11-3b さいきんの国王ダイアリー
アキア公のおかげで、市民たちを賓客に迎えた公爵会議は開催される事になった。
まずは、子細が決められず棚上げになっていた、インダストリアル=スタンダード=オブジェクトについて話し合いが開始された。
アリスは自ら作ってきた規格の明確な数値を明示し、参加者に意見を求めた。
「工房としては特に言う事はないよ。」タツが賛成の弁を述べた。
「元々、わしの物差しだしな。」キムルも賛成の意見を述べた。「工房同士で相互協力もしやすくなるし、巨大な建造物を複数の工房が協力してなんてのも楽になりそうだな。」
「そう言ってくれると嬉しいわ。」アリスは嬉しそうに言った。「ゆくゆくは、王都全体を城壁で囲う事も考えてるのよ。お金ができてからだけど。」
アリスは公共事業で雇用を捻出することを考えているようだ。アリスは他にも馬車の乗りごごちを良くするという名目で街道の整備なんかも考えている。どちらにしても今は先立つものが無い。
「アリスさん、失礼、陛下。」アピスが手を挙げた。「一つよろしいでしょうか?」
「なあに?」アリスは陛下と言い直したアピスに対して普段の調子で応えた。
「長さの尺度と、量の尺度を揃えて頂きたいのです。」アピスは言った。「今の陛下の提案には定規とバケツの規格の定め方に関連性がありません。」
たしか、定規はギムルの定規の長さそのままで、バケツは漆喰を混ぜるのに都合の良いサイズだったかな?
「どういうこと?」アリスが訊ねた。
「例えば、定規の長さの3乗を基準とした体積をバケツの大きさにして欲しいのです。」
ああ。前世で言うところのSI単位系みたいなもんか。メートル法を基準にすべての測り方を揃えろって考え方だな。
たしかに、海外の医療器具とかでも説明書でbar(圧力の単位)とか使われると買うときにいちいちめんどくさかったりしたもんだ。あと、inchの継ぎ手とか手配して怒られたり。
大抵イギリスかアメリカが悪い。イギリスとアメリカ、懐かしいなあ。どっちも元気かな?
「なるほど。」アリスはピンときた様子。
他の面子はイマイチついてきていないようだ。
「良く分からないが、定規かバケツ、どっちかの大きさを変えたいという事か?」と、珍しくデヘアが植物のことではないにもかかわらず首を突っ込んできた。
「そんなところよ。」
「じゃあ、定規のほうを変えてくれ。」デヘアは言った。「バケツは堆肥の配合にちょうどいい。」
植物の事だった。
「どう思う?」アリスは工房の人間たちに訊ねた。
「かまわんよ。」ギムルは言った。
「僕も。」ショウも言った。
「たしかに、定規とバケツの基準が合っていれば、計算が楽で良いし。」タツも賛成する。
「じゃあ、決まりね。」アリスは満足そうに言うと、今度はガルデに向けて言った。「作り直してもらう事になるけど大丈夫?」
「問題ありません。むしろ、アキアで定規を買った工夫たちがもう一度買ってくれることになるかもしれないので願ったりです。」ガルデは言った。「できれば独占をさせていただきたいのですが・・・。」
早速、癒着のお誘い。
「さすがに、王様になっちゃったしね。」アリスは答えた。「国の法案に対して特定の個人が儲かる図式はできる限り避けたいわ。」
