11-1a さいきんの国王ダイアリー
アリスは吠えた。
「予算削減なんていい事ないじゃん!却下!」
ミンドート公が吠え返した。
「増税こそありえん!」
ここは、例の公爵たちの会議だ。
今はアリスが出張ってきて、此度の騒乱で大打撃を受けた国庫の回復方法について話し合い中だ。
「ミンドート公、そうは言いますが税収を増やさない事には財政は健全化しません。」この件についてモブート公はアリス寄りのようだ。
「どっかからフリーキャッシュを確保すればいいって話でしょ?」アリスは応じた。「増税はほとぼりが冷めるまではしないとしても。」
増税すんのは譲らんのな。
「そうは言うが財源の確保は簡単にはいかないぞ。」ジュリアスも参戦してきた。「アキアの小麦の流通による経済へのダメージが大きい。」
アキアの安い小麦が国内に流通するようになってから輸入小麦がまったく売れなくなった。輸入小麦で儲けていた人間たちはこの国の高額納税者でもあるのだ。
「ワルキアたちの資産を分捕ったじゃない?アレは?」
言い方どうにかなんないの?
「彼らの資産なんて不動産以外ほとんど残ってませんよ。」ケネスが答えた。「みんな、反乱軍の挙兵に使われちゃってますって。」
「マジか・・・。」
表情!
「税収から何とかしていくしかないですよ。」
「じゃあ、やっぱり税収を増やすしかないわね。」アリスは言った。「一つ良いアイデアがあるの。」
「増税はダメだって言っとろうが!」ミンドート公が再び吠えた。
「増税じゃあなきゃいいのよね?」
「新しい税金制度を立ち上げるのもダメだぞ?」ミンドート公が感づいてアリスに釘を刺した。
「ち。」
舌打ちしやがった!?
おい、先王!やべーぞ、こいつ!
さて、経緯を話しておかねばなるまい。
革命明けて早くも次の朝には、アリスはいつも以上にアリスだった。
前の日の晩の様子からあまりにも立ち直りが早すぎて心配になる。サイコパスじゃないかってくらい、アリスはあっけらかんと気持ちを切り替えた。
メンタルコントロールがすごいだけならいいんだけど、精神的に解離性があったりしないよな。
今までこういった事が無かったかと記憶を辿るも思いつかない。
元より塞ぎこまないからないなぁ、アリスは。
昔、グラディスが更迭された時のアリスの状態が一番近いのかもしれないけど、今思えばアレって塞ぎこんでたというより拗ねてただけだしなあ。
そういえば、あの時も埒が開かないとなったら自ら武力解決に立ち上がっとったな。そういう意味では切り替えが速いのは昔からだ。
あとは病気で倒れた後くらいか。これも立ち直りは早かった。
それに元気になったアリスがおかしいというよりは、革命の日のアリスだけがおかしかったって見方のほうが正しいのかもしれない。
父を失い、ヘラクレスを手にかけているのだ。おかしいというか仕方のない事ではある。
アリスがいつもに増して元気なのは見てる側としては気が楽だったが、一方でちょっと呆れた。
というわけで、アリスは回りの心配を他所にゴーイングマイウェイで始動し、ひと月経った本日は完全に本調子でこの会議に臨んでいるわけだ。
会議の続きに戻る前に、アリスの周辺事情についても説明しておかなくてはならないだろう。
革命の後、いろんな事が変わった。
まずオリヴァ。
オリヴァはまさかのミスタークィーンの後釜に座った。
組合のご意見番として各商人にアドバイスをすることのできる人物が少なかったというのもあるが、何といってもアリスへの強いパイプ役であるというのが大きかった。オリヴァ自身は商売をしないものの、商会のまとめ役を請われて受諾した。
オリヴァも革命軍を扇動した商人たちも国政への参加や、アリスを利用した金儲けには興味がないようだった。
商人たちは、今、アキアの様々な作物とミンドートの貴金属類の利権争いで忙しい。
観光という業態も生まれた。この辺りの商流はプレーヤーがまだ決まっていなかった。貴族商取引法で商流を失った貴族も、アキアの農業改革で商流を失った貴族も等しく、この新しい商流を手に入れようと躍起になっている。
ミスタークィーンのもとに集まった農民を中心とする2000人も、オリヴァと王のもとに乗り込んだ50人の革命軍も幸い新王に対して具体的な事は望まなかった。
2000人の領民たちはアリスが王になっただけで大喜びだ。
アリスは即位後早々にワルキアやヌマーデンで増税に苦しめられた農民たちにある程度のまとまった金を与えた。金はワルキアたちに虐げられた人間へのアリスからの見舞金という名目で配布された。
そんな訳で、立ち上がった農民たちは悪い貴族たちから富を勝ち取ったと大いに満足していた。
ちなみに、この見舞金にはワルキアたちの残していった不動産を売っぱらって得たお金が充てられた。不動産と言っても土地は次に来る領主の物になるので上物だけだ。
