11-1c さいきんの国王ダイアリー
アリス即位からおよそひと月。
ようやく反王家軍が壊滅し、戦乱の後片付けがアリスの今の仕事だ。
後片付けとは言っても、アリスが実際に首を突っ込まなくてはならないのは二点だけだった。
一つ目は、居なくなった貴族たちの穴埋め。
アリスは新しい貴族の承認をしなくてはならない。
今のところはワルキア、ヌマーデン他、あの一帯はアリス王の預かりとなっている。アリスはこの辺りの人事を執り行わなくてはいけない。一部はスラファの父、カラパス卿に任せる予定だ。
これはそんなに大きな問題じゃない。
二つ目の金銭面の問題が目下の大問題だった。
このたびの騒乱で多くのお金が国庫から流れ出た。正常時の予算はもちろん、緊急用の資金までもが騒乱の後始末で流出していた。というか今もごりごりに消費され続けている。
この金銭面の問題は急ぎ正常化しなくてはならなかった。
ケネスの曰く、緊急用の資金というのは災害と外国との戦争用のストック資金のことなのだそうだ。
これが少ないという事は外国と戦争しても負けるという意味を持つ。この事がバレると諸外国から狙われるという事でもある。
かといって、この資金のストックを急いで回復させようとするには、支出を減らすか収入を増やすかしかない。
収入を増やすという事はざっくり言うと増税するという事だ。この状況下ではあり得ない。
かといって、支出を減らすという事は国の予算を削るという事だ。
予算が縮退すると王としてのアリスの行動に制限がかかる。アリスは先王よりも気風が悪いとされかねない。
そういった訳で、金銭面の問題は重要かつ神経質な問題であった。
大至急アリスは金策を考えねばならなかった。
というわけで、冒頭のアリスの舌打ちに戻る。
「とりあえずはね、『規格』を作ろうと思うのよ。」と、アリス。
「規格?」
「そうそう。今、工房ごとに定規が違うじゃん?あれを統一化したら絶対便利だと思うのよね。工房間の連携もできるし。」アリスは考えるように天井を見上げながら説明した。「最近王都のいくつかの工房がノワルのタツ工房の製品を真似ていろんな物を作り始めたみたいなんだけど、そのためにわざわざ定規を作り直してるみたいなの。」
「なるほど?」ジュリアスはイマイチ理解できていない様子で首をかしげた。
「だから、長さの測り方を統一しようと思うのよ。」
「もしかして、その長さを測れる工具に税をかけようっていうんですか?」と、モブート公。
「そうそう!王国として規格を制定して、その規格の道具を使っている工夫たちから上前を撥ねるのよ。」
言い方。
「さすが姉様!」アミールが感心した声を上げた。
アミールはロッシフォールに代わってエラスティアの公爵となったわけだから当然ここに居る。
「アミール公。陛下の言う事を真に受けちゃダメですよ。」と、国王の前で平気で無礼千万な事を言うのはもちろんケネスだ。「陛下、税金なんてかけようもんなら、せっかく規格を広めたいのに足を引っ張ることになっちゃいますよ?」
「金の吸い上げは、道具を作るほうの商人からするのよ。」アリスは言った。
収入を表現する時の言葉の選択を何とかしようよ。
「と、言うと?」ケネスは尋ねた。
「規格の管理料と制定料とを道具を作る工房の人たちから取るの。」アリスは少し得意そうに説明を始めた。「たぶん、その分の金額は彼らの商品に上乗せされるから、結局は道具を買う人がお金を払うってわけ。遠回しな税金ね。」
「でも、定規なんて使うのは工房なんだから一個だけ買ってあとは真似して作っちゃうんじゃないですか?」モブートが訊ねた。
「きちんと国から認証された物にはプレミアつけようと思うの。」アリスは答えた。「例えば認証を受けた道具を使ってる大工にしか公共事業を発注しないとか。」
こすいなぁ。癒着にしか聞こえない。
「もちろん、きちんとしたものなら真似っこでも認証するわよ。手数料は取るけど。」アリスはドヤ顔で答えた。
こすいなぁ。
「さすが姉様!」アミールが感嘆する。
アミールはこの場で実践的に経済のお勉強中だ。
今この場で、たくさんの事を吸収している。
現在進行形でアミールがアリスに毒されていってる気がしてならない。
しかも、さっきから「さすが姉様」としか言わんし。
「う~ん・・・それはそれで文句きそうですけどね。」ケネスは目を閉じて頭を捻った。