「まあまあ。作り方とかを含めて、ノウハウ的は他の商人たちと比べてずっと先んじていらっしゃるのですから、それで良しとなさいませ。」メルメスという商人がガルデをなだめた。「ところで、わたくしの広い商流を活用いたしませんか?我々が組めば、他の商人たちが参入する前にガルデさんの道具を流通させて、ガルデブランドを構築することも可能ですよ?」
「それは素晴らしい!」ガルデの目の奥がキラリと眼光鋭く光った。「たしかに早期に流通させて市場を握ってしまえばそれはもう独占したも同じこと。」
「そうゆう話は私の居ないところでやってくれない?」アリスが苦笑した。
「失礼をば。」メルメスが頭を下げた。
「でも、それだけ興味を持ってもらえるってことは、インダストリアル=スタンダード=オブジェクトのニーズはありそうってことね。」
「間違いありません。」ガルデが頭を下げた。
「お任せください。広く普及させてみせますよ。」メルメスも合わせて頭を下げた。
「良かったわ。」アリスは嬉しそうに言った。「じゃあ、これでとりあえずは議題は終了。定規の長さについてはバケツに入る体積の三乗根ってところで定義させてもらうわ。皆さんもそれでいいかしら?」
アピス、タツ、ショウが拍手をした。他の面子はポカンとしていた。たぶん三乗根が解ってないのだろう。
平民入り会議は意外とまともに機能したようだ。
ジュリアスに三乗根について説明を受けて内容をうっすら理解したミンドート公が小さく「まいったな・・・」と呟いたのが聞こえた。
というわけで、次はお金談義だ。
せっかくなのでとタツたちはそのまま参加して意見があれば言ってもらう事となった。今回は公爵たちも特に反対の声を上げたなかった。
そして、お金が絡むとやっぱりヤバかった。
いや、平民の参加は関係ないよ?
アリス一人がヤバいんだ。
「私って人気あるんでしょ?」アリスは提案した。「私の絵画作って売らない?」
「それは国の仕事じゃありません。」と、アキア公。
「陛下はお金さえ入れば何でも良いんですか?」と、モブート公。
ブロマイド販売かよ。
もはや円卓会議とかの情報はどこに行ったんだ
「この間の市民会議でコリンズって商人が私に見惚れてたから、そういうの売りだしたら売れるんじゃないかなぁって。ほら、私、王様だし良いんじゃない?」
って、円卓で思いついたのかよ・・・感受性が強すぎてついていけん。
「もはや発想が娼婦のそれですね。」モブート公が珍しく嫌味っぽく感想を述べた。
「それだ!!」アリスがモブートを指差した。
「却下!」
「恥を知りなさい!!」
「国王ですよ!」
「アリスさん!?」
みんな即座に否定する。そして一部の男どもはアリスから目をそらす。
頼むみんな。アリスにこれ以上の発言を許さないでくれ。
「えぇ・・・。」みんなの反応に戸惑うアリス。
「何するか解ってんるんですか?」ケネスが訊ねた。
「ん?さあ。」アリスが首をかしげた。「男の人を楽しませればいいんじゃないの?」
まじか。
いまさら明らかになる温室栽培設定。
公爵たちが頭を抱えた。
あれ?
そういえばアリスってもすぐ二十歳になるんじゃなかったっけ?