このことがまた、農民たちをとても満足させた。
なんてたって貴族が自分たちから巻き上げていった物を取り返した訳だから。
農民たちは自らの行動の成果に満足し、この粋な裁定を下したアリスを褒めそやかした。
彼らはアリスを王に据えて本当に良かったと思っていた。
だが、アリスは農民たちの意見を鵜呑みにして満足するような事はなかった。
アリスにとってこの見舞金は農業で食べていくことのできなくなった農民たちへの保障的な意味合いがあった。ワルキアの暴挙など関係ない。アキアの格安の小麦に対応できなくなった農民たちへの救済措置なのだ。
だから、アリスはアキアの時と同様、彼らがこの金を使い切るまでの間に新しい仕事に就けてやらないといけない。
エウリュスはアリスの元を去った。
彼が新王の元を訪ねてきたのは即位の3日後だった。
アリスが立ち直るのを待ったからなのか。エウリュス自身が立ち直るのにそれだけかかったのか。
エウリュスは進退伺いにアリスのもとに現れた。
エウリュスはネルヴァリウス王が座っていた玉座に座るアリスの前で膝をついた。
そして、彼は頭を下げてアリスに対して近衛騎士を辞す旨を告げた。
「私だけでも、先王と共にあろうと思います。」エウリュスは言った。「私に誇りを与えてくれたのはネルヴァリウス陛下です。」
エウリュスの目の下は落ちくぼみ、明らかにやつれているのが見て取れた。
彼が誇りと思っているものは何なのだろう。それは呪いに似た何かなのではないだろうか。
「ありがとう、エウリュス。ごめんね。」アリスはやさしく言った。辞めに来た騎士にかける言葉では無かった。
エウリュスは何も言わずに深く頭を下げた。
アリスよりも先王のほうを取ったとか、そういう事では無いのだろう。
エウリュスはアリスの父を殺した。
彼はその責を持ってアリスのもとに居ることはできなかった。
彼はこれ以上、王家に覚悟を強いられることには耐えられなかったのだと思う。
こうして、エウリュスはアリスの元を去った。
そして、ヘラクレスだ。
ヘラクレスだよ。ヘラクレス!
アリスが王になってから10日程たってヘラクレスはようやく姿を現した。
「王、お久しぶりです。」
糞ヘラクレスはヘラヘラと笑いながら、アリスの事務室にノックも無しに入り込んできた。
「ヘラクレス!!」アリスはヘラクレスを見て思わず喜びの声を上げた。
ヘラクレスが助かりそうだという一報は、すでに1週間前にはアリスの耳に入っていた。
扉の前に立っているヘラクレスの様子は本調子ではないにしろ、十分に健常と呼んで良いものだった。
「大丈夫?」アリスが心配そうにヘラクレスの元へと駆け寄って顔を覗き込んだ。「まだ調子は悪そうに見えるけど・・・。」
「一週間以上、夜も昼もお腹に力を入れて血が出ないように踏ん張ってたもんですから、お腹の筋肉痛がヤバいんですよ。」
自分の知る限り、筋肉痛以上に痛いはずの怪我がお前の腹にはあるはずなのだが?
「今もお腹に力入れてないと血が滲んできちゃうんですよねー。」
その状態で歩き回るんじゃない!
てか、そんな止血方法は無い!
お前は毎回、超鬱シリアスな時と能天気な時との落差が激し過ぎるのじゃ!
真ん中を通れ!真ん中を!
ああ、自分のあの悲愴は一体何だったのだろう。
そもそも、こいつはどうやってあそこから助かったのか。
背中まで剣抜けてたよね??
助かったとしても、あれが2週間程度で治ると思えんのだが。アルトがなんかしたんか?
「なにはともあれ、元気で良かったわ。」アリスはすました様子で答えたが、口角が上がってくるのを必死で抑え込もうとしているのが感じられた。
「かろうじて急所は避けましたからね。」
避けてても、あんなん死ぬよ?
「にしても、最後の最後にいきなり我に返って、泣きそうになるのはズルいですよ。」ヘラクレスは口を尖らせた。
「あたしの勝ちだからね。」アリスが子供の用に主張した。
「解ってますよ。たとえ剣にヒビが入っていても、利き腕じゃ無かったとしても、きちんと突き上げられなかった私の技術の至らなさが悪いんです。」
それ、きちんとされてたらアリス死んでたんじゃないですかね?
「もっと左も修練しておかないと。」
「次も負けないわ。」
もうやめて!!
お前ら、ちょっとは自重せいよ。互いが何しても死なないとでも思ってるのか。
・・・そうか、思ってるんだ。
分かったぞ。
こいつら、ヘラクレスなら、アリスなら、本気で戦ってもどうせ死なんだろってタカをくくってやがるんだ。
だから、こんなに戦いたがるんだ。
お前らは少しエウリュスの爪のアカでも煎じて飲ませてやりたい。あいつくらい真面目になってくれ。
でも、本当に生きていてくれて良かった。




