11-2d さいきんの国王ダイアリー
会議は回っただけで終わったが、国庫の件については全然関係のない方面から早くも改善の芽が見えてきていた。
アリスが王になる前からケネスが仕掛けていた施策のおかげだ。
一つは観光業が思いのほか伸びたことだ。
ペストリー卿の領地がハブステーションとなり、アキア各地に巡る交通網が整備された。
ペストリーには人が集まり、観光についても要所となった。現在ダクスを超える大きな都市になりつつある。
さらには馬の需要と馬車の需要が伸びた。これが、ファブリカ王国全土の牧畜業や馬車製造の需要も押し上げた。
こうなってくると、観光業というより運輸・交通に関する業態な気がする。
交通の発達が進むと地域の経済が活性化するということが、アキアとミンドート領の先例で明らかだったので、地方の貴族たちは自分たちの都市にも馬車の停車駅を誘致しようと我先に投資を行った。その結果、交通網の発展にさらに拍車がかかった。
そもそもアキアの改革によって困ったのは農業と小麦に関わる商売だけで、その他の商工業は先代の時代も成長していたのだが、それらの商工業も交通網の発展によりさらにその勢いを増した。
もう一つ。
モブート領の各領地で景気が上向き傾向になってきたというのも大きい。
輸入小麦が無くなったことで大きな打撃を受けたのはエラスティアとモブート領の貴族だった。その一つ、モブートの貴族たちが儲からない農業を廃して新たな産業に力を注ぎ、自力で経済を立て直してきたのだ。
これはアリスにとって嬉しい誤算だった。
こんな言い方をしては語弊があるかもしれないが、今までアリスが絡まなかった地域で景気が大きな改善をみせたところは無かった。つまり、ファブリカの地域経済の復興は自分の知る限り完全にアリス頼みだった。
しかし、今回はアリスが手を付ける前にモブート領の貴族たちが勝手に盛り返してきたのだ。
これは、経済の回復という意味でも、農民たちの雇用という意味でもアリスの大きな助けとなった。
「モブート公、礼を言うわ。」公爵たちとの会議の場でアリスは言った。「モブートの領主たちが優秀で、とても助かる。」
「いえ・・・正直私は何一つしていないのですが・・・。」
「でも、急にこんなに良くなるとは思えない。何かしらのトリガーがあったはずよ。」アリスは言った。「あなたが反乱の時にみんなの事を説得して回ったのが効いたとかじゃないの?」
「それが・・・ワルキアたちが反乱を起こした頃、虎の仮面をかぶった御仁が王都の近くのモブート領土に現れて色々とモブートの貴族たちの手引きをしていたようなのです。」モブート公は眉を潜めながら答えた。
「ああ・・・。後で本人から聞くわ。」
ケネス、追放されてる間に何してたんだ?
そんなある日のことだった。
エラスティアの中央都市エラスで、ついにトマヤを発見した。
発見も何もエラスの城の廊下を堂々と歩いていた。
そういや、こいつってネルヴァリウス王から爵位を剥奪されたわけでないから、犯罪者とか反逆者ってわけじゃはないのか。反乱軍に加わっていた事は誰にもばれていないのだろうか?
国政会議もアリスが王になってから出ていなかったので、もっと政治犯みたいな立場になってるんだとばかり思い込んでいた。
しまったなぁ。
ラヴノスやバゾリあたりの大物を一人二人生かしておいて、反アリス派に誰が居たか証言とかさせるべきだった。
トマヤは自分が視点を乗せている【感染】者の貴族とすれ違い様に会釈をかわすと視界から消えていった。
近くに居たゴリに移ってトマヤを追いかけようとするも、城の中って直線距離的には近くてもゴリやネズミが移動できる道のりで考えた時は遠かったりするので、結局見失った。
王都の城だったらこんな事は無かったのに。くやしい。
まだまだ、全能にはほど遠い。
トマヤの向かったのはエラス侯の執務室のほうだったが、エラス侯にはまだ【感染】できていなかったし、ゴリも間に合わなかったのでトマヤが本当はどこに行ったのかは解らなかった。
ちなみに、エラス侯というのはこの街の一番偉い人だ。
このエラスはエラスティア公領の首都のようなものに相当する。県庁所在都市と言ったほうが良いのだろうか。
エラスティアの一番偉いのはアミールだが、アミールは王都に居るので、現地での指揮はエラス侯が取っている。
他の公領と同じく公爵が王都で判断・決定をし、侯爵を筆頭として各領主たちが実行の指揮を取るスタイルだ。すなわち、エラス侯はアミールを除いたらエラスティアで一番偉い人だ。
あれ?
そうか、ロッシフォールじゃないのか。
あいつ引退したもんな。
ロッシフォールが引退しなかったら、エラス侯はアミールになったのだろうか?いや、アミールの席が無かったのかな?
もしその場合、アミールはどの位置に収まることになっていたのだろうか?
貴族の引継ぎってムズイんだな。
話がずれた。
トマヤを見失ってしまったが、取っ掛かりはつかんだ。
トマヤは少なくともエラスに居る。どこかに見失う前に彼の住処だけでも掴んでおきたい。
おそらく、今のトマヤの活動拠点はここだ。
以前、エラスには反アリス派の母核、橙薔薇公なる人間が居るという事をトマヤは言っていた。
間違いなく、彼とエラスで連携を取っているのだろう。
『公』とついているからには、たぶん偉いはずだ。誰かしら有名な人物のに違いない。
やっぱりロッシフォールが橙薔薇公なのだろうか、それとも、エラス侯がそうなのだろか?
低い地位の人では無いと思うのだが、自分の知らない人間が橙薔薇公である可能性が無いわけではない。
しばらくはエラスを重要【感染】特区として、監視と【感染】を優先的に進めていくこととしよう。
橙薔薇公を見つけ、トマヤも押さえる。
今度こそ絶対に逃がさない。
アリスの邪魔はさせない。




