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Ex 黒い死病

 ファブリカ王国の東にメザートという国がある。

 広大で肥沃な大地を持ち、膨大な農産物を排出するファブリカよりも大きな国家だ。

 その北部。エルトルという村でその病気はようやく認知された。


 メザート第三の都市であるハーメルに助けを求める使者が訪れたのが事の発端だった。

 使者は村の何人もが高熱で倒れていることを伝えた。

 そうして倒れた人々はみな肌が黒くなりそのまま枯れるように死んでいくのだそうだ。


 知らせを受けた街の兵士たちは町医者を連れて急ぎ街に駆けつけた。

 街には人の気配が感じられなかった。

 兵士たちが誰かいないかと辺りの家の扉を端から叩いて回る。

 残された町医者は通り沿いの手近な一件の家のドアを何気なく引いた。

 扉には鍵がかかっておらず簡単に開いた。中には人の気配がない。

 「こんにちわ。どなたかいませんか。」彼は家の中を覗き込みながら声をかけた。

 返事は帰ってこない。

 彼はゆっくりと中に入っていく。

 家は質素なつくりで、玄関からそのままダイニングが広がっていた。ダイニングには大きな4人掛けのテーブルが置かれており、その奥に二つ扉があった。

 メザートではよくある作りで、テーブルに近いほうの扉がキッチン、もう一方の扉は寝室や私室に繋がっている。

 「もしもし?」医者はキッチンではないほうの扉をノックしながら中に声をかけた。

 なんとなく人の気配を感じたような気がしたので彼は扉を開けた。

 扉の先は廊下になっていた。

 廊下の奥の右側の扉から何か音が聞こえた。泣き声のようだった。

 彼は思い切って扉を開けた。

 中は寝室でベッドが3つ並んでいた。

 両脇の大きめのベッドにはどちらにも人が横たわっていた。

 一人は男性、一人は女性だったが、それはもう過去のことだった。

 黒く枯れるように痩せた二つの死体は、今もまだ眠っているかのように横たえられていた。

 そして、他にもう一人。

 女性の死体の黒い手を握りしめながらベッドのわきで泣いている少年がいた。

 きっと真ん中の小さなベッドの主。この家の子供なのだろう。

 「こんにちは。」彼は少年の横にゆっくりとしゃがみこんだ。

 医者としての好奇心が病気を調べに向かうように急いたが、彼はそれを後回しにした。

 急いだところで、人は生き返らない。

 「お父さんとお母さんが動かないの・・・。」幼い少年は泣きながら医者の顔を見上げた。

 「そうか。君は大丈夫なのかい。」

 少年はゆっくりと頷いた。

 「うつると良くない。外の兵士たちに保護して貰いなさい。」医者は言った。「君のご両親は私が診てあげるから。」

 少年は不安そうに医者を見つめた。

 「大丈夫だよ。そうだ、兵士さんに言って、手伝いをよこしてくれるように言ってくれ。」

 少年は大きく頷くと外に兵士を呼びに駆けて行った。


 少年が出て行った後、医者は布団を引きはがして二人の死体を確認した。

 そして、すぐさまこれが彼の手に負えない問題であることを理解した。

 肌の色の変化は食べ物や酒による健康障害で起こることが多い。死体を見るまでは、何らかの風土的な食べ物が原因であろうと医者は考えていた。

 しかし、死体の肌の色は皮膚の色の変化によるものでは無かった。

 すべてがあざなのだ。

 体中のいたるところを誰かに殴打されたかのようにあちこちに内出血が広がっていた。特に母親の手足の末端はどす黒くなるほどの濃いあざに覆われていた。

 彼のキャリアにおいてこのような病状は見たことも聞いたことも無かった。

 彼は、これは病気などではなく何者かによる暴力の結果なのかもしれないと考えた。

 だが、死体には暴力にさらされたにしては抵抗した様子がなかった。縛られて嬲り殺されてからベッドに横たわらされた訳でもなさそうだ。それにあざのでき方も殴られてできたものにしては不可解な形状だった。

 一瞬、彼は悪魔の存在を背後に感じ身震いを覚えた。

 彼は恐る恐る振り返ったが、そこには誰も居なかった。

 彼はため息をついて、もう一度死体を見下ろした。

 すでに彼の中ではこの黒い死は彼の領分ではなくなっていた。

 この世界、この時代の医者は誰一人としてこのような感染症が存在することを知らなかったのだ。彼を責めるのは酷であろう。

 悪魔か、人間か、化物か、呪いか。

 いずれにせよ、兵士たちに犯人を捜して貰うのが第一だと彼は考えた。

 さっきの少年が何かを知っているかもしれない。

 彼は二人の冥福を祈ると部屋を後にした。

 

 兵士たちの捜索によって、少年以外の村人たちは全員が同じような姿で死んでいたことが分かった。

 一同は皆、悪魔の仕業を直感した。

 そして、一人生き残った幼い少年を訝しんだ。

 彼らはこの少年から真実を引き出さねばならなかった。

 それはとても慎重に行わなくてはならない作業だった。

 何故なら、もし、彼が悪魔だったとしたら、彼は村人を全員殺しているのだ。

 彼の正体は兵士たちが束になっても敵わない相手かもしれない。

 これはもはや司祭たちの扱う問題だと兵士たちは考えた。

 医者も兵士たちも、怪死体を立て続けに目の当たりにしたせいで精神が考えることを放棄していた。

 兵士たちは少年をなだめすかして、ハーメルの街まで連れて行くことにした。

 

 兵士たちに連れられてハーメルの街へと向う少年の足の裏が真っ黒に染まり始めた。


更新を再開いたします。


旧投降の推敲をいたしました。

ストーリー上の意味合いが明らかに変わったところとして以下二点になります。

・カルパニアの家名をカプアに統一しました。(9章で忘れて別の苗字をつけてしまいました。)

・決闘の意味合いを貴族同士と、戦場でのリアル決闘を分けました。(ジュリアスの決闘とヘラクレスとの決闘での戦い方の整合性をとるためです。)

混乱を招き申し訳ございませんでした。

その他、誤字、読みにくい表現、誤解を招く表現を改稿いたしました。


感想につきましては、完走後にお返しいたします。

感想を読むにあたり、ミミ公は読者に恵まれていると節に感じます。

皆様のご期待にこたえられるか解りませんが、完結まできちんと走りますのでご辛抱いただければありがたく存じます。

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