これって冗談抜きでまずいんじゃなかろうか。
え?これどうしよう。
今までと全然違ったタイプの危機に解決策が思いつかない。
「政略結婚と似たようなもんじゃないの?」
何言ってんだこいつ。
「いかん・・・。」ミンドート公も完全に打つ手なしの様子だ。「こういうのはどうしたものなのだ・・・?」
「後で、グラディスさんに説明して頂くようにお願いしておきます。」アピスが眉間にしわを寄せて言った。
「すまぬ、頼む。」
ありがとうアピス様。
「次行きましょう!次!」ジュリアスが場の空気を払拭しようと次の話題を促した。
「うーん。じゃあ、ギャンブル場とかは?」アリスは仕方なく次のアイデアに移った。これも円卓で誰だったかが最近ギャンブルで大儲けしたみたいな話をしたからアリスに刷り込まれた案件だ。「ケネスも言ってたじゃない。商品なんかなくてもお金さえやり取りすればいいって。」
「そんなこと言いましたっけ?」
大昔の授業で言ってたな。
「カジノの運営のためには胴元が儲からないとダメなんです。」ペストリー卿が言った。「言い換えれば、客は全体でみると損をしていていないと胴元は儲けられません。その客の中に、大きく特をした人間と損をした人間を作る必要があります。そうしないと儲かる人間ができないので誰もギャンブルをやりに来なくなってしまいます。つまり、客の中で大きく損をした人がどんどん貧困になっていきますよ?」
「別に、胴元がギャンブルで儲からなくてもいいのよ。お酒を提供したり、宿を提供したり。儲けた人が散財してくれるような工夫をして私達は儲けるの。」
「こちらに儲けが発生している時点で構図は変わりません。それにお客が全体で損をしていなかったとしても、中には大損する人間が発生するんです。」
「私共としては賛成ですが、治安が激悪になりますし、貧困が生まれます。」メルメスが言った。「陛下自らが進んでそのような事に手を貸すのは、良くないのではないかと存じます。」
「それは困るぞ。」途中までは興味ありそうに聞いていたミンドート公も言った。
「じゃあ、客層を貴族たちに絞りましょう。金持ちなら沢山お金を損しても大丈夫でしょ。治安も悪くならないわ。」
「貴族なんていっそうダメですよ。ギャンブルは沼のようにお金を吸って行きます。次は勝てる、次は勝てるとどんどんとお金をつぎ込んで行きかねません。」と、ジュリアス。
「それこそ、貧困も世間も知らない貴族ですよ。没落するリスクを顧みずに借金に向かって無茶な勝負をしかけるやからが・・・」ケネスはそう言いながらまじまじとアリスを見つめた。そして改めて言った。「私はギャンブル場には断固反対です。」
ああ、自分にも未来が見えた。
「私も大反対です。」ジュリアスにも未来が見えたらしい
「一番ダメな奴じゃないか・・・。」ミンドート公も限りなくありうる未来に頭を抱えた。
「陛下、ギャンブルは悪です。絶対やってはいけません。」アキア公にも同じ未来が共有された。
突如みんなが反対し始めたのでアリスが、「ぬぬ?」と疑問と混乱の混ざった顔をした。
「他に何か無いかしら。」
「食べものじゃダメなのですか?」アミールが言った。
「食べ物はアキアと競合しちゃうしなあ。」アリスは考えながら言った。
「国民の胃袋には限界もありますからね。」ケネスもアリスの意見を後押す。
「酒みたいにお腹いっぱいにならなくて、いくらでも食べられて、それこそ嫌でも思わず食べたくなっちゃうようなモノって無いかしら。」
「薬でも良いですか?禁止薬品ではないですよ?」ペストリー卿が言った。「心地よくなるやつです。」
「そんなのあるの?」
「ダメです。」アキア公が即座に反対した。
「麻薬は麻薬だ。」ジュリアスが頭を抱えた。
ミンドート公はさっきからずっと頭を抱えている。
「何で?心地よくなるんなら良いんじゃない?」
「依存性があるのです。」
「最高じゃない!」
おいっ!
「副作用もあるんです!」ケネスがアリスのとんちんかんな答えに珍しく苛立った様子で答えた。
「あるの?」アリスがペストリー卿に訊ねた。
「少ないです!」
「じゃあ、気をつけて使えば大丈夫なんじゃない?」アリスは言った。
「絶対ダメですって。」
「却下です。」モブート公も完全に呆れた様子だ。
「お酒と同じって考えればいいんじゃない?」
「んな訳ないだろ!」とミンドート公。
「国民に悪影響を及ぼす可能性があるのはやめてくれ・・・。」と、ジュリアス。
「ダメです。」ケネスは端的だ。
「たぶん、代わりにお酒が売れなくなりますわよ?」アピスがからめ手でアリスを説得にかかった。「薬物でしたら、食欲が減退して食べ物も売れなくなってしまうかもしれません。」
「た、確かに。じゃあ、ダメだ。」アリスがハッとした様子で言った。
そこかよ・・・。
アピスが居て本当に良かった。