「大丈夫よ。使えば便利だって解かるから。」アリスは自信満々に答えた。「直接税金を払う商人は大儲けな訳だから絶対文句言わないし。道具を使う人たちは私たちじゃなくて、その商人たちに商品が高いって文句を言うはずよ。」
やっぱ、こすいなぁ。
「いや、割と妙案だと思うぞ。」賛同したのは意外にもさっきまで文句を言っていたミンドート公だった。ちなみにめんどくさくなったのか、早くも敬語を使うのはやめている。「ミンドートではこれから砂糖大根のとかいう作物の整備が始まる。それに併せて仕掛けよう。」
「気に入らなければ買わなければ良いだけですから、大丈夫なんじゃないですか?」ジュリアスも割と賛成のようだ。
ケネスは一生懸命アリスの提案がどんな問題をはらんでいるかを考えている。
「それより、それをどうやって広めていくんです?」モブートが訊ねた。
「とりあえず、ガルデって商人に利権を与えて協力させるつもりよ。」アリスは答えた。
だから、言い方。
ホントに癒着じゃねぇか。
「そうね、工業規格の定義だからインダストリアル=スタンダード=オブジェクトなんて名前にしたらどうかしら。上手く行ったら、定規やバケツだけじゃなくて、他の物にも広めていけば濡れ手に粟よ?」
こ、小汚い・・・。
顔がめっちゃ生き生きしている。
これ、あなたの王としての最初の法案なんですが、それでほんとに良いんですか?
ともかく、早速、長さを測る道具と水を測るバケツの規格であるインダストリアル=スタンダード=オブジェクト10001と10002を試しに運用しようということになった。なんかすごく前世で聞いたことあるような形になってきた。
ちなみに、10001から始まっているのは、そのうち20001として別の業種にも規格を制定して運用する気満々だからだ。その都度手数料を取るつもりらしい。
インダストリアル=スタンダード=オブジェクトは今後細かいところを詰めてから施行する方向で調整がついた。
提案が承認され、大雑把な雛型ができたところアリスが呟いた。
「正直、これだけじゃ全然足んないのよね。」
「そりゃ、定規とバケツに税かけただけですからね。」ケネスが言った。
「農民たちに何か仕事を与えて、稼いでもらわないと行けないのよね。」
「農業は続けさせないのですか?」アミールが不思議そうに訊ねた。
「アキアの農業の生産力の向上・・・っていうかデヘアのせいで、農業は人余りなのよ。」アリスは答えた。「食料は十分なの。彼らには新しい仕事について貰わないといけないわ。」
「しかし、それは、酪農や漁業、服飾も建築も同じことです。少なくとも、王国は今のままでも回っています。人手が足りていないわけではありません。」アミールは未だ納得がいかない様子で訊ねた。
意外とアミールは姉まっしぐらで盲目的なだけでは無かっただ。
少なくともケネスレベルの意見を述べているように思える。
「今のままだと、アキア以外の農民が置いてけぼりのままこの国の経済が回っちゃうのよ。」アリスは言った。「彼らをこの国の経済に組み込まないといけないの。」
「衣食住以外の虚業を経済サイクルに組み込むってことです。」ケネスが言った。「生活に必要では無いものを経済に組み込ませるのです。そしてそれの生産を職にあぶれた民に行って貰うのです。」
「衣食住以外の職業ですか?」アミールは半分納得がいかなそうな口調で言った。「そんなものを民衆が必要とするのでしょうか?」
「もう、これ無しじゃ生きられない的な何かを皆に憶えさせれば良いのよ。」アリスは言った。「ケネスの観光業みたいな?」
「うーん・・・??」アミールは具体的にはどんなものなのかピンとこない様子で首をひねった。
「私も具体的には思いつかないのだが・・・。」ジュリアスがアミールのフォローをするように訊ねた。
「ぶっちゃけ、こういうのって商人とか工房の人とか街のお金の動きとか生活を知ってる人が居ないとアイデアなんて出てこないと思うのよ。」アリスは言った。「そういう人を集めて話し合いましょ。」
このアリスの提案によって、市民も巻き込んだ新たな会議が発足することになる。
それは、この時代としては画期的な事であった。
後に円卓と呼ばれることになる市民を交えた会議の発起である。
市民も巻き込んでいくあたりがアリスの味だと言えるが、思えば、このアリスらしさがトマヤにつけ入る隙を与えることになるのだった。




