラスや地方諸氏の意見をきかずに王都の陛下の知り合いばかりを重用しておられる。しかも我々貴族に先んじて平民の意見を先んじるなど王がするべきことではございません。」

 「トマヤよ。その会議にはエラスティアの代表として私も参加している。それでは不満か!」アミールが大きな声でトマヤに怒鳴った。

 「5公のみの参加ならばバランスもとれましょうが、陛下の知り合いばかり、王都の民ばかり、そして平民ばかりがその場には集まっていたと聞きます。」トマヤはアミールに迫られても動じた様子はない。「それでは地方や貴族を蔑ろにし、王都と平民ばかりを優遇していると言われても仕方ないでしょう。」

 「ほう、例えばどのような優遇がなされていると?」ジュリアスが冷たい声で訊ねた。

 「新たな物差しの長さは、王都の工房に都合よく決められております。」

 「新しい物差しの長さはアキアのバケツの大きさに基づいている。」ジュリアスが反論した。「王都とて、新たに道具を作らねばならぬのは同じぞ。」

 「アキアであろうと王都であろうと同じ事。」トマヤはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらなおも言葉を続けた。「陛下と仲のよろしい方々の都合でこの国の大事なことが決められ、陛下と距離のある貴族たちは蔑ろにされているのが実情。地方の領主たちの様々な困難は取り上げてもいただけませぬ。」

 「お前は領土を持つまい、トマヤ子爵。」アキア公が問うた。「誰がためにそのようなことを申す?」

 ん?トマヤのやつ知らんうちに階級下げられとる。

 「一般論にございます。」

 「エラスティアに国王が介入せねばならない程困窮している問題があるのであれば、今、この場で述べよ。それがこの場に参加したそなたの役割ぞ。」

 「エラスティア公爵である私には報告は上がっていないぞ。」トマヤが口を開く前にアミールが宣言した。

 「・・・・・・。」アミールに宣言されてしまってはトマヤは返す言葉も無い。「エラスティア公がそう言われるのでしたら私が意見をするなど思い上がりにございます。ただし、これだけは忘れないでいただきたい。陛下の目には王都とアキアしか映らないのかもしれませぬが、遥かエラスの周りや、モブートやベルマリアの辺境にも多くの貴族がおり、それぞれ大変な思いをしているのです。王都のましてや平民たちよりも蔑ろにされるなどあってはならない。」

 「そのために、貴方たちの四半期報告を聞いているのよ。」アリスは言った。「皆も聞きなさい。自分を良く見せるために報告を脚色するのは止めなさい。もちろん予算が欲しいからって問題を大きく見せるのも無しです。それが真に対応すべき問題であれば予は対応します。」

 トマヤは黙って頭を下げた。

 結局、インダストリアル=スタンダード=オブジェクトについては承認され、実施がされることになった。公爵たちが全員賛成なので、その公領の貴族たちは基本反対しない。それ以前に、所詮は物差しとバケツの話なので貴族たちはそこまでこの法案に興味をもっていなかった。

 実のところガルデはもう山ほど道具を作り始めているので承認されなかったら賠償問題だった。

 結局、会議はそれ以上紛糾することは無く終わった。

 去り行く貴族たちの中からトマヤを見つけ出し、【感染】者伝いに追いかける。

 完全にやり込めたと思ったが、帰り立つトマヤの表情はそれほど暗くなかった。

 どういうつもりだろうか? 何を企んでいる?

 不気味でしょうがない。

 【感染】もできねーし。

 でも、今からはずっと追いかけてやる。会議中に【感染】済みの鳥たちを王都周辺とそこから伸びる街道ぞいに集めてある。

 黒幕までたどりつけなくてもいいから、奴の住処くらいは見つけ出したいところだ。

 城を後にしたトマヤは城の城門の前で乗り付けていたたくさんの馬車の中の一つに乗り込んんだ。

 今日は薔薇の馬車ではないよくある馬車だ。

 うっかり見失っては大変だ。

 王城の門に停まっていた鳥を【操作】してトマヤを追う。

 トマヤの馬車は街を抜け王都の外へ走り出した。北へ向かうようだ。

 おそらくはエラスに向かうのだろう。方角的にはアキアやミンドートって可能性が無いわけでもないが、それはすぐ判明するはずだ。

 エラスまでだとしても何日だって追ってってやる。

 もう、逃がさない。

 絶対に食らいついてお前のすべてを明らかにしてくれよう。




 しかし、トマヤを追う事は叶わなかった。

 その再会は、尾行を続けるため、疲れてきた鳥から別の鳥に意識を乗り換えた時に起こった。

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